ケロタン:勇者の石+5
六・カーチェイスナイト
◆ シルシルタウン・警殺署・第弐取調室 ◆
ある日の昼下がり、警殺署の取調室にて、鉄製のテーブルを挟み、ケロタンとメッタギリィは睨み合っていた。
その場に漂うのは重苦しい空気。もしここに第三者がいれば、両者の視線の交差点に火花を見たことだろう。
これから行われるのは、男と男のプライドを賭けた真剣勝負。
《バンッ!!》
先に動いたのはメッタギリィ。テーブルの上に
いっぱいに盛られた白飯の上には、それを覆い隠さんばかりのウインナー。今の衝撃で幾つかが零れ、テーブルの上に落ち――いや。
《シュッシュッ!!》
速い――。ケロタンは零れたウインナー全てを掴み取り、口に運び
これにはメッタギリィも驚く。
「食ったな。」
「んぐんぐ……。」
「食ったな?」
《ゴクン……。》
「食べ物は粗末にするな。」
ケロタンは手で口を拭うと、何食わぬ顔でメッタギリィに言葉を返す。
「……正直、お前がここまでウインナー好きだから困ってる。本当にお前が犯人なんじゃないかと思えてきたよ。」
「俺はやってない!!」
ケロタンはバンと机を叩き、椅子から立ち上がった。
「口だけなら何とでも言える。」
「口があれば何でも食える!」
ノリと勢いだけの返答。
メッタギリィは毅然とした態度でケロタンを見据えている。
「しょ、証拠はあるのかよ。」
「ああ、全身タイツで真っ黒だが、犯人はロッグ族だな。
ウインナー強盗なんて、お前しかやらないだろ。」
メッタギリィは端末を操作し、証拠映像をケロタンに見せた。
そこには、深夜のコンビニに突っ込み、ウインナーだけを大量に奪っていくロッグ族らしき姿が映っていた。監視カメラの映像のようだ。
「おぉ……、かなり俺っぽいが……、俺じゃないな!」
「どうしてそんなことが言える?」
「だって――」
「俺まだ免許取ってねーもん!!」
犯人は一輪バイクに跨っていた。
◆ シルシルタウン・警殺署前 ◆
「はぁ~……、やっと解放された……。」
「どうだった?」
「証拠不十分で釈放……。」
警殺署前で、ケロタンは、アグニスと合流し、帰路に就く。
「なぁ、絶対おかしいだろ。深夜のアリバイなんてねーけど、あんなに詰められるなんて。」
流石に雑に扱い過ぎである。
「そうか? お前には我が城の食料庫を荒らしているという前科があるが……」
「そんなところに侵入してない!」
金や作る時間が無い時、兵士の食堂でご馳走になってはいるが!
「っていうか、じゃあ俺がウインナーに困ってないこと知ってるだろ!
なぁ、王の権力で何とかできないのか? メッタギリィまだ疑ってる顔だった!」
「お前一人の為に腐ってやるつもりはない。ん?」
アグニスは足を止め、モニターに流れるニュース番組に目を向けた。
《本日未明、大手自動車メーカー、リクウスの元に、怪盗レッドキャッツの犯行予告が届きました。
【明後日、三国首脳会談の日に、機密情報を盗む】とのことです。
ダイバーシティ警殺は――》
「………………。」
敢えて、警備が厳重なタイミングを狙うか……。ということは……
「あ~、ダイバーシティか~、早く車の免許取って行きたいぜ……。」
「時間がかかっているようだな。」
「いやだってあそこの教官。マジ、ヤバ過ぎんだって……。」
ケロタンは教習所での初日を思い出す。
◆ 四日前・カイド教習所 ◆
「ぶるぅぅあぁぁぁ!! 四輪免許を短期で取得しようと考えている甘ったれたガキ共!!
私はこのカイド教習所で実技を担当しているオートマン教官である!!
これまでミニ四駆でしか遊んだことのないような貴様らを一人前のドライバーになるまで監督してやるからな!
返事は、サー! イエッサーだ!! その時は腹の底から声を出せ!」
(こっわ……!)
コース前に整列したケロタン達の前に現れたのは、全身機械化により、車のようになった、ノーマンの男性教官だった。
彼はメガホンを手に持ち、威圧するように大声で話し続ける。
「いいか!? 俺の前ではエンジンのかからない腑抜けは許さん!
怠ける者、口答えする者も即! ハンドルのように首を捻じり切るからな! 事故を起こす前に解体してやる! 有難いと思え!!」
「「「サー! イエッサー!!」」」
その後、教習中――
「貴様ァー!? 今、ブレーキとアクセルを踏み間違えたな!!」
「アッハイ、すみませ――」
「馬鹿者がぁー!! その歳で貴様は高齢者のレッテルが欲しいか!?
なら私が張ってやる! 貴様のあだ名は今日からもみじだ!!」
そう言ってオートマン教官は生徒の背中をバンと叩くと同時に、高齢者マークであるもみじを張り付けた。
「ふふっ。」
ケロタンの隣にいたノーマンの青年が思わず噴き出す。
「誰だぁー!? 今、草を生やした奴は!?」
ケロタン含め、他の生徒は一斉に彼を指差す。
「あ。」
「よーし!! 貴様のあだ名は今後、雑草だ!!
轢き潰されても文句は言うなよ!!」
こんな感じの授業が毎日、続き、今に至る。
「今日、明日で終わりだけど、しばらく夢に出てきそうだ。」
「……、厳しくて当たり前だ。いつか感謝する時が来る。」
「だといいけどさー。」
ケロタンは溜息を吐く。
「ところでお前、車の方は自分で用意できるのか?」
「ああ、それならもう注文してあるから心配ない。」
「そうか。私は会談に向けて準備があるからな。くれぐれもトラブルの無いよう頼むぞ。」
「サー! イエッサー!」
「?」
◆ シルシルタウン・警殺署 ◆
「…………。」
ケロタンを帰した後、メッタギリィは署長室で書類の整理を行っていた。
ブッタギリィが大陸北の調査に行っていて、留守の今、自分が彼の代わりを務めなければならない。
メッタギリィはプレッシャーを感じつつも、頼まれた仕事をこなしていた。
(…………。やけに轢き逃げ事件の報告が多いな……。)
一応、死者は出ていないようだが、悪質だ。
発生は全て深夜。はっきりと姿を見た者はいないが、犯人が一輪バイクに乗ったロッグ族なのは間違いないと。
これがケロタンである可能性は限りなく0に近いが……。
(俺もあいつのことはそんなに知らないからな……。)
少しでも疑いの余地があれば、情の一切を捨て、疑う。それがこの組織のポリシーだ。忘れてはならない。
(一週間か……。)
Xデーも近付いていて、あまり時間はない。
(よし……。)
メッタギリィは端末を操作し、何処かと連絡を取り始めた。
《め、メッタギリィ先輩!? はわわっ、私に何の用でしょうか!?》
向こう側から高い声が聞こえてくる。
「お前に任せたい仕事がある。明後日、そっちで三国首脳会談が開かれると思うが、お前はその警備から外れろ。」
《え? ど、どうしてです? 私はもう入ったばかりの頃とは――》
「違う。ありとあらゆる状況に対応する為だ。
問題はあるが、ぶっちゃけあの三人は警備0でも平気だからな。」
《りょ、了解しました。それで、仕事の内容というのは?》
「それはな――」
◆ カイド教習所 ◆
「よく集まったな、ガキ共!
最近は煽り運転なるキ〇ガイじみた行動を取る連中も増えている!!
よって貴様らには! この場でその恐ろしさを味わってもらう!!」
《ズガァァン!!》
教官のパンチにより、宙を舞う車。
最早、煽りどころではないが、文句を垂れれば、タイヤの下敷きにされかねない。
ケロタンは必死にハンドル、レバー、ボタンを操作し、空中で状態を安定させ、コースに戻る。
そして、無事な他の生徒達と共に見事コースを走り終えた。
「よーし、今、走り切った者は合格だ!
明日の最終試験に備え、十分体を休ませるがいい!!」
「ふー……。」
「お疲れ、ケロタン。」
教習を終えたケロタンに、テロが駆け寄ってくる。
「こんなもん教育に悪いぜ……。」
「え? カッコ良かったよ。」
目を逸らすケロタンであった。
「ところで、ケロタンが頼んだ車って、いつ届くの?」
目を輝かせるテロ。
「ああ、流石に会談の日には間に合わないかな。アグニスの車に乗せてもらうのは無理そうだから、レンタルしようかと……。」
「あ、じゃあこれとかどうかな? このトゲトゲしてる奴!!」
テロは持っていた雑誌を開いて、車の写真を見せてきた。
そこにはまるで改造車のような、だいぶ奇抜な形状の車が載っている。
「世紀末かよ……。って、これQooZ(クーズ)じゃん。
あそこの車は爆発するって有名だぞ。」
「ええー!?」
「最近、迷走し始めて、変な機能ばっか付けるようになったからな。」
社訓が「作ってから考える」の時点で色々お察しだった。まぁ、コアなファンはついたみたいだけど。
「今だったら、リクウスか、タイムネーターかな。ランキング1位と2位だし。」
それなりに値は張るが、安物を選んで怪我したら損だ。都会に行ったら、周りの目も気になるし……。
「トゲトゲした奴あるかな……。」
そこは外せないのか。テロはまた車探しを始めた。
(さて、俺は頑張らないとな。)
◆ カイド教習所・最終試験日 ◆
「それでは合格者を発表する! 番号を呼ばれた者は前に出ろ!!」
最終試験の日――
試験を終えたケロタン達は整列し、自分の番号を呼ばれる瞬間を今か今かと待ち望んだ。その表情は自信に満ち溢れている。
最終試験の内容は、これまでの乱暴なものとは打って変わって、一般道を走り、車に搭載されたAIに運転技術を採点してもらうという簡単なものだった。
合格者のリストを見た教官は、顔を上げ、声を張り上げる。
「全員、合格だ!!」
「「「よっしゃあぁぁ!!」」」
望んだ結果に歓喜の声を上げるケロタン達。
しかし、その声はすぐに怒声によって掻き消される。
「馬鹿者がぁー!! 慢心が事故を生むのだ! 貴様らはようやく駆け出しのドライバーに過ぎない!! 私はいつでもお前達を見ているからな! 無様な操作をした瞬間、何処からでも追いかけにきてやる!! ここで学んだことを忘れるな!!」
(え? マジで?)
折角、解放されると思ったのに。
「返事はどうしたぁー!!?」
「「「サー! イエッサー!!」」」
こうして、地獄の教習は終わった。
そして、Xデーが訪れる……。
◆ ラインド大陸・中央エリア ◆
それは、ラインド大陸の中央部、東西南三国の国境付近に存在する大都市――
多くの企業が集まり、流通の中心となるこの場所は、三国の友好の証であり、毎年数回開かれる三国首脳会談は、ここの中央にある巨大ビル――ダイナミックタワー内にて行われる。
アグニスに参加を勧められたケロタンは、それが始まるまで、街を見て回ろうと考えていた。
「はー、でっけーし、ひっれー……。
思った通り、車がなきゃ回り切れないぜ、これは。」
立ち並ぶ高層ビル群。これまでずっと辺境で暮らしていた身としては、まるで未来にタイムスリップしたかのような感覚で、圧倒される。
「テロ、大丈夫か?」
後部座席に見えるテロは、口をあんぐり開けたまま放心している。文明の差にショックを受けているようだ。
「ん? ナニ、ケロタン……。」
「気を付けろよ。こういう場所で田舎者だと思われたらお終いだからな。外を出歩く時は事前に通販で買っておいたこれを……着けるんだ。」
ケロタンはボックスからサイバーサングラスを取り出し、テロに渡した。
「うわっ! 何かこれ色んな文字が出てくるよ!」
「ニュースが流れてるんだろうな。
都会では常に新しい情報を取り込んでいかないとあっという間に置いていかれるから、しっかり把握しておけよ。
ちなみに今一番ホットな話題は、美少女怪盗レッドキャッツだ。」
「誰?」
「深夜の街に猫の鳴き声と共に現れ、華麗に警備を突破し、目的のものを盗んでいく。
彼女は犯行を行う前には、必ず予告状を出すらしい。」
「……泥棒ってこと?」
「ただの泥棒じゃない! カッコいい泥棒だ! 大変色んなものを盗んでいく。」
やってることは犯罪だが、カッコいいものはカッコいい。うん。
「レッドキャッツ……。
あれ? 何かいっぱい出てきた。」
「AIが会話の内容に関係する情報を検索してくれるみたいだ。便利だよな~。」
「へ~。レッドキャッツがいっぱ……
うわぁっ!! 裸の人がいっぱい!!」
「あぁ! 悪い!! フィルターかけ忘れた!!」
どうやらレッドキャッツはダイバーシティの人気者らしい。
彼女の姿に魅了されて、味方する者が後を絶たないんだとか……。
「レッドキャッツ? 俺の嫁。」
「肉球で踏まれたいよなぁ!」
「フィギュア中古で買ったんだけど、何か変な臭いがして……。」
「キャッツお姉さまぁ!! 私の心も盗んでくださいぃぃ!!」
ざっと街の人々に聞き込みしてみたが、重傷者多数。一部は酒も入ってた所為で欲望ダダ漏れだった。
「こんなんで機密情報守れんのかよ……。」
流石に警殺関係者は大丈夫だと信じたいが……。
「心配ご無用よ!!」
「え?」
赤信号で止まっていると、上から女の声が聞こえ、《ギュイイイィィン》というドリル音が迫ってきた。
「なん――」
車の窓を開け、顔を出す。
すると、目の前に高速回転するドリルが接近!
「うぉわぁっ!!」
反射的に体を引っ込める。
「初めまして。あんたがケロタン?」
再び窓の外に顔を向けると、そこにはドリルの付いた二機の小型ドローンに乗ったスモールノーマンの女の子がいた。
髪はピンク色のツインドリルで、警殺の制服を着ている。
「もっとマシな登場の仕方できないのか?」
「青よ。」
言われて前を向くと、信号が変わっていた。
後ろにクラクションを鳴らされる前に車を発進させる。
「ようこそ、ダイバーシティへ。
あたしはダイバーシティ警殺の美少女警殺官、エグリィ!
しばらくあんた達を監視させてもらうわ。」
「は? 何でだよ。」
ケロタンは並走するエグリィに話しかける。
「この街は初めてなんでしょ?
よそ者が問題を起こさないか見張るのは当然じゃない。」
そんな理由で? 納得できるようなできないような……。
「エグリィ……エグリィ……。」
「何よ?」
「いや、お前のエロ画像全然出てこないなって。」
「ぶち殺すぞ。」
◆ ダイバーシティ・カフェ《サステナ》 ◆
その後、ケロタンは地下駐車場に一旦、車を駐め、テロ、エグリィと共に近場のカフェに入った。
「俺を監視って、どうせメッタギリィかアグランの指示だろ?」
「教える訳ないでしょ。」
エグリィは運ばれてきたパフェをスプーンでグチャグチャに掻き混ぜると、口へと運んだ。
「ここの警殺もこんな感じか。」
女も野蛮過ぎる。
さっきも危うく大事なレンタカーに風穴開けられるところだった。
「なぁ、テロ、ちょっとトイレに行きたくないか?」
「え? 別に。」
「いいから、来てくれ。」
ケロタンはテロを引っ張ってトイレに向かおうとする。
しかし、すぐ後についてくるエグリィ。
「おい、覗くなよ。」
「覗かないわよ。ドローンに監視させる。」
「え。」
《ギュイイイイイイン!!》
携帯で助けを呼ぼうと思ったのだが、トイレでドローンと睨み合う形となり、何もできなかった。
出入り口で待っているエグリィ。
「いっぱい出た?」
「出るもん、出ないよ……。」
折角、都会の文化を楽しもうと思ったのに、こんな邪魔をされるとは……
「はぁ……。」
(まぁいい、こうなったら全力で無視だ。)
そう決めたケロタンは、再び車に乗り、テロと一緒にダイバーシティのゲームセンターや、デパート、スタジアムなどを見て回った。
首脳会談は午後なので、それまでたっぷり観光する。
そして昼頃――
「なぁ、さっきの話、レッドキャッツの対策は万全なのか?
今日は首脳会談の警備に、テロの警戒までしなくちゃならないんだろ?」
「人手なら十分足りてる。
あたしがこうしてあんた達の監視をしていられるほどにはヨユーね。」
「う~ん……。」
そうなってくると、テロの起きる場所はここじゃない可能性が出てくる。
(一応、これまでは冒険ランド以外、アグランのいる場所や付近が狙われて……。
ん? いや、俺のいる場所って考えると全部共通するか。
もしかして、結構疑われてたり?)
「……何?」
「いや、何でもない……。」
主犯じゃなくても、共犯者くらいには思われてそうだった。
轢き逃げの疑いもかけられてるし、ここは一発、正義の味方であることをアピールしておかないとマズいだろう。
やはり、目立つには発生が確定している怪盗レッドキャッツイベントか。
街中が注目するだろうし、信用を得る絶好の機会だ。
問題は、どうやって警備に加わるかだが……。
「…………。」
ここでエグリィをボコボコにして、服を奪うのは流石にマズいし、やっぱりアグランに頼むのが一番かな。
「よし、決めた。
テロ、今日の夜は暴れるぞ。」
「え?」
《ピッ》「はい、犯罪予告。録音したから。」
その後、誤解を解くのにしばらく時間を要した。