ケロタン:勇者の石+2
◆ シルシル警殺署・署長室 ◆
「はぁ……あの日からどうも変だ。」
机の上に積まれた大量の報告書。それにざっと目を通した警殺署長ブッタギリィは、椅子の背もたれに寄りかかり、深い溜息を吐いた。
同じ作業をしていた副署長のメッタギリィも、額に手を当て、疲れを見せる。
「この一週間で魔物による被害が急増。
今の所まだ犠牲者は出ていないが……、一時的なもんじゃないでしょうね。」
「あの嵐が通り過ぎてからだ。」
ブッタギリィは眉を
「そういえば例の……"雨"の調査結果は出たんですか?」
「ああ、これだ。」
ブッタギリィはとある研究機関からの報告書をメッタギリィに見せた。
「先週の大雨から未知の成分が検出され、それを魔物に投与した結果――見事に凶暴化。
ヘルヘルランドで回収されたデカい魔物の死骸からも、同じ成分が検出されたらしい。」
「! ……ってことはあの嵐……!」
「王様の意見も聞いたが、人工的に引き起こされたものである可能性がクソ高い。
メッタギリィ。とんでもねぇヤマだぜ、こりゃ。」
「……あの二回の襲撃は始まりに過ぎねぇってことか。」
メッタギリィは拳を強く握り締めた。
恐らく敵は、あの魔物達を戦力把握の目的で送り込んだのだろう。
「署長、あんなバケモンをまともな設備無しに作り出せる筈がねぇ。
こんだけ探しても見つからないとなると、犯人の拠点は……。」
「北だな。あそこは無法地帯で環境は厳しいが、犯罪者が隠れるには持ってこいの場所だ。
近々人を集めて調査に行こうと思ってる。」
「俺も行きます。」
「駄目だ。罠が張られてる可能性が高い。お前はこの町に残れ。」
「っ。」
その言葉にメッタギリィは顔を曇らせずにはいられなかった。
「勘弁してください……デスクワークは苦手なんです。」
「ハハハ! たまには俺の苦労をたっぷり味わえ。」
「……。」
メッタギリィは心底嫌そうな顔で、また書類と向き合うのだった。
◆ リンゴの森 ◆
「おらぁ!」
ケロタンの荒れ狂う拳を受け、吹き飛ぶプチドラ達――。激しい攻撃により、噛み付くことすら叶わない。
――城からの帰り道、森の中で小さな魔物の群れに襲われていた一人の旅人を見かけたケロタンは、すぐに加勢に入り、魔物を蹴散らしていた。
正直、この程度の魔物なら一人でも大丈夫そうだったが、荷物を抱えての戦闘は辛いだろうと、そう思ったのだ。
《クワァッ!!》
最後の魔物が断末魔の悲鳴を上げ消え去る。
辺りが静かになると、旅人はフードを取り、
「みやぁ、助かりました。大事な商品を傷付けずに済みましたよ。」
最初はノーマンかと思ったが、皮膚が毛で覆われていて、頭に猫のような耳が生えている。確かミア族とかいう種族だ。
「ここら辺じゃ見ない顔だな。」
「そうでしょう。あっしは行商タビネコ。南西の地より
「ん。」
何か猫の手形が付けられた名刺を差し出されたので、とりあえず受け取った。
「ニュースは見てないのか? 最近、大きな事件が起こって、結構危ないぜ?」
「みやぁ、何処も似たようなもんですよ。最近、魔物が妙に凶暴になって、ギルドの冒険者も休み無しだと聞きます。嵐の後から何だか空気が変わりましたねぇ。」
「まぁ……、確かに。」
「ここら辺は割と自由に商売ができると聞きまして、しばらくシルシルタウンを拠点にするつもりです。良ければ顔を出しに来てください。他では取り扱っていない掘り出し物を揃えてますから。」
掘り出し物……ダンジョンなどで手に入る希少品のことだろうか。
「あっ、じゃあ勇者の石とか持ってないか?」
少し期待してみる。
「勇者の石……ですか。あー、今は切らしてますね……。」
「えっ? 前は持ってたのか?」
「ええ、一個だけですけど。」
これは思わぬ情報。
「誰に売ったんだ?」
「みゃー、それはちょっと御勘弁を。こちとら信用第一の商売ですから。お客さんの情報までは売ってませんにゃあ。」
「そうか……。」(一応、覚えておかなくちゃな……。)
「でも、もし運良く手に入ったらすぐにお知らせしますにゃ。え~と、あなたは……。」
「ケロタンだ。この森に住んでる。」
「リンゴの森のケロタンさん。ご来店の際に先程の名刺を提示していただければ、全商品特別価格でご提供させていただくので、忘れずにお持ちくださいにゃあ。」
(特別か……。)
最近はネットが便利過ぎて実店舗に顔を出す機会が減っているが、行ってみたくなる。
「それではあっしはこれで……。」
タビネコはそう言ってもう一度お辞儀をすると、シルシルタウンの方向へ歩いて行った。
「…………。」
どうなんだろうか。
信用できそうな雰囲気だったが、掘り出し物となると当然、値段は高いだろう。
(……まぁ、困ったらアグランを頼ればいいか。)
とにかく、先の楽しみが増えたのは良いことだ。
明日、何としてでも生き残らなくては。
◆ 夜・ケロタンの家 ◆
明日のイベントに備え、今日はいつもより早く寝るつもりだが、ニュースぐらいは見ておこうと思い、ケロタンはテレビをつけた。
《続いてのニュースです。ここ一週間、大陸中央の農村に魔物が相次いで出没し、住民の間に不安が広がっています。》
《普段はこの辺りまでは来ないんだけどね……。怖いですね。やっぱり……。》
近隣住民や、実際に魔物に襲われた人々へのインタビューを挟みながら、被害のあった場所や、魔物の棲む山の解説がなされていく。
《皆さんも外出の際はくれぐれも魔物にお気を付けください。もし発見した時は無理に倒そうとせず、まずはギルドや警殺への連絡をお願いします。》
「…………。」
ケロタンはこの一週間のことを思い返す。
(凶暴化か……。)
魔物は基本的に長生きしている個体ほど強く凶暴になる傾向があると学んだ。
警殺や冒険者ギルドの連中なんかが定期的に魔物を間引くことで、強力な魔物が生まれるのを防いでいる筈なのだが……追い付いていないのだろうか。
「…………。」
嵐の所為か、それとも偶然か。
ケロタンはテレビを消し、ベッドに潜り込んだ。
(……まぁ、何とかなるだろ。)
例え自分が居なくても回る世界だ。簡単に壊れたりする筈ない。
「…………。」
◆
「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」
暗闇に包まれた山道を、一人の冒険者が駆けていた。
「はぁ……! はぁ……! はぁ……!」
既に息が切れる寸前。
しかし男は走るのをやめる訳にはいかなかった。
《しゅるるるる……》
耳を撫でる不快な音。
《ゴゴゴゴゴゴ……!》
そして段々と大きくなる地響き。
正体は不明――。
だが男にとって絶望的な何かが、背後の闇より迫っていたのだ。
「はぁ……! はぁ……!」
男の仲間は三人いた。しかし、全員目の前で消えてしまった。
《しゅるるるる……》
あまりにも突然のことだったが、何が起きたかは分かっている。
「はぁ……! はぁ……!」
(こんなところで……。こんなところで終わってたまるか……!)
《ゴゴォォン……!》
「っ!」
その瞬間、男の心は凍りついた。
巨大な何かが自分の横を通り過ぎたのだ。
(回り込まれた……!?)
《コオオオォォォオオオン!》
そして――男は足を止めた。
《しゅるるるる……》
否――止めさせられたのだ。
「…………。」
多くの目がこちらを睨んでいた。
何故かそこから目を離すことができない……。
身体を動かすことも――。
《ゴゴゴゴゴゴ……!》
男は恐怖した。
しかし、声を上げることも、顔を引き
《ゴゴゴゴゴゴ……! ゴゴゴッ!!》
男はそのまま……絶望的な
◆ 冒険ランド ◆
シルシルタウンより北西――山岳地帯。
ここには雄大な自然と広大な土地を活かし作られた――冒険者の為の究極の施設がある。
その名は冒険ランド。
険しい山に切り拓かれた道を進み、石造りのゲートを抜けると、そこはもう別世界――多くの冒険者達が集まり、
強風吹き荒ぶ広場は、今日も張り詰めた空気で満ちている。
ケロタンは他の冒険者達の強い視線を受けながら、受付のある建物へと向かった。
「本日はサバイバルレースの開催日です。
参加希望の方はこちらの書類に必要事項記入の上、提出をお願いします。」
「…………。」
通常、この冒険ランドのコースは、初心者向け、中級者向け、上級者向けの三つに分かれている。
初心者コースは、その名の通り、駆け出しの冒険者でもクリア可能な難易度。
中級者コースもある程度実戦経験を積んだ冒険者なら、簡単にクリアできる難易度に設定されている。
しかし、上級者コースは別格。有名ギルドに所属している冒険者でも音を上げるほどの過酷な道のりになっている。
そして、年に一度開かれる一大イベントであるサバイバルレースは、更にこの上。
上級者コースをクリアした者のみが参加を許される、冒険者達の頂上決戦なのだ。
ちなみにケロタンは一昨日、上級者コースをクリア。既に参加資格は得ている。
誓約書の提出が終わり、スタート地点でレースの開始を静かに待つケロタン。
辺りには大勢の参加者がひしめいているが、楽しげに言葉を交わす者はいない。
これから行われるサバイバルレースは、ゴールまで幾つものダンジョンが連なる危険な道のり。
多くの魔物が出現するし、参加者同士の争いもある。
アグニスが言っていたように、気を抜けば死ぬのだ。
お遊び気分で参加する者はいない。
《ざわざわ……》
「?」
急に人混みが割れた。
何だと思って目を向けると、そこには前回の優勝者――フレアタンの姿。
赤い肌に鋭い目つき。自分と同じロッグ族だが、見た目も纏うオーラも、何もかも違う。
「…………。」
じっと見つめるが、向こうはこちらに
(眼中にないって訳か。)
当たり前なのだが、ケロタンの中では悔しさがこみ上がった。
今はまだ、自分は有象無象の中の一匹に過ぎない。
「…………。……?」
(ん? あれは……)
ケロタンはもう一人、気になる参加者を見つけた。
人混みが割れた御蔭で見えた、小さな人影。
茶色の肌に、トゲトゲの背中。
あれは確かサボテン族だ。
昨日出会ったミア族ほどではないが、珍しい種族。
特にこういった場では中々見かけない。
「参加者の皆さま! まもなくサバイバルレースの開始時刻となります!」
(おっと……)
そろそろのようだ。
「今年も大陸中から多くの冒険者達が己の力を試しに現れました。中には前大会の優勝者の姿もあるようです。」
空を見上げると、そこには大きな気球。
「二日間に渡って行われるサバイバルレース。
立ち塞がる二十もの難関を乗り越え、今回、冒険王の称号を手にするのは一体誰なのか!?
実況はこの私! シカーイが務めさせていただきます!」
いつもの司会にいつものノリ。だが今日の自分はいつもとは違う。それをこの場で証明する。
「レース開始まであと三十秒!」
開始時刻が近付くにつれ、参加者達の緊張は高まっていく。
誰が何を考えているかは分からない。
だが今のケロタンには何が起きても完璧に対処できる自信があった。
「レース開始まであと二十秒!」
ケロタンはフレアタンの位置を確認する。
「開始まであと十秒!」
カウントダウンが始まり、参加者達は姿勢を整える。
「3……2……1……! スタート!!」
《ドゴオオオオォォォン!!》
◆ アグニス城・六階・研究室 ◆
《Prrr……Prrr……!》《ピッ!》
「……どうした?」
《たった今届いた報告書なんだが、南の小さなギルドに所属のチームで、ウズトグロ山に遠征していた四人と連絡が取れなくなっているらしい。》
「…………。」
《杞憂かもしれないが、一応、伝えておく。》
「それでいい。……ところで、お前に一つ頼みたいことができた。」
《ん?》
「…………。」
アグニスはその後、小声で何かを言うと、電話を切った。
(……私ができるのは精々これくらいだ。)
アグニスはタブレットの画面に映る――冒険ランドの中継映像に目を移した。
(楽しませてやる……。だから少しは楽しませてくれ。)
(第3話 End)