ケロタン:勇者の石+5
◆ ??? ◆
「う、う~ん……。」
一瞬、魂が抜けたような……。そんな感覚を味わった……。
何の抵抗もできず、吸い込まれて……
全く説明がなかったが……、これ、絶対危ない魔法だろ……。
地面の上でうつ伏せになりながら、ケロタンは確信する。
(これがパワハラか。)
まさかの
(で……?)
顔を上げ、周囲の状況を確認する。
上手くいったんだろうか? そうでないと困るが……
ケロタンはきょろきょろと辺りを見回し、頭に疑問符を浮かべる。
(何処?)
ぐるぐると渦巻く景色。少なくとも三途の川ではなさそうだが……。
墓場の森……なのか?
木々が……、空間が歪んでいると言うべきか。まるで絵の具をかき混ぜたかのようになっている。
これは……
「これが
「あ。」
後ろに立っていたアグニスが説明を始める。
「墓場の森だが、墓場の森ではない場所――
本来、"霊界"とは、我々がいる"物質界"のように肉体を持ったまま活動できる場所ではないが、何らかの要因によって空間の安定が崩れた時、このようにズレが生じ、迷い込む者が現れる。」
「その、要因って……?」
「調べねばなるまい。」
アグニスが前へ進む。その視線の先をよく見ると、建物が見えるような……。
(屋敷……?)
ゆらゆらとゆらめいていてはっきりしないが、周囲とは明らかに色が違う。自分の知る限り、墓場の森にあんな大きな建物は無かった筈だが……
「あ、そう言えば、テロは……?」
「近くにはいない。恐らく、あの屋敷の中だろう。ユタリはもう先に行った。」
「なんてこった……。」
何が出てくるか分からない状況でバラバラとは……
(まぁ、こういうホラーな場所で固まろうとしても、結局、バラバラにされるのがオチな気がするけど……。)
ケロタンはアグニスに続き、屋敷の中へと足を踏み入れる。
テロのことは連れてきた手前、放っておく訳にはいかない。
◆ 霊界の屋敷・1階・玄関ホール ◆
《バタン!》
「…………。」
誰のものかも分からない屋敷。
入ってすぐ扉が閉まり、少しビビった。
しかし、これはもうお約束。特に気にした様子はないアグニスは、ライトで周囲を照らしながら、ずんずん奥へと進んでいく。
「テロ~! 聞こえるか~!?」
ケロタンは一応、奥に向かって呼びかけてみる。
――が、返事は返ってこない。屋敷の中は暗く静まり返っている。
「手分けするか?」
「そうだな……、だいぶ広いし……」
「では、お前は1階を。私は2階だ。」
「ん……。」
勝手に決められてしまった。
重要なものは1階より、2階にありそうな気がするが……。
迷っている内に階段を上がっていくアグニス。
(譲る気ないのね……。)
まぁ、探索は順番通りがいいが……
ケロタンは溜息を吐き、玄関ホールをぶらつく。
物言わぬ像や絵画をライトで照らしながら、ぐるっと一周。
「…………。」
何もない。
一人だと本格的に静かだ。
(…………。何か、寒くなってきたな……)
ぽつんと残され、若干、心細くなる。
幽霊が怖い訳ではないが、喋ってないとどうにもテンションが上がらない。
(早くテロ、見つけよ……)
ブルっと体を震わせた後、ケロタンは近くの扉に手をかけた。
《キィ……》
薄く扉を開け、中の様子を
「…………。」
何の物音もしない……。けれど……、すぐそこに何かあるような……
テロは恐る恐るライトを点けた。
光が暗闇を裂き、そこに確かな物体が現れる。
(ぬいぐるみ……?)
小さくて丸くて紫色の……スモールノーマンだろうか……?
そこら中、同じものが転がっている。
(誰かの部屋かな……?)
それとも物置か……。警戒心が薄れ、そのまま扉を開いていく。
《キィィ……》
「…………。」
中に入ってみるが、見える範囲に他の物はない。床や棚の上が同じぬいぐるみでぎっしり……。コレクションにしては、無造作に散らかり過ぎている。
念の為、奥の方も照らしてみるが……
(……?)
いや……、積み上がったぬいぐるみの奥に、何か見える。
気になったテロは、邪魔なぬいぐるみを少しどかしてみた。
すると……、出てきたのは、大きめの箱。
(おもちゃ箱……)
……には見えないデザインで、血のように赤い。この部屋ではかなり浮いている。
(開けられない……かな。)
正面に錠が付いているので、鍵が必要だ。
テロは一旦離れ、近くにないか探すことにした。ぬいぐるみに埋もれているものがまだあるかもしれない。
「うんしょ……」
適当にぬいぐるみの山に体を突っ込み、かき分けていく。
見た目に反して若干重みがあるが、頑丈な体の御蔭で問題ではない。
《ぶすっ……》
後はライトで陰をよく照らし、見落としのないように……
《ぶすっ……》《いたい……》
「……?」
その時、何か聞こえた。
《ぶすっ……》《いたい……》
《ぶすっ……》《いたい……いたい……》
動く度に小さな
(あっ……)
そこでテロは気付く。
よく見えないが、多分、背中のトゲにぬいぐるみが突き刺さっている。
《いたい……いたい……》
(ど、どうしよ……。)
テロは慌てた。
周囲のぬいぐるみの腹から、目から、血のような赤い液体が流れ出てきている。背中はもっと大変なことになっているが、問題のトゲには手が届かない。
《いたい……いたい……》
泣きそうな声で痛みを訴え続けてくるぬいぐるみ。どんどん申し訳ない気持ちになる。
(早く抜かないと……!)
テロは急いで山から飛び出し、体をぶんぶんと振った。
《いたい……いた……いた、いてて……!》
ぬいぐるみの体がトゲを上下する。糸が絡まり、中々抜けなかった。
「ふんっ……! ふんっ……!」
《いたっ……! いたっ……!》
苦痛に声を上げるぬいぐるみ。
頑丈な体を持つが故の無配慮か。テロは必死に体を振り続ける。
(……!)
すると、ふっと重みが減った。
(と、取れた……?)
ゆっくりと後ろを振り返る。ぬいぐるみは無事か。
(うわ……)
床はすっかり血塗れになっていた。思ったより、重傷だ。
しかし、不思議なことに、刺さっていた筈のぬいぐるみの姿がない。
(あれ……?)
まだ刺さってる……なんてことはない。背中の違和感は消えた。
一体何処に……
《ぽた……ぽた……》
「……?」
その時、顔に何か水滴がかかった。上……?
テロはゆっくりと天井にライトを向ける。
《ぽた……ぽた……》
垂れてくるのは赤い液体。
そこには、心臓部分に穴の空いた、スモールノーマンのぬいぐるみ……
――ではない。
そこで、彼が
《♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪》
「輝き♪ 失う♪ 屋敷に♪ 再び♪ この願い♪ 想いを馳せる♪
幽霊でも♪ テロでも♪ ユタリでも♪ 早く出て~きて~♪」
《♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪》
一階、とある部屋――
ケロタンは孤独のあまり、歌っていた。
探索中に偶然見つけたピアノ。それが勝手に鳴り出すのも待てず、知っているアニソンのリズムに乗りながら、替え歌を歌い、鍵盤を叩く。
この想いよ、届け――。ある種、不気味な光景であった。
「悲鳴が上がる♪ 断末m――」
「うわぁぁぁぁ……!!」
「…………。」
断末魔?
気持ちよく歌っていたところで、何か声がした。鍵盤を叩く手を止め、しばしフリーズ。
(テロか……?)
少なくとも、アグニスやユタリの声ではなかった。あの二人はそもそも悲鳴を上げるタイプじゃない。
「ケロタンさ~ん。目~覚ましたんですね~。」
「うおっ……!」
突然、背後に現れるユタリ。ピアノの音に誘われたか。
「なぁ、今、テロの声しただろ。聞いてたか?」
「そ~ですね~。何処から聞こえたか~。私の予想では~」
「あああ、早く言ってくれ!」
ケロタンは足踏みしながら、答えを待つ。
「思い浮かべると~いいと思います~。」
「?」
「会いたい相手のことを思い浮かべる~。次はその場所を思い浮かべる~。
テロさんに会いたいという気持ちが強ければ~、屋敷が応えてくれるかもしれませんね~。」
「何だその精神論。あ……おい……!」
言ったところで、急にユタリの姿がぼやけ、見えなくなった。
驚き駆け寄るが、霧散……。廊下の途中で、身を隠せる場所は何処にもない。
(消えたよ……。)
謎が過ぎる。これが空間が安定してないってことなのか? 流石にあいつが幽霊ってオチだけはやめてほしい。
(思い浮かべる、か……。)
ケロタンは溜息を吐き、走り出した。
◆ 霊界の屋敷・17階・廊下 ◆
「テロ~!」
それからしばらく、名前を呼びながら、屋敷の中を走り回った。ユタリに言われた通り、よく考えながら。
しかし、想いが足りないのか。悲しいほど誰にも出会えない。
悲鳴はあの一回きりで、結局、本当にテロの声だったのかどうか分からないまま……
(ん……?)
廊下を走っていると、また目の前に階段が現れた。
(さっきからやたら多いな……。)
一体何階建ての屋敷なのか。だいぶ足腰が鍛えられる。霊界ってことで納得しようとしたが、そろそろ……
ケロタンは階段の前で一旦停止した。
「…………。」
アグニスにも会わないし、完全に迷路に迷い込んでる感じがする。
こういう時は、足を止めて周囲をよく観察した方がいいんじゃないか。
例えば、あの壁に掛かってる絵画とか。裏側に隠しボタンや通路があったり、あるあるな……
「ケロタン……」
「え?」
じっくり考え込んでいると、誰かに呼ばれた。
もしや、テロかと思い、階段を見てみると、次の階に向かうサボテン族の後ろ姿が……
「あっ……!?」
もしや、テロ……!
「おい……!」
ケロタンは急いで後を追った。
勿論、変だとは思ったが、今の
「テロ……!?」
辿り着いた階で、テロは開いた扉の奥へと消えていく。
ケロタンはその姿に続いてすぐに中に入った。
「テ……」
そこでケロタンは絶句した。
大量のぬいぐるみの転がる部屋――、その床の絨毯が赤く汚れていた。
「テロ……」
ライトで部屋の中を照らす。ここで一体何があったのか。
「お……。」
テロの姿はないが、箱を見つけた。
しかし、箱の周りは特に血の汚れが酷かった。
(ごくり……)
嫌な予感がする。
ケロタンは警戒し、ゆっくりと箱に近付いた。
「…………。」
傍まで来て、恐る恐る箱の中をライトで照らす。
そこには――
「……!」
何も無い……?
予感が当たらず、ほっと胸を撫で下ろす。
しかし、それならテロは何処に行ったのか。
「ケロタン……」
また同じ声。
扉の方を見ると、テロらしきサボテン族が部屋から出ていく。
「…………。」
ケロタンは再びその後を追った。
部屋から出ると、テロは廊下を走っていく。
「は……?」
だが、不思議なことに、階段の下にもテロらしきサボテン族が見えた。
「えっと……」
迷うが、とりあえず、廊下を走っている方を追うことにする。
そうすると、今度は開いている扉から別のテロが飛び出した。
「うおぉっ!」
カオス。テロが沢山いる。どうしてこんなことに……
頭の中に最悪のケースが浮かぶ。
「テロ……」
「どうした。」
「びゃああっ!!」
突然、後ろから話しかけられ、ケロタンは飛び退いた。
「あ、あ……」
いたのは、アグニス……。ようやく会えてほっとする。
「何やってる。」
「て……テロが……。テロが死んで……」
「は?」
「だって、あれってそういうことだろ!?」
「…………。」
アグニスは廊下を走り回る何匹ものテロを見た。そして、溜息を吐いた。
「はぁ……。悪戯好きな幽霊がいるのかもな。」
「興味深いですね~。」
「え?」
アグニスの後ろからユタリが顔を出した。
「我らも中々探し物に辿り着けなくてな。
どうやらこの屋敷を根城にしている魔物が、住処を荒らされまいと邪魔をしているようだ。」
「魔物……? それが空間が不安定になった原因なのか?」
「いや……、とにかくまずはその魔物をどうにかしなければ、まともに調査ができない。
場所はユタリが特定した。地下だ。」
「地下……。やたら上に向かわせる階段が多かったのはそういうことか……。
ここから辿り着けるのか?」
「ユタリ、任せたぞ。」
「はい~。」
ユタリは返事をすると、頭に被っていたナイトキャップを取った。
すると、額になんと眼。彼女の第三の眼が隠れていた。
《ブォォォン……》
その眼がゆっくりと開き、妖しげな光を放つ。
「何だ……?」
「ユタリの能力だ。魔力のヴェールに隠れ、他者の知覚から逃れる。これで魔物は我々を見失った筈だ。」
「じゃあ、今の内に地下へ向かうのか。
テロはどうすんだ……?」
聞かれたアグニスは走り回るテロ達に目を向ける。
「あれを見ても、少し前までこの辺りにいたようだ。
我々と同じく上に追いやられているのなら、餌ではなく、天敵と認識されている。心配する必要はないだろう。」
「恐らく屋敷の中で迷わせて~、弱ったところで襲いかかるつもりなんでしょうね~。」
「成程……。やっぱり、幽霊なのか? その魔物。」
「ユタリ、説明してやれ。」
「ふふふ~、幽霊っていうのは~、厳密に言いますと~、死んだ本人とは別の存在なんですよ~。」
「ん、そういや、アグラン言ってたな。魔科学で扱う霊は、一般に知られているものとは異なるとか。」
「ええ、その人の~、死ぬ間際の強い思いに影響された大気中の
「形や思い……。」
「この規模のものは中々ないがな。」
「え?」
「屋敷だ。この場所は単なる記憶に過ぎない。
だからおかしなことが起きるとしたら、大方、魔物の仕業だ。」
「悪霊というやつですね~。霊が負のエネルギーを大量に帯びることで魔物になる。
ダンジョンで死亡した冒険者は、無念の死ということもあって、やはり生み出しやすいですね~。」
「う~ん……。この屋敷はまだ大丈夫なのか?」
「…………。魔物に支配されつつある。
だが、元の状態を維持しようとする動きが見られる。」
「相当、未練を残して死んだ奴がいるってことか……。この場所に……」
一体何があるというのだろうか……。
◆ 霊界の屋敷・1階・地下室前 ◆
「ここです~。」
話しながら1階まで戻り、ユタリが見つけたという地下への入り口までやってきた。
「何か置いてあるぞ。」
魔法陣の光る扉の前に、5体の人形の乗った台。
ケロタンは、しゃがんで観察する。
左から耳、口、足、手、目――。体の一部分が欠損していた。
「封印か。
仕掛けを解かなければ、先には進めないな。」
アグニスは壁にライトを当てた。
すると、赤い文字がそこに浮かび上がる。
「……。」
「何だこれ?」
「屋敷の主の趣味とは思えんな。」
「例の悪戯好きな幽霊の仕業か?」
「はぁ……。」
アグニスは台に近付き、その内、1体の人形の頭を掴んだ。
《ボゥッ……》
そして、燃やす。
それは決して間違いないだろうという自信の表れ。
「…………。」
結果は言わずもがな。
扉の魔法陣が消えたのを確認したアグニスは、開いてその先へ進む。
「う~ん……イタズラ……え?」
◆ 霊界の屋敷・地下 ◆
「魔物の気配が近いですよ~。この下です~。」
ケロタン達はユタリを先頭に、地下へ続く長い螺旋階段を下っていった。
敵にこちらの存在は認識されていないが、先程のようにあらかじめ仕掛けられた罠には注意して。
「なぁ、さっきの壁に書かれてたこと気になるんだが……。ミューバス屋敷って……」
「ああ。どうやら屋敷の主の名のようだな。
確かにこの墓場の森には昔、魔科学者が住んでいたという話が資料に残っていたが……」
「それを早く教えてくれよ……。」
ケロタンは文句を垂れる。
「マグル・ミューバス氏~、一部では有名な方ですよ~。
私達が生まれる前~、霊界の研究中に起きた事故で、屋敷ごと行方不明に~。奥さんや子ども~、家族もそれに巻き込まれて~、後には何も残らなかったと聞きます~。」
「屋敷ごと……?」
「物質界での建物は消滅したと見ている。研究資料も消えた為、はっきりしたことは分からない。
ただ……、禁忌に触れた者は皆、哀れな末路を迎えるもの。未練の大きさはこの屋敷からよく伝わってくる。」
「…………。」
禁忌……。
こんな場所でする研究といったら、やっぱそういう方向だよな……。
「もし本物の屋敷と同じなら、何か手掛かりが残ってるんじゃないか?」
「我々はそれを探している。」
…………。そうか。
確かここに来た目的は、行方不明者の捜索だったような気がするが……
「ん……?」
ケロタンは階段の途中で立ち止まり、少し考え込む。
「どうした?」
「う~ん……。」
頭の中でこれまでのことがぐるぐると回る。上手く言葉にはできないが、何だか妙な違和感がある。
「なぁ、ちょっと一つ確かめてもいいか?」
「何を――」
「《ケロダン》!!」
ノータイム。
ケロタンは突如、アグニスの顔面に向けて光球を放つ!
《バァァァン!!》
「きゃあ~~!」
爆発――
アグニスの首が吹っ飛び、ユタリの気の抜けるような悲鳴が響き渡る。
「当たったか……!?」
首は階段の下へと転がっていき、残された胴体は青白い光に包まれ、壁の中へと逃げていく。
アグニスが偽物――! ということは当然……!
「《ケロソード》!!」
ケロタンは迷わず、ユタリに斬りかかった。
◆ 霊界の屋敷・3階 ◆
《ゴゴゴゴゴゴゴ……!》
「…………。」
突然、床が揺れ始め、アグニスは机の上の本から目を離す。
(この乱れ……始まったか……)
既に行方不明者は見つけ、家に帰した。
彼らは魔物の餌食にならず、しぶとく生き残っていたが、ケロタンとテロはどうだろうか。
アグニスは黒い
(
最期の願い、か……。
ミューバスも厄介なものを