ケロタン:勇者の石+2
◆ 第十三の難関・地獄の砂漠 ◆
砂漠の夜は冷える。
それは太陽の光を遮るものが無く、昼は地面が熱され続けるのに対して、夜は熱が奪われ続ける為だ。
「はぁ……。」
湿度は低いが、吐く息は白い。恐らく気温は氷点下にまで下がっている。
ケロタンは火山の時とは逆に、寒さを防ぐ魔法を体にかけた。
これで少なくとも凍え死ぬことはない。
しかし――。
(参ったな。)
何処までも広がる暗闇。
手元の明かりだけでは遠くが見えず、一体どの方向に進めばいいのか分からない。
ケロタンは屈んで地面を調べた。
誰かの足跡が残っていれば、とりあえず追い付くことができるからだ。
「…………。」
足跡はすぐに見つかった。
幾つかあるが、全員大体同じ方向へ向かっている。
流石に一々消すなんてことはしてないようだ。
ケロタンはすぐに走り出した。
あの三人の言っていたことが本当なら、そう離されてはいない筈。
砂丘に阻まれているのか、ここからでは見えないが、向こうの明かりが見えればもっと良い目印になる。
……後の問題は、疲労だ。
どうもこの様子じゃ、フレアタンは最後まで休みなしで走り続ける。
こっちはだいぶ節約してきたが、正直、持つか不安。休みなしは流石に想定していなかった。
この先で出会う他の参加者達の協力を得られれば、少しは勝ち目が見えてくるが……。
そんな淡い期待を抱きながら走っていたケロタンは、二人の参加者に追い付いた。
帽子を被った褐色肌のノーマンと、大柄なラオ族(ライオンのような
見た目から察するに、砂地のスダと森のココオウだろう。
「ガァオ!! フレアタン以外にも根性あるロッグがいたとはな!」
追い抜いた途端、吠えられた。体力が有り余っていると言わんばかりの大声。
ココオウは見た目通りワイルドな性格のようだ。
「悪いが抜かせてもらうぜ。協力するってなら話は別だがな。」
「フレアタンに追い付くまでならいいだろう。」
そう返したのはスダだ。やはり利害の一致は大きいのか、返事は早かった。
「フン。俺はここでやり合ってもいいぜ?」
「やめろ。一位が遠のく。フレアタンと戦えなくなってもいいのか?」
「そいつは困るな。」
どうやらココオウにとっては、一位を取ることよりも、フレアタンと戦うことの方が重要らしい。
「二人共、前走ってたんだから、フレアタンのこと見てるよな? どんな様子だった?」
「知らねぇよ。火山でいきなり溶岩から飛び出してきたのを遠目に見たっきりだ。」
「溶岩から?」
「あんときゃ目を疑ったぜ。」
「火属性の魔法に相当な適性があるんだろうな。耐火魔法のレベルが違う。
あいつはあの火山を誰よりも早く突破できた筈だ。」
(成程……。)
溶岩の川を泳いで大幅にショートカット。
やっぱりあそこで抜かれた訳か。謎が一つ解けた。
「ったく、ボスも全部倒しやがって……。力が有り余ってしょうがねぇぜ。」
ココオウは眉間に皺を寄せ、拳を強く握り締めた。相当鬱憤が溜まっているようだ。
「……! 止まれ。」
その時、先頭を走っていたスダが声を上げ、ケロタン達を手で制した。
「どうした?」
スダは姿勢を低くし、何やら前方の坂を調べている。
「ジゴクアリの巣だ。落ちるなよ。」
ジゴクアリ……。砂漠に生息する危険な魔物だ。
辺りをよく照らしてみると、巨大なすり鉢状の巣が幾つもあった。
「ハッ! ジゴクアリだと? 時間がありゃこっちから飛び込むぜ。」
「奴らを甘く見るな。ジゴクアリは巣に落ちてきた獲物に集団で襲い掛かる。
大顎の毒を受ければ、即死は免れんぞ。」
「それがどうした。俺には効かん。」
「……。」
胸を張り、自信たっぷりにそう言ってのけるココオウ。
恐れ知らずと言うべきか、ただの馬鹿と言うべきか。
多分、スダも同じ気持ちだろう。
「とにかく、足元には注意しろ。」
スダはそう言うと、ジゴクアリの巣の間を駆け抜けていく。
一瞬見ただけでは坂との区別がつかないので、二人は必死にその後を追った。
◆ 第十四の難関・土竜の巣窟 ◆
砂漠を進むケロタン達は、山岳地帯で壁に空いた巨大な穴を発見し、恐る恐るその中へと足を踏み入れた。
長い道を進んでいくと、そこはまた別の魔物の巣。幾つもの巨大な影が通路を徘徊する、恐怖の迷路だった。
「モグモグリか……。奴らの目は退化しているが、音には敏感だ。」
砂漠の魔物に詳しいスダが手短に解説する。
「じゃあ、石でも投げて誘き寄せるか……。」
ケロタンは足元に目を走らせた。
「何ぃ? そんなまどろっこしいことしてられるか!」
「あっ。」
ココオウが勝手に岩陰から飛び出し、モグモグリの群れに向かって走り出した。
音を聞いた魔物達も動き出し、大口を開け、一斉にココオウに向かっていく。
「ガオォ!!」
その後は滅茶苦茶だった。
一際大きく吠えたココオウの目が赤く染まり、その手の爪が長く伸び――。
集まってきたモグモグリ達は、次々とその太く鋭い凶器に引き裂かれ、一瞬で肉塊と化してしまった。
「ハハハ! どうだ!!」
「……流石、森の王者だな。」
今だけはこの勢いに助けられる。
ケロタンもスダも特に文句は言わず、せいぜい利用してやるつもりで彼の後に付いて行った。
◆ 第十五の難関・土神の遺跡 ◆
モグモグリの巣を抜けると、目の前に大きな遺跡が現れた。
等間隔で並び立つ柱と、巨大なゴーレムの石像、古代文字の刻まれた壁――。
この荘厳な雰囲気は……ボスエリアに違いない。
ケロタン達は急いで奥に向かった。
しかし――。
「畜生! またか!!」
案の定、ここも突破された後だった。
次のエリアに繋がる扉は開け放たれ、閉まる様子はない。
「もしかして、ボスが弱いのか?」
ケロタンはふと湧いた疑問を口にする。
「少なくとも、フレアタンにとっては。」
「おい! 話してる場合か!」
ココオウはいても立ってもいられず、扉の先へと走っていく。
「まぁ、鬼みたいに強くても困るけど……。」
結局、追い付かないことには何も分からない。
ケロタンとスダも、すぐに走り出した。
◆ 第十六の難関・絶望の海 ◆
遺跡を抜けしばらく走ると、小さな浜辺に辿り着いた。
冷たい潮風とさざ波の音……。砂漠の次は海らしい。
「面倒だな……。」
二人と一旦分かれ、散策してみたが、左右が岩壁で塞がっている為、海を渡る以外に道はない。
しかし、次の陸地までどれだけの距離があるか分からない為、泳いで渡るのは危険。
船と……できれば食料も必要だ。
「向こうの木に何かないか見てこよう。」
「じゃあ俺は船になりそうなもん探してくるぜ。」
話し合うまでもなく、スダとココオウが役目を引き受けてくれた。
自分だけ何もしないのも気が引けたので、ケロタンは飲み水を担当しようと、波打ち際でしゃがみ、水を調べた。
「……そのままじゃ飲めねーよな。」
サバイバルの基本中の基本だが、喉が渇いた時に海の水をそのまま飲んではいけない。
海水は大量の塩を含んでおり、飲むと体内の塩分濃度が上昇し、浸透圧が高くなってしまうからだ。
浸透圧というのは、濃度の高い溶液が、低い溶液から溶媒を引き寄せる力のことで、血中の塩分濃度が高くなれば、細胞が蓄えている水分がそちらに流れ出ていく。
そうなると脱水症状など、様々な不具合が出る為、体は塩分濃度を戻そうとする。
そこで必要になるのが水だ。
よって、喉が渇いた時に海水を飲むのは逆効果。体はますます水を欲し、一向に渇きは収まらない。
ケロタンは立ち上がった。
火は魔法で起こせるから良いとして……問題は容器。
ケロタンは砂浜に何か落ちてないか探すことにした。
「おっ。」
そして見つけたのが、一本の瓶。切れば水を溜めるのに使える。
後は、もっとでかい容器を用意できれば……。
「カリバン!?」
「んっ?」
その時、突然、背後から聞き慣れない男の声がした。
誰だと思って振り返ると、そこには海賊帽を被ったラド族が一人、驚いた顔で立っていた。
肌は青く、顔には幾つもの傷がある。もしかして……彼が海のマカイだろうか?
「カリバン! お前生きていたのか!? 今まで何処に行っていた!?」
「は?」
いきなり知らぬ名で呼ばれ、肩を掴まれたケロタンは困惑した。
マカイの顔をよく見てみるが、何処かで会った覚えも、カリバンと名乗った覚えもない。
人違い……? ――いや。
そこでケロタンは、はっとした。
自分には生まれてから十数年分の記憶が無い。
過去の自分を知っている者には今まで一人も出会わなかったし、探す気もなかったが……。
まさか……この男は知っているというのか?
「話す気はないか……。まぁいい。どうせまた人食いの血が騒いだんだろう。」
マカイはやれやれといった感じで額に手を当てた。
(ひ、人食いの血……? どういうことだ? 俺はそんな奴だったのか?)
ケロタンはよく考えてみる。
(まさか……、俺が無性にウィンナーを食べたくなるのって……。)
ぞっとする可能性だった。
「さぁ来い、カリバン!
このレースをクリアし、我らの名をこの大陸に
カリバン……。それが自分の本当の名前だというのか……。
しっくりはこなかったが、とりあえずケロタンは、もう少しマカイの話を聞いてみようと思った。
まだ人違いの可能性の方が高い。
「なぁ……。」
「ピュイーッ!!」
しかしケロタンの声はマカイの口笛に掻き消された。
《ざばぁん!!》
突然何をと思ったが、海から巨大なイルカが現れ、ケロタンは更に驚いた。
「魔物か……!?」
「何を言ってる、よく見ろ。我が相棒、シーチキンだ。」
そう言われても、そんな美味そうな名前の相棒は知らない。
「……まぁ、前のシーチキンは食ってしまったからな。これは二十八体目のシーチキンになる。
しかし、ほとんど同じだぞ。何も問題は無い。」
その発言には何か問題がある気がした。
「おい、何だそいつは。」
そこにココオウが戻ってきた。
なんと片手に巨大ないかだを持っている。木を植物の蔦で縛り上げただけのようだが、もう作ってしまったのか……。
「ムッ!? 蛮族……!?」
ココオウを目にしたマカイは、何故か身構えた。
「何だ。どういう状況だ?」
スダも戻ってきた。彼は両手に木の実を抱えている。
「マカイか……。」
そして、彼の名を溜息混じりに呟いた。
◆ 絶望の海・海上 ◆
数分後――どうにかこうにかマカイを仲間に引き入れたケロタン達は、彼が召喚魔法で呼び出したイルカや、ココオウの作ったいかだに乗り、海の上を進んでいた。
「夜の海……幽霊船との戦いを思い出す。なぁ、カリバン!」
「ああ、そうだな……。」
ケロタンは作り笑いを浮かべ、返事をする。
本当は記憶喪失のことを話したいが、仲間だと思われているこの状況は非常に都合が良い為、ひとまず我慢。思い出話には適当に
「ぐごぉー!! がごぉー!!」
「…………。」
いかだに乗るスダとココオウは交代で漕いでいるが、休んでいるココオウのいびきがうるさく、ケロタンは眠れなかった。
ラド族であるマカイは平気そうだが、こっちはもう今すぐにでも休みたいほど体力の限界が来ている。
「っ……うるさい蛮族だな。おい、今の内に海に捨てたらどうだ?」
「殺されるぞ。」
マカイの血も涙も無い提案をスダが却下する。
「スダは眠らなくても平気なのか?」
「睡眠ならもう取ったからな。」
「え? いつの間に?」
「ショートスリーパー……って、聞いたことないか?」
「ん。ああ……。」
確か、普通の人より体力の回復に必要とする睡眠時間が極端に短い人達のことだ。
スダがそうだというのか……。
「……そういえば、アグニス王も俺と同じショートスリーパーだと聞いたことがある。
フッ、便利な身体に生まれると、人生有利だ。」
「何だよそれ……。」
ケロタンは疲れと劣等感でどうにかなりそうだった。
「ぐごぉー!! がごぉー!!」《ギャッ ギャッ ギャッ》
いかだは木製だが、スピードアップの魔法をかけているらしく、イルカのスピードにも問題無く付いてきている。
引き離すことは難しい。
「ぐごぉー!! がごぉー!!」《ギャッ ギャッ ギャッ》
「んっ?」
ココオウのいびきとは別に変な声が聞こえることに、ケロタンは気付いた。
《ギャッ! ギャッ! ギャッ!》
「うおっ!」
突然、目の前を何か黒いものが横切り、驚いた。
「フン……シーシェバードか。」
上を見ると、いつの間にか、不気味な鳥の姿をした魔物が沢山飛び交っていた。
体のところどころが抉れ、皮膚の下が見えている。
「我が剣の錆にしてくれる。」
立ち上がったマカイの手には、何処から取り出したのか、無色透明なレイピアが握られていた。いや、あの感じ……水でできているのか?
「ココオウ起きろ。魔物だ。」
「ンン?」
スダにオールで
《ギャアッ!!》
そして目の前に飛んできた魔物を片手で鷲掴みにした。
「ハッ……! 丁度、焼き鳥が食いたかったところだ。」
そう言うと、彼は握り潰したシーシェバードを火で
とても食欲をそそる見た目ではないのだが……文化の違いか……。
《ギャッ! ギャッ! ギャッ!》
「くそ……数が多いし、すばしっこいな。」
ケロタンは《ケロダン》で応戦しようとするが、中々狙いが定まらない。
「フッ、まだまだだなカリバン。私の技を見ていろ。」
「《スプラッシュ》!!」
マカイは叫ぶと同時に、腕を素早く動かした。
明らかにリーチが足りていないのにもかかわらず、高速で突き出されるレイピアが、空中のシーシェバードを次々と刺し貫いていく!
《ギェェッ!!》
まるで手品のようだったが、よく見ると、突き出した瞬間、レイピアの先端がシーシェバード目がけて伸びている。
水でできているからこそ成せる業か。
「見たか! これが敵海賊の目を瞬時に抉り抜き、甲板を阿鼻叫喚の地獄絵図へと変えた伝説の技だ!」
「何が伝説だ。」
ココオウが呆れた顔でマカイを見る。
「フン。蛮族には分からぬか……。ならば我が武勇伝を聞かせるまで!
あれはそう……、九つの魔海の四つ目――デンジャリアを航海していた時のこと。」
戦闘による興奮か、変なスイッチが入ってしまったらしく、マカイは仰々しく過去を語り出した。
「嵐により遭難した我らは、死の海域に囚われ、まもなく食料不足に陥った。
飲み水は足りていたが、日が経つにつれ船員達は衰弱していく。あの時は誰もが諦め、死を覚悟していた。
……しかし! 私は決して諦めなかった!
私は、船員であり友人でもあるジョーンズの心臓を背後から一突きにして殺害し、その遺体を解体――皆の食料とした。
あの時の感触は今でも忘れられない。
滑らかな舌触り……独特な歯応え……。
彼の肉はとても美味しかった! 二度と食えないのが残念でならない!」
「…………。」
とんでもない事実を暴露された。
ケロタンは思わず腹を押さえる。
ジョーンズは俺の血肉となり、生きているかもしれないのか……。
「数日後、我らは仲間の海賊に救助された。
もし私の神の機転が無ければ、全員死んでいたことだろう……。」
「…………。」
「どうだ? 私の凄さが分かったか!?
どんな手を使っても生き残る! 必要とあらば仲間をステーキにすることも
私より勇気と決断力のある冒険者はいないだろう!」
……開いた口が塞がらなかった。
正直、何を言ったらいいか分からない。
「……どうやら、あの噂は本当だったようだな。」
「噂って?」
スダは何か知っているようだった。
「ああ。あいつは『海賊王マカイ』という海洋冒険小説の熱狂的なファンで、自分をその小説の主人公だと思い込んでしまっているらしい。名前もわざわざ改名したそうだ。」
「……え?」
「俺は読んだことないが、どうも主人公がとんでもない外道で、それが受けたらしく、ネットを中心にカルト的な人気を博していると聞く。
主人公マカイの自己中心的な生き様に惚れ込んでいる輩の内、最もタチが悪いのがその男だ。」
「じゃあカリバンってのは……。」
「マカイの仲間じゃないのか? 小説の中の。」
「…………。」
何か……凄くほっとした。
「んぐんぐ……ん? おい。何かいるぜ。」
その時、シーシェバードを
彼の視線の先を見ると、海面から大きな背びれが出ている。あれはサメだろうか……?
「チッ、マズい。キョウザメの群れだ。囲まれてる。」
スダの言葉で、ケロタン達は一旦その場に停止した。
「フン……。私の邪魔をしようとは、愚かな魔物達だ。」
マカイは不敵な笑みを浮かべているが、正体を知ってしまった後ではその実力に不安がある。
ケロタンは冷静にキョウザメの背びれを目で追った。
すると、群れの中に一際大きい背びれがあることに気付いた。
「何か、あの一匹だけでかくないか?」
「ボスのサイキョウザメだろう。
倒せば奴らの統制を崩せるかもしれないが、この距離では……。」
攻撃を放っても海に潜ってかわされる。
イチかバチか突っ込むか、それとも……。
《ザァー……!》
考えている間にも、キョウザメの数が増えている。
サイキョウザメによって集められているのだろうか。
「くそ……数が多いな。
おい! 誰か海に入って奴らを引き付けろ。俺の相棒に近付けさせるな!」
マカイが突然、とんでもない命令を出す。
「ああ? 急に何言ってやがる。」
「俺の相棒を奴らの夜食にする訳にはいかん! これは私の食料だ!」
「よし。この中ではお前が一番でかいな! 奴らが食うのにさぞ時間が掛かることだろう! さぁゆけ!!」
マカイがココオウを見ながら、サイキョウザメのいる方をビシッと指差す。
「てめぇ……。」
ココオウの眉間に皺が寄る。
「フン。覚悟ができないのなら手伝ってやろう。」
《ざばぁ!!》
何をする気かと思った次の瞬間。
マカイはイルカを急発進させ、スダとココオウの乗るいかだに突っ込ませた!
《ばぁぁん!!》 「うおっ!?」
いかだはあっさりひっくり返り、二人は海へと投げ出された。
「フフフ、貴様らに冒険する上で一番大事なことを教えてやろう!」
「何ィ?」
水面から顔を出した二人に向けて、マカイは告げた。
「自分の身が一番大事!!」
「言われるまでもねーよ……。」
「くっ……。」
二人はバラバラの方向に泳いでいく。
「これで少しは数が減るな。」
「うわっ!」
マカイが突撃命令でも出したのか、イルカがサメの群れに向かって泳ぎ出した!
このままでは食われる!
《バシャァッ!!》
しかし、そうはならなかった。
イルカは背びれ地帯の手前で大ジャンプし、キョウザメの群れを見事に飛び越えたのだ。
ケロタンはすぐに後ろを振り向く。
《ザアァァァ……!》
サイキョウザメを含む数匹のキョウザメが、こちらに向かって泳いでくる。
そのスピードは……速い!
「駄目だ、追い付かれる!」
「そうか。ならこうだ。」
「うおわぁっ!?」
《バシャーン!!》
一瞬何が起こったか分からなかったが、ここは水中。どうやらマカイに突き落とされたようだ。
ケロタンは急いで水面に顔を出した。
「時間稼ぎは任せたぞ、カリバン! 生きていたらまた会おう!」
マカイはそう言うと、イルカを走らせ、先へ行ってしまった。
「…………。」
ケロタンは無言で水面に足場を出現させると、水から脱出し、サメの攻撃が届かない場所まで階段を上るように駆け上がった。
「はぁぁ……。」 (何だったんだあいつは……。)
とんだ冒険者もいたものである。
《ザアァァァ……!!》
下を見ると、サメが自分の周りをぐるぐると回っている。
落ちてくるのを待っているのだろうか。
(さて……どうする?)
乗り物を失ってしまった。
このまま足場を作り出して陸まで……は、流石に体力が持たない……。
ケロタンはとりあえず、手に「ケロ」と書かれた御札を出現させた。
貼り付けた場所に雷を落とす魔法……《ケロの裁き》だ。
もしこれを海に落としたらどうなるか……。
答えは分かっている。
今、背びれを出しているサメ共にはぴったりの技だ。
それが致命的だとも知らず。
「喰らえ!!」
かくして、絶望の海に一筋の稲妻が落ち、多くのキョウザメの死体が水面に浮き上がった。