ケロタン:勇者の石+5
最期の切れ端
X月X日――
私がこの場所に来てから、一体どれだけの月日が流れたか。それを記録するのも、今となっては意味が無くなった。
私はもう向こう側へは戻れない。食料は底をつき、もうじきこの肉体は死を迎える。
ここでの体験を誰かに語ることも、そして名声を得ることも、最早、叶わぬ夢。
だが、それは禁忌を犯した罰として、甘んじて受け入れるつもりだ。
ただ――
我が生涯を捧げた研究――その成果が無価値なものとなる。それだけは、それだけはどうしても耐えられない。
私はこの研究の為に、ありとあらゆるものを犠牲にしてきたのだ。それを無駄に終わらすことはできない。
故に、私はここに記す。
私の最後の願いを――
もし、これを読む者がいたならば、この願いを聞いてほしい。
この屋敷にあるもの、全てを持っていって構わない。
だからどうか、この場所から、あれを――
「行方不明?」
「ああ。何人かの住民が、墓参りに行ったきり、帰ってこないらしい。」
アグニス・ランパード城・二階・会議室――
三国首脳会談が終わって落ち着く間もなく、アグニスに呼び出されたケロタンは、また新たな事件の発生を知らされていた。
「墓参り……っていうと、
アグニス城やシルシルタウンからずっと南、ラインド大陸東の地と南東の地の丁度境目には、【マイソレウム】という森がある。
そこは死者の埋葬地として使われ、俗に墓場の森と呼ばれており、町の人々がよく故人の供養に訪れるらしい。
名前だけを聞くとおどろおどろしいイメージが湧くが、花や木々は森の管理団体によってよく手入れされていて、魔物避けの結界も張られている。その為、弔いの場として相応しい、とても
「先日、私も調査に行ってきたが……」
アグニスは虚空から円形の機械を取り出し、机の上に置いた。
「これは?」
「監視カメラ兼大気中に含まれる魔素の濃度を計測する機器だ。これを幾つかの木に仕掛け、変化を記録していた。」
「それで?」
アグニスは机の上に、プリントアウトした墓場の森の写真とグラフを並べた。
「カメラの方に問題は無いが、墓場付近の魔素の濃度が異常に濃くなっていた。特に深夜辺りが顕著だな。」
「じゃあ、魔物の仕業……結界が機能してないのか?」
「断定はできないが、可能性はある。警殺もこの情報から、魔物が絡んだ失踪事件という線も考え、捜査している。」
「ふっ……。」
そこでケロタンは笑う。
「成程な。それで俺に話すってことは、警殺も苦戦する難事件って訳か。」
「いや、少しでも負担を減らせればと考えている。
「あぁ……。」
一瞬、がっくり来るが、大事な仕事であることに変わりはない。ありがたく引き受けるとしよう。
「はぁ……、しっかし、墓場で行方不明とか、幽霊の仕業だったりして……。ほら、死者が寂しさのあまり、生きている家族を連れていくとか……」
「幽霊か……。私の専門ではないが、魔科学の分野には霊科学というものがあってだな。」
「? クソ真面目に研究してる奴がいるのか?」
冗談のつもりだったが、案外真面目な顔で返すアグニス。
「魔科学で扱う霊は、一般に知られているものとは少し異なる。
そうだな……。前にサボテン王国で戦った魔物のことは覚えているだろう。」
「ああ、あれ……。そうだ。結局、あれの弱点って何だったんだ?」
「太陽の光だ。
霊体の魔物は光を苦手とする傾向にあるが、あの魔物にとっては、存在が保てなくなるほど致命的なものだった。そう作られていた。」
「作られていた? 何で敵はそんな弱点残しておいたんだ?」
「残しておかなければ、状況の制御が困難になる。急に計画を中止しなければならなくなった時、止められないではいかんだろう。」
「まぁ、確かに……」
「より詳しくはまた別の機会に説明してやる。」
アグニスはそう言うと、機材や資料を片付け始めた。
「じゃあ、今晩0時に森の入り口だ。予定は空いてるな?」
「あぁ。あ……そうだ。テロも呼んどかなきゃ。」
ケロタンは、会議室から出ていく。
《ピピピ♪》
「ん?」
ちょうどその時だった。アグニスの端末から、メールの着信音が響く。
(ん。こいつは…… )
「はぁ……。」
差出人の名前を見たアグニスは、溜息を吐きながらメールを開くのだった。
◆ 午前0時前・マイソレウムの森・入り口 ◆
深夜――マイソレウムの森の入り口は、城の兵士の設置した照明によって明るく照らし出されていた。
一足先に現地に到着したアグニスが、助手達と共に墓場周辺の魔素量の変化を機器で確認している。
現在、墓場付近の魔素量は、平常時のおよそ6倍から10倍の範囲で推移。結界が無ければ、いつ魔物が発生してもおかしくない値だ。
「やはり、この時間が一番濃くなっているようだ。」
行方不明者が森に訪れた時間帯は警殺が捜査し尽くしている。
この時間帯で事件解決の糸口を掴めなければ、また別の手を考えなくてはならないが……
「よぉ、お待たせ。」
背後から声――ケロタンとテロだ。時間通りの集合となり、アグニスはひとまず安堵する。
「何かいっぱいいるけど、こんな大勢で墓参りか?」
「いや、私とお前達ともう一人だけだ。全員帰ってこれなくなったら困るだろう。」
「は?」
「あ~の~……。」
その時、アグニスの背後から妙に間延びした声が聞こえてきた。
「あぁ……、紹介する。彼女が同行者だ。」
アグニスが退くと、そこには寝間着にしか見えない服を着た、横長の顔の女性が立っていた。あれは確かマクムとかいう種族だ。
「ど~も~、心霊現象について研究しています~、魔科学者のユタリと申します~。」
彼女はゆっくりと頭を下げる。
「何処からか噂を聞き付けてきたらしくてな。
勝手に行動されても困るので、こうして連れてきた。」
「いや、それは別にいいけど……」
なんか、あまりにも雰囲気が違うというか、とてもアグニスの同業者とは思えない。
「ユタリは霊科学を専門にしている。他人の数倍の霊感を持っているらしくてな。この森から霊の気配を感じるとか何とか……。」
「あ~、まぁ~、そーなんですよ~。霊が近くにいると~すぐに分かります~。」
「…………。」
だが、ケロタンはそんなことより、彼女の馬鹿みたいにゆったりとした口調が気になった。
「寝てるとこ叩き起こしてきたのか? アグラン。」
「いや、こいつはこれで平常だ。」
「あ~、どうぞ~、お気になさらず~。」
そう言われても、会話のテンポが悪くなることこの上ない。聞いてると眠くなってくる。
「……さて、じゃあ、いいな。特に質問が無ければ、出発するぞ。全員ライトを持て。」
アグニスに続いて、ケロタン、ユタリも明かりを手に取り、森の中へと向かおうとする。
仲間と一緒に深夜の暗い森へ。肝試しの気分だ。
「ん?」
しかし、そこであることに気付く。
「どうした?」
突然、入り口のところで足を止め、周囲をキョロキョロし出したケロタン。
「あ~、えっと……テロは何処だ?」
「何?」
アグニスも入り口まで戻り、辺りを見回す。テロの姿が見えない。
「さっきまでいたんだけど……」
「いただろうが、よく探せ。」
「あの~……あれではないでしょうか~。」
その時、ユタリが先ほど自分達が集まっていた場所を指差した。
「あ。」
テロは機器の置かれたテーブルの下で
「おい、どうした?」
「ううぅ……。」
テロは耳を塞ぎ、震えている。何をしているのか。
「まさか、暗い森が怖いなんて言うんじゃないだろうな……?」
「いや、ここに来るまで普通だったし……」
何であれ、こんなところで子どもらしくなられても困る。
「お~い、テロ、聞こえてるか? アグラン恐怖症とかじゃないよな? いてっ――」
「はー……、幽霊に食われても知らんぞ。」
痺れを切らしたアグニスは、一人で森の中へ向かおうとする。
「ゆ……あ……まっ、待って……。」
すると、置き去りは御免だと言わんばかりの勢いで、テーブルの下から這い出すテロ。
「…………。」
ケロタンもアグニスも、その様子を見てテロが何に怯えているか察しは付いたが、この時は大事にはならないだろうと考え、敢えて口にはしなかった。
◆ マイソレウムの森・墓地 ◆
それから、ケロタン達が目的地に辿り着くのはあっという間だった。
森の入り口から墓地までは一本道なので、幾ら暗くても迷うことはない。
しかし――
「特に何も起きねーか……。」
道中、異常はなく、肝心の墓場も静寂に包まれている。
「…………。一応、
そう言ってアグニスは近くの木の前で腰を落とし、手入れをするフリを始める。何だか面倒だ。
「それ誰の墓?」
「……町で古本屋を営んでいたコタルという老婆の墓だ。彼女は白い花が好きで、中でもお気に入りの本に出てくるオシロイという花が好きだった。ここに供えられているのは、その花だ。」
「お、おう……。じゃあ、俺はあっちの方から見てみるよ。」
ケロタンはテロを連れ、墓場の奥へと歩き出した。
墓石代わりの花壇をライトで照らし、異常がないか一つ一つ確認していく。
「う~ん……。何だかこういうの、やっぱあんまり理解できないんだよなぁ……。いなくなった奴の為に、色々配慮して……。本人が喜ぶ訳でもないのに。」
ぶっちゃけ墓参りなんて金と時間の無駄としか思えない。
「まぁ、俺は家族がいないからそう思うのかもしれないけど……」
「家族……。」
「あ、そう言えば、テロの母さんって見なかったけど、亡くなってるか? もしかして。」
「うん……僕が物心つく前に病気で死んじゃって……。
もし、外の世界と交流できてたら、お母さんの病気も治ってたのかなって、よく考えちゃって……。」
「やっぱり、母親には生きていてほしいって思うか?」
「それは……」
勿論――と言おうとしたが、テロは考える。
もし母親が生きていたら、自分は外との交流を考えたりはせず、ケロタンと出会うことはなかったんじゃないか、と……。
「今とは別の人生……それはそれで良いものかもしれないけど……。」
「まぁ、考えてもしょうがないよな。」
過去は変えられない。
それより、幾らでも変えられる未来のことを考えた方が有意義だ。
(過去に縛られるなんて、そんなの……)
「お二人とも~……。」
「うおっ!」
突然、ライトの前に出てきたユタリに驚く。
「どうしてでしょ~……? 霊の存在は感じるのに~……全然姿が見えなくて~……」
「知らねーよ……。」
「ひ、ひ……ひっ……」
あー、折角、別のこと考えさせてテロを落ち着かせたのに、また怯え出してしまった。
「はぁ……、霊がいるなら早く会いたいけどなぁ……。」
その後も墓場を観察したが、何の異変も起こる気配はなく、ただただ時間が過ぎるばかりだった。
「……………。」
「なぁ、アグラ~ン。何も出ねーよ、ここ……」
「………ああ。結界はちゃんと機能しているようだな。」
アグニスは、合わせていた手を解き、立ち上がる。一旦、全員合流となった。
「そうなると、平常時を超える魔素は一体何処から流入しているのか。量的にこの辺りなのは間違いないぞ。」
「何だそれ。俺を試してるのか?」
ケロタンはそう言いつつも考えてみる。
「う~ん……。空……から降ってきてるとか……?」
「まぁ、ありえなくはないな。」
アグニスは服の袖に付いた球体に触れ、何らかの操作をする。
すると、空からプロペラの付いた機械が下りてきた。
「勿論、ドローンを用いた調査も行っている。
空の可能性が潰れたら、次は何処だ?」
「えっと……地面から噴き出してるとか、誰かが変な装置を持ち込んだとか……。」
「それは魔法で調べたが、地下に空間はなく、魔道具反応もない。」
「じゃあ……何?」
「ところで、テロは何処に行った?」
「え?」
後ろを見ると、付いてきていた筈のテロがいつの間にかいなくなっていた。
「おい、またかよ……。」
ケロタンはライトを動かし、木の裏などを調べる。どうせ、また何処かで怯えているのだろう。
「無駄だ……。もうテロは
「は?」
どういう意味なのか。
疑問に思い、振り向くと、アグニスが俯いたままこちらに近付いてきた。
「アグラン?」
「…………。」
呼びかけるも反応がない。足取りも心なしか変だ。
「え、あ……」
瞬間、頭の中で色んな可能性が駆け巡る。
ケロタンは咄嗟に適切と思われるリアクションを取った。
「いやああああ!! やめてぇ!!」
「何をやってる。これを見ろ。」
「へ?」
アグニスは手に持っていた丸い機械を見せてきた。
どうやらレーダーのようで、画面上に4つの点が点滅している。
「誰が消えてもいいように、全員に発信器を付けておいた。」
「は? おい、いつの間に!?」
ケロタンは自分の体のあちこちを調べる。
「あぁ、すまん。言い方が変だったな。発信器はこのライトに付けてあるんだ。」
「え……、じゃあ、テロは……」
ケロタンは再度、辺りを見回す。だが、ライトも落ちていない。
「これは~……
その時、ユタリがすうっと現れ、見解を述べる。
「ああ。こうなれば、行ってみるしかないだろうな。」
「???」
急に話が進んだことで、ケロタンは置いていかれ気味になる。
「どうやらこの墓場~、不定期に霊界と繋がっている状態みたいですね~。魔素はそこから流入しているものと思われます~。」
「開きが大きいのはこの辺りだな。運が良ければ、その内、迷い込めるだろう。」
「えっと……そうなるまでウロウロ歩くってことか?」
「統計的には~、霊を恐れるなど~、心が不安定な状態の人が霊界に入り込みやすいみたいです~。」
成程。テロは見事に条件に当てはまっている。
「行方不明となった墓参者は、ここで死んだ者達のことを思い、精神の安定が崩れたのかもしれない。」
「テロさんの場合、それに加え~、子どもであることも関係しているかもしれませんね~。
子どもには~、大人には見えないものが見えたり~、聞こえないものが聞こえたりしますから~。」
ユタリは嬉しそうに話す。
「う~ん……、じゃあ、俺達の場合は……」
「この中で一番脆いのはお前だ。」
「え?」
「そうですね~。ここは"道"になってもらうとしましょ~。」
突然、二人に囲まれ、ケロタンは嫌な予感しかしなかった。
「あの……さっきから妙に怖がらせようとしてたのって、もしかして……」
「《ソマ・ストラァム》」
問答無用。
アグニスが何らかの魔法を発動し、目の前が青い光で埋め尽くされる。そして――
「お、オワァー!!」
ケロタンの意識は、あえなく飛んでいった……。