ケロタン:勇者の石+5
◆ ダイバーシティ・上空・アドメートス三号内 ◆
「ふー、お仕事完了。一時はどうなることかと思ったなー。」
高度を上げ、安全圏に入ったところで一息つくレッドキャッツ。
今回は強力な新兵器を投入したこともあり、あのにっくきピンクの警殺にアドメートスが壊されることは避けられた。つまり、大幅黒字だ。
「さて、一応確かめておかないと。」
今回のクライアントはどうも得体が知れない。本来ならもっとスマートにやるところだが、色々と無茶な注文付けてきたし、さっさと終わらせて関係を切りたかった。
レッドキャッツは金庫破りの為の装置を取り出すと、機密情報の入っているとされる金庫に取り付ける。
だが――
その瞬間、金庫の蓋がパカッと開いた。
「あれ? まだボタンを押して……ない。」
中に入っていたサボテン族の人形と目が合う。
「ふにゃッ!!」
違う! 人形ではなくテロだ!
彼の唐突に放った拳がレッドキャッツの顔面を捉え! そのまま彼女は目を回してしまった……。
「はっ……! ど、どうしよう。僕、女の子を殴っちゃった……。」
《でかした! テロ! 早くその機械、下に下げてくれ!》
冷静に戻り、慌てるテロだったが、ケロタンからの通信が入り、仕方なく操作パネルの前に立つ。
「あの。どうやればいいの……。」
《俺も分からない。適当にいじってくれ!》
その後、少し手間取ったが、アドメートス三号をドローンの飛行可能範囲にまで降下させることができた。
ケロタンはテロの適当な操作により、パカパカと開いていた下部のポケットから中へと侵入する。
「ふー、上手くいったな。」
テロの体の小ささを活かした作戦、しかも警殺に詳細を共有せず実行したことで、怪盗レッドキャッツを完璧に欺くことができた。
やっぱアグニスの名前って便利だな~。割と無茶が通るし。
エグリィには後でブチ切れられるかもしれないが。
「おっ。」
伸びているレッドキャッツを発見したケロタンは、端末のカメラを起動する。
《カシャ》
「ん、何やってるの? ケロタン。」
「いや、怪盗の素顔撮影しておこうと思って。」
《ピピピピピピピ!!》
そんな時だった。ケロタンの端末にアグニスからの電話がかかる。
《ケロタン、今、何処だ?》
「ん? ダイバーシティの上空。レッドキャッツの出してきた猫型ロボットの中。
後は下に降りて、レッドキャッツを――」
《そいつのことは後回しでいい。単なる陽動だ。
そろそろ――いや、もう始まっているか。》
「え?」
◆ ラインド大陸・中央エリア・某工場前 ◆
数分前――
「ああ、そうだ。
轢き逃げ犯を追って来たんだが、工場の中に逃げ込まれた。
至急、入口のセキュリティを切ってくれ、あいつ泥みたいに――」
《ズガァアアン!!》《ク・ズ・ゴ・ミ・ィ~!!》
「なっ……、何だ……!?」
警殺車両・ケイバツから降り、とある車工場の前で関係者と連絡を取っていたメッタギリィ。
彼は突然、大爆発を起こした工場の前で呆然とする。
「何だありゃ……」
一台の巨大な車両が飛び出し、木々を倒しながらダイバーシティの方角に向けて走っていくではないか。
「まさか……」
はっとしたメッタギリィは、すぐにケイバツの中に戻り、アグニスに電話をかけた。
◆ ダイバーシティ・上空 ◆
「ええ~、緊急ニュースです! ダイバーシティの上空よりお届けしています!
数分ほど前、街に突如現れた巨大な車……?が、他の車やビルの一部を飲み込みながら、巨大化を続けています!」
報道ヘリの中で必死に実況をする、テレビ局のリポーター、ピーペ。
その後ろで、ケロタン達は地上の惨状を目の当たりにする。
《ク・ズ・ゴ・ミ・ィ~!!》
ビルに突っ込み、まるで生き物のようにそれを喰らう巨大な車。
その表面にはQooZ社のロゴが書かれており、53というナンバーも見える。
「新手の宣伝……な訳ないよな。」
「皆、大丈夫なの?」
ケロタンとテロの心配にはアグニスが答える。
《ダイバーシティ警殺が総動員で人命救助にあたっている。
私も近くにいるから問題ない。》
「そうか。で、あれは何なんだ?」
《恐らく、機械に寄生する魔物か――。
QooZ社の工場に侵入し、廃棄予定だった大量の車、及び廃棄物処理プラントと融合したらしい。
目に入ったものは何でもゴミと見なし喰らうだろう。》
「倒し方は?」
《内部の魔物本体を叩く。できるか?》
「当たり前だ。」
良い返事を返したケロタンは、早速、床で伸びているレッドキャッツに跨り、顔を数回はたいた。
「ん……んにゃ?」
「よう。目が覚めたか?」
「んにゃああ!! 変態っ!!」
「うるせー!! さっさと操作法教えね―と、その腫れた素顔ネットに晒すぞ!!」
その後、簡単な説明でアドメートスの操作方法をマスターしたケロタンは、内部に侵入する為、アドメートスを魔物に接近させていく。
沢山ある魔物の腕はクレーンのアームのようになっており、あれに捕まらないよう、行く時は一気に行くしかない。
「ちょっと! ほんとにあれと戦う気……!? てか、あれ何なの……!?」
「ん? クズが機械でプラントとかどうとか。」
「ちゃんと説明しろぉ!」
「そんな暇ねんだよ! めんどくせーなぁ!!」
レッドキャッツと言い争いながら、ケロタンは魔物の上でアドメートスを停止させた。
「頑丈そうだからしばらく持つだろ。このまま行くぞ!」
魔物の口に突っ込もうと、操作パネルに手を伸ばす。
しかし、そこでレッドキャッツに手を掴まれた。
「あぁ?」
「やっぱりナシ! 万一、壊れたらどうしてくれんの!?」
「放せよ、また作りゃいいだろ!」
「だーめーにゃー!! 前金が吹っ飛んだら、今月の家賃が――」
「ク・ズ・ゴ・ミ・ィ~!!」
言ってる間にも、魔物はビルや車を食べ、巨大化を続ける。
「ほら、急がねーと……! あ?」
その時、ケロタンは目にする。屋根に小さなトゲの付いた車が、魔物の口の中に放り込まれていくのを。
「ぎゃああああ!! 俺のレンタカー!!」
「うっさい! あんな安物どうでも――!!」
「う・る・せ・ぇー!!」
「ぷぎゃあッ!!」
ケロタンの拳が炸裂し、レッドキャッツは再び気絶!
「テロ。突っ込んだ後、アドメートスの操縦は任せるぞ。危なくなったらすぐに逃げろ。」
「あぁ、うん!」
テロの感覚も良い感じに麻痺してきたようで、あんまり頭が回ってなさそうな顔をしている。
「よし、今度こそだ!」
ケロタンが両手でパネルに触れると、アドメートスの目が光輝き、魔物へと突進を始める!
《ネコマンマー!!》
《ク・ズ・ゴ――!!》
魔物のギザギザの歯に挟まれ、停止するアドメートス。
ケロタンは耐えている内に、下部のポケットから外に出て、魔物の口の中へと侵入を果たす。
「あっつ!!」
廃棄物処理プラントと融合しているだけあって、中は高温に包まれていた。
見ると、下の方ではバラバラに砕かれ、鉄クズとなった車が熱で溶かされ、ドロドロになって溜まっている。
(本体は何処だ……?)
あちこちでそれっぽいものが動いていて、何処を攻撃すればいいか分からない。
《ゴゴゴォォォン……!!》
「おっと……!」
魔物がまた動き出したようで、全体が激しく揺れ動く。
ケロタンは姿勢を低くし、何とか落下を免れた。
あんなマグマみたいな場所に真っ逆さまは洒落にならない。
「……とにかく、怪しい場所は全部破壊だ。」
ケロタンは四方八方に《ケロダン》を撃った。
しかし、それは魔物を怒らせる結果にしかならず――
《グオォォォン……!!》
「え……!?」
下の方からドロドロになった鉄が上がってくる。
「うぉい!! それはヤバいって!!」
ケロタンは大慌てで口の方に戻る。
だが――、そこは既に閉じていて、脱出不可能になっていた。
「え、あれ? テロ、もう逃げちゃった!?」
怖くなったのか。レッドキャッツが目を覚ましたか。
危なくなったらすぐに逃げろなんてカッコイイこと言うんじゃなかった……。
まぁ、後悔しても仕方がない!
「《ハイパーケロダン》!!」
ケロタンは両手を重ね、渾身の一撃を魔物の口に向かって放つ!
《ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!》
しかし、傷一つ付かない!
もたもたしている内に、ドロドロになった鉄がすぐ後ろにまで迫ってくる!
「ぎゃあぁー!! 誰か助けてぇー!!」
情けない悲鳴を上げたその時――!
「うらあァァ!!」
ドリルが魔物の口を貫き、ピンクの影がケロタンを抱え、外へと脱出する!
その後、ドロドロに溶けた大量の鉄が魔物の口から噴き出した。
「間一髪……だったみたいね。」
「ん。ああ……エグリィか。助かっ……」
目の前ではドリルが高速回転しており、まだ生きた心地はしない。
「雑魚の一般人はすっこんでなさい。メッタギリィ先輩が来てるんだから。」
「うう……。」
エグリィに踏みつけられ、確保されてしまったケロタンは、近くのビルの上にアグニスを見つけ、悲しみの視線を送る。
「はぁ……。やっぱり、駄目か。」
アグニスは溜息を吐き、電話越しにメッタギリィに話しかける。
「仕方ない。
メッタギリィ。
《その言葉、待ってたぜ!》
通話の切れた後、ビルの陰からケイバツが現れ、猛スピードで巨大な魔物へと向かっていく!
《ク・ズ・ゴ・ミ・ィ~!!》
気付いた魔物はクレーンのアームのような腕を次々と伸ばす!
しかし、突然跳ね、それをかわすケイバツ!
宙で高速変形し、両手に刀を持った人型ロボットの姿で地面へと着地する!
「なっ、何だあれ……。」
上空からその光景を見たケロタンは絶句する。一方、エグリィは達していた。
「……。問題無いようだな。」
アグニスは出来に満足する。
ケイバツ・エグゼキューショナーモード。
対魔物用の戦闘形態だが、あまりにも強力過ぎるのと、生身で十分な相手ばかりということもあり、これまで使用許可は出さなかった。
《さぁ、一撃で決めてやる。
刀を構え、大きく跳躍するエグゼキューショナー。
「あああー!! 待ってくれ、メッタギリィ! 俺の分も少し残し――」
「黙ってろ!! この馬鹿!!」
《
舞い上がったエグゼキューショナーが魔物に向けて青く光る斬撃を放つ!
《ク……ズ・ゴ……ミィィィ!!》
強大なエネルギーを叩きつけられ、押し潰されていく魔物。
ケロタンもあまりの眩しさに目が潰れそうになる。
悔しいが、メッタギリィ達に憧れて編み出した新必殺技《ケロソード》の完全上位互換だった……。
目を開けた時には、魔物は真っ二つ。恐らく、本体も逝ったことだろう。
「はぁぁ♡ メッタギリィ先輩、流石です!」
「なぁぁ、そろそろ下ろしてくれぇー!」
◆ ダイバーシティ・某ビル・屋上 ◆
「随分と遊んだものだな。アグニス。」
「ん。」
ビルの上から一部始終を眺めていたアグニスの元に、何者かが近付く。
「キングタン。帰っていなかったか。」
「当たり前だ。私がお前を監視すると言ったのを忘れたか。
それに、今日はXデーだ。」
キングタンはアグニスの横に並び立ち、変形したケイバツを眺める。
「ふん。あんな隠し球があれば、その余裕も当然か。」
「…………。
遊んでいた訳ではない。若者に機会を与えるのは、年長者の務めだろう。」
「死にかけていたようだがな。」
「犠牲者第一号が生まれると期待したか?」
「…………。
お前があんな雑魚を使って何をしようとしているのか、皆目見当がつかんが……。」
キングタンは跳躍し、手すりを飛び越える。
「あの魔物の残骸は我らが回収する。いいな?」
「好きにしろ。」
アグニスはキングタンの後ろ姿を見送る。
その直後――
「ぐえっ!!」
ケロタンが落下してくる。
「ん。平気か?」
「いてて、今、どうなってる?」
「掲示板が面白いことになってるかもな。」
アグニスにそう言われたので、ケロタンはすぐにDちゃんねるの書き込みを確認した。
「あ? 何だこれ?」
見出しには、"《朗報》警殺さん、レッドキャッツと共闘してしまう"と書かれている。
「どうやら皆、レッドキャッツと警殺が協力して魔物を倒した、と勘違いしているようだな。」
「え、俺は?」
「別にここで目立つ必要はないだろう。」
「まぁ、そうだけど……。」
ケロタンはがっくりと項垂れる。
「あ、そうだ。テロを迎えに行かなきゃ。」
「私はここでもうしばらく後処理を手伝う。
分かってると思うが、まだ気は抜くなよ。」
「おう。」
「…………。」
ケロタンが去った後、アグニスは再び眼下の景色を見つめた。
そこではキングタンが部下に指示を出し、魔物の残骸の回収を急がせている。
(………………哀れだな。)
アグニスは目を閉じた。
(お前が何をしようと、誰が何をしようと無駄だ。)
既に
豊かな環境――
安心・安全な暮らし――
もしそれらを良いものだと本気で考えているのなら、いずれ破滅することになる。
アグニスは天を見上げた。
(我々は沈むべきではない。
困難と戦いながら、上へ上へと昇っていかなければ……)
そう、例え、人生を全て捧げてでも――
(私は、そうした先にある世界が見たい。)
果たしてそれは
それとも、
(第6話 End)