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ホラー小説『死霊の墓標 ✝CURSED NIGHTMARE✝』第5話「追跡者の地下水道」(1/5)

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  藤鍵ふじかぎ 賭希ときは鍵を握る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気になってしょうがない。

 

 ちょっとしたことでも気になってしょうがない。

 

 俺は昔から、一度頭に浮かんできたことを中々忘れることができず、疑問を解消しないと他のことに集中できなくなってしまうという疾患・・を抱えていた。

 

 外に買い物に出かけた時や、遊んでいる時、自転車にちゃんと鍵をかけたか不安になったり、インターネットを使っている時、パスワードを正しくメモしたか自信が持てなくなったり、とにかく毎日、色んな不安に駆られ、効率的に時間を使うということが苦手だった。

 

 学校の成績があまり良くないのも、無駄なことに沢山時間を使ってしまって、勉強が捗らないのが原因だ。

 

 …………このことは、家族にも話したことがない。心配をかけたくなかったし、何より年寄りみたいで恥ずかしかったから。

 

 でも、友達で尊敬している修人にだけは、信頼して話したことがある。

 

 あれは小学四年生の時だ。あの頃のことは今でもよく覚えている。

 

 修人は、俺の情けない話を聞いても、馬鹿にすることなく真剣に相談に乗ってくれた。

 

 その後、すぐにネットで調べてきてくれて、恐らく強迫性障害・・・・・だろうと言われたのを覚えている。

 

 当時、自分は親にあまりパソコンや携帯をいじらせてもらえなかった為、初めて聞く言葉だった。

 

 後で自分でもちゃんと調べたが、例として挙げられている特徴は幾つか当てはまっているように思えた。

 

 自分がそんな障害を持っているだなんて……。

 

 そんなハンデを背負っているだなんて、やっぱりショックで、あの時、修人にはちょっと違うかもしれないと言ってしまったが、無理をしていることはバレていたかもしれない。

 

 しかし、修人が教えてくれた御蔭で、今は昔より改善した。

 

 原因が分かったことで、上手く付き合うことができるようになったんだ。

 

 そう、俺はあの時からずっと……。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 「修人。将来の夢って、何書く?」

 

 「ん………そうだな……。」

 

 

 あれは小学六年生の時、俺達は学校から将来の夢をテーマにした作文を期日までに書いておくよう言われていて、そのことについて教室で話し合っていた。

 

 

 「医者はハードル高いし、俺は消防士とかいいかなって思ってるんだけど……、修人はやっぱり警察だろ?

  身長高いし、力も技もあるし、何より親が――」

 

 「…………。本当に向いてると思うか……?」

 

 「え?」

 

 

 修人は伏し目がちにそう尋ねてきた。

 

 

 「だって……、頭良いし、いつも色んなことに気が付くし……。」

 

 「見え過ぎるっていうのも大変なんだ。

  俺は他人を簡単に信用できない。

  だから誰も彼も救うなんてことはできない。

  もし警察官になったら、よく知らない人間でも救わなきゃならないだろ。

  悪人だとしても、勝手な判断で傷付けることは許されない。」

 

 「そう、だけど……。修人ならきっと上手く……」

 

 「………………。もう嫌なんだよ。

  俺は救うべき人間だと思った人間だけ救いたい。

  それなら警察じゃなく、探偵・・の方が合ってるんじゃないかと思ってる。

  向いてるのは寧ろお前の方じゃないか? 正義感が強いし、赤の他人と協力し合って、悪人だろうと自分を犠牲にしてまで助けられる……。

  そういう人間の方が社会には必要だ。

  お前ももう俺の判断を一々仰いだりせず、自分で考えて行動しろ。その方がいい。」

 

 「あ……。」

 

 

 修人はそう言うと、席を立ち上がり、教室から出て行ってしまった。

 

 マズいことを言っただろうか……。

 

 俺は修人に不快な思いをさせてしまったことを後悔した。

 

 修人はもう気にしていないと言っていたが、あの事件のこと・・・・・・・は、他の人間同様、引きずっていたのだ。

 

 きっと……今も忘れていないだろう。

 

 小学五年生の時に遠足で行った、夢見野ゆめみのドリームランドというテーマパーク。

 

 そこで修人と同じ班で行動していた女の子が、一人行方不明になった。

 

 自分は別のクラスだったから、どういう状況だったのか詳しくは知らないが、教師やキャスト、警察の捜索も虚しく、5年経った今も発見されていない。

 

 修人は恐らく誘拐だろうと冷たい目で言っていたが、真実は闇の中……。

 

 俺は気持ちが悪かった。

 

 修人の班のリーダーは、修人が途中から単独行動をしたのが原因だと言っていたし、修人は予定とは違うルートで回ろうとしたリーダーに問題があると言っていた。

 

 互いに譲らず、教師も止めることができず、不毛な争いはしばらく続き、リーダーが2月頃に事故に遭って、全治何カ月かの大怪我を負ったことで落ち着いたが……。

 

 修人のクラスに不幸が続いたことで、学校全体の空気も重かった。

 

 何とか真実を明らかにして、いなくなった女の子も見つけ出してあげたい――

 

 自分の力では無理だと分かっていても、そう思わずにはいられなかった。

 

 その後、小学校を卒業して、俺と修人は別々の中学に行くことになったが、その時になっても、俺は事件のことが……修人のことが忘れられなかった。

 

 気になって気になって……、勉強が全く手に付かず、中学での最初の方の成績は本当に酷いものだった。

 

 それで一年生の終わりになって、成績表を見ながらこのままでは駄目だと、俺は思った。このままでは何にもならないと……。

 

 だから……。

 

 だから俺は、修人と同じ高校に入れるよう、勉強する決意をした。

 

 進級後、新しいクラスで一番テストの総合点数が良かった同性の坂力に事情を話し、勉強を教えてもらったんだ。

 

 修人にもう一度会う為、そして認めてもらう為――

 

 そう思ったら、不思議と集中することができた。坂力の教え方が上手かったからというのもあるだろう。

 

 ちなみに修人がどの高校を選んだかは、久しぶりに連絡を取った修人の母親からそれとなく聞き出した。

 

 坂力と同じところを狙っていたのは、都合が良く、俺は坂力と共に試験勉強に励み、そして――

 

 第一志望の浅夢高校――修人と同じ高校に入学することができた。

 

 倍率はやや高かったので、本当に良かった。全て坂力の御蔭だった。

 

 何かお礼をしようとも思ったが、いらないと言われてしまったので、俺は一旦その言葉に甘えることにし、修人の元に走った。

 

 場所は一年I組――

 

 そこで久しぶりに会った修人は、やっぱり暗かったが、他人と普通に談笑できるまでには回復していて、少し安心した。

 

 中学の頃に麗蓑れみのさんという異性の友達を作ったようだし、立ち直れるような機会があったのだろう。

 

 しかし、完全復活にはまだ程遠い。

 

 過去の事件は、まだ修人を苦しめている。

 

 忘れられないことの苦しみは、痛いほど分かるから……、何とかしてやりたくて……俺は必死に考えた。

 

 修人が、あの事件と向き合えるようになる方法を……。

 

 修人探偵になりたいと言っていたし、謎を解くことは好きな筈なんだ。

 

 何か……修人の興味を引くような事件でも起こってくれれば、それをきっかけにして……。

 

 と――そんなことを考えながら、高校生活を過ごすこと一年、あの事件が起きたんだ。

 

 坂力の自殺――

 

 最初、知らせを聞いた時は、訳が分からなかった。

 

 高校入学後はクラスが別ということもあり、少し疎遠気味だったが、引き続き真面目に学業に打ち込んでいて、成績は良く、とても心を病んでいるようには見えなかったからだ。

 

 これは……一筋縄ではいかない。

 

 俺はそう直感し、この機会を逃す訳にはいかないと思った。

 

 恩人の死を利用するなんて後ろめたいが、俺の中ではどうしても修人とあの事件のことが優先される。

 

 すまない、坂力――

 

 そう思いながら俺は、修人に友達の坂力が自殺したことを話し、何とか協力を取り付けた。

 

 一緒に調べ始めて分かったのは、修人はやっぱり大事なことは全部一人で抱え込もうとする、決して他人に任せようとはしないということ。

 

 それは他人を一切信用していないから。期待していないからだ。

 

 やはり、そこは変わっていなかった。

 

 あんなことがあれば無理もないが……、いつまでもそんなんじゃ、俺は駄目だと思ってる。

 

 しかし、そんな俺はまだ修人の隣に立てるレベルには無い。

 

 ここまで上手く事が運んだが、今、俺は困っている。

 

 何をしたらいいか分からない。学校の勉強だけでは埋まらない差がある。このままでは、また修人を失望させてしまう。

 

 何とか役に立って、協力し合うことの大切さを分かってもらいたいのに……。

 

 俺では力不足……。完全に足手まといだ。

 

 ………………。

 

 麗蓑さんはどうだろう?

 

 自分よりは修人の力になるだろうか。

 

 それならそれでもいい。きっかけは何だっていい。

 

 俺は修人にこのまま腐ってほしくない。恩人がもう一度輝く姿を見たい。

 

 修人だって分かっている筈だ。このままでは駄目だってことを。

 

 昔の修人を知っている俺には分かる。

 

 修人は、本当は一人でいたい訳じゃない。

 

 心の底から信頼できる、期待できるような関係を求めてる。

 

 でも、あの事件以来、他人に期待することを極度に恐れるようになってしまっている。

 

 そんな状態では、きっとこの先、苦労することになるだろう。

 

 何とか克服してほしい……。

 

 そしていつか……。

 

 いつかあの事件に挑んでほしい。向き合ってほしい。もう一度光を当ててほしい……。

 

 あの子を見つけ出した時、修人の背中に重くのしかかっているものが消える。そんな気がするから……。

 

 そうしたら、もう何も心配はいらない。俺も安心して新たな一歩を踏み出せる。

 

 ――そんな明るい未来を、俺はずっと夢見ているんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  一・破れた夢

 

 

 

 二月六日(金)

 

 

 

 

 「はぁ……。」

 

 

 夕焼け空の下、誰もいない駐車場にずっと座り込んでいると、心が泣きそうになる。

 

 

 (どうしたもんかな……。)

 

 

 修人に連絡を入れてからしばらく経つのだが、まだ忙しいのか返信が来ない。

 

 言われた通り、猫を捕まえて、写真を送ったのだが……、忘れられてやしないだろうか。

 

 携帯の画面にふと目を落とすと、時刻は4時40分――

 

 俺はキャットフードを一心不乱に食べている黒猫を見つめながら、小さく溜息を吐いた。

 

 

 「すげー食うじゃん……。」

 

 

 腹を空かせていたらいけないと思い、近所のホームセンターで水や餌を買っておいたのだが、良かった。

 

 試しに地面に置いてみたら、警戒することなくすっ飛んでくるんだからな。

 

 

 (全く……野生を失った哀れな猫だよ、お前は……。)

 

 

 そっと頭を撫でてみる。

 

 一応、リードはかけてあるが、嫌がって逃げ出す様子はない。

 

 

 (…………柔らかいな……。)

 

 

 羊みたいに毛がモコモコしている。なんて種類の猫なんだろうか……。

 

 飼ったことがないので詳しくない。

 

 

 (まぁ……、そんなことは後でいいか……。)

 

 

 先にこれが本当に坂力の飼い猫だったのかどうかということを確かめなくては。

 

 黒猫で赤い首輪……。特徴は一致してるが、二つだけだもんなぁ……。

 

 別のとこの猫だったら、がっかりもいいところだ。

 

 

 (修人はどうするつもりなんだろ……。)

 

 

 すぐに電話を切られてしまって聞けなかったが、何か確かめる方法があるんだろうか?

 

 そんな方法……

 

 

 (あっ、そうだ。)

 

 

 渡取わたどりさんに見せてみればいいのか。

 

 猫の特徴を知っていたし、流石に一度くらいは見ている筈。

 

 気が付いた俺は、早速、猫を持ち上げ、鞄と共に自転車のかごの中に入れた。

 

 白城マンションなら、修人も場所を知ってるし、待ち合わせ場所にできる。

 

 猫を家には連れていきたくないし、一旦そっちに移動しよう。

 

 俺は自転車にまたがり、ペダルに足を乗せた。

 

 

 (あ……揺れるけど、大丈夫だよな……?)

 

 

 何か駄目な気がするが、そんなに遠くないし、猫には我慢してもら――

 

 

 「藤鍵~!!」

 

 「ん……? え?」

 

 

 漕ぎ出そうとして、一旦止まる。

 

 名前を呼ばれた。後ろから。誰に? 女の声……?

 

 って――

 

 

 (ちょっ、ちょっと待て……)

 

 

 恐る恐る振り返る。

 

 ああ、そんな、嘘だ。

 

 ジャージを着た赤い髪の女の姿・・・・・・・・・・・・・・が目に入った。こっちに向かって走ってくる……!

 

 

 (戦中いくさなか――!?)

 

 

 恐怖した俺は、すぐにペダルに乗せた足に力を入れ、自転車を発進させた。

 

 

 「あっ? おい、待て!」

 

 

 足音が一瞬止まったが、すぐに再開され、加速を始める。追い付く気か。

 

 

 「くっ……!」

 

 

 クリムゾンチーターの異名を持つ、女子陸上部エースの本気の走り。自転車でも気が抜けない。

 

 俺はなるべく人通りの少ない道を選びながら、スピードを上げた。

 

 連続で角を曲がり、何とか見失わせようとする。

 

 

 「藤鍵~!!」

 

 

 だが、相手は獣並みの轆轤ろくろ。恐ろしい感覚の鋭さで追跡してくる。どんどん距離が縮まる。

 

 

 (はぁ……くっそ!)

 

 

 このしつこさはもうほとんどストーカーの域だ。あの人は俺のことが好きなのか?

 

 とても恋愛とかするタイプには見えないんだが……、ああ、もしそうだとしても、俺は大人しい子の方が好みなんだ! 諦めてくれ……!

 

 だが、そんな心の叫びも虚しく……

 

 

 《ズサァー!!》

 

 「へへっ、追い付いた……。」

 

 

 轆轤に自転車を掴まれ、強引に止められる。

 

 手は抜いたつもりはなかったのだが、逃げ切れなかった……。

 

 

 「そんなに急いで何処行くんだよ~?」

 

 

 轆轤が肩に手を回してくる。密着されてるのに、ちっとも良い匂いがしない。本当に女か?

 

 

 「何処だっていいでしょ……。放してください……。」

 

 

 俺は精一杯、嫌そうな声を出したが、どうも伝わってないようで、ニコニコしながら体をべたべた触ってくる。

 

 

 (修人、助けて……。)

 

 

 物凄いハラスメントを受けている。

 

 ――と、救いを求めた時だった。

 

 

 「にゃーん。」

 

 

 鞄の中から猫が顔を出し、轆轤と俺に向かって鳴いた。

 

 

 「うおおっ!?」

 

 「わっ……!」

 

 

 すると轆轤が勢い良く飛び退き、反動で自転車が倒れそうになった為、俺は慌ててバランスを取った。

 

 

 「お前、何だそいつは……!!」

 

 「いや、何だって……猫ですけど……。」

 

 

 驚き過ぎだろ……。

 

 

 「お前のか……!?」

 

 「えーっと……。」

 

 

 何だかよく分からないが、相当ビビってる様子。もしかして猫が苦手とか?

 

 

 「なぁ……、もっかい鳴けるか……?」

 

 

 かごに顔を近付け、小声で猫に頼んでみる。

 

 

 「にゃあぁぁ。」

 

 「ぐっ……。」

 

 (お、効いてるっぽいぞ……。)

 

 

 これは思わぬ弱点を知った。

 

 

 「あの、猫も迷惑してるって言ってるんで、もう追ってこないでくださいよ……。」

 

 

 再び自転車を走らせるが、轆轤はこっちをじっと見たまま動かない。

 

 どうやら本当に苦手らしい。

 

 

 (次からは鳴き声アプリで追い払うか……。)

 

 

 想像して少し笑った。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 それから数分。

 

 猫にこれ以上ストレスを与えないよう、ゆったりと自転車を漕ぎ、白城マンションに辿り着いた俺は、猫の入った鞄を持って、渡取さんの住む一〇六号室を訪ねた。

 

 

 《ぴんぽーん……》

 

 

 チャイムを鳴らすと、部屋の中から物音が聞こえ、渡取さんが顔を出す。

 

 留守じゃなくて良かった。

 

 

 「ん、えっと……確か藤鍵君?」

 

 「はい、ちょっとこの猫、見てもらいたくて……。」

 

 

 俺は鞄の中に手を突っ込み、猫に頭を出してもらった。

 

 

 「あっ……、その子もしかして坂力君の……。」

 

 「はい、見つかったんですけど……、この猫で合ってますか?」

 

 

 聞かれて、渡取さんは少し観察した後、肯定を返した。

 

 

 「うん、この毛の感じも……。間違いないと思う。

  何処にいたの?」

 

 「ここから少し離れたところの駐車場に。」

 

 

 最初は自販機で何か買おうと思って近付いたのだが、車の下に黒い猫を見つけた時は吹き出しかけた。

 

 

 「へぇ~、よく……。

  それで、六骸君は? 今日は一緒じゃないの?」

 

 「あ、実は待ってるところで……。何か今、忙しいらしくて……。」

 

 「そうなんだ。

  じゃあ、中で待つ?」

 

 「え、いいんですか?」

 

 「遠慮しなくていいよ。ちょうど作業が終わって休憩中だから。」

 

 「じゃあ、ちょっと……修人にメール送らなきゃ……。」

 

  

 渡取さんの部屋に入った俺は、待ち合わせ場所を知らせるメールを修人に送った。

 

 まだ向こうからメールは来ていない。渡取さんには遠慮するなと言われたけど、あまり長居はしたくないから、急いでほしいな……。

 

 

 「あ、メールでやり取りしてるんだ。

  若い子はメッセージアプリとか使ってるイメージだけど。」

 

 「ああ……修人、そういうのあんまり好きじゃないみたいで。俺も使ってません。」

 

 「信用ならない会社が多いからね。

  個人情報を抜かれる恐れがあっても、便利だからって理由で使い続ける人が多い中、ちゃんと考えてるのは立派だと思うよ。」

 

 「あ……そう言えば、坂力もそんな感じのこと言ってたかも。」

 

 「嫌いだってはっきり言ってたかな。

  まぁ、あまり神経質になり過ぎると、生きづらいと思うから、僕は強くは言わないけど。」

  

 「…………。そういえば、前に来た時には聞かなかったんですけど、坂力とは普段どんな会話を?」

 

 「主に動画に関する内容かな。政治や歴史に、最近起きてる事件とか。

  藤鍵君はそういうのよく見る?」

 

 「いや、実は俺はあんまり。

  色んな情報があるから、頭の整理ができなくて……。」

 

 「そっか。まぁ、フェイクも多いから、混乱するのは分かるよ。

  でも、偏った情報しかないテレビよりは、色んな情報の転がってるネットの方が、情報収集のツールとしては優れてる。

  良かったら、僕のチャンネルの動画を見てみてよ。

  【渡り鳥は黒羊の夢を見るか】……。

  なるべく確度の高い情報を載せるようにはしてるから。」

 

 「はい。」

 

 

 まぁ、見ない一番の理由は、情報を制限しないと気になり過ぎて目の前のことに集中できなくなるからなんだけど……。

 

 自分はアニメも1話視聴したら途中で切らずについつい最後まで観てしまうし……。

 

 ゲームも同じで、昔はよく夜中までやってて親に叱られたりした。

 

 だから、最近はネットでの検索はほどほどに、数を絞っている。

 

 

 「坂力君と最後に話したのは……。今、横浜で起きてる連続殺人事件だったかな。

  

 「え? 殺人?」

 

 「作家や芸術家とか、クリエイターばかりが狙われていてね。

  仲間から得た情報だけど、全身を刃物で切り刻まれて殺されてたらしい。」

 

 「全身を……?」

 

 「うん。理由は全く分からない。クリエイターという職に何か恨みでもあるのか……。

  ここからそう遠くないし、坂力君も気にしてるみたいだったよ。」

 

 「坂力が……。」

 

 

 何か自殺した理由と関係があったりするんだろうか?

 

 

 「……………。」

 

 

 駄目だ。何もひらめかない。やっぱこういう時は修人がいないと。

 

 

 (早く来てくれ……。)

 

 

 俺は渡取さんと猫の種類や飼い方を調べながら、修人を待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           ~ Another Side ~

               -六骸りくがい 修人しゅうと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 PM4:41 浅夢市常夜町トワイライトマンション常夜

 

 

 

 ………………。

 

 警察へ通報を入れてから、約五分――。

 

 携帯をいじりながら、じっと待っていると、マンションの前に一台のパトカーが静かに止まり、中から二人の男性警官が姿を現した。

 

 一人は顔が大きく、頬骨の張ったやや堅そうな雰囲気の年配警官。もう一人は若く、面長の顔の温和な雰囲気の警官。

 

 既に一階まで下りていた俺は、すぐに彼らの元に向かい、死体を見つけた三一二号室まで案内した。

 

 

 「この部屋です。」

 

 

 二人と共に中に入り、そこで再びうるし 爽一郎そういちろう亡骸なきがらと対面する。

 

 

 「うわ……。」

 

 

 切り刻まれ、真っ赤に染まった死体を目撃した警官達は、やはり驚いたようで、若い警官の方は声を漏らし、年配の警官の方は目を剥き、表情を強張らせた。

 

 

 「これは……。」

 

 

 間違いの無いよう、しゃがんで脈を取る。

 

 自分も念の為、確かめたが、特殊メイクの悪戯などではない。

 

 

 「多分、この部屋に住んでる、漆 爽一郎さんです。

  何故かドアの鍵が開いたままで、変な臭いもして、それで中を見たら血が見えて……。」

 

 「そうか。

  とりあえず、一旦外に出て。詳しい話はそこで聞くから。」

 

 「はい。」

 

 

 年配の警官は無線で本部に現場の状況を伝える。

 

 この後、鑑識や刑事が到着し、この静かなマンションも騒がしくなってくることだろう。

 

 俺はそれまで大人しく、部屋の外で若い方の警官から質問を受けることにする。

 

 

 「被害者の年齢とか分かる?」

 

 「聞いたことないですけど、30~40くらいかと。」

 

 「30……歳が離れてるみたいだけど、被害者とはどういう関係?」

 

 「えっと……前に外で偶然会った時に、ホラー漫画を描いてるってことを聞いて、原稿を何枚か見せてもらったんです。

  絵は悪くないと思ったんですが、漫画家としての仕事が中々上手くいってないようだったので、何か協力できないかと、今日は参考になりそうな資料とか道具とかを持って、遊びに。」

 

 

 警察沙汰は想定していたので、関係を尋ねられた時の言い訳は用意していた。

  

 鞄の中にはホラー関係の漫画や参考書を数冊入れてきているので、中身を調べられても問題は無い。

 

 

 「ホラー漫画……。」

 

 「『死霊の墓標』っていうタイトルだったと思います。」

 

 

 少し前まで確信は無かったが、警察が到着するまでの僅かな時間、怪しまれない範囲で室内の物色をし、机の上に置かれていた原稿やアイデアノートから、漆さんが描いていた漫画のタイトルは『死霊の墓標』だと特定した。一応、何枚か写真も撮ってある。

 

 残念ながら、悪夢の中で見たものと同じ絵は見つけられなかったが、絵柄は一致していたし、よく似た怪物の姿もあった。

 

 ……少なくとも、これまで俺が見た悪夢の中に出てきた怪物達を作り出していたのは、漆さんだ。

 

 黒幕だったのか、俺や明日人のようにただ能力を制御できていなかっただけなのかは、まだ分からない。

 

 

 (殺されてなかったら、今頃色々聞き出せてたかもしれないのに……。くそ……。)

 

 

 犯人に対する怒りが止まらない。なんてことをしてくれたんだ。

 

 

 「く……。」

 

 「ん……、どうかした?」

 

 「いえ……、すいません。犯人の動機が分からなくて。

  あそこまでされるほど恨まれる人には見えなかったんです。」

 

 

 物や金が目当てなら、あそこまで執拗に切り刻んだりはしない。

 

 ああすることに一体どんな意味があるのか……。理解不能だ。

 

 

 「まぁ……、今の世の中、色んな考え方する人達がいるから、誰がどんな理由で殺されてもおかしくないと思うよ。」

 

 「はい……。」

 

 

 分かってはいる。

 

 分かってはいるが、どうしても違和感が拭えない。本当に悪夢とは関係なく、ただの偶然なのか……?

 

 坂力の死だってそうだ。ただの事故なのか……?

 

 

 「………………。」

 

 

 何か意味がある……、いや……。

 

 違うな。そんなの現実に求めるべきじゃない……。よく出来た小説やゲームのように、全てに意味がある、繋がっていると考える方が愚かだ。

 

 

 (期待なんてするな……。)

 

 

 余計な感情は殺し、ただ考える。

 

 例え真実がどんなにくだらなかったとしても、この先ずっともやもやを抱えたままでいるよりはマシだ。

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 その後、サイレンを鳴らしたパトカーが数台マンションの前に止まり、ぞろぞろと警察の人間達が入ってきた。

 

 機動捜査隊、鑑識、そして刑事……。その中には――

 

 

 (やっぱり、来るよな……。)

 

 

 俺は階段を猛スピードで駆け上がってきた父親の姿を見て、うんざりした気持ちになった。

 

 

 「修人!」

 

 

 俺の姿を見つけると、更にロケットのような勢いで飛んでくる。

 

 

 「凄いもの見つけたんだってな。よくやった!」

 

 

 笑いながら背中を叩いてくる父さん。

 

 そんな世紀の発見をしたみたいなノリはやめてくれ。

 

 

 「俺は後でいいから。早く見てきたらどうだ?」

 

 「ああ。

  おい、急いでくれ!」

 

 

 父さんが声を張り上げると、丸っこい女性鑑識官が急いで階段を上がってきた。

 

 その後ろには真顔の男性鑑識官。

 

 

 「しゃ、シャドウさん早いです……。」

 

 「お前達より先に入る訳にはいかないだろ。

  三一二号室。ほら。」

 

 

 父さんが急かすと、鑑識達は部屋の中へ入っていった。

 

 

 「あの、通報者は……。」

 

 「ああ、俺が話を聞いとくから、お前らは他の住人に聞き込んどけ。ちょっと待ってろ。」

 

 

 そう言って父さんは一旦、部屋の中に入ると、ものの数秒で出てきて、また指示を飛ばしてから、質問を始めた。

 

 俺はさっき答えたようなことをもう一度繰り返し、父さんにメモを取らせる。

 

 

 「ドアは開いてたんだな?」

 

 「ああ。ベランダから出入りしたんじゃないなら、カメラに映ってそうだけど……。」

 

 

 遺体に触れたことで、死後硬直の最中で、少なくとも死後十二時間以上は経過していることが分かった。

 

 詳しくは解剖されないと分からないが、人目につきにくい時間帯に、ベランダから侵入という流れが見える。

 

 ただ、玄関のドアが開いたままだったことを考えると、犯行はシンプルかもしれない。

 

 

 「よし、じゃあもう行っていいぞ。」

 

 「ん? そんな適当でいいのか?」

 

 「気にするな。俺の勘では大した事件じゃない。」

 

 

 それは語弊があるのでは……?

 

 と思いつつも、この後、用事があるので、事情聴取が早く終わるのはありがたかった。

 

 住人達も騒ぎに気付いて、徐々に顔を出し始めている。このままじろじろ見られるのは良い気分じゃない。

 

 漆さんの件は、父さんに全て任せるとしよう。