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ホラー小説『死霊の墓標 ✝CURSED NIGHTMARE✝』 第2話「明日無き日常」(1/3)

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  一・浸蝕

 

 

 

 二月四日(水)

 

 

 六骸りくがい家・二階六骸 修人りくがい しゅうとの部屋

 

 

 

 「…………。」

 

 

 意識が鮮明になると同時に、心地良い睡眠時間の終わりを悟る。

 

 多少の抵抗はあったが、いつもと違う清々しさを感じ、俺はすぐに上半身を起こした。

 

 

 「…………?」

 

 

 何だか頭がすっきりしている。いつもある倦怠感が、今日は無かった。

 

 

 (……奇跡か?)

 

 

 もう絶対に得られないと思っていた感覚――。

 

 これほどまでの快眠はいつ以来だろうか……?

 

 

 (いや、待て――)

 

 

 はっとして目覚まし時計の針を確認する。

 

 六時――。

 

 

 (マジか……。)

 

 

 アラームより三十分早い。それでいてこの身体の軽さ。

 

 最高の目覚めであることは最早疑いようが無かった。

 

 俺はアラームを解除した後、寝間着から普段着に着替えた。調子が良い所為か、寒さがちっとも気にならない。

 

 

 「はぁー……。」

 

 

 この分なら、今日のあれこれは楽に乗り切れるだろう。

 

 俺は軽快な足取りで部屋から出た。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 一階に下りた俺は、顔を洗っておこうと思い、洗面所へ入った。
 

 鏡を見ると、寝癖は大してできていない。

 

 とはいえ、前髪は目にかかるほど長いので、だらしないのは変わらない。

 

 

 (そろそろ切らなくちゃな……。)

 

 

 最近は面倒になって、自分で切るのが普通になった。

 

 その所為か、少しバランスは悪い。

 

 だが俺は、別にそれでいいと思っている。

 

 父さんや母さんに似て顔立ちが良いのが災いし、昔から女にモテてはトラブルになることが何度かあった。

 

 俺としては、男女関係なんてトラブルの元を抱え込む気はないから、告白されても即断る。

 

 モテるのが嫌で、暗い表情をするようにもなったし、周りに冷たく接するようにもなった。

 

 高校生ならば、もうその必要はないかもしれないが、リスクは極力避けたい。

 

 俺は自分の性格をよく理解している。警察沙汰になるのは御免だ。

 

 

 「はぁ……。」

 

 

 いかん。思考がネガティブな方向に流れてしまった。折角、気分の良い朝なのに。

 

 俺は洗面台の水を出し、顔を洗った。

 

 冷たい水が思考の毒を洗い流しはしないが、肌の汚れは落ちただろう。

 

 幾らだらしなくすると言っても、清潔感まで失うつもりはない。

 

 

 《ダッダッダッダッダッ!

 

 

 (……? 裁朶姉さばたねえか?)

 

 

 突然、誰かが階段を下りてくる音がした。今の音は静かな朝に響く。何をそんなに急ぐ必要があるのか。

 

 ……いや、もしかしたら今のは母さんかもしれない。

 

 

 (母さんが寝坊……。ってことは、今日は俺が一番乗りか?)

 

 

 こんなことで調子が上がるのも自尊心が傷つく。あまり考えないことにしよう。

 

 俺は顔を拭き、洗面所から出た。

 

 一瞬、階段に目をやるが、特に変わったところはない。

 

 

 (母さん、今日も早いのかもな。)

 

 

 俺はそんなことを思いながら、ダイニングへ向かった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

  「…………。」

 

 母さんが起きたにしては、ダイニングはやけに静かだった。

 

 それもその筈、台所まで行ったが、母さんの姿は何処にもなかった。ここには来ていないのだ。

 

 

 (さっきのは母さんじゃなかったのか?)

 

 

 それともリビングやトイレに行ったか。

 

 可能性はある。

 

 この時点で妙な胸騒ぎはしたが、俺は無視して、トイレへ向かった。

 

 食事の後でいいと思ったが、空いているようなら今してしまおう。

 

 ウチの親はトイレの鍵をかけない派なので、数回ノックする。

 

 返事は返ってこない。

 

 扉を開くと、誰も居なかった。

 

 

 「ふー……。」

 

 

 一瞬、張り詰めた空気がすぐに弛緩し、思わず溜息が出る。

 

 トイレに入った俺は扉を閉め、速やかに用を足す。

 

 

 《~~~~~~》

 

 

 《ダッダッダッダッダッダッ!

 

 

 「……!?」

 

 

 突然の音に驚き、後退しそうになったが、今、この場を離れることはできない。

 

 

 「…………。」

 

 

 出すものを出し終わった時、もう何かが走るような音は聞こえなくなっていた。

 

 ズボンのチャックを閉めた俺は、トイレの扉を開け、音の正体を確かめに行く。手はその途中で洗った。

 

 一階には……見当たらない。

 

 

 (何なんださっきから?)

 

 

 俺は天井を見上げた。

 

 

 (二階に行ったのか?)

 

 

 今の音は、上の方から聞こえた気がする。

 

 

 (まさか不法侵入――なんてことはないよな? 裁朶姉や母さんの悪戯か?)

 

 

 どちらにしても、マジでキレるのは間違いない。

 

 

 「はぁ……。」

 

 

 (駄目だ……落ち着け。)

 

 

 怒りに支配されても良いことなんてない。どんな状況でも冷静さを失うな。

 

 

 「すぅ……はぁ……。」

 

 

 俺は額に手を当て、深呼吸する。

 

 人は怒るなど、強いストレスを受けた時、コルチゾールという脳内物質が多量に分泌されるという。

 

 それは人間が生きていく上には必要不可欠なホルモンではあるが、増え過ぎると海馬に悪影響を与え、記憶・学習能力が低下――認知症鬱病のリスクを高めると言われている。

 

 だから、そうだろう? 怒るなんて以ての外なのだ。

 

 

 (とりあえず、確認しよう。本当に不法侵入なら冷静に叩きのめす。)

 

 

 俺は二階に向かう。

 

 

 「…………?」

 

 

 そこで――俺は重い事実に直面することになった。

 

 

 (階段……。)

 

 

 階段が……、消えている。

 

 まるで最初から無かったかのように、そこはただの壁と化していた。

 

 

 「…………。」

 

 

 急に世界が安定感を失った。

 

 俺は壁に手をつき、崩れた。

 

 頭の片隅に追いやった可能性が牙を剥いた。

 

 そう、俺はまた見ていたのだ。現実と見紛う程、リアルな夢を。

 

 

 (どうなってるんだ……?)

 

 

 訳が分からない。

 

 ただの疲れが見せた明晰夢じゃないのか?

 

 俺は頭を抱えた。

 

 こうして変化が訪れるまで、全然気付かなかった。

 

 どう見てもここは自分の家だ。

 

 玄関の靴の並びも、床の細かな傷も、匂いも。

 

 夢にしては精巧過ぎていた。

 

 何より恐ろしいのは――

 

 

 (…………くそ。)

 

 

 痛みを感じることだ。自分の手をつねってみたが、今回も確かに感じる。

 

 夢の中で痛みを感じるというのは有り得ない話ではないが……。

 

 

 (…………駄目か。)

 

 

 体のあちこちを強めに抓ってみたが、痛みで起きることはできそうにない。

 

 

 (どうすりゃいいんだ……?)

 

 

 俺はまたあの怪物が現れるのではないかと思い、壁を背にし、周囲を警戒した。

 

 そうしたところで前回の夢の最後のように来られたらどうしようもないが、とにかく早く安心を得たかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《ダッダッダッダッダッ!!

 

 

 「っ!?」

 

 

 背後の壁の向こうから大きな足音。

 

 俺は壁から距離を取り――

 

 

 (炎は……。)

 

 

 前回の夢のように炎を使えれば……。

 

 ある程度の脅威は怖くない。

 

 俺は……とにかく強く念じた。

 

 あの輪郭が白く、中身のドス黒い炎の姿を思い出す。

 

 しかし、どれだけ念じても腕から炎は噴き出ない。

 

 それどころか、何の変化もない。

 

 

 (何でだよ……。)

 

 

 愚問だった。

 

 怒れと言われて本気で怒れないのと同じ。前回のように感情が昂った時でなければ厳しいのだろう。

 

 何となくそんな気がした。

 

 

 「…………。」

 

 

 下手に動き回るのは危険だろうか?

 

 ……いや、俺はこの現象について何も……殆ど分かっていない状態だ。

 

 情報は行動しなければ手に入らない。

 

 これがどういったものなのか解き明かさなければ……。

 

  解き明かさなければ……何だ? どうなる?

 

 

 「はぁ…………。」

 

 

 やはり……、行動はするべきだ。このままでは埒が明かない。すっきりしないままだ。

 

 俺は逃げることを諦め、まだ覗いていないリビングの方に行くことにした。

 

 電気のスイッチはどういう訳か機能しなかった為、薄暗い空間を進んでいく。

 

 

 「…………。」

 

 

 まだ自分の家の形は殆ど保たれている。

 

 その所為か、何処か安心感があった。

 

 しかし、リビングに足を踏み入れた瞬間、その感覚は消え去った。

 

 

 (……!?)

 

 

 そこでは壁の一部分が崩れ、マンホールサイズの巨大な穴ができていた。

 

 中から、大量の虫が湧き、リビングを浸蝕している。

 

 薄暗くてよく見えないが、あの動きは恐らく蟻だ。

 

 冬に羽アリなど思いっきり季節外れだと思うが、夢に常識は通用しなかった。

 

 俺は虫が苦手という訳ではないが、数十匹も一度に来られたら流石に堪らない。

 

 リビングのドアを閉め、見なかったことにする。

 

 

 (いや、そうだ……。殺虫スプレーがあれば……。)

 

 

 確かダイニングの棚にあった筈。コードレス掃除機も。

 

 俺は状況が悪化した時のことを考え、装備を整えることにした。

 

 夢の中だから物の位置が変わっている――ということはなく、俺はすぐに殺虫スプレーとコードレス掃除機を手に入れた。どちらも記憶と同じ場所にあった。

 

 そして両方機能する。虫に関してはこれで対処できるだろう。

 

 後は……懐中電灯も必要だろうか?

 

 携帯は二階の自室に置いてきている。明かりがないと万が一、暗くなった時に困る。

 

 しかし、注意しなければならない点が一つ。

 

 確か虫の走光性には正と負があった。正は光に向かい、負は暗闇に向かう性質で、羽アリの場合は前者だった筈。

 

 スマホなどのLED光ならば寄ってくる虫は少ないが、ここにあるライトは古いタイプだ。

 

 俺はとりあえず、棚から出した懐中電灯を上着のポケットに入れ、殺虫スプレーとコードレス掃除機をメインで使うことにした。

 

 例の炎が使えればこんなもの必要ないのだが、仕方ない。

 

 武器を手にした俺は、急いでリビングに戻った。

 

 さっきより虫が増えてきているが、まだそこまで深刻な状態になってはいない。

 

 

 (物陰に入った奴はスプレーで何とかするしかないな。)

 

 

 俺はとりあえず元を断つ為、掃除機で虫を吸いながら穴に接近し――

 

 

 《シュー!》

 

 

 壁に開いたでかい穴に、素早く殺虫スプレーを撒いた。

 

 

 (これで収まるといいが……。)

 

 

 俺はその後、穴の外に出ていた虫を掃除機で吸っていった。

 

 

 「…………。」

 

 

 結構な量の羽アリを吸った。

 

 スプレーで弱っているとは思うが、まだ何匹かは掃除機の中で生きているだろう。

 

 出てこないとは思うが、不安と気持ち悪さは消えない。

 

 俺は最後に部屋全体に殺虫スプレーを撒き、リビングを去った。

 

 

 (……朝が来ればこの悪夢は終わるのか?)

 

 

 前回はそうだった。

 

 目覚まし時計のアラームが鳴る時間が来れば、確実に起きられるだろう。

 

 ……もしくは、誰かに叩き起こされるか。

 

 それまでは、このよく分からない空間でひたすら耐えるしかないのか。

 

 

 「……!」

 

 

 ふと足元を見下ろすと、羽アリが一匹、足に上ってきていた。

 

 すぐに掃除機で吸引する。

 

 

 「はぁ……。」

 

 

 (こんな馬鹿みたいなことがあるか……?)

 

 

 何かの病気にかかったか?

 

 それとも死んだ坂力の呪いか?

 

 

 (ふざけるな……。)

 

 

 ドス黒い感情が湧き上がってくる。

 

 

 (こんな理不尽認められるか。)

 

 

 俺は感情を昂らせながら、ダイニングへと戻った。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

  一つ、気付いた。

 

 今までは……薄暗い場所で見ていたから気付かなかったことだ。

 

 殺虫スプレーで殺した蟻の死骸に光を当てよく見てみた時、衝撃が走った。

 

 全身が赤かった

 

 一瞬、特定外来生物ヒアリかと思ったが、どうも違う。

 

 まるで血に濡れたように鮮やかな赤なのだ。

 

 少なくとも俺の知っている種ではない。

 

 全身が赤くて、顔の部分には白い点が二つ。

 

 

 

 《ガコオオオォォォン!!

 

 

 「!?」

 

 

 ダイニングの机で蟻を調べていると、リビングの方から大きな音がした。

 

 あれは多分……家具が倒れた音だ。

 

 

 (嫌な予感しかしない……。)

 

 

 けど確かめない訳にはいかない。

 

 俺は再度殺虫スプレーと掃除機を手に取り、リビングの方へと向かった。

 

 ドアは閉めてしまっているから、近付かなければ中の様子を確かめることはできない。

 

 俺は耳を澄ませた。

 

 

 《ダッダッダッダッダッダッ!

 

 

 いる。ずっと探していた大きな足音の正体が。

 

 そうなると、この両手の装備は役に立たない可能性がある。

 

 俺は殺虫スプレーと掃除機を一旦その場に置き、懐中電灯を手にした。

 

 そしてドアノブに手を掛け、ゆっくりと捻る。

 

 

 「すぅ…………。」

 

 

 呼吸を整えた後、俺はドアを開き、懐中電灯を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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