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『ケロタン』第5話「サボテン王子の帰還」(3/3)

ケロタン:勇者の石+5

 

 

 「うおっとん!!」

 

 突然、背後より長槍を突き出され、思わず変な声が出てしまうケロタン

 彼はその凶器を体を大きく捻ってかわし、地面に手を突きながら素早く兵士との距離を取った。

 

 (何だ一体……!?)

 

 あれお~れ~……。」

 「……!」

 

 様子がおかしかったので警戒していたが、正面から見ると明らかに普通の状態ではないと分かる。

 サボテン族の兵士は、まるでサーチライトのように口と目を光らせていて、フラフラとした足取りで、こちらに近付いてくる。

 まるで何かに操られているみたいだ。

 

 「あれお~れ~……!」

 「くっ……。」

 

 安易に反撃する訳にもいかず、ケロタンは走り出した。

 とりあえず、この腹の痛みを何とかしなければまともに思考ができそうにない。

 

 (と、トイレは……!?)

 

 走りながら、それらしい部屋を探す。

 突き当たりを曲がると、左右に幾つかの部屋があり、恐らくそれらのどれかが目的の部屋だと思われた。

 しかし、廊下の途中に別の兵士。今度は二人。またしてもこちらに背を向け、俯いている。

 

 「おっ、おい! お前ら――」

 

 ケロタンが片手を前に出し、呼びかける。

 すると二人は反応し、ゆっくりと……、振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「アレオ~レェ~!!」」

 

 「ぬぐっ。」

 

 後ろの兵士と同様、その二人の目と口はサーチライトの如き、オレンジ色の輝きを放っていた……!

 挟み撃ちにされ、立ち止まるケロタン

 

 「あれお~れ~。」「あれお~れ~。」「あれお~れ~。

 

 「お前ら……いいのか? 仕事サボって。サボテンだけに。」

 

 テンパり過ぎてクソみたいなギャグを漏らした。

 当然通じる訳はなく……。

 

 「アレオ~レ~!

 

 「くっ……!」《ガキィン!!》《ガキィン!!

 

 振り回された槍をバリアでガードする。

 一緒に戦った時よりも武器の扱いが滅茶苦茶で、全く動きが読めない。厄介だ。

 

 《ガキィィン!!》《バァン!!

 

 しかし、丁度攻撃が重なったタイミングでケロタンは光球を放ち、兵士の槍を弾き飛ばすことに成功。

 包囲から抜け出したケロタンは、急いで適当な部屋に転がり込む。

 

 「はぁ……はぁ……。」《ゴゴゴゴ……》

 

 近くにあった棚を動かし、扉を塞ぐ。

 

 「あれお~れ~。」 《ガキィン!

 「あれお~れ~。」 《ガキィン!

 

 破られるとは思えないが、長槍の音がやまず、外には出られない。

 

 《ぐぎゅるぅ……

 

 しかし、ケロタンの腹の中のものは外に出たがっていた。

 

 (ここは……。)

 

 何かないかと部屋の中を腕の発光で照らし、見回す。

 すると、どうやらここは倉庫らしく、辺りには別の棚や木箱が沢山あった。

 奥に歩いていくと、幸運なことに、床石の1つが外れかかっており、ケロタンはそれを取って、下の地面に穴を掘った。

 

 「ふぅ。」

 

 そして素早くトイレを済ませる。

 ケツはアグニスから貰った水で洗い流し、その流れで一応、整腸剤も飲んでおく。

 

 (よし――)

 

 出すものを出したことで少し楽になり、ケロタンは外に面した壁に手を突いた。

 槍の音はまだ響いている。

 

 「《ケロブラスト》!」

 

 《バコォオン!!

 

 発光した片腕が壁に突き刺さり、爆発。

 通れる程の穴が空き、ケロタンはそこに体を滑り込ませ、外へと脱出した。

 

 「ふー……。」

 

 そして、一旦、心を落ち着かせる。

 

 (何なんだあいつらは……。)

 

 まるで悪い夢のようだ……。

 しかし、拳の痛みは本物で、これが現実であると思い知らされる。

 

 (嫌な予感が当たっちまったか……。)

 

 ケロタンは顔を上げ、城の方を見た。

 何かヤバいことが起こってるのは明らか。

 急いでアグランにこのことを伝えたいが、それよりも……。

 

 (テロは……。)

 

 テロの部屋は、玉座の間と同じ三階にある。

 ケロタンは手遅れでないことを祈りながら、砂の城の外壁に手をかけた。

 城を登るのはこれが初めてではないので、彼は慣れた手つきでスイスイと三階まで上がっていく。

 そして、壁の隙間からテロの部屋へと入った。

 アグニス城と違って窓が無い為、侵入は容易。

 

 「テロ。おい、テロ……!」

 

 硬いベッドの上で寝そべっていたテロを叩いて起こす。

 

 「う……うん? 何……?」

 

 眠たそうに目を擦りながら、ケロタンの方へ顔を向けるテロ

 

 「ケロタン? どうしたの?」

 「えっと、なんていうか……。やっぱりテロが起きてるみたいなんだ……! 早く逃げるぞ!」

 「え? うん。起きてるけど……。」

 「いいから、来てくれ!」

 

 軽く混乱しながらも、テロの手を引っ張り、壁の穴から外に出ようとするケロタン

 

 「え、ま、待って! お父さんは!?」

 「おっと、そうだ。」

 

 ケロタンは一旦、テロの手を離し、部屋の扉へ向かう。

 

 「ここで待っててくれ。連れてくるから。」

 「なら、僕も行くよ!」

 

 ケロタンのただならぬ様子に色々と察したのか、後をついてくるテロ

 嫌な予感がしたが、揉めている時間は無く、ケロタンは仕方なく彼の同行を許した。

 

 ◆ 砂の城・王の寝室 ◆

 

 《ガコッ》「デーロ王……!?」

 

 重い扉をスライドさせ、王の寝室へと入る二人。

 そこには比較的重厚感のあるベッドの上に寝そべるデーロの姿があった。

 何処にも異常はない。どうやら敵はまだここまで来ていないらしい。

 

 「おい、デーロ王……! 起きろ……! 起きてくれ……!」

 

 ケロタンはベッドの上で、デーロ王の体をぺちぺちと叩く。

 

 「んむむ……。」

 

 だが、唸るだけで起きる気配はない。

 

 「起きろぉ……!!」

 

 ケロタンの手が激しくなり、デーロの体をビンタしまくる。

 

 「あ。お、お父さん。一度寝ると中々起きないんだよ。」

 「は!?」

 

 初耳だった。

 

 「仕方ない。運んでくぞ!」

 

 ケロタンは両手でデーロの体を掴んだ。

 

 「ぬおおお!!」

 

 そして全力でデーロの体を持ち上げる。

 かなり重いが無理ではない。体を鍛えていて良かった。

 

 「よし、これで……。」

 「わぁー!!」

 

 ――が、寝室から出ようとしたテロが叫び声を上げた。

 

 「ど、どうした?」

 

 玉座の間に何かあったのか。

 デーロを持ったまま移動するケロタンは、遅れてその光景を目にする。

 

 「!?」

 

 「あれお~れ~。」「あれお~れ~。」「あれお~れ~。

 「あれお~れ~。」「あれお~れ~。」「あれお~れ~。

 

 そこには六人のあれお~れ~ではなく、兵士が居た。

 全員、目と口が光っており、ふらふらとこちらに向かってくる。正気でないのは明らかだ。

 

 「み、皆どうしたの……!?」

 「もう来ちまったか……仕方ない。」

 

 ケロタンは一旦、デーロをその場に置き、廊下に面した壁に手を突いた。

 

 「テロ、岩の壁であいつらを止めてくれ!」

 「う、うん!」

 《ゴゴゴゴン!!

 

 テロケロタンの指示に従い、《ストーンウォール》で兵士の進行を食い止める。

 

 「「あれお~れ~!」」《ガキィン!》《ガキィン!

 「「あれお~れ~!」」《ガキィン!》《ガキィン!

 

 沢山の長槍が岩の壁に突き刺さる。しかし、テロの《ストーンウォール》は割と頑丈で、すぐに壊されることはなさそうだ。

 ケロタンは安心して壁の破壊に取りかかる。

 

 「《ケロブラスト》!」

 

 《バコォン!!

 

 拳が壁に突き刺さる。

 だが、先程と違い、一撃で壁は崩れなかった。

 流石、王座の間。作りが頑丈だ。厄介なことに。

 

 「アレオ~レ~!

 「あっ!」

 

 その時、テロが声を上げた。

 後ろを見ると、兵士の一人が岩の壁を乗り越えていた。 

 《ロダン》を撃とうと思ったが、間に合わず、兵士がこちら側に侵入してきてしまう。

 恐らく、折り重なった兵士の体を登ってきたのだろう。油断した。

 

 「アレオ~レ~!

 「ひいいっ!」

 

 恐怖で防御の姿勢を取るテロ

 

 「…………!」

 

 だが、この時ケロタンの勘が接近を許すなと告げる。

 

 「《ロダン》!」

 

 《バァアン!!

 

 光球をぶつけて兵士を壁際まで吹っ飛ばす。

 

 「アレオ~レ~!?

 「テロ! 壁を出してくれ!」

 「《ストーンウォール》!!」

 

 《ゴゴン!!

 

 テロが新たな壁を出したことで、侵入してきた兵士は閉じ込められた。

 だが、あまり多くの壁を長く出し続けていれば、テロが消耗してしまう。

 兵士が集まればまた突破されるだろうし、急いで壁を砕かなくてはならない。

 

 「《ケロブラスト》!」

 

 《バコォン!!

 

 《バコォン!!

 

 《バコォン!!

 

 《バコォン!!

 

 《バコォン!!

 

 《バコォォオン!!

 

 何発も放ち、ようやく崩れる玉座の間の壁。

 

 「ん……おお?」

 

 そして、丁度良いタイミングでデーロは目を覚ます。

 

 「お父さん!」

 「テロ、これは一体……!?」

 「詳しく説明してらんねぇ! とにかくテロが起きてるんだ! 

  早く逃げるぞ!」

 

 「え、な、何で?」

 

 テロと破壊された壁を見ながら、デーロは困惑するのだった。

 

 ◆ 砂の城・三階廊下 ◆

 

 廊下に出たケロタンは、どう脱出するかを考える。

 兵士が三階まで来てるということは、下の階は既に駄目だ。

 やはり部屋の壁に空いてる穴から外に出るのが一番か。

 

 「あの、アグニス様は大丈夫なのですか?」

 

 デーロが聞いてきたので、ケロタンはすぐに答える。

 

 「大丈夫だ。多分な。」

 

 アグランは、何が起こっても大丈夫な準備・・・・・・・・・・・・・をしたと言っていた。

 ならば心配する必要はない。それどころか、この状況を解決できる筈だ。

 だからこっちは言われた通り、自分ができることを自分らしくやるまで。

 

 「とりあえず、その辺の部屋の穴から――」

 

 「「アレオ~レ~。」」「「アレオ~レ~。」」

 

 「!?」

 

 言いながら適当な部屋に入ったケロタンは、外からあの気味の悪いくらい高い声が聞こえてきたことでぎょっとする。

 

 (まさか……。)

 

 恐る恐る、壁の穴から顔を出して外の様子を確認すると、下には大量のサボテン族ひしめき合っていた。

 子どもから大人まで、目と口が光って……、全員ふらふらと揺れ動きながら、こちらを見ている。

 また、口からはあの呪文のような不気味な言葉。

 

 「あれお~れ~。」「あれお~れ~。」「あれお~れ~。

 「あれお~れ~。」「あれお~れ~。」「あれお~れ~。

 

 「ケロタン、どうしたの……!?」

 

 背後からテロが不安な表情で尋ねてくる。

 

 「すげぇ、お祭り騒ぎだ。邪魔しないでおこう。」

 

 ケロタンは冷や汗をかきながら廊下に戻った。

 ――が。

 

 「あれお~れ~。」「あれお~れ~。」「あれお~れ~。

 「あれお~れ~。」「あれお~れ~。」「あれお~れ~。

 

 祭りは大盛況だった。

 廊下の左右から兵士や、それ以外のサボテン族も押し寄せてきている。

 

 「うおーっ!」

 

 ケロタンは急いで扉を閉め、離れた。

 運悪くこの部屋には扉を塞げそうな家具が無く、破られるのは時間の問題だ。

 いや、自分一人なら脱出は簡単だが……。ここでテロを見捨てることなんて、とてもできない。

 

 (どうする……!?)

 

 そこで、ケロタンは良い案を思い付く。

 

 「テロ! 壁に壁を生やせば足場を作れるよな!?」

 「あっ、うん……! できるよ!」

 

 テロケロタンに言われた通り、壁に足場を生やし、その上に下りた。

 

 「あれお~れ~。」「あれお~れ~。」「あれお~れ~。

 「あれお~れ~。」「あれお~れ~。」「あれお~れ~。

 

 「うう……。」

 

 そこで恐ろしい群衆を見てしまい、足が震えるテロ

 

 「テロ、今はあまり考えるな。

  冒険ランドの時みたいにアグランがきっと何とかしてくれる。」

 「うん……。」

 

 更に足場を作り出し、進んでいくテロ

 それを確認したケロタンは、デーロを連れ、彼の作った足場へと下りた。

 

 「アレオ~レ~!

 

 部屋に入り込んだサボテン族が追ってくるが、その時にはもう真下の足場は消えており、外に出たサボテン族達は群衆の中に落ちていく。

 

 「アレオ~レ~!

 

 「ふー……何とか助かったな……。」

 

 狭い足場で一息つく三人。

 

 「これは……まさか、クーデターなのか……。」

 

 下を見たデーロがわなわなと震えながら呟く。

 

 「違う。絶対にテロだ。」

 「僕じゃないよ!」

 「ぬがぁー!」

 

 ケロタンは頭を抱える。

 頼みの綱はアグランだけだった。

 

 (アグラン、早く何とかしてくれ……。)

 

 あれお~れ~……。

 

 「っ!?」

 

 すぐ近くで声がしたことで、ケロタンは立ち上がり、周囲を警戒した。

 まさかそんな、空を飛んでくるなんてことは……。

 

 「あれお~れぇ~……。

 

 あるみたいだった。

 オレンジ色に発光している、姿がサボテン族に似た幽霊みたいなのが下の方からふわふわと浮かんできた。

 そして、それは自分達の目の前で止まる。

 

 「アレオ~レ~!!

 「《ロダン》!!」

 

 こちらに飛んでくるサボテン族の霊に、素早く光球を放つケロタン

 だが、はその攻撃をひゅいっとかわし、テロ目がけて飛んでいく!

 

 「やばっ――」

 「テロォ!!」

 

 「!」

 

 テロを庇い、前に出たデーロの体が、オレンジ色の幽霊と重なり、発光……!

 

 「う……うう……。」

 

 ふらりとよろめき、その足が宙を踏む。

 

 「お父さん!!」

 

 テロは手を伸ばす。

 だが、その短い手が父の体に触れることはなかった。

 彼は足を踏み外し、群衆へと落ちていく。

 

 「あれお~れ~!」「あれお~れ~!」「あれお~れ~!

 「あれお~れ~!」「あれお~れ~!」「あれお~れ~!

  

 落ちたデーロに一斉に群がるサボテン族

 狂ったように集まり、山のようになる。

 そうして彼の姿はすぐに見えなくなり、テロの表情が恐怖に歪んだ。

 

 「あ……、ああ……。」

 

 「……! テロ、あそこだ! 辛いだろうが、走れ!!」

 

 絶望しかけるが、ケロタンの声を聞き、彼の指差す方向を見るテロ

 デーロサボテン族達が集まったことで、群衆に切れ目ができた。

 あそこに下りることができれば、この状況から脱出できる!

 

 「アレオ~レ~!!

 

 目と口を光らせ、叫ぶデーロ王

 それを尻目に、テロは涙を呑んで走った……!

 

 (お父さん、必ず助けるから……!)

 

 そう固く誓って。

 

 ◆ サボテン王国・城下 ◆

 

 《バシュッ! バシュッ!

 

 道中にいるサボテン族を弱めの《ロダン》で蹴散らしながら進むケロタン

 暗闇で光っているし、声も大きいので接近には気付きやすいが……。

 既にサボテン王国の住民全てがこの状態なのか、テロ以外に目と口の光っていないサボテン族は一人もいなかった。何処に行っても追いかけ回される。

 

 「はぁ……はぁ……はぁ……。」

 「テロ、大丈夫か……!?」

 

 走り疲れたのか、民家の壁にもたれかかり、荒い息を吐くテロ

 

 「大丈夫……。まだ……、走れるから。」

 「水飲むか?」

 

 ケロタンは虚空からペットボトルを取り出した。

 アグニスに渡された水がまだ少し残っていたので、それをテロに飲ませる。

 

 「ん……ん……。」

 「…………。」

 

 あちこちで物が倒れ、民家の壁は崩れ、一部では火がつき、まるで本当のクーデターが起きたかのように、王国内は荒れまくっていた。

 

 普通なら絶望してもおかしくない状況――。

 

 だが、アグニスの存在と、その言葉が、ケロタンテロに奇跡を信じさせた。

 二人は僅かな休憩の後、再び走り出す。

 家の中に隠れ、屋根の上を移動し、住民達の追跡から逃れる。

 

 そうして、彼らはようやくサボテン王国中央広場まで辿り着く。

 

 そこに、は居た。

 

 「アグラン!」

 「来たか……。」

 

 振り返るアグニス

 彼は目と口を光らせながら狂ったように突進してくる大量のサボテン族と交戦中であった。

 

 「あれお~れ~!」「あれお~れ~!」「あれお~れ~!

 「あれお~れ~!」「あれお~れ~!」「あれお~れ~!

 

 「アグラン! 何なんだこいつらは!?」

 「感染者だ。」

 「感染……!?」

 

 それはやっぱり映画とかでよくあるあれか。何とかハザード的なあれなのか。

 

 「あいつらに取り憑いているのは、サボゥテルと名付けられた魔物だ。

  あれはウイルス系ゴースト系魔物の合成体。

  その為、ウイルスは遮蔽物を貫通し、襲い来る。ただし、遠くまでは飛べない為、一定の距離を保っていれば安全だ。

  もっと言えば、サボテン族のみに憑依・感染するタイプで、私と、ケロタン、お前に危険はない。」

 

 やけに詳しいアグニス

 

 「でも、さっきオレンジ色の霊みたいなのが飛んできたんだが……!」

 「……。流石ウイルスの特徴を受け継いでいるだけのことはある。

  もう変異したか。」

 

 「「「アレオ~レ~!!」」」

 

 「うっ。」

 

 城の方にいたサボテン族もこちらに向かってきている。

 あんな大群からテロを守り切れるのか……。

 アグニスが傍にいても、ケロタンの不安は膨らんだ。

 

 「群衆に気を取られている場合ではないぞ。

  あれを見ろ。」

 

 《シュウウウウウウウウゥゥ……!

 

 「何だありゃあ……。」

 

 群衆の真上。

 宙にオレンジ色の液体のようなものが集まり、どんどん大きくなっていく。

 あれはさっき見た霊か……? いや、違う――。

 

 「アレオ~レ~!!

 

 

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 それは――巨大な塔であった。

 天辺には太陽のような顔、真ん中には仮面のような顔が付いており、左右には腕のようなものが生えている。

 これがアグニスの言っていた変異という奴なのか。

 

 「……もうここまでのものになるとは、恐ろしいスピードだな。」

 

 アレオ~レ~!!

 

 瞬間――。

 

 《コオーッ!!

 

 塔となったサボゥテルの体が眩い輝きを放つ。

 そしてそれを目にしたケロタンテロ

 彼らは全身の機能が停止するのを感じた。

 

 (…………っ!)

 

 「《サンヴォイド》!」

 

 《シュパアッ!!

 

 ――が、アグニスに何かの魔法をかけられ、すぐにその感覚は消え去る。

 

 「俺……、今死にかけた気がする……。」

 「直視した者を死に至らしめる光か。中々、面白い。」

 「面白がってる場合か!?」

 

 危うく死ぬところだった。

 

 アレオ~レ~!!

 

 「この野郎……!」

 

 ケロタンは怒りに任せて《ロダン》を放った。

 しかし、その光球はサボゥテルの体を傷付けることなく吸い込まれ、消えてしまう。

 

 「あれ……!?」

 「まぁ……物理攻撃は通らず、魔法攻撃は吸収されるな。」

 「それ無敵じゃねーか! どうやって倒すんだ!?」

 

 ケロタンアグニスを見る。

 

 「いや……、倒すのは簡単・・・・・・だ。」

 「は!?」

 

 アグニスは前へ出る。

 

 「完璧なものなど存在しない。必ず何処かに弱点はある。

  そして、私はそれを知っている。

  方法はある。

  だが――。」

 

 「何だよ、もったいぶらずに使ってくれ!!」

 

 「――敵の目的はそれだ。」

 

 「え!?」

 

 「私にその方法・・・・を使わせ、魔物を倒させる……。

  それこそが今回の敵の狙いだ。」

 

 つまり、"罠"ということなのか。

 

 「でも、他に方法がないんだったら……。」

 「ああ。……分かっている。」

 

 アグニスは目を瞑り、俯く。

 

 「だからテロ……。聞かせてほしいことがある。」

 

  アレオ~レ~!!

 

 魔物の体が再び輝き、真ん中の仮面部分から太い光線が放たれる!

 

 「《プリズム》。」

 

 《キイィィィン!!

 

 それをアグニスの作り上げた魔法の障壁が弾く。

 

 「戦争は確かにあった。

  あの魔物がその証明と言ってもいいだろう……。」

 

 「…………。」

 

 戦争…………。

 

 「このようなことは何度もあった。

  何度も繰り返された。

  その結果――絶滅した種族もいる。」

 

 「…………!」

 

 あまり考えたくはなかったが、そういったこともあったのか……。

 

 「テロ。お前に向き合う覚悟はあるか……?

  この大陸において、過去から現在、サボテン族が日の目を見たことはない。

  それでもお前は、この世界で生きていきたいと思うか……?

  この世界を愛せるか……?

  お前は、どんな未来を望む……?」

 「未来……。」

 

 テロは顔を上げた。

 アグニスは障壁を維持しながら、無言でこちらを見つめ、答えを待っている。

 

 「僕は……。」

 

 魔物を見て、心が恐怖に埋め尽くされそうになる。

 

 テロ……!」

 

 それを感じ取ったケロタンは、テロに声をかける。

 

 「……周りに反対されても、どうしても叶えたい願いがあるんだろ?」

 「…………。」

 

 願い……。

 

 「今すぐ叶えられるものじゃなくてもいい。

  もし、願いが叶うとしたら、お前は何を願うんだ?」

 

 「…………。」

 

 テロは目を瞑った。

 そして己の中に差した一筋の光を掴む。

 

 (僕は……。)

 

 体の震えを抑え――、逃げ出そうとする心を抑え――、は立ち上がった。

 その顔つきが、怯えから真剣なものに変わっていく。

 

 「僕が王になったら、戦争にも差別にも負けず、皆が幸せに暮らせるような……!

  そんな国を作っていきたい!

  サボテン族が……、サボテン族として生まれたことに誇りを持てるような……!

  そんな世界にしたい!」

 

 「…………。」

 

 小さな種族、小さな国の中の、小さな王子の必死の訴え。

 アグニスはそれを受け、小さく頷いた。

 

 「…………分かった。」

 

 そして魔物に向き直る。

 

 「お前の、その覚悟に応えよう。」

 

 アグニスは目を見開き、腕を真っ直ぐとサボゥテルに向けた。

 そして――。

 

 「《ラーテル!!

 

 叫ぶと同時に、その手から白く発光する何かが放たれ、肥大化しながらサボゥテルに向かっていく。

 

 アレオ~レ~!!

 

 そして、その白い光はサボゥテル、及び群衆を包み込んで小さくなり、弾けた。

 

 《バァアアァアアアアアアン!!

 

 「うおっ!?」

 

 白い光がこちらに返り、ケロタンはあまりの眩しさに目を閉じた。

 

 「…………。」

 

 手をかざし、細く目を開けた先には、アグニスの後ろ姿。

 その威風堂々としたたたずまいを見て、ケロタンは思った。

 

 きっと……。

 

 この国は……この種族は、自分の身を削ってでも守る価値があると。

 そう思ってくれたに違いない。

 

 ……。いや、アグニスのことだ。

 何だかんだ、最初からこうするつもりだったのかもしれない……。

 

 ケロタンはこれまでのことを思い返す。

 

 一体、何処まで見通しているのか分からないが……。

 

 きっと……。

 

 きっと彼の目が、幸福な未来を映していることを願い、ケロタンは意識を手放した。

 

 「…………。」

 

 テロも同じようなことを思い、気を失う。

 

 「…………。」

 

 そして、光の中で一人になったアグニスは、静かに天を見つめた。

 

 (今はまだ……遠き場所。)

 

 「――――」

 

 

 ◆ 砂の城・二階・客室 ◆

 

 

 「ふわぁぁぁ…………。」

 

 ベッドの上で大きな欠伸あくびをし、ゆっくりと上半身を起こすケロタン

 薄く目を開けると、部屋は外からの日差しですっかり明るくなっていた。

 

 「よく眠れたか?」

 「んな訳ねーだろ。寝不足だよ。」

 

 体を伸ばしながら、既に起きていたアグニスに不満を漏らす。

 

 「テロももう起きている。

  あまり待たせたくはないだろう。」

 「はいはい。」

 

 気だるげな声で返事をし、ケロタンは立ち上がった。

 

 ◆ サボテン王国正門付近 ◆

 

 軽めの朝食を済ませた後、正門のところに停めてある車の前に集まるケロタンアグニス

 そこにはテロの姿もあった。

 

 「本当に行くのか……、テロ。」

 「うん。アグニス様のところで沢山勉強したいことがあるから。」

 

 テロは見送りに来た父親や兵士達に別れを告げる。

 それは互いに一晩考えて、出した結論だった。

 

 「…………とても恐ろしい夢を見たんだ。

  何もかもが光に包まれて、消えてしまうような……。終わってしまうような……。」

 「…………。」

  

 サボゥテルに取り憑かれていたサボテン族達は、一人残らず無事だった。

 皆、あの混乱の間の記憶はほとんど失っていた為、全部夢だった、ということにしてある。

 破壊された部分は何故か元に戻っていたが、それは多分、アグニスがやってくれたのだろう。

 

 「でも……、最後にお前の声が聞こえた。

  よくは思い出せないが、強い衝撃を受けたのは覚えている。」

 

 デーロの心境はかなり変化したようだった。

 勿論、ケロタンも、テロの言葉には心を動かされた。

 

 「なぁ、アグラン。」

 「何だ?」

 「サボテン族がこれまで受けてきた差別って、具体的にどんなのがある?」

 「はぁ……、自分で調べたらどうだ?」

 「いやぁ、後に生まれる程、覚えること多くて面倒なんだよなぁ……。」

 「そういった面倒をこなした回数が多ければ多い程、優れた存在になれる。」

 

 アグニスはそう言った後で、少し顔を暗くし、ケロタンの質問に答えた。

 

 「奴隷――だったな。

  強制労働に、人体実験――中には思考力を薬で奪われ、ペットとして飼われていたサボテン族もいたくらいだ。」

 「う……。」

 「勿論、サボテン族に限った話ではない。

  他にも多くの種族が不当な扱いを受け、苦しんできた。

  ……私と南の王キングタン、そして西の王アルミラの力で管轄内の問題はある程度取り除いたが、まだ我々の手の届かぬ場所では深刻な差別が続いているに違いない。

  もし、テロの夢の実現に協力する気があるのなら、異種族世界の歴史についても、もっと勉強しておけ。」

 「へーい……。」

 

 アグニスとの会話が終わったところで、テロがこちらに近付いてきた。

 どうやら丁度良く向こうも終わったらしい。

 

 「アグニス様テロのことを頼みます。」

 

 アグニスに対し、深々と頭を下げるデーロ

 

 「ああ。」

 

 それに短く返事をすると、アグニスは車に乗り込み、魔導車のエンジンをかけた。

 ケロタンテロは後部座席に乗り込む。

 そして車は発進する。

 

 「テロー! 頑張るのだぞー!」

 

 車が正門を抜けると、デーロの大きな声が聞こえた。

 後ろを見ると、門のところでサボテン族達が手を振っている。

 テロはそれに手を振り返し、ケロタンは心温まるものを感じながら、静かにその様子を見守るのだった。

 

 ◆ サボテン砂漠車内 ◆

 

 「いやー、上手いこと事が運んで良かったなー。」

 

 帰りの車の中、サボテン王国が見えなくなったところで一気に脱力し、背もたれに寄りかかるケロタン

 正直、後腐れなく去れるとは思っていなかったので、とても良い気分だった。

 

 「うん。僕、これからもっと頑張るよ。

  サボテン族が、色んな種族に認めてもらえるように。」

 

 テロの表情にも曇りはなく、晴々としていた。

 

 「ふ……期待している。私もこれまで通り、できる限りのことはするつもりだ。

  ただ、一つ忠告しておく。種族と種族をいきなり結び付けようとするな。」

 「え?」

 「急激な変化、押し付けがましさは強い反発を生む。

  自分達のことだけを考えるのではなく、相手のことも知り、理解する必要がある。例えどれだけ憎いと思った相手でもな。」

 「…………。」

 

 テロは静かにアグニスの言葉に聞き入る。

 

 「千里の道も一歩から。まずは個と個だ。

  例えば、ケロタンとお前は友達になれたんだろう? 第一歩じゃないか。」

 

 「……! はい!」

 

  テロの目が輝く。

 

 「後……そうだな。協力には一つ条件を付ける。」

 「何ですか?」

 「今、私とケロタンは、勇者の石という不思議な力を持った石を集めている。その仕事を手伝ってほしい。」

 

 勇者の石を探すとなれば、この大陸中を探し回ることになる。

 行く先々で様々な経験が積めるだろう。

 

 …………。

 

 テロと考えが同じかどうかは分からないが、あの王国の者達のように逃げたりせず、外の社会で暮らしているサボテン族もいる。

 一匹狼のような者から非常に友好的な者まで様々だが――テロにとって、彼らとの出会いは特に良い刺激になるだろう。

 

 「はい! 頑張ります!」

 

 詳しく聞こうともせず、二つ返事で引き受けるテロ

 そんなところに未熟さを感じつつも、ケロタンは大きな可能性を感じていた。

 

 だから。

 だから自発的に、こんな言葉も出てくる。

 

 「なぁ、テロ。」

 

 「え、何? ケロタン。」

 

 「俺の仲間になってくれないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ??? ◆

 

 《ザザ……ザザ……》

 

 《ハい……何らカの要因にヨッテ……サボゥテルが本来ノ能力を発揮デキズ……》

 

 《ザザ……恐らク……アグニスの仕業かト………………》

 

 《ザザ…………ザ……ザザ…………ザザザザ…………》

 

 《ザザ……様? 何を……笑ッテいるノですカ……?》

 

 《ザザザ……ザザ……フフフ……ザザ…………フフフフ……》

 

 《それでこそ……アグニス。我が盟友・・……。》

 

 《フフザフザザザザザァ――――――――――――――》

 

 《――――――》

 

 《――――》

 

 《―――》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《アト――75コ…………》

 

 

 

 

第5話 End