ケロタン:勇者の石+4
五・サボテン王子の帰還
◆ アグニス・ランパード城・二階・会議室 ◆
「間違いない。」
会議室に漂う重々しい空気の中――。
アグニスはタブレットの画面に映っている写真と、目の前のサボテン族を再度見比べ、確信した。
「サボテン王国の王子、テロだな?」
「は?」
冒険ランドのサバイバルレースが中止になった日の午後。
一緒に参加していたテロと共に何故か城まで連行されたケロタンは、そこでアグニスの口から衝撃の事実を知らされ、驚いた。
「テロが王子……?」
アグニスの言っていることが冗談ではないと感じつつも、信じ切れず、やや懐疑的な反応を示すケロタン。
その横でテロは不安そうに縮こまる。
「護衛も付けていない上に、身分を隠してあんなレースに参加するとは……。やはり世間知らずの箱入りか。」
アグニスは心底呆れたといった表情で言い放つ。
ケロタンはそのいきなりの高圧的な態度に少々ムカついたが、テロが本当に王子であるならば、彼の行動には確かに問題がある。
もし先のレースで大怪我をしていれば、ただでさえ深い種族間の溝が更に深くなっていただろうし、変な憶測を立てられ、思わぬ混乱に繋がった可能性もある。
幾ら争いに巻き込まれることを嫌って他種族との交流を絶った非好戦的な種族とはいえ、同胞を、ましてや王子を傷付けられたとあっては黙っていない筈だ。
――しかし、一方的に叱りつけていいものかどうかは、事情を聞いてから判断したい。
ケロタンは、先程からずっとバツの悪そうな顔をしているテロを見つめた。
「それが……嫌だったから。」
アグニスの言葉を受けたテロは、
「何も知らないのが嫌だったから、外の世界を見てみようと思って……。」
「何故だ? サボテン王国で暮らしていくなら、そんな必要は無いだろう?」
「それは……、僕が王になったら……。」
「何にせよ、あんな野蛮な競技に参加する必要は無いだろうに。」
「う…………。」
「アグラン。」
見兼ねたケロタンは、二人の間に割って入り、アグニスの口撃を制止する。
「子どもを苛めるおじさんサイテー。」
「……………。」
「ぐわっ!」
アグニスは指差し非難するケロタンを無言のまま手で
テロはすっかり萎縮し、二の句が継げないでいる。
「はぁ……。一言言ってくれれば協力できたかもしれないが、連れ戻されると思って誰にも相談できなかったというところか。
哀れだな。」
「ごめんなさい……。」
テロの頭が更に下がる。
「いいさ。寧ろあのような閉鎖的な国で、お前のような高い志を持ったサボテン族が育つとは嬉しく思う。
今回はこちらにとって都合が良い。反省もしているようだし、それで許すことにしよう。」
「……え?」
更なる追撃が来ると思いきや、急にアグニスの態度が変わり、テロはきょとんとした表情になる。
「都合が良いってどういうことだ?」
「あるんだよ。サボテン王国にも勇者の石がな。」
それを聞き、ケロタンもアグニスの考えを理解する。
「つまり、謝礼として勇者の石を要求する。我々がこいつを危険から守ったことは事実だろう?」
「まぁ、そうだが……。気が乗らないな……。」
「勇者の石って……?」
話が分からないテロは、ケロタンとアグニスの顔を交互に見つめる。
「いきなり押しかけて金や何やらで交渉するよりは、よっぽど自然な流れだと思うが?」
「いや、それに反対はしてない。そうじゃなくて……サボテン王国って砂漠にあるよな?」
「ん?」
「暑いのはちょっと……。」
ケロタンはげんなりとした表情を浮かべ、疲れを訴える。
午前にレースを終えたばかりなのに、この後、更に炎天下の砂漠を何時間も歩き続けるなど、地獄以外の何ものでもない。
「馬鹿か。歩いていく訳がないだろう。」
アグニスは部屋の扉の前まで歩いていくと、ケロタン達の方を振り向いた。
「車を使う。お前達は城の前で待っていろ。」
「あ……はい。」
ケロタンはがっくりと項垂れた。
◆ ラインド大陸・南東・サボテン砂漠 ◆
アグニス城より、南。
草木に囲まれた爽やかな公道を行き、山岳に掘られた長いトンネルを抜けると、段々と緑が少なくなり、やがて大きな岩山と深い谷が見えてくる。
そこを通った先にあるのが、棘立つ日輪の楽園――サボテン砂漠。ラインド大陸南東に存在する中規模の砂漠である。
「テロってこんなところに住んでるのか……。」
ケロタンは窓の外の景色を眺めながら、ぽつりと言葉を漏らす。
作りものではない、砂に覆われた大地が、ずっと先まで広がっている。
「…………。」
その景色は一見美しい。
……だが、成り立ちは黒く汚れている。
かつて――この大陸で起きた戦争は、人々の命だけでなく、大陸の豊かな自然までも奪い去った。
強力な兵器を用いた強引な領土拡大、資源確保の為の過剰な森林伐採により、多くの土地が破壊され、一部は死の大地と化した。
環境のことなど二の次。あの頃は誰もが利益を求め、互いが持つものを奪い合っていた。
その結果がこれだ。
戦後、アグニスが中心となって立ち上げた環境保全団体により、荒廃した土地の緑化が進められているものの、完全な復活にはまだ遠い。
このサボテン砂漠もまた、そんな
「サボテン族にとっては、これが住み良い環境のようだがな。」
魔導車を走らせながら、アグニスは後部座席のケロタンに話しかける。
「へー……、じゃあある程度は残さなきゃ駄目なのか。」
「それは彼ら次第だ。
彼らがこの先も、我々と関わらず生きていく道を選ぶなら、致し方ない。」
「そっか。」
「…………。」
テロはそんな現状に何か不満があるのだろうか。
隣に座る彼の表情が暗くなっているのを見て、ケロタンは何か明るい話題を探そうと思った。
「サボテン王国って行ったことないけど、あれだろ、あれ。サボテン料理。
テロも好きなのか?」
「あぁ、うん。とっても美味しいよ。」
サボテン族の主食はサボテン。
彼らの作る料理のほとんどには、砂漠で取れるサボテンやその実が使われているのだ。
「あれ、サボテン族は棘付きのまま食べるんだよな。」
「うん。でも……そんなのケロタン達は食べられないよね。」
住んでる場所に加え、文化からも感じる拒絶の意思。テロはそれを変えようと思っているのか。
しかし、テロ以外のサボテン族はどうなのだろう?
「あの……、僕、王子って言われてるけど、あんまり自信ないんだ。」
ケロタンに話しかけられたのをきっかけに、テロは自分のことを語り出す。
「お父さんは心配しなくていいって言うけど、王様になったら何すればいいかなんてよく分からないし……。」
「それは……皆が幸せに暮らせるように、色々……。」
「今のままでいいのかな。外の世界と関わらずに、狭い世界でずっと同じ生活を続けるのって、幸せなのかな。」
「幸せなんじゃないか? 本当に同じ生活が続くのなら。」
アグニスの言わんとしていることは分かる。
外との繋がりが無い人々は弱い。
病気や災害など、思わぬ災厄が降りかかった時、為す術なく全滅してしまう恐れがあるからだ。
「……僕、皆に内緒で外の本を読んで沢山勉強したんだ。
魔法も覚えたし、他の国で起こってることも、何となく分かったよ。」
「外の本? そんなものどうやって手に入れたんだ?」
「ケロタン。サボテン王国にもそういった場くらいある。
あそこも私の管轄内だ。外との関わりが薄くとも、問題無く暮らしていけるよう、最低限の設備は整えてあるさ。」
例えば、読み書きや計算の学べる学校、井戸などの給水設備の設置、魔物から身を守る為の武器や装置の提供、戦い方の指導など。
アグニスは十分な支援をしているという。
「今でも定期的に顔を出し、健康診断や機械のメンテナンスを行っている。
王国の人々には、だいぶ感謝されているよ。」
「……んー?」
話を聞いていて、ケロタンは重要なことに気が付く。
「じゃあ結局、テロが外の世界に興味持ったのって、アグランの仕業じゃねーか!」
「まぁ、そうとも言えるな。
期待はしていたが、いきなりあそこまでのことをするとは読めなかった。」
「本当かぁ?」
ケロタンはアグニスに疑いの目を向ける。
「あの……、サボテン族が外の国じゃ差別されてるって知ったから……。
もしあのレースで優勝できれば……皆の見る目が変わるかもって……。」
ケロタンとアグニスの間に微妙な空気が流れているのを察し、テロは自分の思いを
「魔法の練習はいっぱいしたし、冒険ランドの上級コースだってクリアできたから……。」
「変に自信を付けてしまった訳か……。」
アグニスが溜息混じりに呟く。
「なぁ、冒険ランド側は分からなかったのか?」
「サボテン王国の王子のことを知っているのは、ほんの一部の者達だけだ。
それにサボテン族は見た目にあまり差が無い。責めることはできん。」
それを聞いて、ケロタンはレース中のことを思い出す。
(もしかしたら、ツギは気付いていたのかもな。)
彼はテロのことを気にしている風だった。
今度会ったら聞いてみよう。
「ごめんなさい。僕の所為で迷惑かけて……。最後も協力しようと思ったけど、怖くて全然動けなくて……。」
「ん? いや、あれはトラブルだったし、もしあんなのが出てこなかったら、テロ、結構良い順位に入れてたと思うぞ。」
「ううん。助けてもらわなきゃ、あんなところまで行けなかったよ。」
テロの表情が更に暗くなる。
明るい話をしたかったが、どうにも上手くいかない。
「あー……テロって、サボテン料理以外に好きな物はないのか?」
「えっ? ええと……。」
テロは少し考え込んだ後、はにかんだ笑みを浮かべ、答えた。
「お父さん……かな。何だかんだ優しいし。」
「父さんか……。」
ケロタンは少し困った表情になる。
「俺、父さんどころか家族がいないからなぁ。」
「えっ? どうして?」
「記憶が無いんだよ。生まれてから十数年分くらい。だから何も分からない。」
「そうなんだ……。」
テロは驚いたような、不思議そうな表情を浮かべる。
「不安じゃない?」
「ああ、それは全然。家族がいないことで寂しいとか、辛いとか、思ったことない。」
「へぇ……凄い。」
凄いのかどうかは分からないが、テロの興味を引くことには成功した。
ケロタンはその後も自分の話を続け、テロのことも色々聞き出していく。
冒険ランドで協力し合ったこともあり、二人が打ち解けるのは早かった。
「で、その魔物は俺の拳で粉々になった訳よ。」
「へぇ~!」
「はぁ……。」
アグニスは後部座席のくだらな過ぎる自慢話に溜息を吐く。
明らかに誇張されたそれは、聞いていて心地の良いものではない。
「おい。あまり調子に乗ってるとお前を地獄に突き落とすことも考えているぞ。ケロタン。」
車内は冷房が効いていて快適だが、アグニスもテロも暑さには強い。これはケロタンの為だけのサービスだった。
「ハハハハハ!!」
しかし、テロとの会話に夢中の彼には聞こえていない。
アグニスは冷房のスイッチをオフにし、ケロタンを干物にすることを決めた。
「はぁ……って、何か急に暑くなってきたな。冷房壊れてないよな?」
「壊れたぞ。」
「ウェー!?」
奇声を上げたケロタンはその後、急速に干からびていった。
◆ サボテン王国・正門前 ◆
サボテン砂漠の奥に進んでいくと、周囲を大きな煉瓦の壁に囲まれた国が見えてきた。
あれが砂漠の国――サボテン王国。
人口500人ほどで、住民の全てがサボテン族という小さな国だ。
「そろそろ着くぞ。」
ケロタンとの会話でだいぶ元気になったテロだが、目的地が近付くにつれ、再び小さくなっていく。
一応、自分そっくりの魔導人形を身代わりに置いて城から抜け出したそうだが、丸一日以上も戻らなければ、流石にバレているだろう。
アグニスの車が門の前に到着すると、見張りの兵士二人が声を掛けてきた。
「ここから先はサボテン王国です!」
「何者か!?」
一頭身しかなく、見た目も可愛いサボテン族だが、長槍で凄まれるとそれなりに怖い。
「東の王アグニス・ランパードだ。国王デーロにお会いしたい。」
それを聞いた二人の門番は顔を見合わせ、「どうする?」「いや、でも」などと、何かを相談し始めた。
その様子を見たアグニスは、何となく彼らの状況を察し、小さく溜息を吐く。
「テロ王子を送り届けに来た。通さない理由は無いだろう?」
「え!?」「王子!?」
門番は車から降りたテロを見ると、大急ぎで門を開け始めた。
「一体、何処へ行かれていたのですか!?」
「王子が居なくなって、デーロ国王がショックで倒れ大変だったんですよ!?」
「ええっ!?」
(やれやれ。)
アグニスも降車し、門番へと近付く。
「通っていいな?」
「はい!! 王城までご案内致します!」
兵士は
「あぁ、それよりもまず、水をくれないか? 連れが三途の川を飲みに行きかけてる。」
アグニスがそう言うと、車の後ろのドアが開き、干からび切ったケロタンがゾンビのように這い出てきた。
「うあー……。」
◆ サボテン王国・オアシスガーデン ◆
「はぁー、生き返ったぁー……。」
王国内にある巨大な水浴び場――オアシスガーデン。
そこに浮かべられたケロタンの肌は、すっかり
「でも、まだあっちーなー。」
サボテン族のみが住むサボテン王国に、冷房設備などは当然存在しない。
ここから抜け出したらまたへばるのは目に見えていた。
「悪いけど、俺しばらくここにいるわー……。」
「魔法を忘れたのか? ここでならもう自由に使えるだろ――」
「やだぁあぁ! ここでぷかぷかしていたいぃぃ!!」
「…………。」
水の中で駄々っ子のようにバシャバシャ暴れるケロタンを見て、アグニスは呆れ、何も言えなくなった。
この国に入れる機会は滅多に無いというのに……。
(まぁ、いいか……。)
勇者の石を一度に二つも手に入れてきたんだ。少しくらいの
それに体力が戻れば、逆にじっとしていられない筈だ。
アグニスはオアシスガーデンを出ると、兵士達と合流し、王城へ向かった。
◆ サボテン王国・砂の城 ◆
「デーロ様! 王子が戻られました!!」
王座の間へと入り、兵士が王子の帰還を知らせる。
「テロ……? おぉっ、テロ!!」
すると奥の寝室から、土の王冠を被ったサボテン族――サボテン王国の王デーロが姿を現し、大急ぎでテロの元に駆け付けた。
「お前、あんなものを用意して一体、何処に行っていたのか……? 外は危険だと教えただろう!?」
魔力が切れて転がった人形を指差し、デーロは慌てふためきながら尋ねる。
「分かってる。でも、その危険に立ち向かえないようじゃ、僕は僕を王子と認められない。」
「テロ……。」
「ちょっといいか。」
積もる話もあるだろうが、アグニスはデーロに声を掛ける。
「おお、アグニス王。どうしてここに……?」
「アグニス様がテロ王子を送り届けてくださったのです。」
兵士が説明する。
「あぁ……それは。もしや、テロが何かご迷惑を……?」
「少々危険な競技に参加していたところを見つけてな。
何とか保護し、こうして送り届けた次第だ。」
「ご……ゴメンなさい。」
テロは頭を下げ、反省の言葉を口にする。
「うむ……とりあえず、何処も怪我が無いようで何よりだ。アグニス王、この御恩は忘れませぬ。」
デーロは深々と頭を下げた。
「何か御礼をしたいのですが……この国に貴方の御目に敵う物があるかどうか……。」
「勇者の石はあるだろうか?」
「勇者の石? あんな物でよろしいのですか? あれなら確か倉庫に……。」
デーロは兵士に命令し、勇者の石を取って来させる。
それを待っている間、アグニスはデーロにもう1つ尋ねた。
「ここに来る間、何人か負傷した住民や兵士を見かけたが、魔物の仕業か?」
「え? あぁ……はい。実は……ザンボの襲撃がありまして……。」
ザンボ。
砂地に生息していて、地中を移動し、獲物に襲い掛かる――ミミズのような姿をした魔物だ。こちらの言葉で言えば、サンドワーム。
どうやら雨の影響はサボテン王国にも広がっているらしい。
「壁を壊し侵入してきたものは何とか退治できたのですが……、壁の外でもっと大きなザンボを見たという者もおりまして……。」
「成程、放っておく訳にはいかんな。」
アグニスと話し終わったデーロは、テロを見る。
「私はお前が外に出たのに気付いて……てっきり食われたんじゃないかと……。」
「ザンボになんて負けないよ……!」
父親の言葉が気に入らなかったのか、テロはそう言うと、走って王座の間を出ていこうとする。
「おい! テロ。今度は何処へ……!?」
「ザンボ倒してくる!」
「落ち着け。
実力を証明したい気持ちは分かるが、一人で突っ走るな。」
アグニスはテロを止めると、彼の前に立った。
「私も行く。まずはケロタンと合流するぞ。」