◇
≫ 東京都・首都高速道路
午前一時頃――
《ブォン! ブォン! ブォン!!》
深夜の首都高に、けたたましいエンジン音が鳴り響く。
都心から半径3km内――千代田区・中央区・港区を環状に結ぶ高速道路――都心環状線にて、派手なテールランプの残像を残しながら、何台もの車を追い抜いていくバイクの集団がいた。
彼らは環状道路を周回する、ルーレット族と呼ばれる若者達。
暴走族の一種であり、既に制限速度を大幅に超過――
各々が持つ武器や異能で他の車への妨害を繰り返しながら、度胸やスピードを競い合っている。
その目的は、非日常のスリルを味わうことか、それとも日常生活で抱えたストレスの発散か。
何にせよ、事故を誘発し兼ねない、治安の悪化に繋がる許されざる行為であることは変わらない。当然、直ちに取り締まられるべきだろう。
しかし……、事はそう簡単にはいかない。
今、日本を含む世界では、強力な異能力を発現させる人間が年々増加傾向にあり、国家権力の強化がそれに追い付いていないという問題が発生している。
抑圧に対し、反発する人間が非常に多く、下手に刺激して大事件に発展するケースは後を絶たないのだ。
その為、警察は迂闊に手を出すことができず、結果、彼らの増長を許してしまっている。
難しい世の中になったものだと、嘆く声は多い。
《キィィィーーーーン!》
しかし……、今宵、そんなデリケートな世界に
時速150キロ前後で走行するバイクに、しつこく追いすがってくる一台の乗用車。
その運転席には人影が無く、
「…………?」
中の人間は異常に気付いていないのか。ひょっとして眠っているのか。
疑問に思った一人が車体を寄せ、窓から後部座席を覗き込む。
しかし、そこにも人の姿は無く、誰も乗せないまま一人でに動いてるということが分かった。
自分達と同じように首都高をぐるぐると……。
これは誰かの悪戯か? それともAIが馬鹿になったのか。
不気味だが、色々考えている内に面白くなり、彼らは無人の乗用車を囲み始めた。
車の中には揺れで倒れたのか財布のはみ出たバッグがあり、それを狙う者もいた。
その光景はまるで……、光に吸い寄せられる
《バァァァァン!!》
…………………。
車が爆発した時、彼らは自分の愚かさを悔いただろうか……?
そんな暇もなかっただろうか……?
いや……。
まだ終わってなどいなかった。
気付いた時には、彼らは全員、地面の上に転がっていた。
バイクは全て大破。しかし、何故か体には傷一つ無い。
「おい……。」
一人が炎上する車を見ながら、仲間達に声をかける。
顔を上げると、燃え上がる炎の前に、何者かが
まるで特撮番組にでも出てくるような、全身スーツの人間が……。
「ハイブリッド……フォーゼ……。」
誰かがそんな名前を呟いた。
それは……ネットで噂されていた都市伝説。
高速道路に出没するという、正体不明のスーパーヒーロー。青きパワードスーツを身に纏った正義の使者。
《シュンッ……!!》
彼は炎の中から
ハイブリッド・フォーゼ……。
今日も彼は、首都高速の治安を守っている……。
◇ 天至21年・5月26日(木) ◇
≫ 東京都・杉並区・
霜之口とのデートの日から二日後。
再びアレと顔を合わせることになるのかと思い、気が滅入っていたが、昨日は幸運にも例の調査が長引いた御蔭で学校が丸一日休みになり、緑葉と過ごす時間ができた。
正確には自宅学習なので、ちゃんと課題を終わらせる必要はあったが、昼には出前を取り、緑葉と一緒に名店の天丼の味を楽しんだ。
家の中でゆっくり休めたので、互いに心の疲れがだいぶ癒されたと思う。
それで今日は……、木曜で引き続き平日。
例の問題が解決したのかはまだ分からないが、調査は終わったらしく、いつも通り登校せよとのこと。
全然情報が入ってこないのだが、やはり何かあったのだろうか? 教えてくれてもいいような気もするが……。これじゃモヤモヤする……。
……とはいえ、目下の問題は霜之口。余計なことは考えず、集中していかないと……。
《ガラララ―――》
教室の扉を開け、恐る恐る中を覗く。一昨日の勢いでまた何か言ってこないか心配だった。
しかし、何だかいつもと違って、教室の中はやけに静か。
霜之口は……
「……………。」
いた。登校してきている。だが、席に座ったままじっとしていて、俺の姿を見てもあまり反応しない。
その理由はすぐに分かった。
彼女の
あれでは怖くて声も出せまい。哀れなほど縮こまっている。
(助かった……。)
以前、図書室で霜之口に襲われた話はしたが、その時に助けてくれたのが死瑪だ。
女嫌いで、特に調子に乗っている女には暴力を振るうことも
アメリカ人と日本人のハーフで顔はイケメンなのだが、性格の所為であまりモテてはいない。
しかし、自分にとっては恩人だ。とても頼りになる。
死瑪がいてくれるなら、それだけで今日一日、霜之口は大人しくしているだろう……。
「あ、カスム君、おはよ♪ どうしたの?」
「ん?」
安心したところで、嫌な声に呼ばれた。
振り返ると、すぐ後ろにピンク色の髪をしたツインテールの女子の姿。
(あ……。)
よりによって今日登校してくるとは……。
俺は数歩下がり、道を開けた。
「……?」
頭に疑問符を浮かべる本庄だったが、教室の中を覗いてすぐに状況を理解する。
「げっ、死瑪……。」
心底嫌そうな表情を浮かべ、教室に入っていく。
俺はその後に続き、こっそりと自分の席に座った。
「しもちゃん、おはよ!」
「あ、うん……。オハヨウ……。」
自分の席へ向かう途中、霜之口に声をかける本庄。
この空気の中で話しかけるとは……、流石、普段
確かグループ名はAXN……アックスナインとか言ってたっけ……。
調べてないので詳しくはないが、女性のみのグループで、女性人気の高い珍しいグループらしい。
「はぁ~……。」
そんな本庄と霜之口のやり取りにイラついたのか、死瑪は大きく溜息を吐く。
嫌な予感……。
「何? 何か文句でもあるの?
しもちゃんの近くで排気ガス出さないでくれる? 温暖化が進むんですけど。」
「そっちこそ、俺の近くで甘ったるい香りを振りまくな。糖尿病か。」
「は? 若さの証拠なんですけど。知らないの?」
「スイート(笑)臭のことか?
分からねーぜ? 後ろのホイップクリームデブはお菓子ばっか食ってるみたいだし、既に血管がボロボロかもしれねぇ。」
「あんたねぇ……。」
「ゆ……百合ちゃん。抑えて、抑えて……。ほらっ、ひっひっふぅ……。」
「ふぅ……。」
何かラマーズ法で心を落ち着け始めた。
霜之口が止めてくれた御蔭でとりあえず今は口喧嘩だけで済みそうだが……。
やられたらやり返す性格の二人なので、引き続き注意が必要である。
◇
そんな俺の懸念は当たり、朝のHRの時間、また二人は火花を散らせ始めた。
「ねぇ、こばっちゃん。もう一ヶ月以上経ったし、そろそろ席替えしない?」
「ん? んー……、どうせそこら中、空席だらけなんだから、好きに使ったらいいだろ。授業中くらい我慢――」
《バン!》 「駄目! しもちゃんを今すぐあの暗黒大陸から救わないと、シュークリームよりふわふわなしもちゃんの心は壊れちゃうんだよ!?」
机を叩き、勢いよく立ち上がった本庄。目がマジだ。
気分はさながら魔王から姫を救わんとする勇者か。自分からしたらどっちも魔王に見える。
本庄は一見、死瑪よりまともそうな生徒だが、実はレズであることを公言していて、他の女子と過激なスキンシップを取りがちな一面がある。知らない間に彼女を寝取られていたとか、ヤバい噂が聞こえてくるくらいに。
自分は彼女はいないし、作るつもりもないので、そういったいざこざに巻き込まれる可能性は低いが、女子達の味方――すなわち霜之口に肩入れすることが多いから、あんまり頼りにはできない。
「あんただって、席替えは賛成でしょ? 女の子の匂いが苦手なみたいだし?」
「いや、反対だな。
豚は臭くても逃げ出して暴れないよう、ちゃんと囲っておく必要がある。」
「……っ。席を替えたくない人、手を挙げて!」
本庄は何としてでも席を替えさせようと、多数決を取り始める。
厄介なことに
自分としては、霜之口と席が近付く可能性がある以上、反対したいところだが、結果は見えているので、敵視されるリスクを考えて、ここは大人しく様子を見ていた方が良いだろう。
「こばっちゃん、こばっちゃん! ほらほら見て、死瑪しか挙げてない!」
「少数意見を潰すつもりかー?」
「はぁ……。」
二人に迫られた子蜂先生は、蜂蜜を片手に溜息を吐いた。
「めんどくさいから私は何もしない。勝手に話し合って勝手に決めろ。」
「よし! 待っててね、しもちゃん! すぐに助けてあげるから!」
「う、うん……。」
すっかり得意気な本庄。
一方、霜之口は何だか心ここにあらずといった様子で、意外と喜んでない。
(まぁ、席替えで劇的に状況が変わる訳でもないしな……。)
適当な決め方ではより悪化する可能性もあるだろう。他人に攻撃的な生徒は死瑪だけじゃないし……。
「で、どうやって新しい席決める気だ? まさか指定する訳じゃないだろ?」
「ふん。文句付けられたくないし、勿論、フェアな方法で決めるよ。」
本庄はそう言うと、自分の胸の谷間にすっと手を入れ、ピンク色のペンを取り出した。
「………………。」
いきなり官能的な仕草を見せ付けられ、ゲンナリとした表情になる死瑪。イカサマを防ぐ為にも目を離せないのが哀れだ。
「ふん♪ ふふん♪ ふふ~ん♪」
席替えアプリを使わないのは嫌がらせか、手早くくじを作った本庄は、それらをあらかじめ用意していたファンシーな箱の中に入れ、机の上に置いた。
一応、箱の中に仕掛けがないか、死瑪が確かめてくれたので、何も問題は無いと見ていいだろう。どの席になるかは完全に運だ。
「それじゃ皆。ここから一人一枚取って、番号を確認してね。」
「いない奴はどうすんだよ。」
「あー、代わりに私が引くから。」
「そこで自分のと入れ替えたりしないよな?
おい、霜之口。ハンドサインとか送ったらボコボコにするからな。ケツで書いても駄目だぞ。」
「や、やらないよ……。」
「そうよ。そんな卑怯な手を使わなくても、しもちゃんと私は隣の席になるに決まってるんだから。」
「…………?」
やけに自信満々だ。完全に運頼みの筈なのに。自分の運を心の底から信じているのか?
「順番は俺が先でいいな?」
「どうぞ。さっさと引いちゃって。」
「………………。」
それとも、公平に見せかけて、やっぱり何かイカサマをしているのか。
(もしかして異能で何か操作を……?)
本庄はそういうタイプの異能は持っていなかった筈だが……。
まぁ……、ここは死瑪を信じて任せるとしよう。
◇
その後、全てのくじが引かれたところで、全員、荷物を持って新しい席への移動を始めた。
さて、問題の三人は一体何処の席になったのか。
「私はここ! 中央の列の一番前の席ね!
いやぁ、一番目立つところでしもちゃんといちゃいちゃできるなんて、サイk――」
「俺はここだ。」
「………………。」
隣に現れた死瑪を見て、フリーズする本庄。
なんと、二人の新しい席は、共に中央、一番前の席。隣同士だった……。
「ぬあぁんであんたが隣なのよぉぉぉ!?」
机に突っ伏し、嘆く本庄。当然こうなることもあり得た筈だが……、落ち込み方がちょっと異常だ。
一応、霜之口はそこから離れた廊下側の席なので、目的は果たせているが……。
「フラグ回収乙。」
「
「ま、俺の方が運が良かったってことだな。」
やはり裏で何かしていたのかもしれないが、それでも死瑪の方が一枚上手だったようだ。
「お、カスムは主人公席だな。」
二人のやり取りを眺めていると、前の席に座った三ツ矢が話しかけてきた。
「そっちは友人席か。」
「あ、よろしくね。カスム君。」
窓際の一番後ろの席で、前が三ツ矢、隣が綿貫と、こっちは友達グループで固まることができた。
結果的に席替えして正解だったか。言い出しっぺの本庄が一番の不幸を抱える事態となった。
こうなると哀れだ。霜之口も、死瑪から離れられたのに浮かない顔のまま。
「…………?」
何だ。さっきからやけに下を向いてると思ってたが、膝の上で携帯をいじっている。誰かとやり取りをしていたのか。
もしかして、それでずっとあんな表情を……?
(気になる……、いや! 気にならない……!)
こっちから話しかけたら、またいつもの感じで調子に乗るに決まってる。
ここはそっとしておこう。それが一番いい。
≫ 東京都・渋谷区・虹幻町
26日・午後三時頃――
東京都渋谷区の裏世界・虹幻町にて――
《♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪》
謎多き世界に響く、透き通るように美しい楽曲。
カラーギャング・アイギスのリーダーである
『七色リプレイス』 作詞:XX XX 作曲:XX XX
初めて目にした色は 音が運んできたの
《♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪》
彩り豊かな光 景色は華やいだ
《♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪》
セカイが色付く様に あの頃は満たされていた
いつから変わってしまったのだろう 沢山の色が
流れ込んできて 綺麗なセカイが崩れ去った 流れていった 私の
塗り替えられる毎日に嫌気が差した シレソドファーラ 皆とは 違う
褒められたって 理解できない
だから別れを告げたんだ
逃げ出して初めて目にできた 奇跡
《♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪》
もう 離したくない
雲に包まれながら 思いを馳せていく
今は夢を見よう
雨上がりの空には虹が かかる 筈だから
誰かが勝手に色付けた 汚れたセカイ 若鳥は
自由を求め飛び立つ黄金を手にした 桃源郷は
夢何かも消えてしまう 雨は降る 流されてく
色が聞こえるその前に 今日も灰色の空を見上げて
逆さまの虹に祈るの
あの日の嘘が 真実になりますように
《♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪》
日々はグラデーション
なのに桃源郷は何処にも無くて 私の色は消えていく
羽根を折られた蝶のように 雲の隙間から落ちていく
私が私でなくなるその前に
今こそリプレイス……
「………………。」
他人にプライドを傷付けられたくない。
カラーギャング・アイギスは、簡単に言ってそんな人間の集まりだ。
誰もが自尊心を失わずに生きていけるように、才能の芽を他人に潰されないように、悩む若者を一時的に社会から逃がし、互いの価値を認め合える仲間同士、サポートし合って、成功の為の土台を作り上げるのが目的。
勿論、まだまだ自分達が救える人間は限られているけれど、この先、もっと色んなスキルを身に付けて、より多くの若者を救っていけたらいいと思っている。
「カラレス、会いたいね。」
「…………。」
本当に、この広い異世界をタダで使わせてくれているカラレスには感謝している。
ここでは表の世界よりも他人の目を気にすることなく、スポーツでもファッションでも、何でも好きなことに打ち込めるのだから。
なるべく努力を見せたくない人間も、思う存分、自己研鑽に励める。
「兄さん? 聞いてる?」
「ん、ああ、聞いてるよ。
自分も会えるなら会ってみたいけど、向こうにその気が無いみたいだし……。」
「うん。でも私達、何にもお返しできてないと思って……。」
「……………。」
世良の気持ちはよく分かる。
虹幻町を作った存在――カラレスの存在を強く感じさせるこの曲。
この曲が流れている間だけは、灰色の空に色が付き、外と同じ、美しい青空へと変わる。
初めてその光景を見た時は、自分もとても感動したものだ。
『七色リプレイス(Rainbow Replace)』……。
曲のタイトルは知っているが、誰が歌っているのか分からない。
カラレスなのか、それとも別の存在なのか。
妹は随分とこの曲のことを気に入っているようで、どんな人間が作ったのか知りたがっている。
歌詞からして、自分達と同じような悩みを抱えているのは間違いないから……。
ただ、自分の場合は、こんな良い場所をずっと無償で提供して、ほとんど何も言ってこないカラレスを不気味に思う気持ちもあって……。
いつか突然この世界が壊れてしまうのではないか……。
時たまそんな考えが頭をよぎり、正体を確かめて安心したいというのが本音だ。
「よし…………また新しい場所が出来てないか見てくるね。
カラレスの正体についての手掛かり、見つかるかもしれないし。」
「ああ……でも、ヴァイオレット・エリクスの連中には気を付けて。
少年院に入ってた奴が、最近、出てきたみたいだから。」
「大丈夫だよ。そんなに心配しなくても。」
「………………。」
周りから否定され、自分に全く自信を持っていなかった頃と比べ、妹は成長した。
もうこちらもあまり過保護になることはないだろう……。
そう思って、軽い気持ちで見送った。
この時は、まさか
≫ 東京都・杉並区・一常高校・二年I組教室
それは、帰りのHRが終わった直後のことだった。
「あの……みんな……。」
授業中もずっと浮かない顔をしていた霜之口が、ようやく自分から口を開いたと思ったら、突然、教室の扉の前に立ち、両腕を広げて通せんぼした。
「なになに? しもちゃん♪」
本庄は話しかけてきてくれたことが嬉しいようで、興味津々といった様子で彼女に近付いていく。
だが表情からして、あんまり面白い話ではないだろう……。面倒事の予感だ。
「ちょっと……、頼みたいことがあるんだけど……。」
「邪魔だ、デブ。」
「このっ、死瑪……!」
死瑪は霜之口に近付くと、本庄とは対照的な態度で彼女に接する。相手が弱っていても容赦が無い。
「っ……。」
しかし、霜之口は若干怯むも、その場から一歩も動こうとしなかった。
いつもなら尻尾を巻いて逃げていくのだが……。
流石の死瑪も何か深刻なものを感じ取ったようで、一旦離れ、腰に手を当てた。
「はぁ……、何だ?」
「実は……ダイヤちゃん達が今、結構大変で……。」
ダイヤと言えば、先日のデートに来ていた風俗嬢のことか。
自分は直接会ってはいないが、昨日、緑葉から詳しく聞いたので、どんな人物かは大体分かっている。あまり印象は良くない。
「歌舞伎町の件か?」
「うん。」
「ん? あそこで何かあったのか?」
三ツ矢も興味を持ったようで、話に混ざりに行く。
「確か月曜の夜だ。歌舞伎町でヤクザが二人殺されたのは。
同じ時間帯に風俗店とホストクラブで一人ずつ。」
? 前に言っていた事件だろうか。あの時はてっきり作り話かと思ったが……。
「今ね。警察が役に立たないから、
「ふ~ん……、女の子達の中に犯人がいないか疑ってるってこと? 成程ね……。」
「まぁ、今の世の中、誰が殺っててもおかしくないからな。
虎門組からしたら、ケツ持ってやってる店で自分とこの人間が殺されて、犯人不明ってなってんだぞ。
どんな手を使ってもクロを捕まえて、落とし前付けさせたい筈だ。
そうだよな?
死瑪は後ろを振り向き、声をかける。
彼の視線の先には、虎柄の服を着た、目つきの鋭い男子生徒が立っていた。
「あー、俺としちゃ正直、どうでもいいんだがな。殺されたの、会ったこともねぇ在日連中だし。
親父がうっせぇから、適当に脅して焚き付けておいたけどよ。」
………………。
歌舞伎町をし切るヤクザ――虎門組。
その組長の息子――
見た目がいかにもという感じだし、ちょっとしたことでもキレて暴力事件を起こすので、しょっちゅうヤクザ達が揉み消しに来るし……。
「で、頼み事ってのは何だ? 事件の捜査か?」
「うん、お願い。ダイヤちゃん達を助けてほしいの。」
「…………。」
ヤクザ殺しの犯人捜しか……。
死体が二つとなると、犯人も一人でない可能性が高いだろう。
「任せて、しもちゃん!
例え皆が見捨てても、私だけは――!」
「いや、俺も興味あるな。
女が犯人って可能性が高いんだろ?」
「は? それどういう意味?」
「分かってんだろ? クソ女の掃除は俺のライフワークだ。
お前らが嫌でも俺は付いてくぜ。」
「うー……!」
またいがみ合う死瑪と本庄。
しかし、能力のある二人が行くなら、何とかなるだろう。いずれにせよ、自分は関わるつもりはない。
(早く帰ろ……。)
つい聞き入ってしまったが、そんな危ない話に巻き込まれる訳にはいかない。
「待て。カスム。」
「え。」
こっそり後ろの扉から出ようとしていると、子蜂先生に呼び止められた。
「話は聞いてただろ。ここは
「何の話ですか……。」
「んぐ……とぼけるな。前に俺ガイルのアニメを観た時に決めただろ。」
俺ガイル……?
ああ……、確か先月ラノベに影響されてそんな部活を作ろうとしてたっけ……。
てっきり、ただの暇つぶしかと思ってたが……。
「いや、でも、今回のは危険だし、死瑪や本庄達に任せるべきじゃ……。」
「そういう問題じゃない。やれ。」
「はい……。」
拒否権は無かった。
≫ 東京都・新宿区・歌舞伎町一丁目
26日・午後4時頃――
「いやぁ、よく来てくれたね、皆!」
店に訪れた俺達を、笑顔で迎え入れるDD。
「…………。」
何か……結局、逃げることができず、ここまで来てしまった。
歌舞伎町の人気No.1風俗店、トロピカル・クイーンに――。
「ここプロばっかで、素人一人もいないらしいよ。ルックスもテクニックも最上級。」
「しかも全員、中出しOKと来た。ビッチしかいねぇ。」
「きっと金も相当搾り取ってんだろうな。潰した方が世の為だろ。」
「…………。」
メンバーは、マザネ、ミツヤ、死瑪、本庄、霜之口、琥雲、そして俺の七人。
高校二年がぞろぞろと……、こんなの周囲にどんな目で見られることか。
(せめて十八歳以上に見えてればいいんだが……。)
「あ、若頭……!?」
案内され、中を歩いていると、いかにもヤクザっぽい身なりの人間が近付いてきて、琥雲と話し始めた。
彼らの対応は任せるとして……。
「やけに豪華だな……。本当に風俗店なのか?」
名前の通り、南国っぽい装飾が看板にあしらわれていて、店の場所も町の南に位置しているのは良いのだが……。
中は普通の風俗店とは違い、パッと見はカジノのようで、スロットやルーレット、ポーカーテーブルなどがあちこちに設置されている。
もっと卑猥な内装を想像していたのだが、随分、イメージと違う場所だ。
「ふふ、ここはまだKEN☆ZENなエリアだからね。」
「あ。」
店内を眺めていると、奥からカリンや他の風俗嬢達が現れた。
「事件当時、店にいたメンバーはここに全員集まってるよ。
まずは自己紹介しようか。」
「あっ! じゃあ私に任せて!」
霜之口が突然、風俗嬢達の前に立ち、バッグから取り出したバイブをマイクのように口元に近付けた。
一体何を始める気なのか、辺りが薄暗くなり、照明がステージの上に立った風俗嬢達を照らし出す。一般の客も注目しているようだ。
「それでは皆様! これより当店自慢のホストガール達をご紹介致します!」
《ぱちぱちぱちぱち!!》
常連が多いのか、突然のイベントだというのに沢山の拍手が集まる。
「まずはトップ・オブ・マジック! ダイヤちゃん!」
霜之口に名前を呼ばれると、DDは前に出て扇情的なポーズを取った。
「百発百中の腕前を持つダーツの名手で、狙った獲物は逃がさない!
手で握られたら、あら不思議! 白い液体が何処かにイっちゃう!」
「異能は触れたものを硬くする《ダイヤモンドコーティング》。
よろしく♪」
紹介が終わり、後ろへと下がる。
「お次はストリートバトルファッカー! カリンちゃん!
ドSでいつでも臨戦態勢! 出会って5秒で即パコる!
炎のように熱い騎乗位に、耐えられる者はいない!!」
「異能は相手と身体能力を入れ替える《立場逆転》でーす♪」
笑顔で胸を見せ付けてくるカリン。
(こりゃ目に悪い……。)
その後も似たような感じで紹介が続き、総勢10名の風俗嬢の名前と特徴を頭に叩き込まれた。
一応、容疑者ということなのだろうか。でも、こんなに大勢すぐに覚えられる訳……
「ダイヤちゃんに、カリンちゃんに、モモちゃん、メロンちゃん、ココナちゃん、プラムちゃん、プルーンちゃん、ミカンちゃん、ラズベリーちゃん、カシスちゃん。
うん、皆えちち!」
流石、女好きの本庄は一度で頭に入ったようだ。忘れた時は聞くことにしよう……。
「ねぇねぇ、カスム君はどの娘が好みぃ?」
「あぁ、えっと……。」
ステージから降りたカリンが急に距離を詰めてきて戸惑う。
彼女には秘密を知られていることもあって、会話し辛い……。
「おい、空元気はいい。
さっさと現場に案内してもらおうか。」
死瑪がイライラした様子でそう言う。
「ふふ……プロだからね。
それじゃ、案内するからついてきて。」
◇
その後、DDに案内されるまま、カジノ風の店から出て、裏手にある別の建物の方へ移動した。
どうやら性的なサービスを行うのはさっきの店ではなかったようで、ようやく雰囲気がそれっぽい場所に来た。
「このビルはオーナーが一棟丸々所有しててね。
僕ら一人一人が生活する為の専用の部屋が用意されていて、客用には、多種多様な性的嗜好に合わせたプレイルームを完備してあるんだ。」
「へー、職場に住んでるってことか。楽そうだな。」
三ツ矢が興味深そうに淫猥な絵画や彫像を眺める。中々刺激の強い内装で、廊下を歩くだけでもお腹いっぱいだ。
「さて、この部屋だよ。」
「…………。」
ようやく殺人現場の前まで来た。
無言で扉を開いた死瑪に続き、俺達も中へと入る。
(本当に厄介な事件なのかな……。)
まだ具体的な状況は全然教えてもらってないが、プレイルームの中ということは、サービスを受けている最中に殺された……?
それなら簡単に犯人を絞り込めそうなものだが……。
「ん……?」「あ……。」「え……?」
中に入った瞬間――俺達の思考は順番に停止した。
もう既に死体は回収され、すっかり綺麗になっているものと思っていた殺人現場。そこには未だに見るも無惨な
「あうあうあう……あ。」
パンツ一丁で床に転がる、三十代~四十代半ばくらいの男達。彼らと目が合い、しばし空気が固まる。
「なん――」
「おんぎゃあああああ!! ママァー! 知らない人達来たぁー!!」
「怖いよママァー!! ぼく人見知りなんでちゅうぅ!!
目立たないようにおっぱいで、いないいないして吸収してほしいでちゅうぅー!!」
「は~い、とらかど組の皆、落ち着いて~。大丈夫だからね~。
あの子達は、ここで起きた事件の捜査をしに来てくれたの。静かにしてまちょうね~。」
裸エプロン姿のプルーンが興奮する男達を
「龍が如くで見たことあるぞ。」
まさかあの名作ゲームでドン引きしたシーンをリアルでも目にすることになるとは……。
「バブみ幼稚園か、ここは?」
三ツ矢も似たようなリアクションを取る。
「ふふ。皆、頭の使い過ぎで疲れちゃったみたいで、ここに癒されに来てるんだ。
ここなら頭を空っぽにして楽しめるからね。」
「ン”オ”ォ”オ”ェ”オ”!!」
「ここにもいるのかバブリアス。」
俺達を歓迎しているのだろうか。他にも個性的な仲間達がいるようだった。
「ちゃおっす。俺はボス。」
「は~い、母乳おいちいでちゅか~?」
「んんん、んんんと、んと、んとね、おいち、おいち……マズイんじゃあ!! ボケェッ!! ブブブッブブッブッブブッブブ!!」
「聞いてくれ。僕は昔、毒親に虐待され、学校では激しいいじめに遭っていた。毎日続く苦痛に、心は壊れる寸前だった。
そんな時、あの人が目の前に現れた。
あの人との出会いが、クソ塗れの僕の人生を変えたんだ。
あの雨の日、俺は組長と運命的な出会いを果たし、
で、自動的に俺が産まれたってわけ。」
偽ボス・ベイビーやセルフげっぷホワット、突然、自身の誕生秘話を語り出すブギーポップベイビー……。
「うわぁ、バブちゃんだらけだね。まだ明るいのに。」
「いいな~、私も混ざりたい!」
興味深そうに自ら牙を抜いたヤクザ達を見下ろすマザネと霜之口。そいつらのことはどうでもいい。事件とは関係無いだろ。
「こんなとこで殺されたのか?」
死瑪が床の白い汚れを避けながら部屋を見て回る。
「ああ、そっちのお風呂場だよ。シャワーを浴びている最中に、背後から心臓を刃物で一突き。
あの時はこんなに人数はいなかったけど、発見は早かったよ。」
「客は怪しくないの? とんでもない外道ベイビーが紛れてたとかは?」
「いや、それは警察の人達も調べてくれたけど、プレイルームに入る前に必ず持ち物検査するから、まず凶器は持ち込めないし、人を殺せるような異能も持ってない人達ばかりだったよ。」
「つまり、何でも持ち込める風俗嬢達が一番怪しいって流れな訳だ。
その時、この部屋にいたのは? 目撃者は無しか?」
「えっと、まず僕とカリン、次にココナとモモ、最後にメロンとプルーンが交代で入ったけど、誰もお風呂場の方には行ってないよ。お客さん達は赤ちゃんになるのに夢中だったからよく覚えてないって言うけど、僕達は必ず二人一組で行動してたから断言できる。」
「協力して犯罪を隠蔽している可能性は?」
「皆のことはよく知ってるから。そんなことする子なんていないよ。」
「うん! 私はダイヤちゃんの信じる皆を信じる!」
本庄は相変わらず盲目的だ。俺も信じたいけど……。
「殺人が起きてる以上、犯人はいるんだぞ。
残りの四人も容疑者から外せないんだな?」
死瑪は質問を続ける。
「うん。プラムは遠隔で人形を操れるし、ミカンも似た感じ。
ラズベリーは人の目にも監視カメラにも映らないし、カシスは壁や床を通り抜けられる。
四人全員、他の部屋にいたから何も知らないって言うけど、話を信じられないなら、僕ら十人全員に可能性があるね。」
「………………。」
成程。事件はシンプルだが、確かに犯人の特定は難しいかもしれない。
「でも、警察も異能を使って捜査し始めてるだろうし……。」
「どうかな~。僕はあんまり当てにできないと思うけど。」
「何でだ?」
「法外な金額で異能を売り付けたり、都合の悪い記憶を消したりする人間ってのが、裏の世界にはいるんだよ。主に今の日本を破壊したい外国人連中とか。
まぁそんなことまで考えてたら捜査がまともに進められないから、一旦は無視するみたいだけど、やっぱり行き詰まって、迷宮入りする事件が後を絶たない。警察のやる気も下がる一方だ。」
「お手上げってことか……?」
「いや、諦めるのはまだ早い。
とりあえず、気になることを幾つか……。」
「あー、それなら僕から先に質問していい?」
突然、死瑪の話を遮るマザネ。ここに来た時から何だかそわそわしてる様子だったが、そんなに聞きたいことがあるのだろうか。
「ダイヤちゃん、僕達に隠してることあるでしょ?」
「え、何のことだい? 事件のことは聞かれれば何でも……。」
「じゃあ聞くけど、
「…………?」
泉渇……? 野党の議員……? 急に何の話だ?
「ああ……それは僕にもよく分からないんだ。
入り口のカメラには、帰っていく様子がちゃんと映ってたし、それは警察も確認したけど。」
「おい、マザネ。何の話だ?」
死瑪が我慢できず口を挟む。
「これこれ。」
すると、マザネは雑誌らしきものを見せてきた。
「週刊マイチル?」
「うん、この週刊誌にお姉ちゃんが書いた記事が載ってるんだけど、月曜日の夜、トロピカル・クイーンの近くで殺人事件以外にも二つ事件が起きてて、その一つが泉渇議員の失踪。ここでプレイを楽しんだ後、家に戻ってないみたい。」
「ん? ああ、前から外国人の不法入国を手伝ってるって噂が立ってる党の人間だな。
こんなとこで赤ちゃんになってたのかよ。」
「その話、事件と関係あるのか?」
「まぁ、聞いてよ。
で、もう一つ起きた事件っていうのが、ここ。赤ん坊が捨てられてたってやつ。
お姉ちゃんが発見したんだけど、誰が捨てたのかは不明。
今はもう乳児院だよね。」
「うん、無事にね。」
「はぁ。」
俺は思わず間抜けな声を出してしまった。
「何か殺人以外の事件も結構起きてるんだな。」
「歌舞伎町だからな。」
三ツ矢が笑う。治安の悪いところは大好きだといった顔だ。
「で、話は済んだか?」
「ふふふ。一応、知っておいて損はないだろうと思って。何がどう繋がるか分かんないからね。」
確かに、同じ日の同じ時間帯に事件が集中して起きてるなら、関係があってもおかしくない。
「失踪した野党議員に、殺された在日ヤクザ、そして本物の赤ん坊か……。」
死瑪が何やら考え込み始めた。
自分は大して役に立てそうもないので、余計なことを言って邪魔しないようにしよう……。
決してめんどくさい訳ではないぞ。