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ホラー小説『死霊の墓標 ✝CURSED NIGHTMARE✝』 第1話「焼ける悲鳴」(2/3)

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 担任の重大な報告とは、他のクラスから自殺者が出たという衝撃的なものだった。

 

 当然、俺も含め、それを聞いたクラスメート達は固まった。

 

 尋常じゃない静まり返りようだった。誰もが気になったのだ。誰が死んだのかと。

 

 担任はそして、自殺した学生の名前を告げた。

 

 ――坂力毅さかりきつよし

 

 俺の全く知らない奴だった。

 

 とはいえ、入学してから一年くらい経つのに、クラスメートの名前を全員覚えられていない程、他人に関心の薄い自分だ。そいつのことを何処かで見聞きしていたとしても、忘れているだろう。

 

 担任は次に、彼の友達――友達でなくとも、彼のことについてよく知っている人がいれば、名乗り出てほしいと言った。

 

 正直、誰か一人くらいはいるんじゃないかと思った。

 

 しかし、俺のクラスから名乗り出る者は一人もいなかった。誰もそいつを知らなかったのだ。

 

 その様子を見た担任は、しばらく待つように言い、教室を出ていった。

 

 そしてその後、何事も無かったかのように一時間目が始まったので、俺達は悶々もんもんとしながら授業を受けることになった。

 

 なので授業が終わった後は、案の定、誰だろう? とか、何処のクラス? とか言って、探ろうとする連中が何人か出てきた。

 

 気持ちは分からないでもないが、興味本位で踏み込んでいい問題ではないだろう。

 

 俺はそんな奴らを心の中で深く軽蔑しながら、昼休みを迎えた。

 

 その時には、もう自殺者が出たクラスは知れ渡っていて、俺も聞こえてきた他人の会話からE組であることを知った。

 

 特に気になるクラスでもない。

 

 俺の興味はもうほとんど失われてしまった。

 

 自殺した坂力 毅も、同級生とはいえ、見知らぬ他人であることに変わりはない。

 

 少々冷たいかもしれないが、自分のあずかり知らぬ所で誰かが死ぬことに対して一々感傷的になっていたら、身が持たないだろう。

 

 そんな感じで、俺は不意に訪れた非日常もまた、日常の一ページとして消化されていくのだと思いながら、昼食をとっていた。

 

 しかし、丁度弁当を食べ終わる頃だった。藤鍵I組に訪れたのだ。

 

 他の生徒にあまり聞かれたくない話があるとのことだったので、人の少ない外に移動することにした。

 

 そこで藤鍵が話し始めたのは、なんと坂力 毅の自殺の件。

 

 自分が坂力 毅の友達だったこと、教師や警察の事情聴取を受けたこと、坂力 毅の自殺の原因が不明であることなど、藤鍵は自分が知っていること、知ったことを手短に話した。

 

 疑問なのは、何故俺にそんな話をするのかということ。

 

 まぁ、理由は何となく想像できていたが……。

 

 

 「坂力が何で自殺したのか……、調べるのに協力してほしいんだ。」

 

 

  問題を放置しておけない性格は相変わらずのようだなと、少し呆れながら、俺は藤鍵の頼みを受けることにした。

 

 忙しい訳ではないし、警察にも分からない謎を突き止めるのは面白いと思ったからだ。

 

 まずは手始めに、俺と藤鍵は今日の放課後、坂力 毅の暮らしていたマンション――白城しろじろマンションに一緒に行くことにした。

 

 別に坂力の部屋に侵入しようという訳ではない。隣の部屋の住人などから何か話は聞けないかと考えたのだ。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 俺はマンションに向かうまでの道すがら、藤鍵から聞いた話を反芻はんすうすることにした。

 

 まず、坂力 毅という人間について――。

 

 藤鍵の中学からの友達だが、あまり自分のことを話したがらない奴だったようで、詳しい人間関係については藤鍵もあまり知らないらしい。

 

 また、そんな性格だった為、クラスでは孤立しがちだったが、特にいじめられたりとかは無かったという。暗いというよりは、影が薄いという感じだろうか。

 

 そして成績だが、これは悪くなく、寧ろ良い方で、テストでは常に九十点近くまで取っていたらしい。もしかしたら、俺よりも頭が良いかもしれない。藤鍵はたまに勉強を教えてもらっていたという。

 

 一人暮らしを始めたのは高校生からで、藤鍵は、遊びに行ったりしたことは無いが、白城マンション一〇五号室に住んでいることは聞いていたらしい。

 

 ちなみに、一人暮らしの理由は、単純に実家と高校の距離が遠いからとのこと。

 

 俺はその話を聞いて、素直に凄いと思った。

 

 朝に弱い俺には、一人暮らしなんてとても無理だからだ。

 

 食事も自分で用意しなくてはならないし、洗濯、風呂の準備もやらなくてはならない。

 

 坂力は割としっかりした人間なんじゃないだろうか。

 

 藤鍵から聞いた限りでは、俺はそんな印象を抱いた。

 

 ――では、次に教師や警察の事情聴取の内容。

 

 坂力は不可解な遺書を残していたらしく、警察は彼のことを知っている人間を探していたとのこと。

 

 藤鍵は遺書の内容を聞かされたらしく、それは次のようなものだったという。

 

 

 「怪物を見た。それは自分の中に居た。このままではきっとマズいことになる。」

 

 「だから、死のうと思う。俺が死ねば、全ては終わる筈。」

 

 「でも、もし消えなかったら。怪物がまだ暴れるなら。俺の死が無駄に終わった時は。」

 

 「その時は、任せる――」

 

 

 ……確かに、意味はよく分からない。けれど、間違いなく坂力 毅本人が残したものだ。

 

 きっと何かのヒントになる筈――。

 

 ――藤鍵から聞いたのは、大体こんなところだ。

 

 今のところ、警察も坂力 毅の自殺の原因については掴めていない。

 

 学生の自殺と聞いて、考えられるのは学業不振、進路に関する悩み、親子関係の不和、いじめ辺りだが、これまでの話を基に考えると、どれも微妙なところだ。

 

 毎日退屈そうな顔をして過ごしていたらしいが、こんな突然自殺するような奴ではないと、藤鍵は言っている。

 

 

 (……自殺……か。)

 

 

 俺はそうしたいと思ったことは一度も無い。だから、理解するのは難しい。

 

 坂力 毅が何を思って死を選んだのか、確かに気になる。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 PM3:48 白城マンション一〇五号室

 

 

 《ピンポーン》

 

 

 「―――――」

 

 「出ないね。」

 

 「留守か……。」

 

 

 間の悪いことに、坂力 毅の隣の部屋――一〇三号室の住人は外出しているらしく、ブザーを押しても誰も出てこなかった。

 

 仕方ないので、俺と藤鍵一〇六号室の住人に期待することにした。

 

 

 《ピンポーン》

 

 

 「―――――」

 

 

 ――が、またも反応無し。

 

 

 「駄目か。」

 

 「う~ん……。」

 

 「やっぱ平日でこの時間帯だと仕事に行ってる人が多いか……。

  どうする? 他にも部屋はあるが……。」

 

 「いや、やめとこう。あまりウロウロしたくないし。」

 

 「ん? でも、どうすんだ? 聞き込みができなきゃ手詰まりだろ?」

 

 「んー、ちょっと考えたいことがあるんだ。良い案が浮かんだら連絡するよ。」

 

 「そうか。」

 

 

 どうやら藤鍵には別の考えがあるらしい。なら、俺はそれに従うだけだ。

 

 

 「御免な修人。こんな俺のワガママに付き合わせて。」

 

 「いいよ暇だし……。」

 

 

 今日の調査は残念ながら失敗に終わったが、坂力の住んでいた場所を確認できただけでも良しとしよう。

 

 

 「じゃあ、また明日。」

 

 「あぁ。」

 

 

 俺は藤鍵と別れ、帰路に就いた。

 

 

 (さてと……。)

 

 

 思ったより時間が余ってしまった。ここに来る途中にコンビニ見かけたし、少し寄っていくのも良いかもしれない。朝食べた分の菓子パンを補充しておかないと、次また寝坊した時に困る。

 

 ……まぁ、なるべくそうならないよう努力はするが。

 

 

 「にゃぁあ。」

 

 「?」

 

 

 道を歩いていると、すぐ近くで猫の鳴き声がした。

 

 振り返ると、道の隅っこに黒い猫が居て、じっとこちらを見ていた。首に何か巻いてあるので、飼い猫かもしれない。

 

 

 (……放し飼いか。)

 

 

 他人に迷惑かけたり、交通事故や病気のリスクが高まるから家の中で飼う飼い主は増えていると聞くが、まだいるんだな。

 

 しかし……ここで黒猫に出会うとは、何だか不吉だ。

 

 別に迷信を信じている訳ではないが、良い気分になれないのは事実。

 

 

 「………………。」

 

 

 執拗にこちらを見つめてくる猫としばし睨み合う。

 

 何だか先に目を逸らした方が負け――そんな感じだ。自分でもよく分からないが。

 

 

 「………………………………。」

 

 

 ……う。何か……何だろう? 段々と無言で見つめてくる黒猫と裁朶姉が重なり、とがめられているような気分になってきた。

 

 ……やっぱり……さっさと家に帰るかな。学生鞄を持った状態であちこち寄り道するのもあまり良い顔されないだろうし……。

 

 ――とか色々考えていると、猫は目を逸らし、そしてすぐに走り去って行ってしまった。

 

 

 「……………はぁ。」

 

 

 途端、馬鹿らしくなった俺は、溜息を吐き、歩みを再開した。

 

 ちなみにコンビニにはしっかり寄った。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 PM6:10 六骸家一階・ダイニング

 

 

 「……。」

 

 

 そろそろ夕食の時間と思い、一階のダイニングに行くと、テーブルの所で裁朶姉は一足先に自分で作ったカレーを黙々と食べていた。

 

 そういえば、他の学年も坂力 毅の自殺について知らされたんだろうか?

 

 当然、そうだとは思うが、一応確認してみる。

 

 

 「なぁ、裁朶姉。」

 

 「ん~?」

 

 

 台所でカレーをよそった俺は、裁朶姉の向かい側に座り、そして話を切り出した。

 

 

 「裁朶姉坂力 毅とかいう奴の自殺の話とか聞かされたのか?」

 

 「……それが何?」

 

 

 裁朶姉は、何故お前がそんなことを気にしているのかという目でこちらを見てきた。

 

 

 「ん……いや、藤鍵の友達だったみたいだからさ。あいつ結構落ち込んでんだよ。」

 

 

 親に告げ口されてはちょっと困る為、坂力 毅の自殺について調べていることは伏せておく。

 

 

 「ふ~ん、そりゃお気の毒。」

 

 

 裁朶姉は全く興味無いといった感じだ。

 

 俺も藤鍵の友達と知る前はそんな感じだったが……、こうして見ると酷い態度だ。

 

 

 「自殺の原因は分かってないみたいだしさ。遺書はあったらしいけど意味不明で――」

 

 「遺書?」

 

 「あぁ、藤鍵が事情聴取受けた時に内容を聞かされたらしい。」

 

 「そういうのって、大抵、親への感謝とか、自分の自殺のきっかけになった人間への恨み事とかつづってあるけど、勝手なもんよね。」

 

 「……まぁ、そうだな。」

 

 

 裁朶姉の言う通り、学生の遺書って言ったらそんな感じだ。

 

 けど、坂力 毅の遺書には……そんなこと一言も書かれていなかったな。

 

 気になっている言葉は、文章の中で何度か出てきた《怪物》と、最後の《任せる》。

 

 自分の中に危険な怪物が居て、それを消す為に死を選んだ……。

 

 そして、もしそれでも怪物が生きていたら……、任せる……?

 

 一体誰に?

 

 そう、そもそもこの遺書は誰に向けて書かれたものなのか。こんな文章、普通、理解できないだろうし。

 

 ――もしかしたら、この文章が伝わる人間が何処かに……。

 

 

 「冷めるよ。」

 

 「ん?」

 

 「カレー。」

 

 「あぁ……。」

 

 

 とりあえず、飯食ってから部屋でゆっくり考えるか。すぐに答えは出ないだろうし。

 

 俺はカレーをすくったスプーンを口に運んだ。

 

 うん、うま……ん?

 

 

 「辛っ!!

 

 

 異常な辛さだ! 舌が痛い!

 

 俺はスプーンをカレーに突っ込み、台所へ駆け込んだ。

 

 

 「フフフ……! 何の警戒もなしに食べるなんてバッカじゃないの!?」

 

 

 裁朶姉が滅茶苦茶嬉しそうに笑っている。

 

 

 「くっ!」

 

 

 うっかりしていた。しかし、カレーをここまで辛くできるとは……。一体、何を入れやがった……!?

 

 俺は冷蔵庫からミネラルウォーター入りペットボトルを取り出し、コップに注ぎ、飲み干した。

 

 

 「………………。」

 

 「あぁ、水飲んでも辛さ消えないから。」

 

 

 どういうことなんだ一体。水を飲んでも辛さが引かないなんて。寧ろ、酷くなったような……。

 

 俺はその後、しばらくもだえ苦しんだ。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 PM6:40 六骸家二階・修人の部屋

 

 

 ――酷い目に遭った。

 

 多分、裁朶姉がカレーに入れていたのは唐辛子とうがらしだ。

 

 もしやと思い、ネットで検索してみて分かったが、唐辛子の辛さは水で抑えられないらしい。

 

 牛乳やヨーグルト等の乳製品が効くとのことだったので早速試したが、裁朶姉が作ったカレーが辛過ぎた所為か、大して効果は無かった。

 

 ……全く、またトラウマが一つ増えた。次からカレーを食べる時に一々警戒しなくてはならなくなったじゃないか。

 

 裁朶姉の度を越した仕返しを受けた後、俺の心にはいつも怒りしか残らない。

 

  しかし、俺の為だけに唐辛子入りのカレーを用意するとは……。

 

 ちゃんと普通のカレーを入れた鍋は隠してあったようで安心したが、残りの処理はどうする気なのだろうか?

 

 ……まさか……、父さんに食わせる気じゃないだろうな。確かに辛いものは好きとか言ってたが、流石に限度があると思うぞ……。

 

 俺はまたあの激辛カレーを口にした瞬間の衝撃を思い出した。

 

 

 「はぁ……くっそ。」

 

 

 絶対いつか復讐してやる……。

 

 俺はそう心に誓った。

 

 

 「おーい、風呂空いたぞー。」

 

 

 裁朶姉がドアを叩いて知らせてくる。

 

 正直、今すぐこの怒りを発散させたいが、やり返したらまたやられるだけなのでここはぐっと我慢する。

 

 やるのは裁朶姉が失態を犯し、俺が迷惑を被った時だ……。

 

 ……さて、とりあえず今日はさっさと入って早く眠ろう。

 

 

 

 

  PM6:45 六骸家・一階・風呂場

 

 

 

 

 「……ふぅー。」

 

 湯船に浸かった俺は、ゆっくりと息を吐いた。

 

 全身が豊かな熱に包まれ、冷え切った身体が急速に温まっていくのを感じる……。

 

 あぁ……可能ならば、いつまでもこの心地良さを味わっていたい……。

 

 冬の風呂で過ごす時間は、何ものにも代え難い至福の時だ……。

 

 先程までと違い、俺の心は幸福感で満たされていた。

 

 今この時だけは、この世のあらゆるしがらみから解放されるのだ。冬の寒さも、裁朶姉の干渉も、生徒の自殺も……。

 

 今日あったこと全てが、まるで夢であったかのような錯覚を覚える程だ。

 

 四、五分でここから出てしまう裁朶姉が理解できない。

 

 何故この快楽を享受きょうじゅしないのか。

 

 まぁ……、長く入られると困るんだけどさ。

 

 

 「ふぅ…………。」

 

 

 さて、どうしたものか……。マジで出たくない……。

 

 揺れ動く水面をじっと見つめながら、俺は考え始めた。

 

 頭がすっきりしている内に……、今日のことを整理するべきか……。

 

 

 「………………。」

 

 

 坂力 毅が自殺したのは、昨日――日曜日の朝だ。

 

 詳しい状況は分からないが、マンションの自室で首を吊って亡くなっていたという話は、担任から聞かされている。

 

 どういう流れで発見されたのかもまだ不明だが……、ちょっとした騒ぎになった筈だし、マンションの住人――特に隣の部屋の住人は、ほぼ間違いなくその時の状況を知ってる筈だ。

 

 一番気になるのは……土曜日の坂力 毅の行動――。

 

 金曜日の彼に、特に自殺の兆候が見られないのなら、次の一日が重要だ。

 

 その一日で、坂力 毅の何かが変わった。自分を殺してしまう程の大きな変化があったのだ。

 

 そう考えると、やはり隣の部屋の住人が真相に辿り着く為の鍵だろう。

 

 藤鍵は乗り気じゃ無さそうだが、やはり話を聞くべきだ。なるべく早く。

 

 人の記憶は移ろうもの。時間が経てば経つ程、曖昧になってしまうからな。

 

 

 「………………。」

 

 

 遺書についても……考えてみるか。

 

 あー、ここじゃメモ見れないか……、え~と……確か内容は……。

 

 そうだ。

 

 《怪物》を見たとか、《任せる》とか……。

 

 この《任せる》という言葉……。

 

 《任せます》ではないことから、恐らくこの文章を書く時に坂力 毅の頭に浮かんでいたのは、同年代かその辺りの親しい人物……。

 

 となると、それは同じ浅夢高校の生徒である可能性が高いか……。

 

 あぁいや、友達があまり居ないんだったな。

 

 藤鍵が何も知らないとすると……学外ってことになるか……。

 

 

  (参ったな……。)

 

 

 学外の交友関係となると、調べるのに一苦労だ。

 

 ……どうするか…………。

 

 ……いや、そこまでやることないか。藤鍵だって、警察の真似事がどれだけ迷惑か分かってる筈だ。

 

 

 「はぁ…………。」

 

 

 遺書を公開するかどうかは親の判断だが……、きっとするんじゃないだろうか。

 

 あれだけ意味不明な内容だ。答えが知りたい筈。

 

 ……。

 

 《意味不明》と考えて、一瞬、嫌な考えが頭に浮かんだが、それは破棄はきした。

 

 その可能性を考えるのはまだ早過ぎる。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 PM10:00 六骸家二階・修人の部屋

 

 

 俺は風呂場で考えたことを忘れないようPCのメモ帳にまとめて印刷した後、布団に潜った。

 

 藤鍵がどう調べるつもりかはまだ分からないが、明日はあの辺りの考えを話すとしよう。

 

 

 「………………。」

 

 

 朝あった眠気はすっかり消えていて……中々寝付けない。

 

 

 「はぁ…………。」

 

 

 そうだ。寝る前にパソコンやスマホの画面を見るべきじゃなかった……。

 

 ブルーライトメラトニンの分泌を抑制することは調べていた筈なんだが……。

 

 今日は色々あった所為か、色々なことが頭から抜け落ちてしまったようだ……。

 

 

 「…………はぁ……。」

 

 

 ……それでも。それでも眠るしかない。

 

 俺は何とか心を落ち着け、思考を止め、身体を静止させ続けた。

 

 もう何も考えるな……。何も考えず、ただこの羽毛布団に全てを任せろ……。

 

 俺はだらしなく足掻いた。

 

 手足を必死に動かして深海へ潜ろうとするダイバーの気分だ。

 

 

 「……。……。…………!?」

 

 

 しかし、俺はすぐに海上へ引き返した。

 

 目覚まし時計をセットするのを忘れていた……。

 

 

 「…………はぁ、くっそ……。」

 

 

 十時十五分……。どんどん時間が進んでいる。

 

 六時三十分くらいに起きるのが理想なのだが、これはまた十分に睡眠を取れそうにない。

 

 俺は明日の朝のことを思い、憂鬱な気分になった。

 

 せめて学校との距離がもう少し近ければ……。

 

 電車を使わないだけでも十分近いのだが、俺はもっと余裕が欲しかった。

 

 アメリカの高校で始業時間を遅らせた結果、生徒の成績が向上したという話を聞いたが、日本ではそういう試みはないんだろうか。

 

 

 (……あぁ、駄目だ。何も考えるな……!)

 

 

 俺は布団を被り、再び全身の力を抜き、心を無にしようとした。

 

 しかし、どんどん朝が近付いてくる恐怖は簡単には忘れられない。

 

 裁朶姉や父さん達はすぐに寝付けるみたいだが、どうやったら簡単に眠れるようになるんだ?

 

 

 「…………はぁ。」

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 数分か……、数十分か……。

 

 どれぐらいの時間が経ったのかは分からないが……、ようやく身体が寝に入ってきた……。

 

 頭がぼんやりとし……、段々と意識が遠のいていく……。

 

 奥へ奥へと吸い込まれるような……そんな不思議な感覚……。

 

 やがて……、それすらも失われた……。