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ホラー小説『死霊の墓標 ✝CURSED NIGHTMARE✝』 第3話「廃れし学び舎」(5/5)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ Another Side ~
久丈くじょう 明日人あすひと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「アスヒ、早く!!」

 

 

 名前を呼ばれ、戦慄する。

 

 目の前の衝撃的な状況に、明日人は冷静さを失いかけていた。

 

 床にうつ伏せに倒れた女の子の上にまたがり、暴れる彼女を必死に押さえ付けている響子。

 

 両手は塞がっている。…………自分がやるしかないのか。

 

 ナイフを持つ手にじんわりと汗がにじみ出す。

 

 廊下にいた男の子の友達――初薔薇 咲ちゃんは、ちゃんと女子トイレにいた。

 

 しかし、自分達が辿り着いた頃には手遅れで、彼女は謎の赤い花――恐らくトイレの花ちゃん――に寄生され、完全に正気を失っていた。

 

 

 「ァアァァアア…………!」

 

 

 その様子は……まるでゾンビ。

 

 肌の色も血の気が失せ、青白くなっている。

 

 白目を剥いたまま襲い掛かってきた彼女を、響子がどうにか組み伏せてくれたけど……怖くてたまらない。

 

 

 「アスヒ!」

 

 「う……。」

 

 

 逃げ出したい気持ちを抑え、明日人は響子の元に駆け寄った。

 

 女の子の左目から生えた花を掴み、根の部分にナイフを当てる。

 

 

 「アアアアアア!!」

 

 

 その瞬間、彼女は狂った叫び声を上げ、手足をバタバタと動かし始めた。

 

 やはり、急所なのか。

 

 これを切っていいのか。

 

 明日人は不安を覚えるが、他にできることはないと、覚悟を決める。

 

 手に力を込め、ナイフを前後に動かし、根を切り裂いた。

 

 

 「アアアッ! ――ァア…………ア…………。」

 

 

 すると、女の子の動きが止まった。

 

 まるで糸の切れた人形のように大人しくなってしまった。

 

 

 「…………生きてる?」

 

 

 後ずさりながら響子に尋ねる。

 

 

 「………………。」

 

 

 響子は女の子の頭を押さえながら、恐る恐る彼女の首筋に手を当てた。

 

 そして――。

 

 

 「駄目……。脈無いっぽい。」

 

 

 首を小さく横に振り、そう言った。

 

 そんな気はしたが、受け入れたくはない。

 

 自分が殺したみたいで気分が悪かった。

 

 

 「………………足、大丈夫?」

 

 「うん……血はまだ出てるけど……これくらいなら。」

 

 

 響子はハンカチで足を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。

 

 最初、女の子が近付いてきた時、油断した所為で、足を噛まれたのだ。

 

 そんなに酷い傷じゃないが、痛みがない訳じゃないだろうし、心配だ。

 

 

 「それより…………これ…………。」

 

 

 響子は床に落ちた花を拾い上げた。

 

 トイレの花ちゃん……。

 

 あれで良いのか分からないが、少なくともこの女の子ではない筈だ。

 

 

 「後はバケツだけだね……。」

 

 「あの子には、やっぱり、正直に伝えた方がいいかな。」

 

 「うん……死体残っちゃってるし……。

  この距離なら叫び声聞こえてるよね。」

 

 

 想定できていたことだが、やはり足取りは重くなる。心が苦しかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 その後、廊下で待っていた男の子に、ありのまま起きたことを話した自分達は、バケツを回収し、一階へと下りた。

 

 異様に重いバケツだったが、色々試したところ、二人で一緒に持てば軽くなることが分かった。

 

 借り物競走のお題となっている時点で何か方法はあると思っていたが、これに気付かなければ、一生動けないままだろう。酷過ぎる。

 

 

 「………………。」

 

 

 後悔の表情を浮かべる男の子に、自分達は何も言えなかった。

 

 可哀想だとは思った。けれど今は正直、自分達のことだけで精一杯。

 

 とてもじゃないが、子どもの面倒を見る余裕なんてなかった。

 

 

 「あれ……? 明るくなってる……?」

 

 

 響子が辺りをきょろきょろと見回す。

 

 自分も思ったが、さっきより電球の調子が良くなっている。

 

 何故かは分からないが、これなら昇降口まで戻るのは容易い。

 

 

 「響子、走れる?」

 

 「うん、気にしないで。」

 

 

 僕らは歩調を合わせ、出口に向かって走った。

 

 哀しみから逃げるように。

 

 借り物競走の最中だということもあるが、早くこの校舎から離れたかった。

  

 

 「ん……?」

 

 

 曲がり角を曲がると、昇降口に何人か人が集まっているのが見えた。

 

 白組の三人と……赤組の仲間が一人。後の一人は……知らない顔だ。

 

 誰だろう?

 

 髪は少し長いが……、服装的に男。

 

 

 「え、何かイケメンいる。」

 

 

 意外にも響子が反応した。

 

 ああいうのが好みなんだろうか。

 

 まぁ、確かに身長高いし、強そうだけど、髪の染め方が不良っぽくて良い感じはしない。

 

 

 「響子って面食いだっけ?」

 

 「いや、好きなホラゲの推しに似てる気がしてさ。」

 

 「何だ……。最近のやつ?」

 

 「うん、オススメ。」

 

 

 ――と、思わぬ新キャラの登場で会話が弾む。

 

 曇っていた心に、僅かな光が差し込んでくるようだった。

 

 こんな状況だからこそ、楽しい話題を求めてしまう。

 

 辛いことが多過ぎて、一種の現実逃避状態。

 

 だから僕らは、後ろにまで全く気が回っていなかった。

 

 

 

 《ズンッ》

 

 

 

 ペースを速めようとした時、不自然な衝撃が走り、赤い何かが飛び散った。

 

 

 「?」

 

 

 響子の足が止まり、頭に疑問符が浮かぶ。

 

 後ろを見ると、彼女の胸から何かが生えていた。

 

 いや、彼女の後ろに……何かがいた。

 

 半分が骸骨……半分が人の顔……。

 

 人体模型。

 

 人体模型の腕が……響子の胸を後ろから貫いていた。

 

 

 「え……? ゲホッ……!」

 

 

 響子が血を吐き、自分は思わずバケツから手を離してしまった。

 

 すると、重くなったバケツに響子の体が引っ張られた。

 

 

 《グチャッ》

 

 

 一瞬だった。

 

 一瞬で響子の上半身が真っ二つに裂けた。

 

 

 「あ……ひ、響……。」

 

 

 体が震える。

 

 何が起こったのか……、理解したくなかった。

 

 

 「シシシシシシシ……心臓ウウウウ……。」

 

 

 人体模型は表情を変えないまま、血走った目だけをぎょろぎょろと動かしている。

 

 

 「カエセ……カエセ……。」

 

 

 何処から出しているのか、低い男の声が廊下に響く。

 

 

 「あ…………あぁ…………。」

 

 

 取り返しのつかない失敗。

 

 広がる血溜まりを見て、明日人の心は一色に染まった。

 

 恐怖、恐怖、恐怖――。

 

 やがて抑え切れなくなった感情が、口から溢れ出た。

 

 

 「うわああっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ Another Side ~
六骸りくがい 修人しゅうと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分前――。

 

 小川と共に昇降口までやってきた修人は、そこで校舎から出ようとしていた臼井と埜鴫を捕まえ、確認も兼ねて、彼らから借り物競走の詳細なルールを聞き出していた。

 

 しかし、それは驚くほど短く簡単な内容。

 

 解釈次第でどうにでもできるような、穴だらけなものであった。

 

 

 「制限時間を言ってなかったんですよね?

  だったら、このまま誰も戻らなければ、競走は終わらない筈。それで朝までやり過ごせると思います。」

 

 「朝までって…………じゃあ、これはやっぱり夢ってこと?」

 

 「ええ。

  自分は経験したことがあるので、間違いないと思います。」

 

 

 そう言うと、安堵したかのように溜息を吐く面々。

 

 その反応で、彼らが悪夢を見るのは今日が初めてなのだと察した。

 

 しかし、知らなかったということは、ここにいないメンバーも全員そうなのだろうか。

 

 少し落胆するが、無駄な争いを止めることができたのは良かった。

 

 これが夢だと分かっていれば、朝になるまで時間を稼ぐという選択肢が取れる。

 

 小学生の霊が主催する狂気染みた運動会など、真面目に参加する必要はないのだ。

 

 

 「でも、普通の夢でないのは確かです。

  必ず原因がある筈なので、皆さんには名前と、いつから悪夢を見るようになったのか、何処に住んでいるのか教えてもらいたいんです。」

 

 「えっと、私は……。」

 

 

 順々に答えていく被害者達。

 

 修人は頭の中で聞いたことを何度も繰り返し、記憶の定着を図る。

 

 しかし、いかんせん量が多い。

 

 

 (はぁ…………大丈夫だろうか?)

 

 

 覚えていられるか不安になってくる。

 

 記憶力は悪くない方だが、寝起きの頭で何処まで書き出せるか……。

 

 

 「………………。」

 

 

 男性二人の話が終わり、最後に長髪の女性が残る。

 

 彼女は手に本を持ったままぼーっとしており、心ここにあらずといった様子。順番が回ってきたのに、一向に答える気配がない。

 

 

 「あの、あなたは…………?」

 

 「………………。」

 

 

 呼びかけにも応じず、少し困る。

 

 

 「えっと…………大丈夫ですか?」

 

 

 看護師として気になったのか、小川さんが女性に近付く。

 

 

 「てんかん……? いや、違うかな……。」

 

 

 女性の様子を見て、呟く。

 

 てんかん……。聞いたことはあるが、どのような病気だったか。興味が無いものは流石に詳しくない。

 

 女性の顔を観察していた小川さんは、やがて「失礼します」と断りを入れ、彼女の体を触り始めた。

 

 肩を軽く叩いたり、腕に触れてみたり。

 

 

 「………………。」

 

 

 「えっ?」

 

 

 すると、これまで反応を返さなかった女性が、急に小川さんの手を振り払い、歩き始めた。

 

 

 「あの……。」

 

 

 小川さんが声をかけるが、女性は足を止めず、廊下を歩いていってしまう。

 

 流石に見ていられず、俺は追いかけ、女性の腕を取った。

 

 

 「あの、嫌かもしれませんが、答えてもらえませんか?」

 

 「気を付けて……。

 

 「え?」

 

 

 今、何か言った。

 

 

 「何か来る。

 

 

 

 その時、後ろの方から足音が聞こえ、俺は振り返った。

 

 見ると、若い男女が二人、こちらに駆けてくる。何故か一緒にバケツを持ちながら。

 

 ここには白組の人間が三人いるから、恐らく彼らは赤組。

 

 この女性よりは何か喋ってくれるだろうか。

 

 と、そんな期待を寄せていると、二人の背後に異様なものが見えた。

 

 

 「…………!?」

 

 

 マネキン……ではなく、あれは人体模型?

 

 聞き終わったら見に行こうと思っていたが、まさか予感が当たったか。

 

 

 「ゲホッ……!」

 

 

 逃げ切れず体を貫かれ、血を吐く少女。

 

 その上半身が真っ二つに裂けると、少年の方はこちらに向かって、悲鳴を上げながら走ってきた。

 

 

 「うわああっ!!」

 

 

 その声が合図となったかのように、他の人間達もその場から逃げ始めた。

 

 自分も同様だ。

 

 何だあれは。人の体を一撃で貫くほどの腕力――。

 

 まともにやり合える相手じゃない。

 

 外に逃げる者もいたが、俺は小川さんと長髪の女性を追って、廊下の奥へ走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ Another Side ~
久丈 明日人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ……! はぁ……!」

 

 

 早まる鼓動。乱れる呼吸。

 

 走り出した明日人は、パニックになりながらも、必死に人体模型から逃げる。

 

 

 (何でだよ!? 何で響子が……!)

 

 

 何で殺されなきゃならないのか……!? 何の為に……!? 何で――

 

 頭の中を巡るのは、理不尽への強い怒り。だがそれもすぐ恐怖に塗り潰されていく。

 

 

 「心臓ウウウウウ……!」

 

 「……っ!?」

 

 

 響子を殺した模型が追いかけてくる。速い。

 

 このまま真っ直ぐ走ってたら追い付かれる――!?

 

 恐怖に駆られた明日人は、角を曲がり、昇降口から外へ出た。

 

 隠れる場所の少ない外に。

 

 すぐ選択をミスったことに気付くが、今更戻れず、校庭の方に向かう。

 

 

 「シシシシシ……心臓ウウウウ……。」

 

 

 すると、人体模型の声が小さくなった。

 

 追ってきてない?

 

 

 (もしかして、外まで追ってこれないとか…………。)

 

 

 明日人は淡い期待を抱いて後ろを振り返った。

 

 ――が、人体模型の目はまだ自分の姿を捉えていた。

 

 

 「心臓ウウウ!!」

 

 「ううっ!」

 

 

 

 腕を激しく振り乱し、向かってくる人体模型の姿を見て、明日人は再び走り出した。

 

 何処まで逃げ切れるか。

 

 普段、運動せずに家の中にいる所為で、もう体力が無くなりそうだ。

 

 

 「だっ、誰か……!!」

 

 

 思わず叫ぶ。

 

 しかし、あんな化け物から救い出してくれる人間なんて、心当たりが無い。

 

 

 「カエセ…………! 心臓…………! カエセ…………!」

 

 「知らない!! 持ってない!!」

 

 

 逃げながら答えるが、人体模型は全く聞く耳を持たず、追いかけてくる。

 

 遂に校庭まで来てしまった。

 

 このままではフェンスに追い詰められる。いや、そこまで逃げ切れるかどうかも怪しい。

 

 

 (しっ、心臓……。心臓なんて……。)

 

 

 「……!」

 

 

 諦めかけたその時――明日人の頭にある考えが浮かんだ。

 

 

 (いや、あれ使えるか……!?)

 

 

 もうそれしか方法がない。

 

 明日人は走る方向を変え、全力で体を動かした。

 

 しかし、それでも目的の場所に辿り着くまでに追い付かれてしまいそう。

 

 

 「シシシシシシシシシシシシ……!!」

 

 「…………!?」

 

 

 すぐ後ろに人体模型の気配を感じた。

 

 

 (殺される――!!)

 

 

 もう駄目かと思い、明日人は目を瞑った。

 

 

 《ボンッ!! ゴンッ!!》

 

 

 「…………?」

 

 

 だが、覚悟した衝撃は来なかった。明日人は困惑気味に後ろを振り返る。

 

 

 「え?」

 

 

 どういう訳か、人体模型がうつ伏せに倒れている。まさか、こけたのか?

 

 いや……、後ろにサッカーボールが転がっている。その先には、自分と同い年か少し下くらいの少年の姿。

 

 知らない顔だ。助けてくれたのか……?

 

 

 《ガッ!》

 

 

 だが、まだ危機は去っていない。人体模型が起き上がろうと、両手を地面に突き立てた。

 

 明日人はその隙に、地面に散らかった内臓の中から心臓を探し、手に取った。

 

 臓物引きで殺された少女のものだ。

 

 汚いし、匂いも凄いが、躊躇している場合じゃない。

 

 

 「心臓ウウウ!!」

 

 

 明日人はそれを、すぐ後ろまで接近してきた人体模型の胸目がけて投げた。

 

 

 《ビュンッ!》

 

 「ひっ……!」

 

 

 間一髪――。

 

 放たれた人体模型の拳が、鼻先数センチのところで止まる。

 

 

 「…………はぁ……、はぁ……。」

 

 

 奇跡的に…………はまったのか……?

 

 後ずさり、人体模型の胸を見ると、ほんと奇跡的に肺のパーツの隙間に心臓が挟まっていた。

 

 

 「心臓ウウ…………。」

 

 

 再び動き出した人体模型は、ゆっくりとそれを体の奥に押し込む。

 

 

 (助かった…………!?)

 

 

 もう走る体力は残っておらず、明日人はその場に崩れ、尻もちをついた。

 

 

 「はぁぁ…………。」

 

 

 終わった……。良かった……。

 

 本当はちっとも良くないのだが、今は自分の命が助かったことを素直に喜びたかった。

 

 

 「君……、大丈夫?」

 

 

 地面に座っていると、先程サッカーボールを放ってくれた少年が近くまでやってきた。

 

 

 「あぁ……ありがとう。助かった……。」

 

 「肩、貸そうか?」

 

 「いや……それは大丈夫。立てるよ……。」

 

 

 明日人はゆっくりと立ち上がり、少年の顔をよく見た。

 

 声は穏やかだが、目は少し切れ長で、鋭い感じの表情。

 

 髪はミディアムで、両サイドが翼のようにツンツンと尖っている。

 

 

 「君は……。」

 

 

 《ドクン…………ドクン…………ドクン…………》

 

 

 「?」

 

 

 色々尋ねようとした時、何処からか心臓の鼓動が聞こえ始めた。

 

 勿論、自分のではない……。目の前の少年でも……。

 

 見ると、あのギャルの心臓が人体模型の胸で再び脈を打っていた。

 

 

 「行こう……。」

 

 

 気味が悪く、明日人は一旦この場を離れることにした。

 

 

 「は…………?」

 

 

 だが、すぐにとんでもない光景を目にし、足を止めてしまう。

 

 人体模型の体が……どんどん大きくなっていく。

 

 見上げるほど高く……ビルのように。

 

 

 「な…………。」

 

 

 何が起きているんだ。

 

 あまりのことに言葉が出ない。

 

 自分も少年も、呆然とするしかなかった。

 

 

 《ゴゴン……ゴゴン……》

 

 

 巨大化した人体模型は、地面を揺らしながら、ゆっくりと校舎に向かっていく。

 

 その体で居場所に戻る気なのか……。

 

 そんなことしたら……。

 

 

 (いや……。もう……いいや。何でも……。)

 

 

 もう他人のことなんてどうでもいい。

 

 終わりでいいだろ。こんなの夢だろ。夢なら早く終わってくれ。

 

 夢なら響子の死も、きっと無かったことになるんだから。頼むから無かったことにしてくれよ……。

 

 疲れ果てた明日人は、地面に仰向けに寝転がり、そのままゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  三・巨体模型

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《ガコン……!》

 

 

 鉄で出来た扉が閉まる。

 

 ひんやりとした空気が肌に触れ、俺は一瞬、外に出たのかと錯覚した。

 

 

 (…………ここは……?)

 

 

 辺りを懐中電灯で照らすと、そこには木の床ではなく剥き出しの地面が広がっており、真上には天井。

 

 部屋は広く奥行きがあり、まるで洞窟のようだった。

 

 長髪の女性を追って、ここに入ってきたが、一体何の空間なのだろうか。

 

 

 (地下って訳でもないよな……。)

 

 

 これまで訪れた場所が学校としての形を保っていただけに、この変わりようはどうにも気持ちが悪かった。

 

 夢としては、これが普通なのかもしれないが……。

 

 長髪の女性は何も言わずに歩いていくので、俺は彼女を信じ、小川さんと共に後を追うことにした。

 

 

 「この先には何が……?」

 

 

 一応、聞いてみるが、長髪の女性は答えない。

 

 ただ腰まで伸びた長い黒髪を左右に揺らすだけ。

 

 小川さんも懐中電灯をつけ、辺りを探り始めたが、特に発見は無く、不安は募るばかり。

 

 

 「………………。」

 

 

 やがて、長髪の女性が歩みを止める。

 

 特に突き当たりという訳ではないが、こんなところまで来て何を……。

 

 

 「…………?」

 

 

 いや、奥に何かがいる。

 

 立ち上がって……歩いてきている?

 

 懐中電灯の光を当ててよく見ると、人間のようだった。

 

 眩しいのか、顔を手で覆いながら、こちらに歩いてくる。

 

 

 (え……?)

 

 

 俺は驚き、その体をよく照らした。

 

 髑髏の付いた紫の首輪に……、とても見覚えのある服装。

 

 まさか……信じられない……。

 

 いや、信じたくなかった……。

 

 だって……、こんなところにいる筈がない・・・・・・・・・・・・・から。

 

 

 「裁朶さばたねえ……?」

 

 「…………!?」

 

 

 顔を上げた女は、ぎょっとした顔つきになり、数歩後ずさった。

 

 

 「何で……ここにいるんだ……?」

 

 「………………。」

 

 

 聞いても裁朶姉は、長髪の女性と同じく黙ったまま。

 

 ただ、いつも見ないような困惑した表情を浮かべ、口をもごもごと動かすのみ。

 

 その様子に俺は苛立った。

 

 

 「おい。」

 

 

 《ゴゴン…………!》

 

 

 「っ……!」

 

 

 だが問い詰めようとした瞬間、地面が大きく揺れ始めた。

 

 隙を突き、駆け出す裁朶姉。

 

 

 「地震……!?」

 

 

 小川さんが急に服の袖を掴んできて、俺は咄嗟に動くことができなかった。

 

 彼女が持つ懐中電灯を奪い、扉へ走る裁朶姉。

 

 俺は仕方なく持っていた懐中電灯を小川さんに押し付け、ライターを取り出し、後を追った。

 

 

 「裁朶姉!!」

 

 

 (何で逃げるんだ? どういうことなのか説明しろ!)

 

 

 俺はらしくなく動揺していた。

 

 身内が出てきて冷静でいられる筈はなかった。

 

 他人ならあんなにどうなってもいいと思えるのに……、ほんとおかしな話だが……。

 

 

 《バァン……!》

 

 

 俺は、扉を蹴破り駆けていく裁朶姉の背中を、全力で追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ Another Side ~
-?? ??-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は苛立っていた。

 

 

 「はぁ……。」

 

 

 まさかこんなに苦戦することになるとは思わなかった。

 

 第四種目――痛操でも敗北を喫し、二対二の引き分け。折角のリードを失ってしまった。

 

 そして喰らった罰ゲームはカッターナイフで、白組と同じ順番。どうやら負けの回数に応じてレベルが上がるらしい。

 

 ここで勝たなければ、更にグレードアップした凶器がこの身を襲うことになる。

 

 しかし、第五種目の借り物競走は、ルールの時点でこちらが不利。

 

 

 (くそ……イライラする……。)

 

 

 三階と四階を隈なく探索したが、収穫は0。他の仲間の探し物が一階と二階にあるから、上の階を探すことにしたが、失敗だったか。

 

 私は改めて探し物の書かれた紙に目を落とした。

 

 赤いシールの懐中電灯……。

 

 そんなに小さな物でもないし、見落としたとは考えにくい。

 

 

 《ガララ――》

 

 

 階段へ向かおうとすると、ちょうど近くの教室から強面の男が出てきた。

 

 

 「どうだった?」

 

 「…………無かった。」

 

 

 強面の男は、自分と同じく探し物の在り処が不明で、先程から手分けして探索している。

 

 彼が探しているのは、赤い防災頭巾。これもまだ見つかっていない。

 

 

 「下の階を探しましょう。もしかしたら仲間が見つけてるかも。」

 

 「そうだな……。」

 

 

 私達は急いで下の階へ走った。

 

 四階から二階へ。

 

 流石にまだ相手チームも探してる途中だろう。

 

 

 (間に合う……。間に合う筈……。

  間に合わなければ……最悪、殺してでも……。)

 

 

 《ゴゴン…………!》

 

 

 「っ……!?」

 

 

 その時、突然、校舎が大きく揺れ、思考が中断された。

 

 

 「何……?」

 

 

 壁に手を突き、姿勢を低くする。

 

 

 《ゴゴン…………! ゴゴン…………!》

 

 

 この揺れ方……。地震ではなさそうだが、一体…………。

 

 と、そう思っていると次の瞬間――。

 

 

 《バキバキバキバキバキバキ……!!

 

 

 「!?」

 

 

 尋常ではない崩壊音が聞こえ、一際強い揺れが襲ってきた。

 

 

 (何か……マズい……!!)

 

 

 私は状況を把握するべく、強面の男と共に急いで二階に下りた。

 

 

 「はぁっ……! はぁっ……! はぁっ……!」

 

 

 廊下を見ると、奥から誰かが走ってくる。

 

 小学生くらいの男の子と……、あれは赤組の不良男。

 

 一体何から逃げて――

 

 

 「何だあれは……。」

 

 

 強面の男が絶句する。私も同様だった。

 

 崩れた場所に……大きな顔……。

 

 巨大な人体模型が、校舎を覗き込んでいた。

 

 それは私達の姿を捉えると、大きな手を伸ばし――。

 

 

 「うわっ、あっ、ああああああ!!」

 

 

 不良男をその手に捕らえた。

 

 彼はそのまま口まで運ばれていく。

 

 

 「ああっ!  あっ! ああああー!!」

 

 

 情けない悲鳴を上げ、必死に抵抗するが、男は思い切り閉じた口に挟まれ、破裂。

 

 鮮血が飛び散り、私達は凍り付いた。

 

 

 「下だ!」

 

 

 いつの間にか少年を保護していた強面の男は、階段を駆け下りていく。

 

 我に返った私は、すぐに後を追った。

 

 

 「えっ。」

 

 

 しかしその途中、思いもよらぬ人物達とすれ違った。

 

 自分達とは逆に、階段を駆け上がっていく二人組。

 

 一人は、鋏を手に持った派手な髪色の女。

 

 もう一人は、ライターを持った前髪長めの男。

 

 どちらも、私の知っている人間・・・・・・・だった。

 

 

 (何で……?)

 

 

 どうしてこの場所に?

 

 

 「どうした? 知り合いか?」

 

 

 立ち止まった私に、強面の男が声をかけてくる。

 

 

 「ううん、気の所為…………。」

 

 

 私は動悸を抑え、逃げるように階段を駆け下りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ Another Side ~
六骸 修人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ……! はぁ……!」

 

 

 階段を凄いスピードで駆け上がっていく裁朶姉。

 

 床の振動で転びそうになりながらも、俺は追いかけた。

 

 物凄い音がしたが、一体何が起きてるんだ?

 

 逃げてきた数人とすれ違い、二階まで上がってきた時、疑問の答えがそこにあった。

 

 校舎が崩れて……、外で何か大きなものが動いている。

 

 一瞬だけでよく分からなかったが、巨大な怪物が現れたのだと、俺は悟った。

 

 

 「裁朶姉! 待ってくれ!!」

 

 

 危険を知らせようと声を張り上げるが、裁朶姉の足は止まらない。

 

 

 《ボゥッ!!》

 

 

 「うおっ!!」

 

 

 仕方なく追い続けていると、突如目の前の階段が炎に包まれた。

 

 

 (何だこれ……。)

 

 

 さっきは全く燃えなかったのに、何で急に……!?

 

 訳が分からなかったが、裁朶姉は気にせず突っ切っていく。

 

 

 (何考えてんだよ……! クソ……!!)

 

 

 俺も負けじと炎の上を走った。

 

 こういう時、本当は水を被るとかした方がいいのだが、探してる場合じゃない。

 

 俺はそのまま火の海を駆け抜け、裁朶姉を追った。

 

 すると、四階への階段で、例の幽霊が目に入った。

 

 防災頭巾……。階段の途中でふわふわと浮かんでいる。

 

 しかし、今度は黄色ではなく、赤かった。

 

 

 (まさか、あれか……?)

 

 

 いかにも火を起こしそうな見た目をしている。

 

 

 「…………!?」

 

 

 どうしようか考えていると、防災頭巾に向かっていく裁朶姉がズボンのポケットから何かを取り出した。

 

 あれは……鋏?

 

 それは何故か見る見る内に大きくなり――。

 

 

 《ズシュッ!!》

 

 

 防災頭巾の幽霊を貫いた。

 

 同時に階段の火も消え、元の大きさに戻った鋏を収めた裁朶姉は、勢いを落とすことなく走り続ける。

 

 裁朶姉も、俺と同じく普通じゃない力を使えるのか……?

 

 なら尚更、話を聞く必要がある。

 

 

 《バァン!!》

 

 

 屋上への階段を上がった裁朶姉は、扉を開き、外に出る。

 

 俺も急いで駆け上がった。

 

 扉を抜け、裁朶姉の姿を探す。

 

 だが、同時にとんでもないものが目に入った。

 

 

 《バキバキバキバキ……!!

 

 

 巨人…………巨人がいる。

 

 いや、あの見た目は人体模型か……?

 

 さっき襲い掛かってきた時は普通のサイズだったのに、何故あんなにもでかく……。

 

 

 (まさか……あれが今回の親玉か?)

 

 

 毎回毎回、巨大な怪物が出てきている。

 

 これがパターンと見て良さそうだが……。

 

 

 (今の状態でどうやって倒す?)

 

 

 どう考えても黒炎無しでは勝てそうにない。

 

 だが裁朶姉は、巨大化させた鋏を構え、やる気満々。

 

 

 (近接武器で大丈夫なのか……?)

 

 

 見ていると、人体模型が裁朶姉に気付いたようで、振り上げた手を思い切り振り下ろした。

 

 

 《ドォォン!!》

 

 

 (裁朶姉……!)

 

 

 思わず叫びそうになるが、裁朶姉は手をかわし、腕を巨大な鋏で挟んだ。

 

 

 《グシュッ!!》

 

 

 驚くほどあっさりと切断される人体模型の腕。

 

 断面から激しく血が噴き出し、屋上と裁朶姉を濡らす。

 

 だが、人体模型は痛みを感じていないのか、無表情のまま、もう片方の手を裁朶姉に向けて振り下ろした。

 

 また同じことが起こる。

 

 巨大な鋏に切断され、大量の血を吐き出す腕。

 

 これで両腕を失った。

 

 

 《バキバキバキ……!!

 

 

 しかし終わりではない。人体模型は逃げ出すかと思いきや、次に裁朶姉に向かって突進を始めた。

 

 耐え切れずどんどん足場が崩れていく。

 

 流石にこれには裁朶姉も困ったようで、下がりながら方法を探している。

 

 

 (マズいな……。)

 

 

 このままじゃ追い詰められる。俺もヤバい。

 

 

 (くそ……頼むから出てくれよ……!)

 

 

 先程から俺はライターの火を付け、念じ続けていた。

 

 黒炎さえ使えれば、裁朶姉と一緒に戦える。あんな化け物一瞬で倒せる。

 

 しかし、やはりどんなに念じても黒炎は出てくれない。

 

 

 (何でだよ……。)

 

 

 何が足りない? 何が条件なんだ?

 

 裁朶姉が戦ってるっていうのに、見ているだけなんて耐えられない。

 

 

 (怒りは十分な筈……。なのにどうして……!?)

 

 

 俺はライターを投げ捨てたくなった。

 

 こういう時に役に立たないんじゃ意味が無い。

 

 それともまさか勘違いしてるだけだっていうのか?

 

 あの黒炎は俺の力じゃないのか?

 

 だとしたら俺は何ができる?

 

 

 「……!?」

 

 

 考えていると、肌に冷たいものが触れた。

 

 

 (雨……?)

 

 

 ぽつぽつと、水滴が空から落ちてくる。

 

 

 《ぽつ……ぽつぽつぽつ……ザアァァァ――ゴゴォォン!!》

 

 

 小雨かと思ったら、あっと言う間に勢いが強まり、雷も鳴り始めた。

 

 

 (何が――)

 

 

 空を見上げると、そこには青い防災頭巾と、黄色い防災頭巾が飛んでいた。

 

 

 (あいつらの仕業か……?)

 

 

 俺はライターを濡らさないようにしながら、裁朶姉を見た。

 

 急激な気圧の変化で苦しいに違いない。

 

 

 「裁朶姉! 逃げた方がいい!!」

 

 

 叫ぶが、裁朶姉は鋏を構えたまま、迫りくる人体模型と向き合い続ける。

 

 雨の音で聞こえなかったか。

 

 いや、聞こえていて無視してるのか。

 

 裁朶姉はおもむろに鋏を掲げた。

 

 

 《ブチブチブチブチ……!!》

 

 

 左右に引っ張られ、鋏に絡み付いていた太い糸が音を立てて切れていく。

 

 

 《ブチッ!!》

 

 

 「……!」

 

 

 鋏が二つに分かれた。

 

 いや、それだけじゃない。腕に長い糸が絡み付き、まるで鎖鎌のようになっている。

 

 裁朶姉はそれを思い切り振り回した。

 

 二本の刃は風を切り、雨を切り、そして人体模型の体を切り裂いた。

 

 

 「…………。」

 

 

 凄過ぎて言葉が出ない。

 

 

 (漫画のキャラかよ……。)

 

 

 いつの間にか、二体の防災頭巾が消え、雨は止み、雷も収まっていた。

 

 切り刻まれる人体模型の動きは、徐々に徐々に鈍っていく。

 

 そして遂に――。

 

 

 《ゴゴオォン……!!》

 

 

 血塗れになった人体模型は、地面に倒れた。

 

 

 (嘘だろ……。)

 

 

 起き上がってくる気配は無い。やったみたいだ。

 

 流石、裁朶姉というべきか。夢の中でもおっかないところは変わらない。

 

 

 「裁朶姉……。」

 

 

 俺はライターをしまい、裁朶姉の元に歩み寄った。

 

 

 「はぁ……………はぁ…………。」

 

 

 聞こえてくるのは吐息の音だけ。

 

 髪も服も……返り血と雨でぐちゃぐちゃだ。

 

 

 「大丈夫か……? 裁朶姉。」

 

 「………………。」

 

 

 一体いつからこんなことをしているのか。

 

 何で何も言ってくれなかったのか。

 

 聞きたいことは山ほどあった。

 

 しかし、今は無理に聞き出そうとは思えない。

 

 振り返った裁朶姉は……、普段見せないような、とても悲しげな顔をしていた。

 

 

 「――――」

 

 

 「え?」

 

 

 今、裁朶姉の口が動いたような――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               

死霊の墓標

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       

✝CURSED NIGHTMARE✝

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   (Episode 3 ―― End

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       

どうか×の下で……眠れますように――