ケロタン:勇者の石+2
三・冒険の心得その①
シルシルタウン、及びヘルヘルランド襲撃事件――。
世に深い影を落とした戦争が終わり、新たに
被害は最小限に食い止められたとはいえ、多くの人々の生命を脅かす大規模なテロの発生は、人々の心に並々ならぬ恐怖を植え付けた。
ニュースでは毎日、事件に関する情報が流れ、ネットでは様々な憶測が飛び交い、中にはアグニスの生物兵器だとか、キング帝国の陰謀だとかいう声もあった。
しかし、適切な対処が功を奏したか、表立って現体制を批判する者は現れなかった。
混乱はあったものの、あれから一週間、各地の警備が強化された御蔭かどうかは分からないが、目立つ事件は一度も起きておらず、人々は落ち着きを取り戻しつつあった。
例の台風の被害の復旧も進み、道や建物は何もかもが以前と同じ、ほぼ元通りの状態だ。傷痕は何処にも残っていない。
……もしかしたら、あの出来事はただの夢だったんじゃないか。そう思い始めた者もいるかもしれない。
しかし、まだ犯人は捕まっていない。
各地の警戒は解かれていない。
警殺は特別捜査本部を立ち上げ、動いている。
またいつか、あのような事件は起こるのだ。
「すぅー……。」
ケロタンは深く息を吸い込むと、閉じた目をカッと見開き、拳を前に突き出した。
「ハァッ!!」
《ドゴオォ!!》
ネットで購入した演習用魔石が一撃で木端微塵。
すぐに元に戻るが、もうこの石が自分の敵でないことは記憶に焼き付いている。
流石にヘルシーには及ばないが、何とか実用レベルにまで仕上げることができた。
「ふー……。」
ケロタンは庭の切り株の上に座ると、魔法で虚空からペットボトルを取り出し、口を付けた。
運動後のプロテインだ。
あの日、オークションで落札したのはゴールデンウィンナーのみだが、魔物からランドを守ったことで、その謝礼として、ヘルシーから大量のプロテインが送られてきたのだ。これで強くなれと言わんばかりに。
幸い味は好みだったので、ありがたく飲ませてもらっている。
まだ日は浅いが、以前より体を動かしやすくなった気がする。ちゃんと効果は出ているようだ。
「…………。」
だいぶ自信がついてきた。
(これならいける筈だ。)
度重なる魔物との戦いで、己の実力不足を痛感したケロタン。
彼は勇者の石を探す冒険に出る前に、鍛錬を積むことにしたのだ。
訓練――プロテイン――そして勉強。
この一週間で二輪の免許を取り、簡単な魔法試験にも合格、新たな技も編み出した。
「やればできるじゃないか。」
そのポテンシャルの高さは、アグニスを驚かせる程であった。
そして彼は明日――。
危険な競技が開催されることで有名な冒険ランドで、修行の成果を発揮しようとしていた。
正直、呑気に宝探しなんてしてる場合じゃないが、目の前の目標――勇者の石を見つけること。
それを達成することもできないで、アグラン達の力になることなんてできないだろう。
……そういえば、ヘルヘルランドから帰った後、アグランに言われた通り、城に顔を出したが、元々あった勇者の石も、ヘルシーから貰った石も、俺の願いを叶えることはなかった。
あの現象は一体何だったのだろうか?
気にはなるが、魔科学者のアグランに分からないことが俺に分かる筈ない。
謎の解明は向こうに任せよう。
◆ アグニス城・二階・会議室 ◆
「ところでお前、魔法の適性検査は受けたか?」
「えっ? うん。」
「結果はどうだった?」
「え~っと。」
アグニスに検査結果を聞かれたケロタンは、どう答えるべきか迷った。
魔法は確かに魔力さえあれば誰でも使用することができる。
しかし、上手く扱えるかは別問題のようで、その辺りは適性というものが必要らしい。
具体的には、魔法の持続時間や威力などに関係してくる。
それを調べるのが適性検査だ。
試験結果の報告に訪れた際にアグランに勧められたので、すぐに済ませておいた。
何でもやればできてしまう自分のことだから、きっと全部に適性があるに違いない。
そう思って意気揚々と検査を受けたのだが……。
「んー……、全部無しです。」
「~!」
結果を告げられた時、あまりの衝撃に開いた口が塞がらなかった。
「おい、どうした?」
「ま、マイナスは一個も無かった。どれも同じくらいだったよ。」
「そうか。」
まぁ、複雑な魔法陣や詠唱を覚える必要がないってのは良いことだ。
生活の中で使うような簡単な魔法の扱いに支障は無いし、訓練はこれまで通り異能に磨きをかける方向で間違いないだろう。
「そういえばさ、あちこちでやたら冒険者ギルドへの加入を勧められるんだけど、入った方がいいのか?」
「ギルドに所属することのメリットとして大きいのは、安定した収入を得られることと、国や大手企業からの支援を受けられることだ。
危険なダンジョンに挑戦するのに、必要な道具を一人で準備するのは骨が折れるだろう。」
「うん。でも良いこと尽くめって訳でもないだろ。」
「そうだな。デメリットも挙げるなら、毎週か毎月か、一定のノルマをこなさなくてはならない点と、普段の立ち振る舞いに気を配らなくてはならない点、……副業が禁止されているギルドも多いな。」
「聞くだけでうんざりする。」
「お前みたいなタイプには向かないだろうな。中途半端な覚悟で入る奴は、規律に疲れて長続きしない。三ヶ月くらいが限界だろう。
まぁ中には緩いギルドもあるが、そういうところに入ってくる依頼は大抵、質が悪く、報酬も少ない。」
「今は色々便利になったから、中小ギルドは生き残るの厳しいだろうな。」
「……最近は自由を求めてギルドに所属しない冒険者も多いが、フリーの冒険者はあまり良い印象を持たれない。
冒険者になりすまし、金品を騙し取る盗賊のような輩は今も一定数いるし……。
危険地帯で魔物の討伐配信をして、背後より襲い来た魔物に食われる哀れな奴も、フリーの冒険者の株を落としている。」
「そんなこともあったな……。」
「この辺りならばまだお前のことを知ってる者も多いだろうが、遠出した際は身分の証明ができず、信用を得るのに苦労するだろう。」
「でも、俺にはアグランが……何ならメッタギリィもついてるし。」
「……お前は運が良い。」
人脈というのは大切だ。
「後、明日の冒険ランドのイベントのことなんだけどさ……。」
「ああ、サバイバルレースか。ああいう野蛮な催しは好かんのだが、確かにあれで上位に入賞できる実力が無ければ、石探しは厳しいだろうな。」
「リアルタイムで中継されるから、応援頼むぜ。」
「まぁ……時間があればな。」
アグニスは期待するなといった感じで答える。
「よし、じゃあ後は明日に備えてしっかり休むわ。」
用事の済んだケロタンは、部屋から出ていこうとする。
「一応、言っておくが気を付けろ。あのレースは場合によっては死人も出る。
確かレース前に誓約書を書かされる筈だ。」
「大丈夫だって、死なねーよ。」
……と言っといてなんだが、まるで死亡フラグみたいだなと思った。