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ホラー小説『死霊の墓標 ✝CURSED NIGHTMARE✝』 第1話「焼ける悲鳴」(3/3)

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 眠る瞬間というのは記憶に残らない……。

 

 俺の意識は、いつの間にか闇に沈んでいた……。

 

 

 (……………………)

 

 

 今は……まだ目は覚めていないのか……。

 

 静寂と暗黒の中……何も無い時間が続いている……。

 

 ……。深海とも宇宙ともつかない……。俺は一体何処にいるのか……。

 

 考える……。考えるが……中々答えが浮かんでこない……。

 

 寝始めてからどのくらい経っているのか……。後どれぐらいで目が覚めるのか……。

 

 分からない……。分からないことばかりが……頭の中でぐるぐると渦を巻いている……。

 

 ……。寝不足の所為だろうか……。

 

 体感的に一瞬で過ぎ去る筈の時間に……俺の意識は迷い込んでいるようだ……。

 

 これは……。

 

 

 (そうか……、夢を見ているのか……。)

 

 

 俺は歩いていた……。辺り一面、黒く塗り潰された空間を……。

 

 自分の意思とは関係無しに、体が動いていて……、少しも抗えない……。

 

 一体……俺は何処に向かって歩いているのか……。いや……、歩かされているのか……。

 

  暗い……ではなく……黒過ぎて何も分からない……。

 

 自分の姿は見えるが……それ以外は何も見えないのだ……。ちっとも進んでいる気がしない……。

 

 

 (………………)

 

 

 このままずっと当てもなく彷徨さまよう……、ただそれだけの夢なのか……。

 

 不思議……というより……奇妙だった……。

 

 夢は大抵、理解できないものが多いが……、今回のものは何というか……異質だ……。

 

 夢にしては……妙に意識がはっきりしている……というのもある……。

 

 錯覚なのか……、床を踏み締める感覚や……、肌に触れる空気の感触など……あらゆることがとてもリアルに感じられるのだ……。

 

 ……。これが明晰夢めいせきむというものなんだろうか……。

 

 今まで自分が見てきた夢は……、実はどれも普通のもので……、今回が初めての経験なのかもしれない……。

 

 俺はとりあえず……、そう思うことにした……。

 

 

 (……。そうだ……。)

 

 

 明晰夢であるならば……、内容をある程度コントロールできる筈だ……。

 

 

 (………………)

 

 

 しかし……、こうも周りに何も無いと……、良いアイデアが浮かんでこない……。

 

 どうし――。

 

 

 「っ……!?

 

 

 ――――。

 

 突然……、倒れそうになり焦った。

 

 勝手に動いていた体が止まったのだ。

 

 別に止めようなどとは思っていなかったのだが……、もう自分の意思で動かせる。

 

 ……。しかし……自由を得ても、未だ世界は黒の砂漠。取れる選択肢は限られている。

 

 

 (………………)

 

 

 そして俺は……その限られた選択肢の中から、歩き続けることを選択した。

 

 立ち止まって何もしないでいることもできたが……、どうもそんな気にはなれなかった。

 

 この奇妙な夢の果てに何があるのかを知りたい……。

 

 進み続ければ答えが得られるとは限らないが……、俺はそう思ったのだ……。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 (………………)

 

 

 またしばらく歩いた。

 

 一分か……三分か……五分か……。

 

 正確に時間を計った訳ではないが、それぐらいは歩き続けたと思う。

 

 しかし……、景色は一向に変わらない。何も見えてこない。

 

 恐ろしい程に、何も起きない。

 

 このままこの空間から一生抜け出すことができないのではないかと、そんな不安に襲われる程だ。

 

 これが夢なら、勿論いつか終わりは訪れるのだが……。

 

 俺は一旦立ち止まり、少し考えることにした。

 

 最初と比べ、だいぶ意識が鮮明になり、頭のもやも取れている。今なら良い考えが浮かぶかもしれない。

 

 

 (………………)

 

 

 夢は、脳が記憶の整理をする際に見るものだと聞いている……。

 

 こんな……何も無い夢なんて有り得るのか……?

 

 うつむき、自分の立っている場所をじっと見てみる。

 

 黒い。ただただ黒い。

 

 ベンタブラックででも出来てるのかと思う程だ。

 

 俺はしゃがんで床を触ろうとした。

 

 

 (……?)

 

 

 だが……、俺の手は、俺の立っている場所より下に突き抜けた。

 

 すぐ手を引っ込める。

 

 

 (……何だ?)

 

 

 穴が空いているのかと思い、足で確認したが、そこはやはり何の変哲も無い平坦な床。

 

 

 「………………はぁ……。」

 

 

 駄目だ。自分の考えに確信が持てない。こういった夢も有り得るのかもしれない。

 

 第一、これが夢じゃなかったら何だというのだ? 超常現象だとでもいうのか?

 

 俺はそんなもの信じないし、自分がおかしくなったとも思わない。

 

 

 (………………)

 

 

 これが夢だと証明するのは……簡単だ……。起きればいい。

 

 本当に明晰夢――レアな体験なら少々もったいない気がするが、もうこんなよく分からない空間には居たくない。

 

 俺は早速まばたいて、この黒い世界からの脱出を図った。

 

 

 「……っ!?

 

 

 だが――俺は目を見開くことになった。

 

 顔を上げ、瞬きした瞬間、三メートル程先――そこに扉が出現したからだ。

 

 別に恐れる程のものではないが、急激な状況の変化に戸惑った俺は、数歩後退した。

 

 

 (何だ……? あれは。)

 

 

 扉に見える。

 

 扉に見えるが……、本当に扉であるかどうかは分からない。何故ならこれは夢だから。

 

 突然別のものに変わることだってある。

 

 

 (………………)

 

 

 だが、待てども状況は変わらない。

 

 段々と、警戒してしまっている自分が情けなくなってくる。

 

 ……。

 

 

 (夢なら……何が起こったって構わないか……。)

 

 

 真に危険なことなどありはしないのだから。

 

 俺は少し悩んだが……、近付いてみることにした。

 

 ……。特に何も起きない。ただの扉だ。

 

 この扉は……。

 

 

 (……。もしかして……白城しろじろマンションの部屋の扉か?)

 

 

 じっくり見た訳ではないので自信は無いが、多分、そうだろう。

 

 

 (………………)

 

 

 部屋番号プレートは無いが……、頭に浮かぶのは一人だけ……。

 

 白城マンションの部屋の扉というだけで、坂力 毅さかりき つよしの部屋に繋がっていると思ってしまう……。

 

 俺はドアレバーに手を掛けた。

 

 

 《ガチャ

 

 

 鍵は掛かっていないようで、捻ると扉は開いた。中を見たことが無い筈なのに、違和感の無い光景が先に広がっている。

 

 俺は何があるのか気になり、土足のまま踏み込んだ。

 

 そして――。

 

 

 「……………。」

 

 

 入った部屋の真ん中に、は立っていた。

 

 こちらに背を向けている為、顔は分からないが、自分と同じくらいの背丈の少年が、そこに立っていた。

 

 

 「……あいつだ。」

 

 

 彼はそう言って、ゆっくりとこちらを振り向いた。

 

 

 (……っ。)

 

 

 顔が黒く塗り潰されている……なんてことはない。

 

 ごく普通の……人間の顔をしている。

 

 だが、その顔に見覚えは無く……、俺はやはり困惑するしかなかった。

 

 

 「あいつが俺を殺したんだ……。あいつがっ……!!」

 

 

 憎悪の眼差し。

 

 しかし、それは俺に向けられたものではないようだった。

 

 

 「う……くっ、ぐ……うぅ。」

 

 

 何処か怪我をしているのか、彼はうめきながら床に膝を突いた。

 

 

 「……お前は――」

 

 

 坂力 毅なのか……? 

 

 そう言おうとした瞬間だった。

 

 

 「ゥ……あ……アア……!!

 

 

 《ボウッ!!》 「!?」

 

 

 部屋のあちこちから、火が噴き出した。

 

 

 「ウ……ウアアアアア!!

 

 

 その勢いは強く、俺は部屋から逃げ出すしかなかった。

 

 

 「アあアア! マ……ジ……!!

 

 

 炎に飲み込まれた部屋の中で、彼は何かを叫び続けている。

 

 だが、耳を傾けている余裕は無い。

 

 火の粉が手や頬に降りかかり、痛みが走った。炎はこちらに向かってくる。

 

 

 「フ……! ク……グゥ……!!

 

 

 扉から炎に包まれた彼が出てくる。

 

 そして、燃えながらその姿は変わっていく。徐々に徐々に、おぞましいものに。叫びもやがて、人間のそれではなくなっていった。

  

 

 「ヴ……ヴヴヴ……!!

 

 

 

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 巨大化し、マグマのようにドロドロになった体、カバのように大きく開いた口、両横から生える異形の瞳。

 

 

 「ヴオオオオォォォォ!!

 

 

 

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 怪物に足は無く、ドロドロの胴体を引きりながら迫ってきた。

 

 

 「っ!」

 

 

 俺は反転し、逃げた。

 

 訳が分からなかったが逃げた。

 

 逃げなければ……逃げなければどうなる……?

 

 あれに飲み込まれ、俺は死ぬのか……!?

 

 

 《ボオォォッ!!

 

 

 「ッ!!

 

 

 後方より飛んできた火が大きな炎の柱となり、行く手をさえぎる。

 

 熱い……! 本物の火の熱さだ……!

 

 何故と――。

 

 考えてる暇など無かった。

 

 これが夢だと結論付けたことなど忘れた。

 

 本能が……逃げなければマズいと告げている!

 

 

 「ヴオオオオォォォォォォ!!

 

 

 全速力だ。

 

 学校まで走った時とは違う。

 

 本気を出さなくては――。

 

 

 「ヴオオォォオオォォォ!!

 

 「くっ……。」

 

 

 前を向いているだけでは駄目だ……!

 

 いつ炎が何処に飛んでくるか分からない……!

 

 俺は後ろを見た。

 

 

 

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 ――いる。来ている。

 

 醜悪かつ凶暴な怪物が、巨大な手を激しく動かし、空間を焼きながら俺を真っ直ぐ追ってきている。

 

 突然消えたりはしない。突然方向を変えたりはしない。

 

 あれは確かに俺を捉えているのだ。

 

 

 「はぁ……! はぁ……!」

 

 

 何処にも逃げ場がない。

 

 ただ走り続けるしかない。

 

 

 「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」

 

 

 どうすればいい……!?

 

 一体いつまで走り続ければ……!?

 

 

 「ヴオオオォオオォォォオオ!!

 

 (くそ……!)

 

 

 怪物のスピードが増しているのか、俺が疲れてきているのか、段々と距離が縮まっている。

 

 背中に感じる熱で分かる。

 

 このままでは――。

 

 このままではいずれ追い付かれる。

 

 

 「…………。」

 

 

 普通、こういう時、人間は恐怖を感じるものなのだろう……。

 

 しかし、俺の中に溢れた感情……それは《怒り》だった。

 

 こんな理不尽を認めることなどできなかった。

 

 

 「ヴオオオオオォォ!!

 

 

 

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 「くっ……。」

 

 

 倒したい……。

 

 消したい……。

 

 そんな思いでいっぱいだった。

 

 

 「っ!」

 

 

 その時、気付いた。

 

 自分の腕に火が付いていることに。

 

 それは輪郭りんかくは白かったが、中は黒い――所謂いわゆる、黒炎だった。

 

 怪物の放つ炎と違うことは、一目瞭然。

 

 

 (俺か……?)

 

 

 自分の体から出ているのか――そう思った時、俺はこれが夢であることを思い出した。

 

 

 (そうだ……、これは明晰夢。)

 

 

 思い通りにならない筈はない。

 

 俺は走りながら、怪物に対する怒りを更にたぎらせた。

 

 膨れ上がるドス黒い感情……。

 

 それに比例するように、体から噴き出る黒炎の量は増していった。

 

 

 「ヴオオォォォォォ!?

 

 

 気付くと、俺の炎はすぐ後ろの怪物を飲み込んでいた。

 

 もう逃げる必要は無い。

 

 俺は走るのをやめ、黒炎に焼かれる怪物の姿を眺めた。

 

 

 「はぁ……。はぁ…………。」

 

 

 俺の口は笑っていた。

 

 これほどまでに……何かに対し怒りを抱き、ぶつけたのは久しぶりだった。

 

 自分が昔と変わっていない・・・・・・・・・ ……。まるで成長していないことにほんの少し焦燥感しょうそうかんを覚えたが……。

 

 今は忘れる。

 

 今はただ全てを焼き消す。それだけを思う。

 

 

 「ヴオオオオォォー!?

 

 

 悲鳴を上げる怪物。

 

 焼き消されていく体を必死に再生しようと足掻あがくも、俺の炎の勢いは止まらない。

 

 お前が消え去るまで止めない。

 

 

 「オオォォ、オオォォ……!?

 

 「ォォ、ォォォ……!?

 

 「ォォ………………

 

 「…………」

 

 

 そして……怪物は跡形も無く消えた……。

 

 俺の望み通りに、完全に。

 

 

 「はぁ……。」

 

 (終わったのか?)

 

 

 俺は自分の体に異常がないか確認した。

 

 ……。

 

 火傷は無い……。無傷だ……。

 

 大きくなっていた心臓の鼓動が、徐々に治まっていく……。

 

 

 (何だったんだ……今のは……?)

 

 

 俺は自分の手の平を見つめた。

 

 

 (何をしたんだ……俺は……?)

 

 

 怒りに支配され、我を失いかけた……。

 

 

 「すぅ…………はぁ…………。」

 

 

 俺は深呼吸し、心を落ち着けた。

 

 

 (まぁでも……。)

 

 

 これで……良かったのかもしれない。

 

 溜まっていたストレスを解消できた……そんな気がする。

 

 

 (…………。)

 

 

 俺は――。

 

 

 《――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 音は……一切無かった。

 

 黒い地が砕け、そこからまた現れた巨大な怪物。

 

 その大きな口の中に、俺は落ちていった……。

 

 そして――ブラックアウト。

 

 視界が闇に包まれた。そこで俺の意識は途切れたのだ。

 

 しかし……、それが起きたのは、自分の体が怪物の口に飲み込まれる――ほんの一瞬手前だったような気がする……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  二・不明ふめい

 

 

 二月三日(火)

 

 AM6:30 六骸りくがい家二階・六骸 修人りくがい しゅうとの部屋

 

 

 

 《ピピピピピピピピピ!!

 

 

 「…………。」

 

 

 目覚まし時計が鳴っていた。

 

 

 「…………。」

 

 

 俺はいつもより長く、その音を聞いていた。

 

 

 「…………。」

 

 

 うるさいとか……、気持ち悪いとか……、そういった感情は一切無く、俺はただ固まっていた……。

 

 

 「…………。」

 

 

 世界の切り替わりに、頭が追い付いていなかったのだ。

 

 何が何だか分からない。

 

 頭の中はぐちゃぐちゃで……、息が苦しい。

 

 

 「……すぅ………はぁ………。」

 

 

 俺はとりあえず息を吸い、そして吐いた。

 

 

  「すぅ…………はぁ………。」

 

 

 深く呼吸し、体に酸素を取り込んでいく。

 

 

 「……ん…………。」

 

 

 そしてゆっくりと、動き出し始める。

 

 

 (ここは……。)

 

 

 俺は薄く開いた目で、辺りを見回した。

 

 ……。自分の部屋だ。

 

 光は少なく……、空気は冷たい……、時刻は六時三十分……。

 

 ……。朝が来たのだ。

 

 

 《ピピピッ――――――》

 

 

 ようやく理解した俺は、目覚ましを止め、仰向けになり、額に手を当てた。

 

 

 「はぁ…………。」

 

 

 昨日とはまた違った意味で、最悪の目覚めだ。

 

 

  (何だったんだ……? さっきのは……?)

 

 

 リアルな感覚――、見覚えの無い人間――、巨大な怪物――。

 

 始まりから終わりまで、はっきりと思い出せる。こんなことは今までに無い。

 

 

 (夢だったのか……?)

 

 

 …………。

 

 いや、何を疑っているのか……。

 

 

 (馬鹿か……。)

 

 

 夢。夢だ。こうしてベッドの上で目を覚ました以上、夢に決まってる。気にすることじゃない。

 

 俺は片手で目覚まし時計を掴み、顔の前に持ってきた。

 

 時刻は六時三十一分。

 

 

 「はぁ……。」

 

 

 ほら、時間は待っちゃくれない。考えるのはやめだ。

 

 俺は布団から起き上がり、中から服を取り出した。

 

 そして寝間着を脱ぎ、それを着ていく。

 

 何でか寒さはあまり感じなかった。まだ感覚が麻痺してるのかもしれない。

 

 

 「…………。」

 

 

 素早く身支度を終え、することが無くなった。

 

 俺はベッドに座り込み、目の前の壁をじっと見つめた。

 

 

 「…………。」

 

 

 静かにしていると、下の階から物音が聞こえてくる。

 

 

 (母さんか……。)

 

 

 今日は多分、父さんもいるだろう。

 

 

 「…………。」

 

 

 二人がいる日に早く起きてしまうのは、少し損だろうか……。

 

 俺は枕を見つめ、片手を置き、少し沈み込ませた。

 

 

 「…………。」

 

 

 いや……、これでいい。

 

 十分、二十分寝て、今より気分が良くなるとは思えない。

 

 それに……。

 

 ……。

 

 

 「はぁ……。」

 

 

 額を押さえ、思考を止めようとする。

 

 が、そんなことはできない。どうしても考えてしまう。

 

 もし――。

 

 もしあの夢で、あの炎に焼かれていたら……。怪物の鋭利な歯に、体を引き裂かれていたら……。

 

 自分は一体……どうなっていたのだろうかと……。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 AM6:50 六骸家一階・ダイニング

 

 

 

 気持ちの切り替えはまだ済んでいないが、朝の食事の席、俺は父親に坂力の自殺の件について、それとなく話を振った。

 

 

 「ん、ああ。お前は何か見てないのか? いじめとか。」

 

 「いや……。」

 

 

 それは無い……と思うが、坂力の学外での交友関係についてはまだ詳しく分かっていない。

 

 その方面で何かトラブルがあった可能性は捨て切れない。

 

 ネットを使えば、誰とでも繋がり放題だしな。

 

 

 「何か面白い情報はないのか?」

 

 

 駄目元で聞いてみる。

 

 

 「あー、昨日の夕方……四時頃だったかな。コンビニで万引きしてた奴がいてな。止めたら殴りかかってきたんで、ボコボコにしといた。店員との連携攻撃、お前らにも見せてやり――」

 

 「そういう冗談飽きた。」

 

 

 父親のふざけた話にうんざりしたのか、裁朶姉が横から口を出す。

 

 俺も今の話は冗談だと思うが……。

 

 ……四時頃。俺は昨日それぐらいの時間にコンビニに行っている。

 

 ……。奇妙な一致だ。見られていたんじゃないかと疑う。

 

 いや、もうさっきの会話で坂力のことを調べていると気付かれたかもしれない。

 

 髪をやや赤く染めていて、見た目は不良っぽいが、これでも俺の父親は警察官。しかも刑事だ。当然、頭は良い。

 

 表面上へらへらしてても、それは相手を油断させる為の演技。本当は何を考えているか分からない。

 

 

 「…………。」

 

 

 まぁ……、別に殺人事件のことを調べてる訳じゃない。そんなに警戒することもないかもしれない。

 

 

 「あ! 修人。今日からナイ・・復活だから、時間があったら話しかけてあげてね。裁朶ちゃんも。」

 

 

 突然、母さんが台所から飛んできた。

 

 朝から嬉しくないニュースを聞かせるのはやめてほしい。

 

 

 「時間があったらな……。」

 

 

 俺はいつも通り適当に流す。

 

 

 「寒いギャグ言わせないようにしたよね?」

 

 「ふふ、アップデートの詳細はトップシークレット。実際に本人と話して確かめてね。」

 

 「はいはい。」

 

 

 裁朶姉は真面目に付き合ってるようだが、俺には何が面白いのか分からない。

 

 

 「なぁ、稀猗まれあ~。俺は?」

 

 「駄目。」

 

 「絶対ふざけるでしょ。」

 

 「何だ、気に入ってたのに。」

 

 

 寒いギャグを覚えさせた父さんは、犯罪者扱いで仲間から外されている。

 

 俺も似たようなことをして逃げたいが、母さんを怒らせたくはない。母さんは怒ると怖いのだ。

 

 真面目に従うのが一番……。

 

 

 「はぁー、修人裁朶も、全く話聞いてくれなくなったし、何でこんなに真面目になっちまったのか。」

 

 「……。親が反面教師だったんだよ。」

 

 「えー、マジか。」

 

 

 何で自覚が無いのか。

 

 

 「忘れてないからな。俺の名前を輝かせようとしたってことを。」

 

 

 子どもにキラキラネームを付けるような親が慕われると思うな。

 

 

 「ああ、名前。修人の名前は裁朶ちゃんが決めたのよ。」

 

 「一歳の時か……。名前辞典を母さんが開いて……、あたしが触った場所の名前にするっていう決め方だったんでしょ?」

 

 

 何だって?

 

 

 「おい! それ初耳だぞ!! 太郎とかだったら流石にやり直したろ!?」

 

 「一発勝負♪」

 

 

 …………。

 

 

 「裁朶姉。今なら心の底からありがとうと言える。」

 

 「ふ……ふふふ、六骸 太郎って……。」

 

 

 おい、折角、感謝してるのに笑うな……。

 

 

 「大丈夫だ。俺がそんなの認めないからよ!」

 

 

 父さんが笑顔で肩を叩いてくる。

 

 

 (こいつら……。)

 

 

 ほんと疲れる。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 AM7:15 六骸家二階・六骸修人の部屋

 

 

 

 食事を終えた俺は、部屋で出発時間が来るのを待っていた。

 

 今日は学校で……どうするか。

 

 藤鍵からの連絡はまだ無い。

 

 

 (…………。)

 

 

 正直、あいつの考えにはあまり期待できない。

 

 

 (頭、悪いからな……。)

 

 

 考えがあるようなことは言っていたが、本当に良い案を出せるのかどうか……。

 

 

 (……。不安だ……。)

 

 

 ここはやっぱり、俺が何とかするしかないか……。

 

 勝手に調べるとしよう。

 

 まずは……坂力 毅の隣に住んでいる奴の話を聞くことだな。

 

 平日は仕事……に行ってる可能性が高いから、休みの日……となると、四日後の土曜日か。

 

 ……。遅い時間に行けば会えるかもしれないが、疲れてる時に尋ねるのは迷惑だろうし、それがいいだろう。

 

 

 (……。後は…………。)

 

 

 昨日考えたことを藤鍵に話すのは……まぁ、会えたらでいいか。

 

 

 「……。はぁ……。」 (さて……。)

 

 

 俺は椅子から立ち上がり、部屋から出た。

 

 携帯の時計が十九分。もう出る時間になる。

 

 メールは……。

 

 

 (ん……?)

 

 

 一通来ていた。

 

 

 (藤鍵か……?)

 

 

 そう思って、メールのアイコンをタップ。

 

 

 (……?)

 

 

 俺は表示されたものを見て、少し固まった。

 

 届いたメールの件名には、「警告」と書かれている。

 

 内容が気になり、すぐタップして開く。

 

 そして表示された短い文章。その内容に、俺は衝撃を受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「コレイジョウ コノジケンニ カカワルナ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           ~ Another Side ~

               -藤鍵ふじかぎ 賭希とき

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 PM0:45 浅夢高校一階・学生食堂

 

 

 四時間目が終わり、昼休みになった。

 

 俺は朝注文していた弁当を受け取る為、急いで教室から出て、階段を下り、学食へと向かった。

 

 授業の他にも色々考えてた所為で疲れた。早く飯を食いたい。

 

 そんな思いでいた為、俺は先に待つ危険に気付かなかった。

 

 

 「よー、藤鍵ぃ!」

 

 「っ!?」

 

 

 俺は学食の入口で停止した。

 

 赤髪の女子生徒がこちらに向かって凄い勢いで走ってくる。ほんと凄い勢いで。

 

 

 (やばっ……!!)

 

 

 俺は逃げ――。

 

 

 「ぐっ……!?」

 

 

 ――ることはできなかった。すぐ追い付かれ、服を掴まれてしまった。

 

 

 (くっ、首が……!)

 

 

 引っ張られ……締まる……!!

 

 

 「くっ……!!」

 

 

 女に力で負けるのは……男として屈辱……! だが……!

 

 

 (このままじゃ坂力みたいになっちまう……!)

 

 

 俺は諦めて力を抜いた。

 

 

 「ハハッ!!」

 

 「……。」

 

 

 捕まってしまった……。

 

 笑顔が怖いこの女の名前は、戦中いくさなか 轆轤ろくろ。何でかは知らないが、入学時から顔を見る度に絡んでくる。

 

 とても女とは思えない程に喧嘩っ早くて、人の話を聞かない。この寒い時期ですら半袖で過ごしている、浅夢高トンデモ学生の一人だ。

 

 一応、二年で先輩だったり、女子陸上部のエースだったりするので、滅多なことは言えないが……。今のところ、この世で一番会いたくない人間ナンバーワンだ……。

 

 

 (くそ……。)

 

 

 昨日だって、こいつに絡まれた所為で修人を待たせてしまったのだ……。

 

 何で今日もまたこんなことに……。エンカウント率増してないか?

 

 

 「観戦していけ!」

 

 「何を!? いやっ、ちょっと! 俺トイレにいぃ!!」

 

 

 話は聞いてもらえず、凄い力で引き摺られる。

 

 

 「はぁ~……。」

 

 

 連れて来られたのは、学食のカウンター。

 

 そこで深い溜息をついていたのは……、修人の姉さん……!?

 

 

 「裁朶姉……。安いからってすぐ買うなよ……。」

 

 

 更にすぐ近くから、聞き慣れた声がした。なんと修人もいる!

 

 

 

 

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 「あれ……!? 修人何でこんな場所で……?」

 

 

 注目されるのが嫌だから、いつも教室にいる修人が、珍しく学食で弁当やパンを食べている。

 

 

 「ん、いや……、ちょっと気分転換にな。思いっきり失敗したが……。」

 

 「売られた喧嘩は買う。売り切れになるまで。」

 

 

 修人の姉は修人を見て少し笑いながらそう言うと、轆轤の方に向き直った。

 

 

 「へへっ。」

 

 

 轆轤も笑っている。相手がやる気なのが嬉しいのか……。

 

 しっかし、迷惑だ。何もこんな場所で始めなくても……。

 

 

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 俺は修人の近くに避難し、助けをうた。

 

 

 「……修人、何とかしてくれ。カウンターに近付けねぇ……。」

 

 「裁朶姉。」

 

 「分かってる。」

 

 

 修人の姉は返事をすると、凄いスピードで轆轤に掴みかかり、カウンターから轆轤を引き剥がした。

 

  

 (今だっ!!)

 

 

 ニ体の猛獣が消えたことで、まだ弁当を貰っていない生徒達が学食のカウンターに殺到した。

 

 何か……学食の店員も含めて、皆笑ってるけど、こんなイベント望んでないからな。もうやめてくれよ……。

 

 

 「はぁ……。」

 

 

 問題無く弁当を手に入れた俺は、修人の所に戻り、少し離れた場所で格闘する修人の姉ともう一匹に目を向けた。

 

 

 「修人。本気出せば、あの二人止められるか?」

 

 「変に目立ちたくない。」

 

 

 無理とは言わない修人

 

 久しぶりに本気を出す修人も見てみたいが……。

 

 

 「賭希とき。」

 

 「ん?」

 

 

 不意に呼ばれた。聞き慣れた声で。

 

 

 「えっ、兄さん……? 何で……。」

 

 

 横から近付いてきたのは、兄の藤鍵ふじかぎ たまきだった。

 

 今三年生は自由登校期間だから、来る必要はない筈なんだけど……。

 

 

 「……まだあいつらやってんだな。」

 

 

 兄さんは、激しく格闘する修人の姉と轆轤の方に目を向けると、そう言った。

 

 

 「運動は食後の方が良いってのに……。」

 

 「君も大変だろう?」

 

 「あぁ、はい。まぁ。」

 

 

 話しかけられ、雑に答える修人

 

 この二人が話すところを見るのは初めてだな。

 

 

 「オッス、先輩!」

 

 「?」

 

 

 男三人で会話している所に、一人の女子生徒が入ってきた。

 

 ピンクがかった髪で……小柄の……。

 

 

 「ほら。」

 

 

 兄さんは、その子に持っていた紙を手渡した。

 

 

 「おぉーっ、流石! 仕事が早いです。」

 

 「何度も言うが、少しは自分でやる努力をしろよ。」

 

 「分かってますって、これで6時間目のテストは楽勝です!」

 

 

 そうか……、たまに勉強を教えているとか言っていた麗蓑れみの レミさんか。

 

 学年は俺や修人と同じ一年の筈。

 

 

 「いたたたた! ギ……、ギブ! ギブだってば裁朶ぁ!」

 

 

 一方、修人の姉は、轆轤腕挫十字固うでひしぎじゅうじがためを極めていた。

 

 向こうの勝負はもう決着がつきそうだ。

 

 

 「――! え、な、何やってんのあれ……!?」

 

 「……。」

 

 

 ん? 麗蓑さん修人に話しかけてる? 知り合いなのか?

 

 

 「お前ら……、用が済んだら早くどっか行ってくれ。裁朶姉も……!」

 

 

 姉と轆轤の格闘で、だいぶ周囲がざわつき、修人は明らかに不機嫌になっている。

 

 何とかしてやりたいが……。

 

 

 「……!!」

 

 

 俺は固まった。

 

 轆轤を倒した修人の姉がこっちに向かってくる。

 

 何の……。

 

 あ、いや、弁当を買っている。

 

 どうしよう。逃げるならこのタイミングか……?

 

 

 「……!?」

 

 

 だが、俺はまた固まった。

 

 修人の姉が今度こそ俺達の所に来たのだ。

 

 そして無言で修人の隣の椅子に腰掛け、弁当を食べ始めた。

 

 

 「どっか行けって言っただろ。」

 

 「だからここに来た。」

 

 「はぁ……。」

 

 

 修人は遂に耐えられなくなったのか、弁当を持って席を立ち上がり、学食の出入り口に向かっていく。

 

 

 「あ、じゃあ俺も失礼。」

 

 

 修人に続いて、俺もその場を離れる。このチャンスを逃す訳にはいかない。

 

 

 「あっ、私も行きますね。大学頑張ってください、先輩!」

 

 

 麗蓑さんも居辛くなったようで、そそくさと去っていく。

 

 

 「アッハハハハハハ! やっぱつえーよ裁朶ぁ!」

 

 

 轆轤の笑い声が、後ろから聞こえて来た。

 

 あいつ一人だけ幸せとは……何だかなぁ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           ~ Another Side ~

               -六骸 修人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 PM0:52 浅夢高校二階・一年I組の教室

 

 

 学食を去り、教室まで戻ってきた。

 

 

 「あぁ、そうそう。修人、親からは何か聞いた?」

 

 

 一緒に付いてきた藤鍵が、生徒の数が少ないのを見て、例の話をしてくる。

 

 

 「いや、特には。」

 

 

 ……。藤鍵は、俺の父親に期待していたんだろうか? ドラマみたいに情報漏らす訳ないのに。

 

 

 (やっぱり……、こいつの考えは当てにしない方がいいな。)

 

 

 さて……、どうするか。

 

 考えたことを全部メールに書いて送ろうかとも思ったが……今ここで話してしまうか……。その方が楽だし。

 

 

 「警察も……遺書があんな内容だからな。自殺ってことは分かっても、その原因は分からないだろう。

  最悪、坂力は頭がおかしくなって自殺したと、そう判断されるかもしれない。」

 

 「それは……。」

 

 「後は……坂力の親はどうするだろうな。

  お前みたいに納得せず、調査を依頼し続けるか……。」

 

 「修人も……、やっぱり限界だと思う?」

 

 「…………。」

 

 

 俺はその後、昨晩考えたことを藤鍵に話した。

 

 

 「う~ん……。そうなるかぁ……。」

 

 「俺は休みの日……土曜か日曜にもう一回白城マンションに行ってみるつもりだけど、お前はどうする?」

 

 「それは……俺も行く。」

 

 「そうか。」

 

 

 藤鍵は納得したのか。付いてくるようだ。

 

 

 「後、そうだ……。お前、今朝何か変わったことなかったか……?」

 

 「え?」

 

 「あー、何もないならいい。」

 

 

 余計な話はやめよう。もうすぐ昼休みも終わる。

 

 

 「……ああ。」

 

 

 おっと、忘れるところだった。

 

 

 「俺、坂力の顔を知らないんだが、写真持ってないか?」

 

 「いや、無いけど……。」

 

 「そうか……。」

 

 

 仕方ない。担任を騙すとするか……。

 

 

 

 

 PM3:15 浅夢高校二階・一年I組の教室

 

 

 

 

 「あぁ、先生。」

 

 「ん?」

 

 

 帰りのホームルームが終わった後、俺は担任に声を掛けた。

 

 

 「自殺した坂力君のことなんですけど、前に気になることを言っていた生徒が居て、それが坂力君なのか確かめたいので、写真を見せてくれませんか?」

 

 「……あ、あぁ、分かった。じゃあ職員室に来て。」

 

 

 上手くいった。これで坂力の顔が分かる。

 

 俺は担任に続いて、職員室まで行った。

 

 途中、他の生徒達がちらちら見てきたが、別に問題を起こした訳じゃない。堂々とする。

 

 担任は、名簿を持ってくるからと言い、俺をカウンターで待たせ、職員室の中に入っていった。

 

 

 「…………。」

 

 

 ほどなくして、顔写真付きの名簿を持った担任が出てきた。

 

 

 「六骸。これだ。」

 

 「……!」

 

 

 E組……坂力 毅の写真……その顔は……。

 

 間違いない。今朝の夢の中に出てきた奴と……同じ。

 

 もしやという思いはあった。だが、本当にそうとは……。

 

 

 「あー、すいません。坂力君じゃないですね。」

 

 「あぁ、そうか……。」

 

 

 気まずい空気になったが、想定内だ。気にしない。

 

 その後、担任が悩みがあれば周りに相談するようになどと言ってきたので、俺は適当に相槌あいづちを打ち、その場を去った。

 

 

 「ふぅ……。」

 

 

 簡単にバレるような嘘じゃないとはいえ、他人を騙すのは緊張するな。

 

 まぁとにかく、大成功。欲しい情報はしっかり手に入った。

 

 

(さて……、帰るか……。)

 

 

 短い時間に収穫が二つ・・……。

 

 大したものではないが、満足感はあった。

 

 

 

 

 PM3:45 帰り

 

 

 

 

 「…………。」

 

 

 帰りのバス内。

 

 後部座席で揺られながら、窓の外を流れゆく景色を見つめることに飽きてきた頃。

 

 俺は今朝に見た夢のことをまた思い出していた。

 

 

 (現実と見紛う程リアルな……悪夢。)

 

 

 あの肌の焼ける感覚……。耳に響く怪物の鳴き声……。

 

 今考えても、夢だったとは思いたくない程の衝撃だ。

 

 自分は何か……、特殊な能力に目覚めてしまったのか……?

 

 答えが見つからないあまり、そんなことまで考えてしまった。

 

 

 (…………。)

 

 

 夢の中で、坂力は何と言っていた……?

 

 「あいつが俺を殺したんだ」とか言ってなかったか……?

 

 坂力は殺された……?

 

 

 (いや……そんな筈はない……。)

 

 

 坂力は間違いなく自殺している。警察が嘘を吐く筈ないだろう。

 

 

 (…………。)

 

 

 自殺させられた……という可能性はどうだ?

 

 例えば催眠術で操られたとか……。薬を盛られたとか……。

 

 

 (…………いや。)

 

 

 催眠術なんて有り得ないし、薬の所為なら、警察がそう言う筈だ。

 

 

 「はぁ……。」

 

 

 俺は座席の背にもたれ、脱力した。

 

 駄目だ……。疲れで少しおかしくなってる……。

 

 俺は一体何を考えてんだ? あれがヒントになるとでも思ってるのか?

 

 夢と現実をごっちゃにするな。

 

 俺はそう強く、自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 PM4:20 六骸家一階・リビング

 

 

 

 

 帰宅し、手洗いを済ませ、荷物を部屋に置いた俺は、朝の会話を思い出し、リビングを覗いた。

 

 

 (母さん言ってたな。ナイ君復活って……。)

 

 

 テレビの横には、以前と同じように、バスケットボール程の大きさの――骸骨の形をした装置が置かれていた。

 

 

 (誰も居ない内に確認しておくか……。)

 

 

 後でびっくりするのは御免だ。

 

 俺は骸骨の前に座り、頭に付いているスイッチを押した。

 

 すると――

 

 

 《ウイィィィン》

 

 

 という起動音と共に、骸骨の頭の天辺から光が放たれ――

 

 そこに手の平サイズの少女が出現した。

 

 ホログラムのだ。

 

 頭にちっこい骸骨が乗っており、額と頬っぺたにはプラスマークが赤く光っている。

 

 名前は六骸りくがい 無意ない。母さんに言わせれば、我が家の五人目の家族だ。

 

 

 「あっ、お帰り! お兄ちゃん!」

 

 

 起動が完了し、俺を認識したそれは、早速声を掛けてきた。 

 

 体を妖精のように発光させながら、青色の瞳をキラキラと輝かせ、ダックスフンドのような髪をゆらゆら揺らし、喜びをこれでもかと伝えてくる。

 

 

 (…………。)

 

 

 こういうものが好きな人間の気持ちは、理解できる。

 

 可愛く慕ってくる姿はとても愛らしく、庇護欲を掻き立てられるものだ。

 

 最新の音声合成技術で声に違和感が無ければ、尚更、悪感情を抱く余地はないだろう。

 

 しかし――。

 

 

 「やっぱり……、これはないな……。」

 

 

 俺は受け付けなかった。

 

 ナイが生まれてからもう五年経つが、未だに俺はこいつのことが好きになれない。

 

 AIの美少女と会話することには抵抗があるし、他にも気に入らない部分が多々ある。

 

 

 「はい、ナイです☆」

 

 「はぁ……。」

 

 

 自分の母親がこんなものを作り出していることに少し傷つく。

 

 膨大な会話パターンを学習しても、適切な返答を返すことはまだできない。

 

 母さんは、ちょっと馬鹿なところも可愛いと言っていたが、俺にとっては、そんな奴との会話は苦痛でしかない。

 

 だから――

 

 

 「何か変わったのか?」

 

 

 余計な話はしない。

 

 

 「更新情報ですね? え~っと。

  防犯機能が強化。後、なんと着せ替えができるようになりました!」

 

 

 ああ……そうか。

 

 

 「また余分な機能が足された訳だ。」

 

 「意味が無いことなんて無いです。」

 

 「ないないうるさいぞ。」

 

 「ナイですから。喋らないナイなんてナイじゃ無いで――」

 

 

 俺は電源を落とした。すぐに少女は消える。

 

 

 (これ以上話しても、ストレスが溜まるだけだ。)

 

 

 俺は小さく溜息をし、リビングを去った。

 

 

 

 

 PM7:56 六骸家一階・リビング

 

 

 

 

 「あ、修人修人ナイ君とはもうお話しした? えた?」

 

 

 夜の時間。見たい番組があったので、テレビがあるリビングに来たのだが、そこに居た母さんにいきなり詰め寄られた。

 

 

 「着せ替え機能なら使ってないぞ。」

 

 「えぇー、折角、学生服とかメイド服とか色々作ったのにぃ。」

 

 

 そんなところだろうと思った。

 

 

 「あんな薄いキャラに萌えも何もねーよ。」

 

 「何かが足りないのがナイ君なのにー。」

 

 

 そう言って楽しめるのは、作った本人くらいのものだろう。

 

 しっかし、四十近くになっても母さんの若々しさは消えない。この元気の良さが老後まで続いたらたまらん。

 

 

 「母さん、職場でもそんな感じなのか?」

 

 「おっと、それはトップシークレット。」

 

 

  謎だ。母さんだけは絶対に他人に見せたくない。父さんとどういう成り行きで結婚したんだか……。聞いても教えてくれないだろう。

 

 

 「うっさいなぁ……。」

 

 

 あぁ、裁朶姉も居たのか。

 

 見ると、テーブルにノートやら教科書やらを広げている。

 

 

 「勉強してるのか? 自分の部屋ですりゃいいのに。」

 

 「この後、録り溜めてたアニメ観る。」

 

 「私も~。」

 

 

 だからこの二人ここに居たのか。

 

 なら仕方ない。俺はダイニングのテレビを使うとしよう。

 

 

 《ウイィィィン》

 

 

 俺が去ろうとすると、母さんがナイを起動した。

 

 

 「何か御用でしょうか☆」

 

 「はぁ、可愛いわ~。やっぱ男の娘っていいわ~。」

 

 

 可愛いのは認めてもいいが、その設定はやめろ。どう見ても女だろうが。

 

 

 「母さんいつからオタクなんだよ……。」

 

 「それはトップシークレット~♪」

 

 

 謎だ。

 

 

 

 

 

 PM10:00 六骸家二階・修人の部屋

 

 

 

 そんなこんなで、今日も一日が終わろうとしている。

 

 俺は目覚まし時計のアラームを設定した後、携帯をいじり、メール画面を開いた。

 

 朝届いたメールは、まだそのままにしてある。

 

 これの送り主は誰か……。

 

 授業中にも色々考えてみたが、結局答えは出なかった。

 

 誰かの悪戯か……。それとも本当に坂力のことを調べられたくない奴がいるのか……。

 

 どちらにせよ……、面倒だ。

 

 

 「はぁ……。」

 

 

 全く……昨日から色々と起き過ぎだ。ちっとも脳が休まらない。

 

 俺はベッドに倒れ込んだ。

 

 今日はもうやめにしよう。

 

 明日……。明日また考える。

 

 

 「…………。」

 

 

 これだけ疲れていれば、すぐに眠れるだろうか。

 

 願わくば、五分か十分くらいで沈みたい。

 

 

 (忘れてることは……ないよな。)

 

 

 俺は少し不安になったが、すぐ思考を止め、電気を消し、布団に潜り込んだ。

 

 

 …………。

 

 ………………。

 

 ……………………。

 

 

 (あぁ……くそ。)

 

 

 トイレ行きたくなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 この時の俺はまだ、自分が日常の中にいると思っていた……。

 

 眠ればいつもと変わらぬ明日が訪れると……そう思っていた……。

 

 ……当然だ。

 

 俺は何一つ無茶はしていない。

 

 誰が気付ける? この時点でもう引き返せないところまで進んでいるだなんて……。

 

 ……。

 

 理不尽ってのは……本当に嫌になる。

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何もかも……消し去りたくなるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   (Episode 1 ―― End