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ホラー小説『死霊の墓標 ✝CURSED NIGHTMARE✝』第4話「アソビガミ」(2/6)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 PM5:15 六骸家二階・六骸 修人の部屋

 

 

 

 

 

 

 部屋に戻った俺は、鞄を下ろし、ベッドに倒れ込んだ。

 

 

 「はぁ…………。」

 

 

 何だか、どっと疲れた。

 

 あちこち猫を捜し回ったから……。いや、違う。

 

 ここのところ、色んな人間とコミュニケーションを取る機会が増えているのが原因だ。ストレスが溜まっているのが分かる。

 

 

 (早めに発散しないとな……。)

 

 

 壁に掛かっているカレンダーを見つめながら、今後の予定を考える。

 

 土曜か、日曜……。余裕があれば、スポーツジムに行って汗を流したいところだが……。

 

 

 (そうもいかないんだよな……。)

 

 

 いかんせん、やらなきゃならないことが山積みだ。

 

 悪夢のことだけじゃなく、授業の課題もあるし、とてもじゃないが、しばらくは息を抜けそうにない。

 

 

 (裁朶姉が有益な情報を持っていればいいんだが……。)

 

 

 「ふー……。」

 

 

 ベッドから起き上がり、部屋を出た俺は、階段を下り、一階に戻った。

 

 

 (裁朶姉は……。)

 

 

 《バン…………! バン…………!》

 

 

 テレビの音がリビングから聞こえてくる。

 

 父さんも母さんもまだ帰ってきていない筈なので、いるのは裁朶姉で間違いない。

 

 俺は扉を開き、部屋の中へ入った。

 

 

 「裁朶姉。」

 

 

 そこでは裁朶姉がソファに座り、いつもとあまり変わらない様子で、黙々とテレビゲームをしていた。

 

 やっているのは、少し前に発売されたホラーシューティング。俺の帰りを待っている間、時間を潰していたのだろう。

 

 とりあえず裁朶姉の隣に座り、キリの良い時を待つ。

 

 

 《バン! バンバン!!》

 

 

 俺が来ても動じることなく、ボスクリーチャーの急所に正確に弾を撃ち込んでいく裁朶姉。

 

 一発も弾を無駄にしていない。相変わらず、凄い集中力だ。

 

 こうして横で見ていると、俺より遥かにゲームクリエイターである母さんの遺伝子を受け継いでいると感じる。

 

 

 《バァァァン!!》

 

 

 撃ち抜かれたドラム缶が爆発を起こし、炎上するボスの体。

 

 すると画面が暗くなり、総合得点が表示される。

 

 ステージクリアか。

 

 裁朶姉は息を吐きながら、ソファの背もたれに寄りかかる。

 

 

 「はぁ……。」

 

 (やり込んでるな……。)

 

 

 エンドコンテンツにまで手を出すなんて、時間が勿体なくて俺にはできない。

 

 自分は基本的にストーリーがあるものしかやらないし、無駄な寄り道はせず、早く終わらせることを重視する。

 

 時間をかけてまで極める楽しさはいまいち分からないのだが、裁朶姉はこれでストレス発散できているのだろうか。

 

 悪夢で毎晩悩まされていても、のんびりゲームをやっていることからそうだとは思うが、御蔭で全く異変に気付かなかった。

 

 

 「なぁ……、裁朶姉。そろそろいいか?」

 

 「…………ん。」

 

 

 声をかけると、裁朶姉は体勢を変えぬまま、返事を返した。

 

 心の準備は整っているようだ。

 

 こちらも覚悟を決めて耳を傾ける。

 

 

 「まぁ…………、色々話す前に聞いておきたいんだけどさ。あんた、夢の中でのこと、どれくらい覚えてる?」

 

 「ああ……それは……。起きたらちゃんと書き出すようにしてるから大丈夫だ。

  最初から最後まで、全部覚えてる。」

 

 

 普通の夢ならすぐに記憶が曖昧になって忘れるものだが、あの悪夢での出来事は不思議とはっきり思い出せる。まるで現実で起きたことのように。

 

 思えば、これも異常ではある。やはり、あれは普通の夢とは別種のものなのだ。

 

 

 「…………。

  少しも抜けが無い訳?」

 

 「……? どういうことだ?」

 

 

 裁朶姉の聞き方に、何か不穏なものを感じる。

 

 

 「普通、普段見てる夢みたいに、起きた時、記憶が曖昧になる筈。

  私、あんたのことは覚えてるけど、他に誰がいたかはあんまり覚えてない。」

 

 「覚えてない……?」

 

 

 待て、いきなり嫌な情報が出てきた。

 

 

 「後、私、あそこでは何も喋れないから。」

 

 「ちょっ、ちょっと待て……。

  どうなってるんだ。」

 

 

 それじゃ普通の夢と同じじゃないか。

 

 

 「私も分からない。

  とにかく、私は記憶を僅かしか引き継げないし、夢の中で声を出せない。

  あんたはどうなの?」

 

 「どうって……そんな制約まるでないぞ。」

 

 

 感覚や身体能力も現実と変わらない。

 

 他の人達だってそうだ。約一名、変なのがいたが、喋れないことはなかった。

 

 

 「そう……。

  じゃあ、坂力と同じな訳だ。」

 

 

 坂力……。

 

 こちらから聞く前にその名前が出たか。

 

 

 「…………。

  やっぱり、あいつも悪夢を見てたんだな。

  裁朶姉は自殺の理由――見当つかないのか?」

 

 「知る訳ない。

  現実で話したの一度切りだし。」

 

 

 一応、知らない仲ではないようだ。

 

 

 「どうしても思い出せないのか? 悪夢の中でのあいつの様子とか……。

  自殺する直前の悪夢はどんな……。」

 

 「そもそも悪夢って、一人の時と、複数人の時がある。

  今朝見たような大人数が巻き込まれる悪夢は稀で、多いパターンは1人から5人。

  あの日――私は坂力に会ってないよ。まぁ、会ってて忘れてるだけかもしれないけど。」

 

 「………………。」

 

 

 マズいな……。

 

 思ったより、裁朶姉が持ってる情報が少ない。

 

 

 「じゃあ、他のことを聞くが……。

  いつから悪夢を見るようになった?」

 

 「………………一年くらい前。」

 

 「……!?

  そんなに前から見てたのか?」

 

 

 俄かには信じ難い。

 

 

 「どうやって生き延びてきたかなんて、あんまり覚えてないけどね。」

 

 「いや、あの力は?

  裁朶姉……、何かやたらでかい鋏を振り回してただろ。

  あれは何なんだ。」

 

 「分からないって。

  ただ、使えるから使ってるだけ。

  まぁ、夢だし……。自分の思い通りにできる部分もある程度あるってことでしょ。」

 

 

 その辺りの解釈は俺と同じか……。

 

 少し不安だが、まぁ今はいい。それよりもっと重要なことがある。

 

 

 「じゃあ次だ。一番大事なことを聞く。

  悪夢の中で死んだら、どうなるんだ?」

 

 「………………。」

 

 

 流石にこれを知らないとか冗談じゃないぞ。

 

 一年も悪夢を見続けておいて、これを調べないなんて有り得ない。

 

 俺は少し苛立ちながらも、裁朶姉の答えを待った。

 

 

 「…………坂力から聞いた話だから、実際に確かめた訳じゃない。」

 

 「坂力から……?」

 

 「うん。もし死んだら……、悪夢に関する記憶を全て失う・・・・・・・・・・・・・ 。」

 

 

 ………………。

 

 

 「記憶を……?」

 

 

 それだけなのか……?

 

 

 「だけとは言い切れないけどね。

  長期的にどんな影響があるかは誰にも分からない。」

 

 

 長期的……。

 

 

 「…………成程。寿命が縮むとかだったら最悪だな。

  知らず知らずの内に命を削られてることになる。」

 

 「そう。だから、死ぬことは勧めない。

  あんたはこれからどうするの?」

 

 「そんなの、原因を突き止めるに決まってるだろ。

  こんな現象、放置したまま生きていけるか。」

 

 「………………そう。」

 

 

 裁朶姉は目を閉じ、小さく呟いた。

 

 

 「あ、そうだ。

  このメール。送ったの裁朶姉だろ。」

 

 

 俺は携帯の画面を操作し、一昨日の朝に届いたあのメールを開いて裁朶姉に見せた。

 

 

 

 「コレイジョウ コノジケンニ カカワルナ

 

 

 

 「ああ……それね。

  うん。無駄だとは思ったんだけど……。」

 

 「ずっと気になってた。坂力の自殺に関わることがどうして駄目なのか。

  悪夢に巻き込まれる条件って何なんだ?」

 

 「それは、坂力もよく分かってないみたいだった。

  けど、何かを知ってしまうこと・・・・・・・・・・・。それは間違いないって言ってた。」

 

 「知ってしまうこと……?」

 

 

 成程……、どんな言葉がトリガーになるか分からないと。

 

 坂力の話を信じるなら、悪夢のことを気軽に話せない。

 

 裁朶姉はそれでますます何も言えなくなったのか。

 

 

 「くそ……。」

 

 

 こうなると、坂力が死んだのが痛い。

 

 俺と同じく悪夢の記憶を引き継げていたなら、間違いなく、他の誰よりも役に立つ。

 

 まぁ、そもそも坂力が死ななければ、藤鍵が騒がず、俺がこの現象に巻き込まれることもなかったのかもしれないが……。

 

 

 「裁朶姉は、坂力が自殺したことについてどう思ってるんだ? 一応、同じ状況にある仲間だったんだろ。」

 

 「…………はぁ。」

 

 

 裁朶姉は目頭を押さえながら天井を見上げた。

 

 

 「勝手に死なれるのって、すっごく迷惑。

  ほんと、どうでもいい奴だった。だから死んでほしくなかった。

  気にすることになるから。」

 

 「…………。」

 

 

 これまでの言動からして、家族が巻き込まれることは、裁朶姉にとって避けたい事態だったんだろう。

 

 

 (全く……。)

 

 

 記憶を引き継げないのに無理し過ぎだ。

 

 

 「分かった。」

 

 「もういいの?」

 

 「とりあえずはな。

  ああ、何か思い出したら必ず話してくれ。隠されるのが一番困る。」

 

 「………………。」

 

 

 顔をしかめる裁朶姉。

 

 気持ちは分かるが、こうなった以上、俺にも少しは任せてほしい。

 

 

 「分かるだろ。この件は裁朶姉だけで解決するのは無理だ。」

 

 「…………。分かった。」

 

 

 裁朶姉は俯く。

 

 

 「でも、あの馬鹿みたいに勝手に死んだらただじゃおかないから。」

 

 「ああ。」

 

 

 もし俺が記憶を失ったら、また裁朶姉は一人で戦い続けることになる。

 

 裁朶姉も死んだら、坂力の戦いも無駄になる。

 

 そんなことには絶対にさせない。

 

  

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 PM6:00

 

 

 

 

 

 

 《カタカタカタ……カタカタカタ》

 

 

 裁朶姉の話を聞き終わった後、俺は早めに夕食と風呂を済ませ、部屋に戻った。

 

 今日は寝る前に考えなきゃならないことが沢山ある。

 

 

 《カタカタカタカタ…………カタカタ》

 

 

 渡取さんと裁朶姉の二人から聞いた話を、パソコンのメモ帳にまとめていく。

 

 

 (悪夢の中で死んだ場合……、悪夢に関する全ての記憶を失う……。)

 

 

 ………………。

 

 

 悪夢に巻き込まれる条件は、何かを知ってしまうこと。

 

 つまり死んで記憶を失った人間は、またその何かを知るまで悪夢には巻き込まれない。

 

 

 (何か、か……。)

 

 

 今、俺と裁朶姉を含め、悪夢に巻き込まれている人間は、その何かを知ってしまっている状態。

 

 集まって話し合えば、割と簡単に特定できるような気がするが……。

 

 

 (二月二日……。)

 

 

 俺が巻き込まれた日。

 

 その何かを知った日。

 

 思い当たるものはないか?

 

 

 「………………。」

 

 

 

 おはようのドリルするからなー。

 

 

 

 (ああッくそ。まだ頭にこびりついてるのか、あの台詞。)

 

 

 俺は頭を押さえた。

 

 でも、あの日聞いた変わった言葉と言えば、あれくらいしか思い付かない。

 

 おはようのドリル……。おはようのドリル……?

 

 …………。

 

 駄目だ。何度繰り返しても何も見えてこない。

 

 

 (藤鍵が巻き込まれていないなら、坂力に関する情報も関係無いしな……。)

 

 

 やはり一人の記憶だけじゃ答えに辿り着くのは無理か。

 

 ひとまず置いておこう。

 

 俺はメモ帳をスライドさせた。

 

 次――。

 

 この悪夢はいつ頃始まったのか。時期を特定したい。

 

 今のところ、一年前に巻き込まれた裁朶姉が一番の古株……。

 

 それ以前からあったとなると、一体いつから……。

 

 ………………。

 

 

 (死んだら記憶を失う……。)

 

 

 自分が以前巻き込まれていた可能性は……、何もメモが無いことから無いと言える。

 

 今みたいに、自分なら必ず何かを残す筈だ。

 

 

 (いや……待て。巻き込まれたその日に死んだら……。)

 

 

 他の人間に聞いても、現象が始まった日は……。

 

 

 (特定できない……。)

 

 

 それが最初に巻き込まれた日とは限らない。

 

 俺が生まれるずっと前……。

 

 下手すれば何百、何千年も昔からずっと続いている可能性も出てくる。

 

 もし、俺達の命が知らず知らずの内に削られているとしたら……。

 

 

 (………………。)

 

 

 悪く考え過ぎだろうか。

 

 しかし、常に最悪の事態は想定しておかなければならない。

 

 俺は更にメモ帳をスライドさせた。

 

 次は現象の範囲について考えたい。

 

 今朝起きた後、悪夢の中で出会った人間の名前と住所は思い出せる範囲でメモしておいた。

 

 できれば直接会って存在を確認したいが、向こうが悪夢の中で俺と会ったことを覚えていない可能性もある。ネットでの検索で省ける分は省きたい。

 

 

 [うるし そういちろう] [こかわ ゆい]

 

 [やしぎ ぜん] [うすい やすのり]

 

 

 ブラウザを開き、検索窓に名前を入力して、順番に調べていく。

 

 一人目――うるし そういちろう。

 

 約150万件のヒット。

 

 俺は検索結果に目を走らせた。

 

 が……。

 

 

 (………………工芸品の記事ばっかりだな。)

 

 

 彼に関係してそうなものはない。

 

 ホラー漫画家だと言っていたからもしかしたらと思ったが、作品名も聞き出すべきだったか。

 

 売れてないなら、相当深く埋もれてる可能性はあるが……。

 

 いや……、まだ発表していない段階で漫画家を名乗っている可能性もあるのか。

 

 

 (次会った時は、多少強引にでも聞き出さなきゃな……。)

 

 

 うるし そういちろう……。

 

 彼のことは優先して調べたい。悪夢の中での言動からして、一番気になっている。

 

 流石に全ての黒幕とまでは思わないが、何かを隠してるかもしれない。どう口を割らせるか、よく考えておくべきだろう。

  

 俺はマップを開き、彼の住んでいるマンションを検索した。

 

 浅夢あさゆめ常夜じょうや町にある、トワイライトマンション常夜の三一二号室……。

 

 …………自転車で行ける距離だ。休日に尋ねに行ってみるのもいい。

 

 俺は手元の紙に予定をメモし、次の名前を検索窓に打ち込んだ。

 

 二人目――こかわ ゆい。

 

 彼女は横浜市保土ヶ谷ほどがや区にある、夢結むゆう病院に勤務している看護師とのことだが……。

 

 検索結果には似た名前の人物が並ぶだけで、彼女のことは出てこない。

 

 

 (どうするかな……。)

 

 

 一応、実家の住所も聞いたが、そちらは瀬谷区の後に続く部分を忘れてしまい、特定ができない。

 

 もう一度住所を聞き出すか、病院の受付で呼び出してもらうしかないだろう。

 

 

 「んー…………。」

 

 

 一人暮らしで同性の漆さんはまだ会いやすいが、小川さんの場合はちょっとな……。

 

 気が進まないどころじゃない。

 

 だが、悪夢の中で会った人間が、ちゃんと現実に存在しているだけでなく、悪夢を見た記憶を持っているかどうかまで確かめないと、正確な結果が出せない。

 

 現実に存在していても、悪夢の中に出てきたのは、見た目だけ同じ偽物ってことも有り得るからだ。

 

 

 (他人の目など気にしてる場合じゃないが……。)

 

 

 不審人物だと思われるのは辛い。ますますストレスが溜まる。

 

 

 (何か良い手はないか……。)

 

 

 そこで、頭に何人かの顔が浮かぶ。

 

 

 (藤鍵……、麗蓑……、いや、ここは裁朶姉だな。)

 

 

 藤鍵だと男二人組。

 

 麗蓑は単純に誘いたくない。

 

 

 (後の問題は……記憶だな。)

 

 

 小川さんが悪夢の中で俺と会ったことを覚えているかどうか。

 

 あの後、死んではいないと思うが、記憶を引き継げていない場合、説明が面倒だ。

 

 聞き出したいのは悪夢を見たかどうかだけ。最悪、それさえ覚えていればいいんだが……。

 

 

 「はぁ……。」

 

 

 (……たちが悪い。)

 

 

 考えれば考えるほど、厄介な現象だ。

 

 被害者同士、協力しようにも、記憶の引き継ぎに個人差があると、連携が上手く取れない。

 

 俺みたいに記憶を引き継げる人間が頑張らなきゃならなくなる。

 

 坂力は死んでしまったし、他には何人いる……?

 

 まさか俺しかいないなんてことはないよな。

 

 俺がやるしかないなんて……。

 

 

 (責任………。)

 

 

 …………。

 

 

 この現象が一年以上前から続いているのは確定。

 

 ずっと続いていて……、誰も解決できていない。

 

 断片的な情報しか得られないから、多くが諦めて思考を放棄する。

 

 例え諦めなくても、志半ばで死んで何もかも忘れてしまう。

 

 結果、問題が解決されないまま、残り続ける……。

 

 

 「………………。」

 

 

 考えてみると、これほど恐ろしいことはないかもしれない。

 

 もしこれが特定の誰かの意思によって引き起こされていることなら、そいつに好き勝手やらせていることになる。

 

 

 「はは……。」

 

 

 最早、陰謀論の領域。

 

 ………………だが、笑っていられない。

 

 このまま調べ続けて大丈夫か。

 

 最終的に巨大な組織と戦うことになったりして、周囲を危険に晒すことになったりしないか。

 

 このまま立ち向かい続けても……いいのか。

 

 

 (良いに決まってる。)

 

 

 俺はそんなことでビビらない。

 

 裁朶姉も……、父さんも母さんも……。

 

 あの二人は寧ろ喜ぶかもしれない。

 

 責任を負うことになるが……。

 

 もうそれでいい。ここまで来て逃げるのは無しだ。

 

 俺は検索窓に次の人間の名前を打ち込んだ。

 

 三人目――やしぎ ぜん。

 

 エンターキーを押し、検索結果を表示する。

 

 

 「…………!」

 

 

 すると、埜鴫 漸という名前の、SNSのアカウントが見つかった。

 

 すぐにクリックしてプロフィールページを開く。

 

 

 (…………。ビンゴか。)

 

 

 職業は環境省の自然系職員――通称レンジャー。

 

 実名制のSNSで、アイコンも本人の顔写真だから間違いない。

 

 俺はページをスライドさせ、呟きを確認した。

 

 

 (悪夢に関する呟きは……今のところ無しか……。)

 

 

 出てくるのは鳥の写真ばっかりで、生活に関する呟きはほとんどない。

 

 

 (メールを送ってみるか……。)

 

 

 折角、SNSをやってるなら、直接会わずにメールで済まそう。

 

 しかし、適当な文章だと怪しんで返信してこない可能性もある。これもよく考える必要があるな。

 

 一旦、後回しにし、最後の一人の名前を検索窓に打ち込む。

 

 うすい やすのり――。

 

 大手文房具メーカー、グレリー(GHRELY)の従業員。

 

 検索結果には……気になるものは無し。

 

 

 (さて、この人の場合はな……。)

 

 

 住んでる場所が、浅夢市の晨昏しんこんで、隣町。

 

 距離が近いので、正直、優先度は低い。

 

 俺はペンを持ち、印刷しておいた神奈川県の地図に新しく印を付けた。

 

 今のところ、悪夢を見ている人間は神奈川県の中心付近に集まっている。

 

 原因は、やはりそう遠くない場所にあるのか……。

 

 いや、そう結論付ける為には、他の県で発生していないことを確かめなければならない。

 

 もしかしたら、県外で寝た場合、悪夢を見なかったりするかもしれない。

 

 境界を見つけることができれば、原因の特定がし易くなる筈だ。

 

 まぁ、一度引き込まれたら、何処まで逃げても悪夢を見るという可能性もあるが……。

 

 

 「…………!」

 

 

 いや、そうだ。

 

 俺は部屋を出て、未だ一階のリビングでゲームを続けている裁朶姉の元に戻った。

 

 

 「裁朶姉……!」

 

 「んー?」

 

 《ギャオオオオオ!!》

 

 

 響くモンスターの咆哮。

 

 裁朶姉、今度はモンハンやってるのか……。忙しい時、悪いが……。

 

 

 「去年の修学旅行の行き先、京都だったよな。

  旅館で寝た時、悪夢見たか?」

 

 「………………見た。内容は覚えてないけど。」

 

 「分かった。」

 

 

 俺は部屋に戻り、再びパソコンに向き合った。

 

 

 「はぁ…………。」

 

 

 やっぱり悪夢内で地道に被害者の情報を集めるしかない訳か。

 

 裁朶姉が内容を覚えていない所為で、県外で寝た場合、巻き込まれる人間に違いがあるかどうか分からない。

 

 

 (結局、俺が確かめるしかないんだな……。)

 

 

 面倒だが、仕方ない。

 

 俺は椅子の背もたれに寄りかかり、目を閉じて少しだけ脳を休ませた後、作業を再開した。

 

 次は坂力のことだ。

 

 デスクトップにあるナイのアイコンをダブルクリックし、アプリを起動する。

 

 情報共有ツール「NAI NAI NOTE(ナイナイノート)」。

 

 これは母さんが学生時代に開発したもので、簡単に言えばアイデアノート。

 

 主にゲーム作りの為に必要な知識がまとめられていて、今も結構な頻度で内容が更新されている。

 

 これがかなり便利で、お金を払わないと得られないような知識や、専門家への独自のインタビュー内容も記載されていて、ただネットで検索するよりも、分かりやすい且つ信頼性の高い情報を得られる。

 

 確かこういうのは社内wiki……ナレッジ共有と言うんだったか。これはその家族バージョン。

 

 画面の右下には母さんが作った男の娘キャラのナイがふわふわ浮いており、ユーザーをサポートしてくれる。

 

 しかし、これは正直、邪魔だ。

 

 更新箇所を喋ってくれるのはいいんだが、雑談台詞のパターンが膨大で、調べ物をしている間、ずっと画面の下でくだらないことを喋り続けている。気が散ってしょうがない。

 

 おまけに間違えてクリックすると喘ぎ声を漏らす。

 

 母さんの実力は色々と本物なだけに、いらんことをするなといつも言っているんだが、無駄こそ人生の娯楽だと言って聞かない。

 

 良い言葉ではあるが、何でもかんでも娯楽化するのは違うだろう。

 

 

 「ナイです! 今日は何を調べますか? 男の娘エロゲの情報に新しい更新がありますよ☆」

 

 「………………。」

 

 

 今はそんなことはどうでもいい。

 

 今、俺が調べたいのは、人間は気絶している間に夢を見るのかどうかということだ。

 

 検索欄に「気絶 夢」と打ち込み、エンターキーを押す。

 

 すると、目当ての情報があっさりと出てくる。

 

 俺は一番上のページを開き、表示されたテキストに目を走らせた。

 

 

 (気絶中……。夢は見る……。)

 

 

 事故や病気で意識不明となり、何ヶ月か病院のベッドの上で過ごした患者へのインタビューなどが書かれている。結構、事例は多いようだ。

 

 

 (つまり坂力は、自分の首を絞めて気を失ってから死ぬまでの間、悪夢の世界に行っていた可能性はある……。)

 

 

 現状、俺の予想はこうだ。

 

 朝起きた坂力は、何らかの事情で悪夢の中に戻る必要に迫られた。

 

 しかし、一度目を覚ました後に再び眠りに就くのは時間が掛かる。

 

 そこで、自分の首を絞めて意識を失う方法を取ることにした。

 

 相当な無茶だとは思うが、例えば悪夢の中で大事な誰かの身に危険が迫っていたとしたら、助けに戻ろうとする可能性はある。

 

 坂力にそんな相手がいたかどうかは今のところ分からないが、ひとまずいたと仮定しておく。

 

 現実じゃ死なないとはいえ、記憶以外の何かが失われる可能性もあるんだ。

 

 

 (特に坂力はかなり自己評価が低い人間。

  自分より他人を優先してもおかしくない。)

 

 

 運悪く死んだのが悔やまれる。

 

 部屋にあった遺書については……。

 

 坂力は変な現象に巻き込まれて、いつ死んでもおかしくないような状況だった。

 

 あらかじめ適当な遺書を用意しておいてもおかしくない。

 

 渡取さんの言っていた通り、自分の死の理由を誤魔化す為のものか……。

 

 何かを知ってしまうことが悪夢に巻き込まれる条件なら、下手なことは書けない。

 

 ちょっと無理があるだろうか。

 

 いや、今はこれでいい。全く見当外れということはない筈だ。

 

 その時は、任せる――。

 

 遺書の最後のあの言葉は、同じ状況にある裁朶姉に向けたもの……。

 

 

 (違うか……?)

 

 

 悪夢の中で出会った別の誰かって可能性もある。

 

 一度会ってるなら裁朶姉の記憶のことは知ってるだろうし、押し付ける相手としては不適格だ。

 

 

 (まぁ、この辺りは主観だから分からないな。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 PM10:00

 

 

 

 

 

 それから約四時間。

 

 後回しにしていた作業も終え、俺はベッドに倒れ込んだ。

 

 

 「はぁ……」(疲れた……。)

 

 

 まるでテスト前のような作業量。考え過ぎで脳が悲鳴を上げている。

 

 しかし……、今日やるべきことは全てやり切った。

 

 後は寝て明日を待つだけ……。

 

 

 「………………ふわぁ……。」

 

 

 ぼーっと天井を見つめながら、一つ大きな欠伸あくびをする。

 

 このまま眠れば、また悪夢を見ることになる。

 

 眠らなければ当然見ないのだろうが、人間は眠らなければ、パフォーマンスが著しく落ちる。

 

 それは学生である自分には厳しいし、それこそ寿命縮める行為だ。

 

 

 (キツいな全く……。)

 

 

 人生の三分の一を占めると言われる睡眠時間。

 

 解決しなければ、今後ずっと悪夢を見続けることになる。

 

 体は休まっても、心は決して休まらない。

 

 

 「…………。」

 

 

 だが、大丈夫だ。

 

 情報は確実に揃ってきている。

 

 そう遠くない内に原因を特定できる筈……。

 

 俺は布団を被り、目を瞑った。

 

 裁朶姉は一年もの間、悪夢を乗り越えてきている。

 

 俺が死ぬ訳ない。

 

 強くそう思う。

 

 ネガティブでいたら夢に影響しそうだ。

 

 

 (夢への影響……。)

 

 

 そうだ。それも少し気になる。

 

 意思が反映される度合いにも、個人差があったりするんだろうか。

 

 裁朶姉は無意識に力を使えてるみたいだが、俺の場合は炎を出したり出せなかったり、単純にはいかない。

 

 

 (ん、待てよ……?)

 

 

 俺も裁朶姉も特殊な力を使えるということは、他の被害者達もそうなのではないか。

 

 まさか俺達だけが特別なんてことは無い筈だ。

 

 

 (次、誰かに会ったら俺達みたいな力を使えるか検証してみるか……。)

 

 

 戦える人間が増えれば、生存確率がグっと上がる筈だ。

 

 

 (あの意味の分からない怪物達を退けられれば……。)

 

 

 ………………。

 

 

 (意味…………。)

 

 

 そこで、ふと思った。

 

 人々の意思が反映される世界ということは、あの場所や怪物達も、誰かの意思によって形作られているのではないか?

 

 さっきも少し考えた黒幕の存在。

 

 もし明確な黒幕が存在するならば、それを叩けば終わる。

 

 

 (黒幕が被害者の中に混じっている可能性……あるんだろうか。)

 

 

 現状、最も怪しいのは漆さんだが……。

 

 

 (そういえば、二日目の悪夢は俺の家が舞台だった。

  あれは俺の記憶を元に作られたものだとして……。

  そこにあんな怪物を発生させている強い意思の正体は……。)

 

 

 果たして一人の人間なのか?

 

 

 「う~ん……。」

 

 

 もし大きな実験施設でもあって、そこに人の意識に干渉するような何かがいた場合、俺一人の手には負えない。

 

 物凄い機械か、特殊な力を持った生物か……。

 

 まさか死者の呪いなんてことはあるまい。

 

 死んだ人間はそれっきりだ。

 

 漫画みたいに魂が飛び回って、世界に影響を与えるなんてある訳がない。

 

 そんなことができたら、真面目に生きるのが馬鹿らしくなるだろ。

 

 身体と意識を分離させる研究は聞いたことがあるが、俺は上手くいってほしくない。

 

 誰もが永遠に生きられる世界なんて、見たくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………………。」

 

 

 長々と考え事をした所為で中々寝付けなかったが、ようやく身体が眠り始めた。

 

 覚悟を決めておいた俺は、抵抗することなく、睡魔に身を委ねる。

 

 

 ………………。

 

 

 いつものように、吸い込まれるような感覚……。

 

 言い知れぬ不安を感じたのは、きっと気の所為だ。