ネシオのブログ

ネシオのブログです。興味のあるゲームやアニメ、漫画や映画のことを書いています。オリジナル作品の制作日記も公開中。

ネシオのブログ

MENU

ホラー小説『死霊の墓標 ✝CURSED NIGHTMARE✝』第4話「アソビガミ」(6/6)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  三・Don't look for me

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《ブブゥゥゥン……》

 

 

 「………………。」

 

 

 モニターを通り、電霧雑踏の世界から脱出した俺は、耳を澄ませ、周囲の様子を探った。

 

 足音やゆっくりの声は聞こえない。

 

 

 (こっちには来てないか……。)

 

 

 まだ霧の中で彷徨っているとしたら、最後までそのままでいてくれると助かる。

 

 黒炎を放つ際、周りを気にしなければならないというのもあるが、戦う力を持たない人間は、ここでは足手まといだ。一人の方が動きやすい。

 

 俺は一旦、ライターをしまい、右腕を前に向けた。

 

 

 《ボオォォ!!》

 

 

 付け根から指先までが、黒い炎に包まれる。イメージした通りだ。

 

 

 (成程な……。)

 

 

 能力発動の条件は、強い怒り……ではなく、強いストレス……。

 

 この能力は、それを解消しようとする防衛反応のようなものか。

 

 これまでの悪夢であったことを思い出してみる。

 

 確かに、最初の悪夢では、巨大な怪物に追いかけられ、ストレスを受けた。

 

 二つ目の悪夢では、自分の家が舞台で、段々とおかしくなっていくというショックと、得体の知れない現象に対する不安。

 

 しかし、三つ目はどうだ? あの廃校の悪夢。

 

 三回目となると、流石に心に慣れが生じる。不安を全く抱かなかった訳じゃないが、前の二回ほど強くはなかったような気がする。

 

 恐らく、ストレスの蓄積量が、ある一定のラインを越えなければ駄目なのだろう。

 

 

 (不安……。ストレスか……。)

 

 

 それがこの世界で力を持つ……ということは。

 

 俺は落ち着いて考える為、通路の壁を背に座り、目を閉じた。

 

 寝る前に、一応、悪夢のことについても軽く調べておいた。

 

 その中で、悪夢というのは、人間の不安の現れ・・・・・だとする記事を見かけた。

 

 人の精神は、抽象的な不安と具体的な不安では、後者の方が簡単に対処できる。

 

 だから脳は、抽象的な不安や恐れを、悪夢という物語・・・・・・・に変換し、ストレスを軽減しようとしているのだという。

 

 つまり、この悪夢の世界は、それと同じで、誰かの不安から生まれたもの――ストレスを解消する役割があるのではないか、という考え方もできる。すると、それは一体誰で、どんなストレスなのか。

 

 ずっと同じ人間なのか、それとも毎回違うのか……。

 

 俺は立ち上がり、通路の途中にあった扉を開けた。

 

 そこにはまた、金属製の机に、パイプ椅子、奥には部屋の様子を映すテレビがある。

 

 そして天井には――

 

 

 

 

 

 

f:id:kerotan0:20210809163647p:plain

 

 

 

 「…………!?」

 

 

 一瞬、身を引きかけた。

 

 監視カメラ……ではなくなっている。代わりに沢山の顔がそこにあった。

 

 天井に埋まって……いや、生えているのか。

 

 古い写真のような、灰色の薄気味悪い顔が……全て口角を吊り上げた状態でこちらを見ている。

 

 

 何かをしてくる気配はないが、視線を外せない。とても居心地が悪い。

 

 

 (見られる恐怖……不安か……。)

 

 

 前にテレビでやっていた、社交不安障害のことを思い出す。

 

 人から注目されるような場面や状況に対して、強い不安や恐怖を感じる疾患。

 

 それは10人に1人、結構な確率でかかると言われているもので、他人と目を合わせることを恐れる「視線恐怖」以外にも、食べているところを見られるのが怖いという「会食恐怖」、人前で緊張し、顔が赤くなってしまうことを恐れる「赤面恐怖」など、様々な種類がある。

 

 

 (…………!)

 

 

 そうだ。確か、社交不安障害の治療には、ビデオ・フィードバックという手法があった。

 

 自分が不安や緊張を感じている場面を動画で撮影し、客観的に自分を観察することで、自己イメージに対する認知の偏りを修正していく……。

 

 つまり、動画の中の自分を他人だと思って見ることで、思っていたよりも変には見えない、ということを知り、不安を解消する訳だ。

 

 

 (興味深いな……。)

 

 

 俺は部屋の外からテレビを見つめた。

 

 割と正解なんじゃないかと思える。

 

 ――が、あくまでも一つの可能性に過ぎない。手掛かりが少ないことだし、あまりそうだと思い込むのも危険だ。

 

 今はまだ、黒幕がいて、この現象をコントロールしている可能性の方が高い。

 

 果たして、その目的は……。

 

 ………………。

 

 この世界では、明日人が言っていたように、都市伝説やホラーゲームなど、人を怖がらせるようなものばかりが出てくる。

 

 毎回、毎回、違う舞台で、違う怪物達……彼らは何の為に存在するか。

 

 俺達を殺す為? いや、違う。

 

 それならバラエティ豊かな容姿をしている必要はない。

 

 逃げ場のない空間に閉じ込めて、マシンガンで蜂の巣にすればいい。

 

 あえて逃げ道を作っている……。

 

 殺すことが目的ではないとすると、やはり……。

 

 

 (恐怖させる為か……。)

 

 

 黒幕は俺達を恐怖させることで、何らかのメリットを得ている、と考えると……。

 

 他者を恐怖させることで得られるメリット……。

 

 人々を精神的に弱らせ、現実世界にダメージを与えること、或いは、単純に愉快犯で、俺達が怯え苦しむ様を見て楽しんでいるか……。

 

 

 (いや、この規模的に愉快犯は可能性が低いな……。)

 

 

 力に対して、やってることがあまりにもくだらな過ぎる。

 

 では、前者の可能性はどうだろう?

 

 悪夢によって人々に慢性的なストレスを与える……。

 

 悪夢のついでに、ストレスに関しても調べ直しておいた。

 

 人間は、ストレスを受けるような環境に置かれると、不安や恐怖といった感情を司る、脳の扁桃体が活性化する。

 

 慢性的にストレスにさらされると、その扁桃体が肥大化して戻らなくなり、少しのストレス要因でも過剰に反応するようになるという。

 

 そして扁桃体の慢性的な活性化は、コルチゾールの過剰分泌に繋がる。

 

 脳内に溢れたコルチゾールは、記憶や学習能力を司る海馬にダメージを与え、認知症鬱病のリスクを増大させる……。

 

 …………。

 

 俺は頭を押さえた。

 

 

 (ひょっとして、ヤバいか……?)

 

 

 黒幕の目的がそれでなかったとしても、あまり時間をかけ過ぎるのはマズいかもしれない。

 

 

 (黒幕がいるなら、早く突き止めなければ……。)

 

 

 俺は更に考える。

 

 黒幕を引きずり出す方法……。

 

 もし黒幕がいたとして、そいつが最も嫌がることは何かと……。

 

 自分のやってることが公になることは当然として……。

 

 人々が恐怖しなくなること……ストレスを感じなくなること……なんじゃないか?

 

 つまり、現象に慣れてしまうこと。慣れは恐怖を薄れさせる。

 

 記憶をほとんど残させないのは、この世界に慣れさせない為……とも考えられる。

 

 その場合、俺みたいな例外――

 

 何故か記憶を引き継げる上に、怪物への対抗手段も持っている人間が出現することは、黒幕にとって最も都合が悪いこと。

 

 つまり、それを知った場合、俺を積極的に排除しようと動く筈。そういった動きが見られる筈。

 

 現段階で最も怪しいのは……。

 

 

 「………………。」

 

 

 俺は廃校の悪夢のことを思い出した。

 

 漆さんの不自然な言動がずっと気になっていた。

 

 考え過ぎだと思っても、どうしても頭から離れない。

 

 

 (具体的には……。)

 

 

 漆さんと一緒にいた時、頭上の電球が破裂したことがあった。

 

 あの所為で怪物に気付かれ、俺は追われるハメになったのだ。

 

 そして怪物は明らかに弱そうな漆さんよりも、俺の方を追いかけてきた。単純に距離が近い方に狙いを定めたのかもしれないが……。

 

 鬼教師が倒されたと知った時、漆さんが一瞬見せたあのくらい表情……。

 

 

 (やっぱり、あの人なのか……。)

 

 

 とても気になる。

 

 明日、トワイライトマンション常夜に行ってみるか。そこで、漆さんを問い詰める。

 

 具体的にどうするかは、学校でゆっくり考えよう。

   

 

 (よし……。)

 

 

 暗雲が立ち込めていたが、希望の光が差した。

 

 もしかしたら、明日にでもこの現象を解決できるかもしれない。

 

 俺の口元は、愚かにも笑っていた。

 

 つたない推理だという自覚はあるが、やはり圧倒的不利な状況からの反撃は燃える。

 

 

 (さて……。)

 

 

 まだ朝が来ないなら、もう少し探索するか。

 

 そう思い、通路の奥へと進んでいると、またモニターを発見した。

 

 今度は何が映っているのか……。俺は探偵のような気持ちで、壁に取り付けられているそれを確認した。

 

 

 (ん……?)

 

 

 そこには奇妙なものが映っていた。

 

 何をしているのか、全裸の男がテレビの前で四つん這いになっている。

 

 

 (人間か……?)

 

 

 正気とは思えない格好に、少し忌避感を覚える。こんな場所で衣服を脱ぎ捨てる心理など分からない。

 

 何か止むを得ない事情があるのか……。

 

 俺は男に声をかけようと、画面に頭を突っ込み、向こう側へ顔を出した。

 

 壁から部屋を見下ろせる位置だ。

 

 

 「…………!」

 

 

 そこで、男が何をしているのか分かった。

 

 誰かの足を掴み、テレビから引っ張り出そうとしている。あの服には覚えがある……!

 

 

 (明日人……!?)

 

 

 状況を察した俺は、すぐに画面から体を出し、床に降りて走った。

 

 

 《ドスッ!》

 

 

 そして、そのまま勢いで男を蹴飛ばし、反応を見る。

 

 男の手から逃れた足は、すっとテレビの中に消えていった。

 

 

 「…………。」

 

 

 すぐに後を追いたいが、そうもいかない。

 

 

 「へへっ……へへへ……!」

 

 

 男は倒れたままへらへらと笑っている。手加減はしなかったが、痛みを感じていないのか。

 

 

 「穴ぁ……。」

 

 

 ニタニタと笑いながら、男は立ち上がる。その様子からは全く理性を感じない。

 

 

 (何だ……?)

 

 

 男の顔を見ていると、何かを思い出す。何処かで見たことがあったか……?

 

 俺は記憶を探り、すぐに正体を見つけ出した。

 

 

 (一村いちむら 十八とうや……。)

 

 

 少し前に、ネットで見た。確か、野党第一党の女性議員の息子で、少女への強制猥褻わいせつ未遂で捕まりかけたっていう……。

 

 そうだ。渡取さんの動画でも取り上げられていた。

 

 あれは結局、テレビや新聞では報道されず、金の力で解決したのか、有耶無耶になってしまったが、ネットでは議員への格好の攻撃材料の一つとなって、今もたまに持ち出される。

 

 

 (男にも興味あったのか、こいつ……。)

 

 

 嫌な一面を見てしまった。

 

 いや、一部では薬をヤってるんじゃないかって噂もあった。その影響かもしれない……。

 

 

 (とにかく……。)

 

 

 俺は向かってきた一村の足を払って転ばせ、うつ伏せになったところを馬乗りになった。

 

 そして、素早く片腕を掴んで後ろに回す――

 

 これは薬物などで痛みを感じない相手にも有効な逮捕術で、レスリングやプロレスなどでは、ハンマーロックと呼ばれているもの。

 

 俺は更にもう片方の腕も掴み、後ろに回させ、手で肘を押さえ付け、太ももで固定した。

 

 

 「ハァ……ハァ……ヘッヘヘヘヘ……。」

 

 「………………。」

 

 

 これでもう身動きが取れない筈だ。――が、どうしたものか。

 

 ここには手錠もロープも……拘束できる物がまるで無い。これではこちらも動けない。

 

 俺は未だに気持ちの悪い笑みを浮かべている一村を見下ろした。

 

 こんな場所だというのに、まるで良い夢でも見てるようだ。

 

 

 (くそ……。)

 

 

 俺はその様子に心底ムカつき、歯を食い縛った。

 

 裁かれないからって好き勝手に……。こんな奴……今ここで殺してやりたい……。

 

 だが、それでは何の解決にもならない。それは分かっている。

 

 

 (裁朶姉……。)

 

 

 《ゴキッ……》

 

 

 俺は一村の手足を折り、立ち上がった。

 

 

 「ハハハ! ハハハハ!!」

 

 

 軟体動物のように、ぐにゃぐにゃと曲がった手足を動かし暴れる一村。

 

 本当に痛みを感じていない……というより、寧ろ気持ちよがってるようだ。

 

 御蔭で大して心は痛まないが……。

 

 

 「…………。」

 

 

 俺は不気味に喘ぐ一村をそのままにし、テレビの中へと入った。

 

 

 《ブブゥゥン…………》

 

 

 画面から這い出しながら、明日人の姿を探す。

 

 

 (…………。近くにはいないか……。)

 

 

 部屋から通路が三方向に伸びている。何処へ向かったのだろうか。それが分かれば、追い付けるかもしれない。

 

 俺は床にライターの火を当て、何か痕跡がないか調べた。

 

 

 (ん……。)

 

 

 あった……。髪の毛が落ちている。恐らく、明日人かゆっくりのものだろう。

 

 俺は更に他の場所も調べ、明日人達の足取りを掴んだ。

 

 どうやら……、テレビの正面の通路、真っ直ぐに逃げていったようだ。

 

 

 (大きな怪我はしていないみたいだな……。)

 

 

 俺はすぐに後を追った。

 

 向こうは会いたくないかもしれないが、こちらには無理矢理連れ出した責任がある。見つけたのに放っておくのはやはり目覚めが悪い。

 

 せめて明日人の無事を見届けなくては……。時間があるなら、誤解も解いておきたい。

 

 走っていくと、行き止まりにまたテレビがあったので、俺はその中へ飛び込んだ。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 《ブブゥゥン……》

 

 

 「…………?」

 

 

 テレビを通り抜けた俺は、少し驚いた。

 

 床が……今まで冷たいコンクリートだったのが……、カーペット。

 

 俺はまた何かのゲームか都市伝説かと思い、辺りを見た。

 

 すると、目に入ったのは、漫画の詰まった本棚に、小型の冷蔵庫、アニメか何かのキャラが描かれたポスター……。

 

 

 (誰かの部屋か……?)

 

 

 これまでと違って、妙に生活感のある空間だった。勿論、自分の記憶には無い。

 

 

 「あっ。」

 

 

 俺は、そんな部屋で明日人を見つけた。

 

 

 「おい、待て……!」

 

 

 すぐに逃げようとしたので呼び止める。

 

 

 「さっきは……驚かせて悪かった。力を上手くコントロールできなかったんだ。」

 

 「…………。」

 

 

 明日人はゆっくりとこちらを振り返る。

 

 しかし、信用し切れないといった顔をしている。無言でこちらの様子を窺い始めた。

 

 

 「…………分かった。このライターをそっちに放る。

  これが無ければ、俺は能力を使えないからな。」

 

 

 俺は膝を曲げ、明日人の方へライターを投げた。

 

 使えなくなるというのは嘘であるが、すぐにバレることはないだろう。

 

 

 「………………。」

 

 

 明日人はしゃがみ、投げられたライターを回収する。

 

 

 「大体、俺がお前を殺す気なら、いつでもできるし、この世界のことを教えたりしない。」

 

 「まぁ……確かに。」

 

 (ゆ)「ちょろいな。」

 

 「んん…………。」

 

 

 ゆっくりにツッコまれ、少しへこむ明日人。

 

 

 「ちなみに、さっき変態の手からお前達を救ったのは俺だ。」

 

 (ゆ)「やっぱいい奴かもしんねぇ。」

 

 「熱い手のひら返しだな……。」

 

 

 どうやら、明日人はだいぶゆっくりに振り回されているようだ。

 

 自分で生み出しておいて滑稽なものだが、能力を上手く扱えないのはお互い様だ。

 

 

 「ところで、この部屋のこと、お前何か知らないか?」

 

 「いや、分からない。

  この先は行き止まりだったけど……。」

 

 

 明日人も知らない場所がある。そうなると、この悪夢を作り出している元凶とは言えないか……。

 

 

 「なぁ、お前はこの現象を引き起こしている黒幕がいると思うか?」

 

 「え、う~ん……。どうだろう。」

 

 

 明日人は考え込む。

 

 

 (ゆ)「呪いじゃね。」

 

 「いや、そんな……。そうかなぁ……。」

 

 

 ゆっくりの言葉に流されそうになっている。

 

 

 「絶対違うと思うぞ。

  どうやってるかは分からないが、現実的な手段でこの現象を発生させている人間がいる筈だ。」

 

 「現実的……?

  それだと、何処かの施設で脳を繋げられている姿しか思い浮かばないんだけど……。」

 

 「………………。」

 

 

 そう……。それだ。

 

 頭の中に浮かんでくる。機械と繋げられ、眠り続ける自分の姿が……。

 

 考えたくない可能性ではあるが、最も納得できるのは事実。

 

 だからこそ、俺はこうして悪夢のことを調べるのに躍起になっている。

 

 自分のいる世界が偽物かもしれない――

 

 そんな可能性が出てきて、落ち着いてなどいられる訳がない、無視して生きていける訳がない。

 

 

 「明日人、ちょっとそこどいてくれ。」

 

 「ああ……。」

 

 

 俺は明日人をどかし、部屋の奥へと移動した。

 

 どうにもオタクの部屋といった感じがするが、一箇所気になる場所がある。

 

 

 「あれは……。」

 

 

 部屋の隅に見慣れない、大きめのボックスが置かれている。扉のガラスから中の様子を覗けるようだが……。

 

 

 「それ、配信用の防音室だと思うけど……。」

 

 「配信?」

 

 「うん、あの……友達がVTuberやっててさ、配信用の部屋を作る時に、ちょっと色々調べて……。」

 

 

 成程、そういったことはあまり詳しくないので助かる。

 

 俺はボックスに近付き、ガラス越しに中の様子を確かめてみた。

 

 机の上にデスクトップパソコン、キーボード、マイク、沢山のコードにゲーム機。後、よく分からない機材が色々……。とりあえず危険はなさそうだ。

 

 俺は何かこの場所についてのヒントがあるかもしれないと思い、扉を開け、中に入った。

 

 パソコンの画面には、YouTubeのページが映っている。ログイン済みのようだが……。

 

 

 「光神こうがみメサイア……。」

 

 

 知らないチャンネルだ。

 

 プロフィールのアイコンを見てみると、そこには頭に光輪の浮いた、金髪の男性キャラがいた。

 

 

 「VTuber……。明日人はこいつ知ってるのか?」

 

 「うん。知らない……?

  検索してはいけない言葉を検索するっていう実況を主にやってた個人VTuberなんだけど……。」

 

 

 検索してはいけない言葉……。

 

 

 「う~ん、そういうジャンルがあるのは知ってるが、VTuberは数が多くてな……。どっかで見かけてるかもしれないが……。」

 

 「とにかく、これ見てよ。」

 

 

 明日人は俺の前に出ると、マウスを動かし、ページをスクロールさせた。

 

 

 「ほら、NNN臨時放送と電霧雑踏。

  他にも赤い部屋、ザ・餌やりハウス、姦脳メーカー、マンたんの空模様、Flash Rush Evolution、Mes、少女虫日記、Mirapedia完全版……。」

 

 「…………!」

 

 

 まさか……。

 

 

 「これを見て確信したよ。この悪夢はきっと、光神メサイアが関係してるんだ。」

 

 

 俺は明日人の横から画面を覗き込んだ。

 

 光神メサイアの投稿動画のリスト……。そこには今、明日人が言ったようなタイトルの実況動画が並んでいる。この部屋のことも考えると、確かに無関係とは思えない。

 

 

 「本名は?」

 

 「え?」

 

 「だから、光神メサイアの本名。何処に住んでる誰なんだ?」

 

 「いや、流石にそれは知らないよ……。前世も不明だし……。」

  

 「Googleのアカウントに飛べるだろ。」

 

 「あ……。」

 

 

 言われて気付いたようで、明日人はすぐに操作し、アカウントのページを開いた。

 

 上の方にユーザーの名前が表示される。

 

 

 「陰矢かげや ひかる……。」

 

 

 同じ漢字が入っていることから、本名である可能性は高い。

 

 

 「後は住所が分かれば……。」

 

 

 俺は続けてユーザー情報を表示するよう、明日人に指示した。

 

 しかし――

 

 

 「あれ……?」

 

 

 個人情報のタブをクリックすると、急にページ全体が文字化けした。

 

 

 「どうなってる……?」

 

 「いや、分からない……。」

 

 

 ページを更新してみても駄目そうだ。

 

 直るどころか、画面が白っぽくなり、応答なしに……。カーソルも動かなくなってしまった。

 

 

 「仕方ない。部屋の中を探すか……。」

 

 

 ここが光神メサイアの部屋なら、何処かに彼の住所が書かれた物がある筈だ。

 

 例えば、健康保険証、マイナンバーカードなどの身分証明書。机の引き出しか、鞄の中か、とにかく探して……。

 

 

 「でも、仮に住所が分かっても会えるかどうか……。光神メサイアって失踪してるから……。」

 

 「ん?」

 

 「最後に動画が投稿されたのは四年前なんだよ。

  ネットじゃ行方不明になったって噂されてて……。」

 

 「それ、リアルの話なのか?

  単に動画投稿をやめただけじゃなくて?」

 

 「うん。次の配信予約がされてたし、ツイッターの更新も、動画投稿の後、止まってる。」

 

 「…………。最後の動画で、何か言ってなかったのか?」

 

 「光神メサイアはいつも通りだったよ。ただ……。」

 

 

 明日人は言葉を切り、少し考え込む。

 

 

 「アソビガミって知ってる?」

 

 「また何かの都市伝説か?」

 

 「いや、現代妖怪。

  座敷わらしみたいな感じで、遊んでる人間達に紛れ込むってやつなんだけど、あれより守備範囲が広くて、オンラインゲームにまで入り込んでくるんだ。」

 

 「?」

 

 

 それと光神メサイアの失踪に、何か関係があるのか?

 

 

 「で、一緒に遊んであげると幸せになって、冷たくすると不幸になるって感じ。

  実は最後の動画の中で、光神メサイア……アソビガミって名前のユーザーとオンラインゲームの中で遭遇してるんだ。

  あの時は盛り上がって、同接がかなり増えてて……。

  だから、皆、アソビガミに殺されたんじゃないかって騒いで……。」

 

 「…………それ、最初からアソビガミを利用して、いい感じにやめる気だったんじゃないか?」

 

 「え、あぁ……。確かにそういう考察もあったけど……。」

 

 「………………。」

 

 

 何か説得力があったのだろうか。

 

 こう聞いているだけじゃ、よく分からないことが多い。

 

 

 「……なぁ。光神メサイアが社交不安障害だったって話は出てないか?」

 

 「え? う~ん……。あぁ……どの動画か忘れたけど、昔、そうだったけど、今は改善したとか言ってたのは覚えてる。」

 

 「やっぱりか……。」

 

 「ど、どういうこと……?」

 

 

 俺はさっき考察したことを、明日人に話した。

 

 すると、確信を得たように、明日人は呟き始めた。

 

 

 「じゃあ……、やっぱり光神メサイアが深く関係してるんだ……。この悪夢。」

 

 (ゆ)「やっぱり呪いだわ。」

 

 

 ゆっくりも頷く。

 

 

 「いや、だから……。呪いは有り得ないだろ。」

 

 「でも……、こんなの……。」

 

 「……………………。」

 

 

 呪いなんて有り得ない……。有り得る訳がない。よく分からないから呪いと決め付けるなんて、ただの思考放棄だ。

 

 昔よく取り上げられていた心霊写真や霊能力者なんかも、全部嘘で、本物だった試しがないじゃないか。

 

 だが……。

 

 分かっている。それは本物がこの世に存在しないという証明にはならない。

 

 

 (自信が無い……。)

 

 

 自分の考えは本当に間違っていないのか。

 

 現状、俺の説にも、明日人の説にも、明確な根拠は無い。

 

 この世界が偽物か――

 

 それとも本当に呪いなんてものがあるのか――

 

 どちらもとんでもない考えだ。

 

 

 (《科学》か……。《オカルト》か……。)

 

 

 駄目だ。決めることができない。

 

 科学が絶対だと信じたいが、その場合、俺は今後、自分の生きている世界が偽物なんじゃないか、或いはオーバーテクノロジーが存在するんじゃないかと疑っていくことになる。

 

 黒幕はその気になれば、俺を一瞬で消すことも可能かもしれない。

 

 

 (一体、どの道を選択することが正しいんだ……?)

 

 

 考えると不安になってしまう。

 

 漆 爽一郎に会って、そこで全てが決着するならいいが、それはあくまでも願望。

  

 光神メサイアや、御社 未練など……他にも怪しい人物が浮上してきている。

 

 黒幕が自分への疑いの目を逸らす為に用意したダミーである可能性もあるが、そうでない可能性も、当然疑っておくべきだ。

 

 つまり、科学一辺倒にならずに、オカルティックな情報も、今後受け入れていく。

 

 やることは増えるが、そうしておけば最終的にどちらに転んでも対応できる。

 

 …………。案外、悪い考えじゃない。これまで立ち入ることを避けてきた世界に触れることで、思わぬ気付きを得られるかもしれない。

 

 

 (…………これはゲームじゃない。どっちも選んでしまえばいいか……。

  どちらにせよ、何らかの原因があってこの現象が起きているのは間違いない筈なんだ。)

 

 

 問題は、どうやって調べるかだが……。

 

 ネットの情報だけでは少し心許ない。理解し切れるか不安だ。しかし、オカルトについて分かりやすく語ってくれる知り合いなんていない。

 

 ゲーム作りの為にあちこち取材に行っている、顔の広い母さんに頼めば、或いはそういった知り合いを紹介してくれるかもしれないが……。何て説明したものか。

 

 

 「あっ……。」

 

 「…………?」

 

 

 悩んでいると、パソコンの画面をじっと見ていた明日人が小さく声を上げた。

 

 どうやらブラウザが閉じたらしい。真っ黒な背景のデスクトップ画面が表示されている。

 

 それをじっと見ていると、明日人は画面下のタスクバーにあるフォルダのアイコンをクリックし、保存されているファイルの確認を始めた。

 

 しかし、どのファイルも名前が文字化けしていて、クリックしてもエラーが出て開かない。まるでコンピューターウイルスにでもやられたかのような破損状況だ。

 

 

 (ゆ)「こ れ は ひ ど い。」

 

 「う~ん……。滅茶苦茶だな……。」

 

 

 動作も遅く、見ているこちらもストレスが溜まる。やはり、このパソコンからこれ以上情報を得るのは無理か……。

 

 

 (いや、待てよ……。)

 

 

 そこで俺は、ポケットに入れておいたUSBのことを思い出した。

 

 

 「なぁ、ちょっと試したいことがある。

  どいてくれ。」

 

 「あ、うん……。」

 

 

 俺は明日人を画面の前からどかし、取り出したUSBをパソコン本体のUSBポートに差し込み、中身を確かめようとした。

 

 

 「………………。」

 

 

 この部屋の外で見つけた謎のUSB――。

 

 待つこと数秒、それは問題無く認識され、中身を開くことができた。

 

 俺と明日人は、早速そこに表示されたフォルダやファイルを一つ一つ確かめていく。

 

 そして……、目を丸くした。

 

 

 「漫画……? こっちはアニメの動画ファイル……。」

 

 「うわ……。ゲームのisoファイルとかあるじゃん……。」

 

 

 明日人は何やら引いていた。

 

 

 「何か分かるのか?」

 

 「いや、これ多分、全部違法ダウンロード・・・・・・・・したもんじゃないかな……。」

 

 

 違法ダウンロード……。成程、これがそうか。

 

 警察とゲームクリエイターを親に持つ自分にとっては、殺人レベルの許されざる犯罪だ。もしやろうものなら勘当を言い渡されてもおかしくない。

 

 

 「ほら、このtextファイルや、一部文字化けしたファイル名とか……。それっぽい……。」

 

 

 明日人は食い入るようにファイルを見ている。

 

 

 「そうか……。ところでお前は何でそんなこと知ってるんだ。」

 

 「え? あ、いや……。」

 

 

 目を逸らす明日人。非常に怪しい。

 

 だが……、ここは敢えて追及しないでおく。今後情報を引き出すことを考えると、このまま弱みを握ったままの方がトクだ。

 

 

 (さてと……。)

 

 

 他に得られるものは何かないだろうか。

 

 俺は更にUSBの中のフォルダを開いていき、別の発見がないか探った。

 

 違法ダウンロードされたファイルに、おかしくなったパソコン……。

 

 何だか繋がるような気がするが……、この悪夢がどの程度、現実を反映しているのかは分からない為、今のところ何とも言えない。

 

 

 (ん……?)

 

 

 その時、あるフォルダが目に留まった。

 

 中身は漫画のようだが、サムネイルになっている絵のタッチが他と雰囲気が違って気になる。

 

 

 (ホラー漫画か……?)

 

 

 フォルダ名は……『死霊の墓標・・・・・』――。

 

 

 「…………?」

 

 

 死霊の墓標……。聞いたことはない。

 

 だが、妙な既視感がある。

 

 古い映画のタイトルに似たようなのがあった気がするが、それとはまた違う。

 

 俺は何だか嫌な予感を覚えた。このフォルダを開いてはならないような、知ってはいけないような……。

 

 

 (どうしてだ? 何でこんなにも怖い?)

 

 

 本能が警鐘を鳴らしているとでも言うべき感覚……。肌の内側が冷え、マウスを握る手がふるふると震え出す。

 

 おかしい……。自分が自分でないようだ。

 

 

 (ゆ)「あくしろよ。」

 

 「…………!」

 

 

 その瞬間――横から飛んできたゆっくりが俺の手の上に乗り、ダブルクリックが為された。

 

 

 (まさか……。)

 

 

 フォルダが開かれ……、そこに表示された画像を見て、俺は絶句した。

 

 

 

 

 

 

 

 

f:id:kerotan0:20211010180102p:plain

 

 

 

 

 

 

f:id:kerotan0:20211010180132p:plain

 

 

 

 

 

 

 

f:id:kerotan0:20211010180210p:plain



 

 

 (………………これは……どう、解釈すれば良い?)

 

 

 単純に俺の記憶がそこにあるのか。それとも黒幕の頭の中に潜むイメージなのか。

 

 これまで悪夢の中に出てきた怪物達の姿が、順番通り・・・・に並んでいた。

 

 

 「何だこれ……。」

 

 

 後ろで明日人が口元を手で押さえながら呟く。

 

 何故……、明日人の口からそんな言葉が出るのか。

 

 明日人は見ていないということなのか。この怪物達を。

 

 だとしたら、やっぱりこれは俺の記憶……?

 

 

 

 

 

 

 

 「ア ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ!!

 

 「!?」

 

 

 突然――パソコンのスピーカーから鼓膜を破りそうな音量で、加工された何者かの声が飛び出した。

 

 

 「ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ!!

 

 

 男か女か分からない。声は止まらず、耳から体の奥へと入り込んでくる。

 

 

 (くっ……!)

 

 

 画面がフリーズして動かない。

 

 堪らず俺達はパソコンから離れ、一旦外へ出ようとした。

 

 

 《ガタッ! ガタッ!》

 

 

 だが、扉が開かない。

 

 こういう時のお約束と言うべきか、退路を断たれてしまったらしい。

 

 

 「あそびがみ……?」

 

 「……!?」

 

 

 パソコンから笑い声が大音量で流れる中、俺は明日人が確かにそう言ったのを聞き取った。

 

 その顔は青く染まり、視線はパソコンのある方へと向いている。

 

 見ると、壁の一部がぐにゃりと歪んで割れ、深淵から巨大な瞳が現れていた。

 

 

 (ああ……。大きい・・・な。)

 

 

 一目で理解する。これが今回の大ボスだと。

 

 

 「明日人……。ライター……ライター返せ!」

 

 

 恐怖で固まっている明日人のズボンのポケットに手を突っ込み、強引にライターを引っ張り出す。

 

 そして俺は迷わず、壁の目に向けて黒炎を放ち、パソコンごと焼き払った。

 

 

 「ア ” ア ” ア ” ア ”ーッ!!

 

 

 笑い声は叫び声へと変わり、床が激しく揺れる。

 

 

 「っ!?」

 

 

 まさか、この部屋全体が怪物……?

 

 そう思った俺は、再度扉のレバーを捻り、力を加えた。

 

 すると、怪物にショックを与えた効果があったのか、抵抗なく開く。

 

 

 「おい、逃げるぞ!」

 

 

 俺は軽い放心状態に陥った明日人の肩を叩き、腕を引っ張って立たせた。

 

 手の中からゆっくりが逃げ、明日人は、はっとする。

 

 

 「まっ――」

 

 

 声が言葉になる間もなく、俺達は部屋のテレビを目指して走り出す。

 

 そこら中は酷い有様だ。

 

 物は倒れ、ポスターは剥がれ落ち、カーペットは朽ち果てていく。

 

 

 (化けの皮が剥がれたとか……?)

 

 

 これが本当の姿で、今まで見えていたものは全部幻覚だったのか。

 

 そう感じる変貌ぶりだった。

 

 

 《ブブゥゥン……!!》

 

 

 テレビを通り抜け、来た道を戻る。

 

 通路の左右の壁に無数の目が開き、こちらを凝視してくるが、一々焼き払ってる暇はない。

 

 

 《ゴゴッ!!》

 

 「っ!」

 

 

 急に壁の一部が飛び出て、通路を塞がれそうになる。

 

 だが、先を行っていたゆっくりが壁と壁に挟まれ、僅かな隙間が残った。

 

 

 (ゆ)「どぼじでごんなごどずるのぉぉぉぉ!?」

 

 「っく……。」

 

 

 隙間に手を入れ、何とか広げられないかと力を入れるが、流石に電車のドアのように簡単にはいかない。

 

 

 「マズいって。ここにいたら挟まれる!」

 

 

 後ろで明日人が叫ぶが、そんなことは分かっている。

 

 俺の能力では壁や床に対して効果が無い。この状況を打開できる可能性があるとすれば……。

 

 

 「明日人。ゆっくりにもう少し何か指示できないか?

  例えば、巨大化させたり、沢山出したり――」

 

 「っ……、試してみる……!」

 

 

 明日人は屈み、潰されそうになっているゆっくりの前で目を瞑り、念じ始めた。

 

 その間、俺は後ろを警戒する。

 

 

 《ゴゴッ……ゴゴゴ……!!》

 

 

 遠くの壁が変形している。大量の目でこちらを見ている癖に、狙い定めて攻撃してくることはない。

 

 

 (やっぱり、基本的には俺達を恐怖させるのが目的か……。)

 

 

 それとも、この怪物の個性なのか。

 

 

 「さっきお前、怪物のことをアソビガミって言ったな。

  どうして分かった?」

 

 「ネットに色々、絵が投稿されてて、とにかく目が多いってのが共通してる特徴だよ。

  大量の目を持ってるから、何処までも追ってくるって。」

 

 「本体みたいなのは無いのか?」

 

 「知らないよ……!」

 

 

 ………。そういう設定がされているということは、逃げるのも倒すのも難しいということか。何とか粘って朝が来るのを待つしかない。

 

 

 「わっ……!!」

 

 「……!?」

 

 

 その時、明日人が声を上げ、壁から離れた。

 

 振り返り、壁の隙間を見る。

 

 するとそこには、先ほど見た灰色の顔が、隙間を埋めるほどにひしめき、蠢いていた。

 

 

 「……………。」

 

 

 前も後ろも駄目。

 

 

 (くそ……。)

 

 

 何か反撃する方法はないのか。

 

 また怒りの感情がふつふつと湧き上がってくる。

 

 

 「あ……? あ、修人、あっちに何か出た。」

 

 

 声を震わせながら、明日人が後ろを指差す。今度は何だ?

 

 再び後ろを見ると、通路の途中に新しいものが出現していた。

 

 

 (扉……?)

 

 

 それは……絵具をぶちまけたかのような、奇怪なデザインの扉だった。

 

 あれには見覚えがある。確か二回目の悪夢で見た扉だ。あの時はライターを手に入れるきっかけとなった。

 

 

 (また今回も何か手助けしてくれるのか?)

 

 

 そう思った俺は、急いで扉の方へ向かった。

 

 

 「付いてこい!」

 

 「え、え……!?」

 

 

 いつ消えてしまうか分からない。

 

 説明している余裕はなく、俺は振り返らず扉へ走った。

 

 

 《ゴゴゴゴゴ――!!》

 

 

 「……!」

 

 

 天井の一部が下がる。ギリギリ抜けられるか……!?

 

 一瞬の葛藤。

 

 明日人が間に合わない。しかし、このまま二人で閉じ込められたらどうしようもない。

 

 俺は心の中で明日人に謝り、落ちてくる天井の下を姿勢を低くし、滑り抜けた。

 

 

 「あっ――」

 

 

 絶望的な表情を浮かべた明日人の顔がすぐに見えなくなる。

 

 立ち上がった俺は、急いで壁に近付き、重要なことを伝えようと叫んだ。

 

 

 「大丈夫だ! 一人でいる限り、この悪夢の怪物は、俺達を積極的に殺そうとしない!」

 

 

 そう、俺の推理が正しければ、閉じ込められた明日人は殺されない筈だ。

 

 二人以上で行動していれば、怪物は一人を殺し、それ以外を恐怖させることがあるかもしれない。

 

 だが一人ならば、追いかけ回されたり、多少傷付けられる程度で済む筈。

 

 人々を恐怖させることが目的ならば、誰も見ている人間がいない状態で、一人で行動する人間を殺すことはない筈だ。意味がないから。

 

 ………………。

 

 ん……いや、どうだろう。

 

 考えていて、本当にそうなのかという思いが頭を掠める。

 

 きちんと検証して確かめた訳じゃない。

 

 

 《ジーーーーー……》

 

 

 誰も見ていないなら……。

 

 

 (…………誰も見ていないよな……?)

 

 

 嫌な気配を感じ取った俺は、恐る恐る天井を見上げた。

 

 そこには灰色の顔でも、グロテスクな目玉でもなく、ただの監視カメラがあり……こちらをじっと見つめていた。

 

 

 (あれはもしかして、そういった役割も――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訃報 読者の皆様へ

 

 

 XXXX年X月X日未明

 

 

 『死霊の墓標』を連載中の狂我くるが 葬一そういち先生が永眠されました

 

 読者の皆様には、深くお詫び申し上げます

 

  尚、今後の連載は、狂我 葬一先生のご遺志のもと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  Unfinished Story

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二月六日(金)

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 《キキッ……!》

 

 

 ブレーキをかけて止まり、携帯の画面に表示されている地図を確認する。

 

 

 (ここだな……。)

 

 

 角を曲がり、敷地に入った俺は、駐輪場とおぼしき場所の近くに自転車を止め、建物を見上げた。

 

 夕方ということもあり、薄いオレンジ色の外壁には、ノスタルジックな気分にさせられる。

 

 ここがトワイライトマンション常夜――。浅夢市常夜町にある中規模の賃貸マンション。

 

 話が嘘で無ければ、はここに……。ここの三一二号室で会うことができる筈だ。

 

 

 「………………。」

 

 

 今朝の悪夢の中で目にした奇妙なホラー漫画――それにはこれまで自分が悪夢で見た、醜悪な「怪物」達が描かれていた。

 

 そして、三回目――。

 

 あの廃校の悪夢で俺の前に現れた人物――漆 爽一郎は自らをホラー漫画家だと名乗った。

 

 この符号は果たして偶然なのか、それとも必然なのかということは、早急に確認する必要がある。

 

 しかし……。

 

 あの後、明日人がどうなったのか。無事に逃げ切れたのか。自分は責任を果たせたのか。

 

 説明の途中で朝を迎えてしまった為、結局、扉にも触れることができず、もやもやが残ったままだ。

 

 

 「はぁ……。」

 

 

 こんな精神状態でここに来ることになるとは……。

 

 鬱々としながらも、正面の入り口から中に入った俺は、階段を上がって目的の部屋を探した。

 

 建物の中は静まり返っていて、特に誰ともすれ違わない。

 

 

 「………………。」

 

 

 大丈夫だ。相手が逆上して襲い掛かってきても対処できるよう、できる限りの装備は整えてきた。

 

 男一人追い詰めるくらい訳ない。

 

 三一二号室の前に辿り着いた俺は、ポケットの中の盗聴器の電源をONにし、チャイムを鳴らした。

 

 緊張しながら、中からする音に注意を向ける。

 

 

 「………………。」

 

 

 ………………。

 

 しかし、待てども反応が無い。

 

 

 (留守か……?)

 

 

 その可能性は低いと見ていたのだが、コンビニにでも買い物に行ったのだろうか。

 

 

 (…………?)

 

 

 その時、おかしなことに気付く。

 

 試しにドアレバーを握ってみたところ、抵抗なく開いてしまったのだ。鍵がかかってないのか。

 

 

 (不用心だな……。オートロックでもないのに。)

 

 

 絶好のチャンスではあるが、流石に勝手に侵入するのはマズい。ここが本当に漆 爽一郎の部屋であると確定した訳でもないのだ。

 

 

 (一旦、周辺を探すか……。)

 

 

 そう考え、仕方なく、その場を離れようとした。

 

 

 ――が……、そんな俺を誘うように、中から嗅ぎ覚えのある臭いが漂ってきた。

 

 

 (……!?)

 

 

 思わず顔の下半分を手で覆う。

 

 

 (これは……。いや、まさか……。)

 

 

 俺はゆっくりと扉を開き、中の様子を確認した。

 

 間取りは調べた通り、ワンルームで、坂力の住んでた部屋と違い、玄関と部屋の間に仕切り扉が無い。

 

 だから……、外からでも見えてしまった。明らかな異常が。

 

 

 「…………!」

 

 

 それを見た俺は、すぐに部屋の中に足を踏み入れた。

 

 

 「漆………………。」

 

 

 床に肉の塊が転がっている。

 

 渇き切った大量の血の上に、全身を切り刻まれた人間が横たわっていた。

 

 顔はぐちゃぐちゃになっていて分からないが、服装には見覚えがある。

 

 黒の長袖、長ズボン……。多分、間違いない。

 

 

 (殺されてる……。殺されてる……?)

 

 

 俺は上着のポケットの中に手を突っ込み、携帯を取り出そうとした。

 

 その時――。

 

 

 《ブウゥゥーン!!》

 

 「!?」

 

 

 ポケットの中でその携帯が震え出した。

 

 取り出して画面を見てみると、そこには《藤鍵 賭希》と表示されている。

 

 

 (何でこんな時に……。)

 

 

 俺は迷いつつも、応答ボタンを押し、携帯を耳に近付けた。

 

 

 ≪ 修人! あ、今、黒猫見つけたんだけど、どうしたらいい? ≫

 

 「は?」

 

 

 黒猫……?

 

 いや、そうだ。そう言えば、そんなことを任せていた。

 

 しかし、もう見つかったのか。意外な早さに驚く。間が悪くなければ、すぐにでも確認しに向かうところだが……。

 

 

 「悪い。ちょっと今、取り込んでるから、一旦お前の家で保護しといてくれないか?」

 

 ≪ え、でも、もし坂力の飼い猫じゃなかったら、誘拐になるだろ……≫

 

 「なるべくすぐ向かう。捕まえたら念の為、写真を送れ。とにかく忙しいから切るぞ。」

 

 

 今は猫より優先しなくてはならないことがある。

 

 俺は藤鍵からの電話を切った後、死体を見下ろしながら、携帯に110を入力した。

 

 すぐに横浜市中区にある警察本部の110番センターへと繋がる。

 

 

 ≪ はい、110番警察です。事件ですか? 事故ですか? ≫

 

 「あ、今、知り合いの家に遊びに来たんですけど、変な臭いがしたので中に入ったら……、死んでました。

  状態見た感じ、殺人です。」

 

 

 その後、場所や詳しい状況、自分の名前を伝え、通話を終える。

 

 

 「はぁ……。」

 

 

 (殺人事件……。しかも多分、死体の第一発見者だよな……。)

 

 

 何てこった……。

 

 俺は項垂れ、手掛かりを失ったことを嘆いた。こんなことになるとは予想していなかった。

 

 

 (一体誰が……。)

 

 

 漆 爽一郎は黒幕ではなかったのか? それとも偶然殺されたのか。

 

 これで悪夢は終わるのか。まだ続くのか。

 

 

 (分からない……。)

 

 

 猟奇殺人の現場だというのに、ちっとも心躍ることなく、俺は頭を抱えた。

 

 最早、現実と夢の区別がつかないほど、俺の見る世界は狂い始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第5話に続く