When a thing is funny, search it carefully for a hidden truth.
(何かがおかしい時は、真実が隠れてないか気を付けろ。)
≫ 東京都・渋谷区
新宿区の真下。中央部よりやや西に位置する渋谷区。
ここにはファッションやグルメ、音楽やアートなど、あらゆるジャンルの新旧が入り混じる、多様で刺激的な街がある。
それが渋谷。新宿と並び、日本3大副都心の一つ。
ファッションビルやナイトクラブなどが集まる繁華街は、俗に若者の街と呼ばれ、駅の近くには大勢の人々が行き交うスクランブル交差点や、若者向けの商業施設であるSHIBUYA109、待ち合わせ場所として人気が高い忠犬ハチ公像など、有名なスポットが多数集まっている。
今ではオフィス街化が進み、中高年の姿も多く見られるようになったが、少子化が持ち直した影響もあり、若々しい雰囲気は未だ失われず、活気に満ち溢れている。
特に休日である今日はかなりの賑わいで、人の密度が高い。
創太はとりあえずハチ公像の前まで歩き、そこで携帯を取り出して、目的地を確認した。
(近いのは
雑多で魅力的な街だが、だからこそ、問題も多い。
置き引き・車上狙い、乗り物・自動車盗難や、暴行・傷害など――
しかし、幾ら治安が悪いとはいえ、ここのところ発生している事件はどれも異様で、見過ごせないものばかりだった。
創太はまず1つ目の事件の現場へと向かう。
≫ 渋谷区・公園通り
ハチ公前より、北の公園通りは、
渋谷のファッションや流行を象徴するメインストリートの一本であり、渋谷MODIや渋谷PARCOなどの大型商業施設を始めとした、様々な店舗が建ち並んでいる。
創太はその道の途中にある時計店の前で足を止めた。
花や緑が多く、昼夜問わず人通りの多い場所だが、二日前、この辺りで女子高生の死体が発見されるという衝撃的な事件が起こった。
ネットに上がった情報によると、被害者はカラーギャング「アイギス」のメンバー、
リーダーである
創太は流出した死体写真を確認しながら、正確な位置へと移動する。
首の後ろの傷は、警察の調べによると、獣か何かに食い千切られたかのような痕だという。
服の乱れが少ないことから即死なのは間違いなく、ここ以外に外傷はない。
そして、もう一つ気になるのは、胸に添えられた一輪のトケイソウ……。
創太は辺りを見回す。
当然ながら、事の有様は監視カメラが全て捉えている。
突然、目の前に女子高生の死体が出現し、驚く通行人から、彼女の遺体を撮影する人々、通報を受け、到着するパトカーや救急車まで。
夕方四時頃のことで、発見者達の証言によると、腐敗してもいないのに、遺体の周囲には酷い刺激臭が漂っていたという。
「…………。」
トケイソウ……。映像を見ると、死体と共に出現している。彼女がたまたま持っていたのか、誰かが乗せたのか……。可能性が高いのは後者だ。
創太は写真のトケイソウの部分を拡大した。
花言葉は「聖なる愛」や「信仰」……。英名はPassion flower……。
Passionというと、「情熱」という言葉が真っ先に思い浮かぶかもしれないが、「キリストの受難」という意味もあり、実はそっちの方が語源に近い。
日本では、花の形が時計の文字盤に見えることからトケイソウと呼ばれているが、あちらの人々はこの花を十字架にかけられたキリストに見立てたのだ。
「…………。」
これをメッセージと捉えるならば……。
(
《カシャ……カシャ……》
創太は何枚か現場周辺の写真を撮ると、携帯をしまい、来た道を戻った。
(他の情報も合わせて考えると、やはり、
≫ 渋谷区・センター街
「そうだ! オムツ買おう!!」((( 真 )))
(ん……?)
次の目的地に向かって歩いていた時、聞き覚えのある声がし、創太は振り返った。
「あわわぁ、ルルちゃん、声が大きいよぉ……!」((( 真 )))
そこには中学生くらいの少女三人組。横に並んで歩いている。
どれも見たことがある顔だ。
「でも、オムツがあれば戦闘中に漏らしても平気じゃん! 最強装備じゃん!!」((( 真 )))
「あわわわわ……!」((( 真 )))
真ん中を歩く金髪の少女は、まるで羞恥心が無いのか、大声で下着の話をしている。
一方、右隣を歩く水色髪の少女は、周囲の視線を気にしているようで、きょろきょろと目を泳がせている。
「アラキちゃんもそう思うでしょ!?」((( 真 )))
「うっせーな。スライムにでも転生しろよ。」((( 真 )))
白い棒をたばこのように咥えた赤髪の少女は、ぶっきらぼうにそう言うと、携帯をいじり始めた。
「い、異世界は怖いよぉ……!」((( 真 )))
「あ、折角だからアラキちゃんも服探そうよ。ここは童貞殺せるようなオシャンティなパンティーを――」((( 真 )))
「それはあたしのキャラが死ぬ。ん?
おい、それよりほら、
「マジ!? 近いじゃん、ラッキー!」((( 真 )))
「え? でも私の亀さんレーダーには全然反応ないよ?」((( 真 )))
「あれ? ほんとだ。」((( 真 )))
「チッ。じゃー、デマか。」(( 真 ))
「………………。」
恵比寿で怪人……。
話を聞いていた創太は、既にポータルサイトのリアルタイム検索機能で、該当コメントを見つけ出していた。中には写真や動画が添付されているものもある。
見た感じ、信じてよさそうだが……。
(ん? キャリー?)
よく見ると、研究室仲間のキャリーのアカウントも混じっている。いいタイミングだ。
創太はすぐにメッセージアプリを起動し、彼女を呼び出した。
《ハイ! 創太さん! 今、怪人が……!》
「戦闘中か?」
《ハイ!》
声を発している人物が近くにいなければ、異能《True or False》は発動しないが、キャリーならば信じられる。
「分かった。今、助けを送る。」
創太は通話を終えると、オムツを買いに行こうとしている中学生三人組に近付き、呼び止めた。
「
「ひゃほい! 何ですか!? はっ!? もしかしてサイン!?」((( 真 )))
「いや、今、恵比寿にいる知り合いと連絡を取った。
ほんとに怪人が出てる。向かった方がいい。」((( 真 )))
「え。か、亀さん壊れちゃったのかな?」( 真 )
「んん?」(( 真 ))
半信半疑といった顔……。疑うのは良いことだ。
しかし、悪いが、長々と説得している時間は無い。
「早く行かないと、俺の知り合いがいいところを持っていくかもしれないぞ。」
「えっ!? それはマジヤバ! 行くよ、二人共!」(((( 真 ))))
「ああ、おい!」((( 真 )))
「…………。」
超が付くほどの目立ちたがり屋。
それが光の魔法少女――一番星 流々。
変身して空を飛んでいく三人を見送ると、創太は再び携帯の画面に目を落とした。
悪の組織に、魔法少女……。
まるでアニメみたいな話だが、異能は人々の願いを叶える奇跡。妄想が飛び出すのは日常茶飯事だ。
ただ、怪人と魔法少女の出現時期が、ほぼ同時というのが気にかかっている。
どちらも同じ人間が作り出したものなのだとしたら、その目的は一体何なのか。
創太はまたリアルタイム検索を開き、情報を得ていく。
【えびえびえびえびえびえび #恵比寿 #怪人】
【えびえびえびえびえびえび #恵比寿 #怪人】
【えびえびえびえびえびえび #恵比寿 #怪人】
何やら荒らしが大量発生しているようで、変なコメントが目につく。
(海老の怪人……。レーダーに反応しない、か……。)
まぁいい。怪人かそうでないかで、行くかどうかを判断するような魔法少女でいてほしくはない。
創太は携帯をしまうと、再び歩き出した。
後はキャリーに任せるとしよう。
≫ 渋谷区・センター街・裏路地
(……この辺りか。)
センター街の奥へと進み、人通りの少ない路地までやってきた創太は、拡張現実眼鏡をかけ、パスワードを入力した。
すると、地面に藍色の矢印が表示されるようになり、目的地までの順路がはっきりする。
「…………。」
現在、この街では、暴力団や外国人の犯罪グループよりも、カラーギャング――チーム毎に特定のカラーを身に付け活動する、少年少女の不良集団が幅を利かせている。
一時期、廃れていたが、ヤクザと同じく、異能を得たことで息を吹き返した口で、現在、確認されているグループは七つ。
レッドバーンズ、オレンジエイジ、イエロー・ディザイア、グリーンクローバー、ブルーフレーム、アイギス、ヴァイオレット・エリクス…………。
若者の集まりとはいえ、強力な異能を持ったメンバーが多く、警察は手を焼いているという。
しかし、そんな中でも、「アイギス」は比較的まともなグループだと聞いている。
リーダーの藍染 千凛は、モデルとしても活動しており、性格は温厚。チームはスカウト制で、メンバーの質は高水準に保たれているらしい。
この先にあるのは、そのカラーギャング「アイギス」が保有するナイトクラブ。
本来、メンバーでなければ入れないが、藍染 世良を殺した犯人に心当たりがあるということを伝えると、特別に許可を貰えた。
恐らく、藁にもすがる思いなのだろう。
全く面識のない相手を信用するなど、普通ではない。
こちらはこの機会に色々聞かせてもらうつもりだが、藍染 千凛……、彼の精神状態が心配だ。
「――何処で手に入れた?」((( 真 )))
(ん……?)
矢印を辿っていると、別の道から声が聞こえた。
またしても聞き覚えがある声だったので、創太は一旦眼鏡を外し、声のした方へ歩いていく。
「おい、答えろ。」((( 真 )))
「だから、何であんたにそんなこと……!」((( 真 )))
物陰に潜み、様子を窺うと、そこには言い争いをする二人の男女。
どちらも高校生くらいで、片方は茶髪でギャル風の少女、もう片方は白髪で、海外の血が混ざった顔立ちの少年だった。
(あれは……。)
男女の口論など、然程珍しいものでもなく、見ていて楽しいものでもないが、どうやら痴話喧嘩ではなさそうだ。
「っ! がはっ!!」((( 真 )))
突然、少年に胸ぐらを掴まれ持ち上げられた少女は、その
「もう一度聞くぞ?
この時計を何処で手に入れた?」((( 真 )))
冷たい表情で、少女に質問をぶつける少年。
彼の片手には、少女から奪った黒い懐中時計が握られている。女子高生には似つかわしくない代物だ。
「くっ……!」((( 真 )))
少女は必死に両手を動かし、少年の手から逃れようとする。
――が、まるで煙にでも触れているかのよう。少年の腕は赤い
「ッ!! ぁ――」
次の瞬間――、ドスッ!と、少女の
「……! ……!!」
あれは痛い。
鳩尾は神経が集まる人体の急所の一つ。
激痛に加え、
初めての経験だったのか、もがく少女の顔はみるみる青ざめていく。
「はぁっ……、はぁっ……!」
呼吸ができるようになると、少女は必死に空気を吸い込む。
「手加減してもらえるとか思ったか?
生憎、俺は女が嫌いでな。特に生意気な女は大嫌いだ。」(( 真 ))( 真 )(( 真 ))
少年は少女の顔に時計を近付け、質問の答えを急かす。
「い、言えない。言ったら、お終いだし!」((( 真 )))
「知ったことか。
今の時点でお前は詰んでんだ。終わり方が選べるだけマシだと――」((( 真 )))
「っ!」
「ん……?」
少年は少女が突然驚いたのを見て、彼女の視線の先を見る。
するとそこには、状況を見かねて物陰から出てきた創太の姿があった。
「たっ、助けて!」((( 真 )))
少女は思わず叫ぶ。正義の味方が来たとでも思ったのだろうか。
しかし、残念ながら、創太にそんな気はない。
「お前、
「はっ……!?」((( 真 )))
少女は目を丸くする。
「答えろ、クロノスゲームの参加者か?」
「ちっ、ちがっ……。」((( 偽 )))
いきなり脅迫してくる人間が二人に増え、混乱する少女。
「公園通りで誰かを殺したか?」
「知らないって!」((( 真 )))
(ハズレか……。)
「成程。
「へっ、そうか。悪いな。」((( 真 )))
「はっ!? ちょっ、ちょっと! あッ――」((( 真 )))
有罪ということが分かると、死瑪は服の下から取り出したもので少女の額を小突いた。
「Zzz……。」
すると少女はがっくりと項垂れ、すやすやと寝息を立て始めた。
「それは……?」
子どもをあやすがらがらのような形をしている。
「戦利品だよ戦利品。見た目はアレだが、女を黙らせるのに便利でな。」((( 真 )))
死瑪は意識を失った少女を抱えると、がらがらを振り、空間に穴を開いた。
「じゃあな。
死瑪は少女を抱えたまま穴の中へと進み、そして、何処かへと消えた。
「…………。」
死瑪 遊餓。
世界各地で行われている、デスゲームと称した危険な遊びを潰して回る悪魔のような男。
(その内、また会うだろうな。)
≫ センター街・裏路地・ビル
路地裏を進み、ビルの中へと入った創太は、床の矢印が指し示すエレベーターに乗り、地下一階へと移動。
その後も矢印に導かれるまま、淡い光に照らされた通路を進んでいくと、「Independent」と書かれた扉に行き着いた。
事前にアポを取っていた為、中に入ると案内人が立っており、そのままスムーズに奥の部屋へと通された。
そこは応接室のような場所で、ソファに座り、携帯をいじって待っていると、すぐに扉が開き、藍色の髪の美少年が姿を現した。
「藍染 千凛だな。」
「ああ。」((( 真 )))
千凛は短く返事をし、反対側のソファに腰掛ける。
「…………。」
声や表情にまるで覇気がない。妹の死が相当堪えているようだ。
「事件についての話が聞きたいんだったね。」((( 真 )))
「付け入るようで悪い。だいぶ疲れてるみたいだが、大丈夫か?」
「……。やっぱり、いい人そうだね。僕のことは気にしなくていいよ。」((( 真 )))
彼もそれなりにこちらのことを調べたのだろうか。
とりあえず警戒されている様子はない。
「……警察には期待できないからね。
今は誰の手でも借りたい。」((( 真 )))
「それは、
「だって、皆に迷惑をかけることになる。
あの場所は
そう言って、千凛は胸の前で両手を握り締めた。
必死に感情を押し殺しているようだった。
「…………。」
虹幻町…………。
この渋谷の何処かにはそう呼ばれる、何者かの異能力によって作られた裏世界への入り口が存在している。
カラーギャングのメンバー達が頻繁に出入りしているとのことだが、どのように行き来しているかまでは掴めていない。
「架空の町一つを作り上げるほどの能力者。
お前達はカラレスと呼んでいるそうだな。」
「うん。…………本当の名前は分からないし、本当にあの世界が彼の力で作られたものなのかどうかもはっきりしてないけどね。
ただ、いるのは間違いないよ。
妹を殺したのは、カラレスに違いない。」((( 真 )))
「根拠を聞かせてほしい。」
「簡単な話だよ。まず、虹幻町で死んだ生き物は、現実世界に戻される。」((( 真 )))
「実際に調べたのか?」
「前にヴァイオレット・エリクスの連中が色々実験してたんだよ。
騒がしかったし、自然と情報は耳に入ってきた。」((( 真 )))
「だが、それだけでは殺害現場が虹幻町とは断定できない筈だ。もう一つ可能性があるだろう?」
「時間が止まってる最中に殺されたっていうのかい?
ははは。」((( 真 )))
千凛は弱々しく笑った。
「3秒だよ。」((( 真 )))
彼は三本の指を立てた。
「妹が時間を止められるのはたった3秒。
妹の死体が現れるまで、監視カメラの何処にも妹の姿はなかった。
勿論、他の場所にも……!
最後に妹を見たのだって、虹幻町なんだ……!」(((( 真 ))))
「…………。分かった。殺害現場についてはな。
次に、カラレスが犯人だと言う理由は?」
「黙ったままだからさ。」((( 真 )))
千凛は俯き、憎々しげな表情を浮かべた。
「僕らに虹幻町での自由な活動を認めてくれてはいるけれど、実は一つだけ守らなくちゃならない決まりがあってね。」((( 真 )))
「殺人を犯すな。とかか?」
「…………正解。
ヴァイオレット・エリクスの人間が、それで一人いなくなった。」((( 真 )))
「…………。
つまり、こういうことか。
殺害現場は虹幻町。
虹幻町にはカラレスか、カラーギャングのメンバーしか入れない。
もしカラーギャングの誰かが犯人なら、カラレスに粛清されてなければおかしいと。」
「少なくとも、何か知ってはいる筈なんだ。
でも、カラレスは何も……。
妹はカラレスの正体を探っていたし、消されたとしか思えない。」((( 真 )))
「…………。」
確かに、カラレスを疑うのも無理ない状況。
しかし……。
(幾つか見落としている点がある。
それに自力で気付けるくらいには冷静になってもらわなければな。)
「ありがとう。」((( 真 )))
千凛は飲み物を運んできた少女に礼を言うと、テーブルの上に再び目を落とした。
「……知らせを聞いてから何も手に付かなくてね。
まだ受け入れられないんだ。」((( 真 )))
「無理もない。妹とは仲が良かったんだろう?」
「ああ。周りからよく羨ましがられていたよ。
父も母も忙しい人達で、妹の面倒を見るのはいつも僕だった。
個人的には、早く兄離れしてほしいと思っていたんだけど……。
こんな形は……。」((( 真 )))
「…………。」
妹……。
自分にとっては考えるだけで頭が痛くなる存在だが、彼は目に入れても平気だと言いそうだ。
理想の関係……。かけがえのない存在……。
それがある日、突然奪われ、心に大きな穴があいてしまった。
とてもじゃないが、この場で癒すのは難しそうだ。
しかし、このまま藍染 世良がカラレスに殺されたという認識が広まるのはマズい。
放置すれば、要らぬ衝突を生む可能性がある。
「実は……検証したいことがある。
虹幻町に入る方法を教えてもらいたい。」
「それは……僕じゃできないことなのか?」((( 真 )))
「できればこの目で確かめたいんだ。
他の誰でもない自分の目で。」
「…………。」
千凛は少し考え込んだ後、顔を上げた。
「分かった。
ただ、メンバーでない人間に入り方を教えたと知られたら都合が悪い。
君を一時的に、「アイギス」に入れる。」((( 真 )))
「条件は大丈夫なのか?」
「
君なら十分過ぎる。」 ((( 真 )))
そう言うと、千凛は腕時計を取り出し、渡してきた。
藍色で、アイギスのマークが装飾として施されている。
「これは……。」
「一応、メンバーの証。
創太は早速、腕にはめ、付け心地や見た目を確かめた。
「…………お前や妹のものとは少しデザインが違うようだが……。」
「凄い……。よく見てるね。
僕と妹のは少し変えてるんだ。あまり大した意味はないんだけどね。」((( 真 )))
千凛は少し恥ずかしそうに笑った。
「それで、虹幻町への行き方なんだけど……。
そう言って、千凛はソファから立ち上がった。
「でも、全ての方法において、共通する事柄がある。
それは…………《自殺》。」((( 真 )))
「何…………?」
「ふふ……。」((( 真 )))
≫ センター街・ビル屋上
「…………。」
地下一階からエレベーターで屋上まで上がった創太と千凛は、安全柵の無い場所まで歩き、景色を眺めた。
「ここから飛ぶんだ。空に羽ばたくみたいに思いっきりね。」((( 真 )))
「…………。」
創太は腰を落とし、遥か下にある地面を見つめる。
落ちたら簡単に死ねる高さだ。
「聞きたいことがありそうな顔をしてるね。」((( 真 )))
「…………。
最初に虹幻町に行った時、お前は……。」
「ははは。安心してくれ。
僕らは全員、人から聞いたんだよ。」((( 真 )))
…………それでも、最初の一人は自殺するつもりで飛び降りたのだろう。
(カラレスは、自殺を考えるほど追い込まれた若者達を救っている、ということなのだろうか……。)
実際に話さなければ確証は得られないが、今のところ悪い印象は無い。
「あ、僕が先に飛ぼうか……?」((( 真 )))
「いや、気遣いはいらない。」
創太は立ち上がると、助走をつける為、後ろに下がった。
(真偽を見抜く異能を持っていなければ、尻込みするな、これは。)
深呼吸をし、覚悟を決めて走り出す。
(まぁ……、
《ダッ!》
足が地面を離れ、体が宙に浮く。
《ブゥン……!!》
「……!」
体を張った跳躍。
その結果は思ったよりも早く訪れた。
重力に負け、落ちる寸前、目の前の景色が変わり、同時に地面との距離も縮まる。
(虹幻町……。)
何とか転ぶことなく、着地し、辺りを見回す。
(渋谷の街……とは少し違うか……。)
現実の街がベースになっているのは間違いなさそうだが、ところどころ地形や建物が異なっている。
《ブゥン……!!》
景色を見ていると、千凛もやってきた。
「どうだい? 意外と簡単に来れただろう?」((( 真 )))
「ああ。だが、これは……戻る時はどうするんだ?」
「あれだよ。」((( 真 )))
千凛は空の一点を指差す。
見渡す限り灰色の空。雲に覆われている訳ではなく、モノクロ写真のように白黒。
その中で上下逆さまの虹――環天頂アークだけが輝きを放っている。
「あれを十秒くらい見つめるんだ。目をそらさずにね。」((( 真 )))
「分かった。」
創太は千凛と共に、じっと逆さの虹を見つめる。
すると、吸い込まれるかのような不思議な感覚に襲われ――
「っ……!」
気が付くと、また景色が変わっていた。
周囲を確認すると、飛び降りる前の場所――ビルの屋上。
「ん? ……元の位置に戻るのか。」
「ああ、死んだ場合は別だよ。現実の同じ位置に現れるらしい。」((( 真 )))
千凛は慌てて説明する。
「成程……。」
創太は手帳を取り出すと、新しく得た情報をまとめていく。
「後は……、虹幻町の案内でもしようか?」((( 真 )))
「ああ、頼む。」
その後、千凛から聞いた話によると、カラレスが住んでいるとされるのは、現実世界のSHIBUYA109と同じ位置に建っている巨大な塔――カラーレスタワー。
隠語で404と呼ばれているそれは、何処にも入り口が無いらしく、噂の真偽を確かめられた者はいないという。
「…………。」
検証も終え、再び元の世界へと戻ってきた創太は、自販機で買った飲み物片手にベンチに座り、一息ついた。
「もういいのかい?」((( 真 )))
「ああ、十分だ。」
創太は笑みを浮かべる。
「やはり、カラレスが犯人である可能性は低い。」
「…………! じゃあ、一体誰が……。」((( 真 )))
「それについて話す前に、一つ聞かせてくれ。
もし犯人が見つかったら、どうしたいか。」
「……っ。」
千凛は顔を
「動機を聞いて、それから考えるかな……。」( 偽 )
「復讐したいか?」
「……どうかな。正直、自分でも何をするか分からない……。」( 偽 ) ((( 真 )))
「…………。」
やはり……、話しておいて良かった。
「……。近い内に、犯人を追い詰めようと思ってる。」
「…………!」
創太は立ち上がると、千凛に向き合った。
「準備が整い次第連絡する。
だからその時まで、危険な行動は控えてほしい。」
≫ 渋谷区・文化村通り
(…………。)
千凛と別れた後、道玄坂方面に移動した創太は、喫茶店でくつろぎながら、キャリーからのメッセージを確認していた。
勝利の報に加え、戦闘中の写真や、魔法少女との記念写真が添付されている。
(無事撃退、か……。しかし……。)
創太は怪人が写っている写真を拡大した。
真珠貝に挟まれた灰色肌の少女……。両腕は甲殻類が持つような巨大なハサミになっていて、確かに怪人のようだが……。
(似てるな……。)
顔や髪型が、やたら海老が好きで有名な
彼女は恵比寿にある海鮮料理店の店主。
変わった子だとは思っていたが……。
「…………。」
まぁ、詳細はいつでもキャリーに聞ける。後にしよう。
創太はメッセージアプリを閉じ、ニュースアプリを開いた。
画面に最新のニュースがずらりと表示される。
大体は見飽きた内容だ。
いつも通り、国民の大多数が知らない場所で、激しい攻防が繰り広げられている。
創太は溜息を吐いた。
天至21年。
今、現在、この国のトップの座に就いているのは、日本新化党の
異能の出現により、混乱した日本を救った生きる伝説だ。
30歳という異例の若さで内閣総理大臣に就任した彼は、以降、二十年もの間、その地位に留まっている。
何故か……、それは彼が日本のことを第一に考える生粋の愛国者だからだ。
日本を強い国にする、富国強兵だと宣言し、最初に彼が行ったのは、警察組織、軍隊の大幅な強化。
各方面に手を回し、憲法9条を改正、S級クラスの異能を持つ人間を集めた特殊部隊を幾つも創設。
スパイ防止法案も通し、公にはされない影の戦力も多数保有した。
当時はあちこちで制御不能な争いが起き、国民の不安が最大限に高まっていた時だった為、どれも驚くほどあっさり通ったらしい。そうしなければ国が崩壊していたのだから、天弩総理の迅速な決断力と行動力には感謝するしかない。
今もこうして、日本を害する外国の勢力を、国益に大きな影響が出ない程度に、徐々に徐々に取り除いている。
ただ、少し心配なこともある。
創太はブックマークに登録されている、政府への批判が書かれた記事を開いた。
彼は日本への愛が強過ぎるが故に、外交を
鎖国までは行かないだろうが、近い形に緩やかに近付いているというのが今の状況。
外国人犯罪者に対する罰を重くしたり、余所者に対する過度な冷遇は、マスコミによく問題視されている。
彼らの味方をする訳ではないが、自分もこれに関しては少々行き過ぎていると感じている。
(天弩総理……。いつか彼とも、1対1で話し合いたいものだ。)
「…………。」
休憩を終え、店から出た創太は、またマップに付けておいた印を確認し、次の目的地へと向かった。
≫ 渋谷区・代々木公園
通行人に聞き込みもしながら、事件の現場を回ること一時間。
創太は最後の現場である代々木公園に訪れ、事件のことを知っているホームレスから話を聞いていた。
「情報感謝します。
じゃあ、これを。」
「おう。」((( 真 )))
初老のホームレスは短く返事をすると、弁当と飲み物が入った袋を受け取り、そそくさとテントの方へ去っていった。
あれはここに来る直前、クロスアイマル(コンビニ)で買ったもの。
たかだか600円程度で貴重な情報が手に入るのだから、得した気分だ。
(さて……、後は……。)
創太は携帯で現在地を確認すると、フラワーランドの方へ歩き出した。
……今この渋谷区内で起きている事件は、停止少女――藍染 世良殺害事件だけではない。
アダバナと呼ばれる殺人鬼による、連続猟奇殺人も起こっている。
掲示板やSNSで、【無色の無職】とも呼ばれているものだが、それは事件の被害者達が共通して職に就かず、毎日、親の金で遊び歩き、他人に迷惑をかけているような駄目人間だからだ。
何とも気持ちが悪い。
最初は怖がる人間や、警察を叩く人間が多かったが、被害者の素性や素行が明らかになってくるにつれて、「ざまあみろ」だとか、「罰が下った」などと、アダバナの行為を支持するような意見が増えていった。
確かに自分の調べでも、被害者は救いようがない自堕落な人間ばかり。同情の余地はなかった。
しかし、何故アダバナはそんな人間ばかりを狙うのか……。
穴だらけにしたり、バラバラに切断したり、
色々考察している人間はいるが、結局、動機は本人に聞かなければ分からないだろう。
フラワーランドに着いた創太は、死体写真と景色を見比べながら、現場へと移動する。
ここは中央広場の北。時計塔の近くにある花壇スペース。
一番新しい死体が発見されたのはここで、被害者は手、足、首、全てをねじられて殺されていた。
そして添えられていた花は……。
(ん……?)
創太は顔を上げた。
殺人現場の前に誰かいる。
近付いてよく見ると、年齢四十代前後の男。
長髪長身。胸元が破けたように開いた黒いロングコートに長ズボンを着用していて、血色が悪く、痩せこけた体には、黒い花の入れ墨があちこちに入っている。
得体が知れない。
自分が警察だったら間違いなく職務質問しているだろう。
創太は更に男に近付いた。
「あぁ……。可哀想に……。」(((( 真 ))))
「…………。」
声からはとても強い感情が伝わってくる。
(心の底から死者を
どう話しかけるべきか考えていると、男は懐から一輪の花を取り出し、遺体のあった場所に
「来世に幸あれ……。」(((( 真 ))))
「…………。」
それはアカツメクサ。
花言葉は善良、陽気、勤勉など……。
死体に添えられていたアジサイとは、全く意味が異なる。
「お前か……。公園通りの死体に花を添えたのは。」
「…………。」
男は無言のまま、ゆっくりとこちらを向いた。
そして――
「おおぉ…………。」((((( 真 )))))
何か凄いものでも見たように、心に深い感銘を受けたかのように、目を大きく開き、感嘆の声を漏らした。
「君は、知っているんだね……。」(((( 真 ))))
男は穏やかな笑みを浮かべ、独り言を呟き続ける。
「誰かが知っているなら、あの子はきっと救われる……。」(((( 真 ))))
「…………。」
創太は去っていく男の姿を怪訝な表情で眺めると、地面に置かれた花に視線を移した。
少し気になり、しゃがんで茎に触れてみる。
「…………。……!」
その瞬間、あることに気付いた創太は、すぐに花を拾い、走り出した。
中央広場で辺りを見回し、男の姿を探す。
しかし、何処にも見当たらない。逃げられるような距離ではなかった筈なのに。目を離した隙に、男の姿は消えていた。
「はぁ……。」
仕方ない。これを回収できただけでも良しとしよう。
創太は手の中のアカツメクサを袋に入れ、バッグにしまった。
≫ 渋谷区・神宮前
「あの…………。」
「…………?」
駅の方に向かっていた時、若い女性の声に呼び止められ、創太は振り返った。
そこに立っていたのは、ゴスロリ姿の長髪美人。アホ毛と左目の泣きぼくろが特徴的な、ミステリアスな少女だった。
「何か。」
「占い師をしております、
実は、あなたから特別な力を感じまして、是非占わせてほしいのです。」((( 真 )))
「占いですか……。」
創太は少し考える。
客引きする店の印象はあまり良くない。大抵は詐欺を疑われる。
見たところ個人のようだが、バックに何らかの犯罪組織がついている可能性はある為、警戒するに越したことはない。
…………。
しかし、特別な力を感じたという言葉に偽りが無いのが気になる。
占い自体に興味は薄いが、新しい繋がりができるのは大きなメリット。付いて行ってみてもいいかもしれない。
≫ 影占いの館
渋谷区、神宮前――通称、原宿。
ファッションの街、Kawaii文化の発祥地として知られるここには、多くのアパレルショップやカフェが軒を連ねており、フォトジェニックな食べ物やアートを楽しむことができる。渋谷や新宿とは、また違った雰囲気を持つ街だ。
行き交う人々の多くはどれもカラフル――個性的なファッションに身を包んでおり、そんな中では影占 魔宵のメルヘンな衣装もまるで目立たず、寧ろ自然に思えるくらい溶け込んでいる。
「こちらです。」((( 真 )))
彼女に導かれるまま、路地裏に入る。
そこにあったのは、一目見ただけでは店なのかどうか分からないような怪しげなテント。
看板・張り紙の類は一切無く、一歩間違えば、浮浪者の巣だ。
「こんな場所で占いを?」
「ふふ。私、客を選びますので。」((( 真 )))
(光栄なことだな。)
創太と魔宵は入り口の幕を開き、テントへと入った。
(これは……。)
中は意外と小道具で溢れていて、狭いが、本格感がある。外観とのギャップが凄まじい。
「……では、始めましょうか。」((( 真 )))
机を挟んで座り、向き合うと、魔宵はカードの束を手に取り、
「占う内容に関して、何か希望はございますか?
今回はお金を取るつもりはないので、恋愛でも仕事でも、好きなものをお選びください。」((( 真 )))
初回無料ということだろうか。こんな形態なのに大したものだ。
「では運命を。実は予定が滞りなく進んで、時間に余裕ができた。
この後すぐに原宿駅から帰るべきか、もう少し街を見て回るべきか、悩んでいる。」
「分かりました。
では、ツーオラクルで占いましょう。
1枚目のカードは原宿駅から帰った場合の結果、2枚目のカードは街を見て回った場合の結果を表します。」((( 真 )))
魔宵はカードをカットすると、上から7枚目のカードを机に置き、更に7枚目のカードをその隣に置いた。
「さぁ、一つ目の選択肢の結果を見てみましょう。」((( 真 )))
魔宵は最初に置いたカードに手を伸ばし、ゆっくりと裏返した。
カードに描かれていたのは、大アルカナのⅡ――。
「《女教皇》の正位置。
これには直感や知性、安心、聡明などの意味があります。
つまり、この後、すぐに原宿から帰るのは、賢く無難な選択だということでしょう。」((( 真 )))
「成程。」
「それでは2枚目。二つ目の選択肢の結果です。」((( 真 )))
魔宵は隣のカードに手を伸ばし、ゆっくりと裏返す。
カードに描かれていたのは、大アルカナのⅩ――。
「《運命の輪》……。」
「はい。その正位置。
これが意味するのは、運命の変化。
幸運、チャンス、出会いなど、何か特別なことが起きる可能性を示しています。」((( 真 )))
「それは面白そうだな。」
「ええ。とても……。」((( 真 )))
その後、一応、占い師の連絡先を控えた創太は、腕時計で時間を確認した。
もうすぐ午後四時。
何をしようか考えていると、ふと無音のことが頭に浮かんだ。
(気に入りそうな店の下調べでもしておくか……。)
創太は携帯を取り出すと、店の検索を始めた。
情報は現場でとれ。常に現場に立ち、現場の情報を直接掴むことを怠ってはならない。
≫ 渋谷駅・歩道橋
「ふー……。」
原宿や渋谷の店を巡ること一時間。
軽く覗いた程度の場所もあるが、何となく雰囲気は掴むことができた。
後はこの情報を基に、コースを作成するだけ……。
……いや、他に連れていく人間も必要か。流石に二人きりで出かけるのはデートのようで気が引ける。
研究室の仲間か……、それともこの辺りに詳しいアイギスのメンバーに付き合ってもらうか。
「…………。」
まぁ、何にせよ。全ての事件を解決するのが先だ。
そろそろ帰るとしよう。
創太は手すりから体を離すと、バッグからヘッドホンを取り出し、頭に付けた。
結局、運命の輪が示す幸運や出会いは無かったが、あまり気にし過ぎるのはよそう。
あれはあくまでもエンターテインメントだ。
創太は携帯で流す音楽を選択――。
夕時に合う落ち着いたBGMを楽しみながら、駅に向かって歩いた。
《ザザッ!》
(……? ノイズ……?)
途中まで問題なく再生されていたのだが、突然、耳障りな雑音が聞こえ始め、創太は眉を
(断線でもしたか……?)
創太はコードに手を伸ばす。
「Excuse me……?」((((((( ? )))))))
「っ!?」
背後からの声に驚き、創太は振り返った。
いつの間にやってきたのか……、そこには、黒いコートを着た長身の男。
瞳の色は青く、顔立ちからして外国人。
彼は橋の手すりに立ち、こちらを見下ろしている。
「おっと、分からなかったかな?」((((((( ? )))))))
「……いや。何の用だ?」
創太はノイズを出し続けるヘッドホンを外し、男を睨んだ。
「フフ……。実は人を探している。
この辺りで箒を持った金髪の少女、或いはバケツを頭に被った白髪の少年を見なかったかな?」((((((( ? )))))))
(この男……どういうことだ?
能力が発動するのに、言葉の真偽が分からない。)
それは研究室仲間の暗間も同じだが、あちらはこんな感じに伝わってはこない。
(何故感情の波だけがこんなにも強く伝わってくる……?)
「おいおい。無視しないでほしいな。悲しくなってくるじゃないか。」((((((( ? )))))))
「……知らない。」
創太はそう言って足早にその場を去ろうとした。
何故――
それは
《ダンッ!!》
だが、道は塞がれた。
男が跳躍し、目の前に降り立ったのだ。普通の人間の身体能力ではない。
「
(まさか……。)
創太の頭に、調査を断念していたある情報が
ハイゼンス……。脱獄……。Z級能力者……。
「もう一度聞こう。
この辺りで箒を持った金髪の少女、或いはバケツを頭に被った白髪の少年を見なかったか?」((((((( ? )))))))
「…………。」
心臓の鼓動が速くなっている。
その原因は恐怖か、それとも興奮か。考えている余裕はなかった。
「見た……。道玄坂通りの方だ。」
「フフ。Thank you . それでいいのさ。」((((((( ? )))))))
素直に答えると、男は再び跳躍し、手すりに乗った。
「……! 待て!」
思わず呼び止めてしまう。
「……何かな?」((((((( ? )))))))
「…………。日本に来た目的は?」
…………。
それは、まるで入国審査のようだった。
「目的か……。
それは勿論……。」((((((( ? )))))))
男は笑みを浮かべると、こちらを真っ直ぐ見つめ、答えた。
「世界を救う為だ。」((((((((( ? )))))))))
「…………!」
「それが俺の、果たすべき役割だからな。」((((((( ? )))))))
「………………。」
男が飛び去った後、創太はしばらく放心状態だった。
運命を変えるような出来事……。出会い……。
「ふ、ふふ……。」
思わず笑ってしまうほどに、創太は高揚していた。
(本当に分からないというのは……、とても面白い。)
創太は空を見上げた。
今日も世界で何かが起きている。
自分達は、いつ明日がなくなるか分からない。とても不安定な世界で生きている。
そのことに、一体どれだけの人間が気付いているだろうか?
きっと、多くはないだろう。
だからこそ、俺は行動している。
人の言葉の真偽を見抜く力を得た者として、誰よりも情報を持つ者として。
人々を目覚めさせる為に。籠に囚われた鳥であることを自覚させる為に。
――だが、何事にも例外は存在する。
あの男のように……。
力不足を思い知らされる。
しかし、同時に、忘れていた感情が呼び覚まされる。
この胸の高鳴り……。久しぶりの感覚だ。
(やはり、心というのは厄介なものだな……。)
「…………。」
創太は再び視線を下に向け、道行く人々を眺めた。
いつかまた、何処かで道が交わる時が来るかもしれない。
その時、彼ら、彼女らが、敵でないことを祈る。
真実の為、共に戦う同志であることを祈る。
(なぁ――)
(お前もそう思うだろう……?
≫ SHIBUYA109・屋上
「ほぅ、中々面白そうなゲームじゃないか。」
黒コートの男――ネシオ・スペクトラは携帯に表示されたレイドバトルの画面を見て、笑みを浮かべた。
「だが、こうした方がもっと面白い。」
そう言って、人差し指でターゲットの写真をタップする。
すると、その瞬間。アプリにカラーノイズが走り、ターゲットが変更。
【
「フフフフフ……。」
ネシオは手で顔を押さえながら笑うと、青い瞳を輝かせ、呟いた。
「さぁ……、ゲームスタートだ。」
(1Hz End)