Urban Legend
「ねぇ、
「え? あー、何だっけ。何処かで聞いたことあるような気がする。」
「実際に起きたって言われてる事件なんだけどさ。
ある会社員達がWeb会議をしていた時の話で、その日、いつも通り、全員が集まって、議論が進められていたらしいんだけど……。
始まってから二十分くらい経った時のこと。
ちょうど一人が席を外したタイミングで、突然、画面に人間の生首が映って、ゆっくりボイスで喋り始めたらしいんだ。
それは十秒くらいで消えちゃったみたいなんだけど、皆驚いて、会議は一時中断になったそうだよ。
それで――」
「あー、思い出した。
それ確かコンピューターウイルスってオチじゃなかった?」
「うん。でも、あくまでそういう説もあるってだけで、ほんとのところはよく分かってないんだよ。
他の人の体験では、呼びかけや質問にもきちんと応じたって言うし、"こっくりさん"や"さとるくん"みたいな感じで、聞けば何でも答えてくれるんじゃないかって噂もある。」
「へぇー。
じゃあ、私からも一つ。面白い話知ってるんだよね。
怖い奴だけど、聞く?」
「え? 怖いって……どれくらい?」
「う~ん、聞いたら後悔するレベルかも。」
「えー……。」
「ふふ、どうする?」
「響子は平気なんだろ。
ここで聞かないってのもあれだしなぁ……。」
「よし、じゃあ話すよ?
これは
■
《カタカタカタ………カタ……カタ……カタカタ……カタカタカタ……》
暗く狭い室内に、キーボードを叩く音が響く。
パソコンの画面に次々と入力され、並んでいく文字。
それはやがて意味のある文章として完成し、世界へと発信されていく。
そのスピードと量は、とても目まぐるしいほどに速く多い。
「………………。」
インターネットが普及した現代、誰もが容易に自分の言葉を他者に伝達することが可能となった。
日常の何気ない呟きや、作品への感想、政治への意見、奇妙な噂話など――。
多くの人々の心を掴んだ情報は、あっと言う間に拡散され、更に多くの人々の目に留まっていく。
こうした状況の中、
顔も名前も知らない。そんな人物が実際に体験したこととして語られる、真偽不明の話。
身近なようで、何処か非現実的な香りがする……、そんな奇怪で魅力的な話。
それを、人々はこう呼んでいる。
「都市伝説」と――。
その概念は、アメリカ合衆国の民族学者、ジャン・ハロルド・ブルンヴァンによって広められ、多くの人々の心に刻み付いた。
彼によれば、都市伝説は「より多くの意味を含んでいきながら、魅力的な形で私達に提示される『ニュース』」だという。
娯楽に溢れた現代社会の中で生き延びるべく、噂は適応進化するかの如く、形を変えながら、人々の間を伝わっていくのだ。
故に、話の大部分は虚偽である場合がほとんど。
ただのフィクションに過ぎず、だからこそ人々に娯楽として扱われ、楽しまれている。
しかし……。
そうした膨大な噂――情報の中には、
例えばそう……。
検索することすら、命取りになるような…………。
《カタカタカタカタカタカタ…………カタッ》
一・Mourning
二月五日(木)
浅夢高校・一年I組教室
《キーンコーンカーンコーン……》
「………………。」
帰りのHRが終わり、ざわざわと騒がしくなる教室。
俺は早足で廊下に出ると、壁を背に携帯を
「行くぞ。」
「ん。」
携帯をしまい、後を付いてくる藤鍵。
俺はいつもより少し早めの速度で廊下を歩く。
…………互いに授業の疲れはあるが、今日はのんびり帰宅とはいかない。
これから俺達は、先日行った
何故、予定が早まったか。
それを説明するには、今朝の出来事を思い出す必要がある。
■
AM6:30
「
悪夢から覚め飛び起きた後――俺はすぐに裁朶姉を問い詰めるべく、寝間着のまま部屋を飛び出し、ちょうど自分の部屋から出てきた姉に声を掛けた。
しかし、何故か俺を無視して階段を下りていく。
その反応を見て、あの裁朶姉は夢の存在だったんじゃないかという考えが頭を過ったが、後を追って肩を掴んだところ、小声でこんなことを言われた。
「学校が終わってからにして、後で全部話すから。」
その言葉で、間違いなくあの夢に出てきた裁朶姉は本物なのだと確信できた。
すると他の人間達もそうなのか。
早く答えが欲しかったが、裁朶姉にも心を整理する時間が必要なのだと感じ、俺は大人しく待つことにした。
だから本当なら、今日は寄り道なんかせず、早く帰りたいのだ。
しかし、朝の食事の席。思わぬニュースが飛び込んできて、そうはいかなくなった。
俺は毎日必ず、動画サイトやニュースサイトなどで、政治や社会問題、世の中の事件・事故に関する最新の情報を得るようにしているのだが、YouTubeで登録していた保守系YouTuberのチャンネル――「渡り鳥は黒羊の夢を見るか」に、奇妙な投稿があったのだ。
それがなんと、
時間は短めで、仲が良かった隣の部屋の高校生が、先日原因不明の自殺をし、ショックを受けているという内容のものだった。
日付や時間、自殺の手法が完全に一致していたことで、俺はもしやと思い、彼のSNSアカウントにDM(ダイレクトメール)を送り、詳細を確かめようとした。
そして返事が返ってきたのは、朝のHR前。
関係者しか知り得ないような情報を合わせて送った御蔭で信用してもらえたらしく、その後、会う約束を取り付けるのは容易だった。
折角のチャンスを逃す訳にはいかない。
それで裁朶姉には悪いが、遅れるとのメールを送り、藤鍵には事情を説明し、一緒に白城マンションに向かうことにしたのだ。
■
「で、そのYouTuberってどんな人?」
「フリーのジャーナリストだ。
時事問題を分かりやすく解説してくれるし、国や企業への
「う~ん、俺、そういう動画全然見ないからなぁ……。
あんまり興味無くて……。」
「じゃあ、普段何見てるんだ?」
「え~っと……VTuberとか。」
「あぁ。でもVにも似たようなジャンルを扱ってる奴らはいるぞ。
記事読み上げながら自分の意見や考えを述べたりな。
お前もそこから入って知識付けたらどうだ?」
「はは……考えとく。」
そんなやり取りをしながら、校門まで歩いてきた。
白城マンションまでは、ここから十五分程度の距離。
「おーい……!」
「ん?」
校門を通り過ぎようとしていると、後ろから声と足音。
立ち止まり振り返ると、ピンクがかった髪の小柄な女子生徒が、鞄を振り乱しながら駆けてくる。
「はぁ、間に合った。」
彼女は俺達に追い付くと、横に並んで仲間に加わってきた。
「何だ、一体。」
「いやいや……、私も混ぜてって約束したじゃん……!」
「あぁ……そういや、そうだったな……。」
面倒で特に連絡は入れてなかった。
「え? 麗蓑さんって修人と知り合い?」
「うん。中学からの友達。」
「おお、マジか。
異性とつるむ修人、初めて見た。」
「別に好きでつるんだ訳じゃない。
流れだ。」
関係に執着は一切無い。
「流れかー……。
まぁ、
「班?」
「たまたま出来た関係ってことだ。
そんなことより――」
丁度良い。ここで揃っているなら……。
「二人に聞きたいことがある。」
「え?」
「何々?」
俺は立ち止まり、振り向きざまに二人に尋ねた。
「お前達。最近、変な夢見てないか?」
■
PM3:35 白城マンション・一〇六号室前
《ぴんぽーん……》
「………………。」
チャイムを鳴らして待つこと数秒。部屋の中から物音が聞こえ、扉が開く。
《ガチャ》
白い扉の向こう側から現れたのは、三十代前半くらいの壮年男性。
中肉中背で、髪はやや長め、表情は柔らかく、人好きのする優しげな顔立ちをしている。
間違いない。彼がYouTubeでも情報を発信しているフリージャーナリストの――
(本物……。)
今まで写真や映像でしか見たことのなかった人物が、目の前にいる。
正直、こんなに近くに住んでいるとは思わなかった。流石に少し緊張する。
「こんにちは。メールを送った六骸 修人です。」
「後ろの二人は、例の友達?」
「はい。坂力の友達だった藤鍵と……、同じクラスだった麗蓑。」
「どうも。」
紹介され、小さく頭を下げる二人。
「あ、じゃあ、中に入って。座って話そう。
大したもてなしはできないけど。」
「いえ、気にしないでください。」
招かれるまま、室内へ。
こうして他人の部屋に上がり込むのは何年ぶりだろうか……。
靴を脱ぎ、奥の部屋に入った俺達は、中央に置かれていた円形のテーブルの周りに腰を下ろし、飲み物を取ってくると言って、冷蔵庫の方に向かった渡取さんを待った。
その間、念の為、辺りを見回し、内装を確認するが、やはり最初の悪夢に出てきた部屋にそっくりだ。
あれは完全にこの白城マンションがモチーフになっていたと考えていいだろう。
その理由はまだ分からないが、真相に辿り着く為の手がかりになるかもしれない。頭の片隅には置いておこう。
「動画、どうだったかな。
何か気に障ったりしなかった?」
「いえ、ちょうど情報が欲しいところだったので、助かりました。」
「いや~、それなら良かった。追悼動画を出すかどうかについては、だいぶ迷ったんだよね。何か迷惑にならないかとか、色々考えて。
でも、やっぱり坂力君の死には納得いかなかったし、気になってしょうがなくってさ。職業柄、隠されると暴きたくなっちゃうっていうか……。」
どうやら彼も俺達と同じく、坂力についての情報を欲していたようだ。
「遺書のことはご存知ですか?」
「ああ、三日前に警察が聞き込みに来た時に見せられたよ。
でも、意味は分からなくて……。
藤鍵君は何か分かった?」
「あ、いえ、俺も全然。」
藤鍵は申し訳なさそうに顔を伏せる。
「一応、改めて確認してみるか……。」
俺は鞄からファイルを取り出し、そこから一枚の紙を取り出した。
坂力の遺書の内容をまとめたものだ。
「何か記憶と違う部分ありませんか?
細かい部分は藤鍵も自信が無いみたいで。」
「う~ん……。」
渡取さんは遺書の写しを見ながら
「僕も見た後、軽く書き出してみたんだよね。
抜けはあるけど、これと合わせれば……。」
渡取さんは立ち上がり、紙とペンを持って戻ってきた。
そして――。
「これでどうかな。」
俺達は目の前に差し出された紙に注目した。
それは渡取さんと藤鍵の記憶が合わさり、修正された遺書。
前のものと見比べると――。
「怪物を見た。それは自分の中に居た。このままではきっとマズいことになる。
だから、死のうと思う。俺が死ねば、全ては終わる筈。
でも、もし消えなかったら。怪物がまだ暴れるなら。俺の死が無駄に終わった時は。
その時は、任せる――」
「怪物を見た。それは自分の中に眠っていた。このままではきっと前よりマズいことになる。
だから、死のうと思う。俺が死ねば、全ては終わる筈。
でも、万が一消えなかったら。怪物がまだ酷く暴れるなら。俺の死が無駄に終わった時は。
その時は、任せる――」
「前より……?」
一つ気になる部分があった。
このままではきっと
他はニュアンスが変わった程度で、意味に大して違いはないが、この文だけは違う。
(前にも同じことがあったってことか……?)
いつのことだ?
どれくらい前なのかが分からなければ、調べようがない。
「う~ん、これでもちょっと意味分からないかも……。」
隣の麗蓑も困った表情を浮かべる。
「あ、……修人。」
「ん?」
その時、藤鍵が突然、肩を叩いてきた。
「どうした?」
「実は最初に修人とこのマンションに来た後さ。この遺書が何かの暗号になってるんじゃないかと思って色々考えてたんだ。」
「何かヒントがあったのか?」
「いや……、そうじゃないんだけど……。
文字ずらしてみたり、読む方向変えてみたり、英語に変換してみたり、結構頑張ってみたんだ。」
「それで、何か分かったのか?」
「何も。」
「おい……!」
期待して損した。
「もしかしたらと思ったんだけど……。」
「時間を無駄にし過ぎだ。」
いや、だがまぁ……その観点からは調べていなかった。可能性を潰してくれたのはありがたいか……。
「んー……。仮に暗号だったとしても、単純じゃないってことだね。
何か
鍵……。
坂力の私物は既に持ち出されていて、今は恐らく家族の元。
そこに怪しいものがないかを調べるのは、俺達ができる仕事じゃない。
「ねぇ。そもそも、これって本当に遺書なの?
普通、こんな分かりにくくする?」
麗蓑がもっともな疑問を口にする。
「自殺の理由をぼかしたかった……。
って、可能性はないかな。」
「それって……、自殺の理由が、素直に書けないことだったとか?」
「うん。正直に書きたくないこともあると思うんだ。
この文章なら、意味はよく分からないけど、何か深い理由があって死を選んだってことが伝わってこない?」
「まぁ、確かに……。」
意外とその程度のものなんだろうか。
自分が死んだ後、他人にどう思われるかを気にする……。
そんなプライドが坂力にあったんだろうか。
理解できなくはないが……。
「何か坂力が死後のことを気にするようなことを口走ったりしたんですか?」
「う~ん……、よく言ってたのは……、
「迷惑……。」
「坂力君、頭は良い方だと思うんだけど、かなり自己評価が低いタイプみたいでね。
自分がどんなに努力しても、世の中にはもっと優れた結果を残す人達がいる……。
何をやってもその道のプロに敵わない自分には大した価値なんてない。
だからせめて頑張ってる他人の邪魔にならないように、静かに生きていきたい……。
いつもそんな感じだったよ。」
「それは……。」
誰でも一度は思うことなんじゃないだろうか。
俺だって大会なんかで優勝な成績を収めた人間や、偉大な発見をして、社会に大きな影響を与えた人間の話を聞くと、劣等感を覚える。
「理想が高かったとか?」
「そうだと思う。
いつも楽しくなさそうにしていたし、笑いはするけど、本心じゃなさそうっていうか。」
「でも、こんな中途半端な時期に突然、自殺なんてしないと思うんですけど……。」
藤鍵が反論する。
「そう。
だから理由を知りたいって思う。
周りに迷惑をかけることになるのに、どうしてあんなことをしたのか。」
「………………。」
坂力の性格…………。
実際に話さないことには深いところまでは見えないが、ある状況に置かれた時、何を思い、どういった行動を取るかを考える上で、非常に役に立つ情報だ。
後で発想を逆転させて考えるとしよう。
坂力なら、どういった状況なら自殺をするか……。
「…………じゃあ、遺書についてはこれくらいで。
次、二月一日の朝――死体が発見された時の詳しい状況を知りたいんですが。」
「うん。あの日のことはちゃんと覚えてるよ。
僕は早起きで、毎朝、六時頃に起きるんだけど……。
あの時、隣の坂力君の部屋で目覚まし時計の音がずっと鳴っててね。
全然止まる気配が無いから、ちょっと心配してたんだ。」
「目覚まし時計が?」
「うん。
いつもは七時前に鳴るんだけど、あの日は
それで隣の……。
あー、一〇三号室の人がさ。
かなり短気な人で、怒っちゃったみたいで……、坂力君の部屋の前で騒ぎ始めたんだよね。」
「それで、発見された?」
「警備の人がマスターキーで扉を開けたみたいでね。
会話を聞いて、僕も部屋から飛び出したんだ。」
「じゃあ、現場を見たんですか?」
「ああ……。
それで……。」
渡取さんは携帯を取り出し、画面を操作し始める。
「外から見える位置だったから、こっそり写真を撮ったんだよね。」
「え?」
「一応聞くけど……見る?
ああ、発見が早かったから、綺麗なものだよ。」
(これはかなり重要な証拠じゃないか……?)
「俺は見るが、二人共、大丈夫だよな?」
「ああ、平気。」
「私も見たい。」
「じゃあ、これを……。」
渡取さんは携帯を机に置き、俺達に見えるように回転させた。
その画面には、部屋の扉の前で両手をだらんと垂らし、眠っているかのように俯いている坂力の姿が映っていた。
どうやらドアノブにネクタイを巻いて、そこに首を通したらしい。
首吊り自殺と言えば、体が完全に宙に浮いてるものがイメージされるが、これも割とメジャーな方法だ。
しかし、この写真……、少し気になる。
「あの、これ……ネクタイ、緩んでません?」
「うん……。どうも首を吊ったというより……、自分でぎゅっと絞めたみたいなんだよね。
この方法だと、意識を失っても死に切れるか分からないと思う。」
俺も同じことを考えた。
自分で自分の首を絞めて死ぬのは、かなり難しい。
意識を失ったら、当然、自力で圧迫し続けることはできないからだ。
だが、失神ゲームで首を絞めて、運悪く死んだ話も聞いたことがある。
だから全く有り得ない訳ではないが……、気になる点はもう1つある。
「目覚まし時計が坂力の近くに置かれている……。
わざわざアラームを早い時間に設定してたのは……早く発見される為か……?」
「彼の性格を考えれば、死んだ後に部屋を汚したくないってことなのかもしれないけど……。」
「失神ゲームしてたとか?」
「いや、坂力に限ってそんな馬鹿なこと……、遺書もあるし……。」
麗蓑と藤鍵が話し始める。
しかし、何を言ってるのかよく分からない。
二人の言葉が耳に入らないほど、俺は深い思考に入り始めていた。
(この写真……。
この状況……。
まるで一時的に気を失って……、すぐに起きたかったかのような……。)
一時的……。
「………………。」
しかし、確信を持つにはまだ情報が足りない。
(一旦、ここで止めておくか……。)
急いで答えを出すのは危険だ。焦らず一つ一つ積み上げていこう。
「あの、この写真、送ってもらってもいいですか?」
「うん。
ああ、分かってると思うけど、ネットに上げるのは駄目だからね。」
携帯に自殺の現場写真が送られてくる。
これで良し……。
「後は……、自殺の前日。一月三十一日の坂力の様子が知りたいんですが……。」
「う~ん……土曜日だよね。あの日はずっとこの部屋にいたけど、直接会ってないから詳しいことは言えないな。
特に会話は聞こえなかったから、誰かと会ったりはしてないと思うけど。」
「そうですか……。」
監視カメラについては警察が調べてるだろうし、来客の有無は把握している筈だ。
「………………。」
渡取さんから得られる情報は、大体このくらいだろうか……。
「あ、そうだ。これ知ってるかな。
坂力君が猫飼ってたの。」
「え?」
猫……?
急に可愛らしい動物が話に飛び込んできた。
「このマンション、一応、ペット禁止じゃないけど、道端に捨てられてたのを拾ってきたみたいでさ。
去年のクリスマスだったかな。」
「その猫は今何処に?」
「聞いてないから分からないけど、警察が連れていったんじゃないかな。」
「どんな猫か分かりますか?」
「えっと、種類はちょっと詳しくないから分からないんだけど……、黒猫。赤い首輪が付いてたかな。」
(黒猫で赤い首輪……?)
それってまさか……。
■
PM4:15 白城マンション周辺
「にゃーん……。
………………。
にゃーん……。」
「………………。」
車の下を覗き込みながら、猫の鳴き真似をする麗蓑。
「にゃーん。」
「やめろ。見苦しい。」
「ひどっ……! 寄ってくるかもしれないじゃん!」
「人間と猫は声の周波数が違う。
藤鍵みたいにアプリを使った方がまだ効果がある。」
《にゃー……!》
歩く藤鍵の携帯から、リアルな猫の声が発せられる。
他の通行人には変な目で見られるが、猫はしっかり反応してくれて、これまで二匹の猫を誘い出すことができた。
残念ながら、どれも特徴と一致しない野良猫だったが……。
(やっぱり、そう運良く出会えないか…………。)
渡取さんにお礼を言って別れた後、俺達は白城マンションの周辺を手分けして捜索していた。
俺が初めて白城マンションに行った帰りに見た猫……。
あれがもし坂力の飼っていた猫なら、外に逃げ出していることになる。
見つかれば保護しようと思ったのだが……。
「もうこの辺にはいないかもな……。」
携帯で時間を確認すると――四時二十分近く。
今日は裁朶姉からも話を聞かなきゃならない。
「続きは明日にするか……。
藤鍵、今日はもう――」
「いや、俺もうちょっと捜してみるよ。」
「一人でか?」
「うん。ほら、俺、推理とか全然駄目だからさ。これくらいの仕事はするよ。修人より家近いし。」
「そうか……。
じゃあ、猫のことはお前に任せる。もし見つけたら連絡くれ。」
「了解。」
俺と麗蓑は藤鍵と別れ、ようやく帰路に就く。
猫を捜した所為で少々時間を食ってしまった。
裁朶姉が怒ってないといいが……。
「ねぇ、修人君。」
「ん?」
停留所でバスを待っている時、麗蓑が話しかけてきた。
見ると、いつになく真面目な顔をしている。
「また一人で全部やろうとしてない?」
「………………。」
一人で……?
「さっきのやり取り見てなかったのか?」
「あれは大して重要なことじゃないでしょ。
校門のところで聞いたことって何?」
「ああ……。」
あれは二人が俺と同じ状況に陥っていないか、確認しただけだ。
とりあえず、まだ二人共、悪夢を見るようになっていないようだが、条件を知る為にも、今後も確認は怠れない。
「確かに隠してることはある。
だが、お前が協力できるようなことじゃない。少なくとも、今の段階では。」
「そう……。」
麗蓑は前を向き、少し俯く。
「でも、本心を言うと、それでも話してほしいかな。
修人君って、放っておくと勝手に遠い場所まで行っちゃうから。」
「………………。」
遠い場所……。
前に似たような忠告を、違う人間からされたことがある。
周りを置き去りにして、一人で勝手に突っ走って、結果、誰も知らない場所で傷付いて……。
相談してくれなきゃ、もしもの時に助けることもできない、と――。
しかし、それを言った人間に、俺を助ける力などなかった。
結局、足手まといになるだけだった。
「…………はぁ。
勝手に飛び込んでくるならいいが、俺が引き込めば、お前を守らなくちゃならなくなる。
面倒だろ。」
「ふふ……。あの時はちゃんと守ってくれたよね。
それが狙いだったり。」
「やめてくれ。」
俺の体は一つしかない。
守らなくちゃいけない人間を増やして、それで守り切れなくなったらどうする?
そんな状況に陥りたくはない。
「藤鍵君はどうなの?」
「あいつには
お前とは違う。」
「へー……。」
「………………。」
話しているとバスが来た。
もうこんな会話は終わりだ。
「もし私が優秀だったら、相棒にしてくれたりするのかな……。」
「………………。」
警告はした。
それでも踏み込んでくるのであれば、本当に見捨てるぞ。
俺は麗蓑が妙なことをしないよう祈りながら、バスに乗り込んだ。