ある逃亡者の手記・二
…………人は皆、追われている。
生き続けている限り、その身には多くのものがつきまとう。
だから人は、利便性を追い求める。
少しでも楽に、少しでも早く……。無駄をなくし、効率的に生きようとする。
その為になら、大事なものを差し出すことも
私もかつてはそうだった。
しかし、私は気付いてしまった。知ってしまった。
全てが無駄だったということを。
《ブゥゥゥゥゥン……》
《ブゥブゥゥン……》
通路を進んでいる途中、虫のような鳴き声が耳に入った。
「出た……!」
その瞬間、冴草さんが叫び、辺りを見回し始めたので、俺も一旦、立ち止まる。例の体を喰らうという怪物だろうか?
しかし、腕時計を見る限り、まだ余裕がある。
(この先に……?)
俺は音のする方に急いで向かった。
本当に怪物がいるなら、黒炎で倒せるか確かめておきたい。対処が可能ならもっと大胆に行動できる。
《ブブブブブ……!》
向かった先では、大量の蠅が飛び交っていた。
どうやら何かに群がっているようだが、近付かなければよく見えない。
俺はライターを構え、蠅に向かって黒炎を放った。
すると、音が止む。
懸念は現実のものとはならず、あっさり彼らは姿を消してしまった。
「今のが体を?」
「うん……。」
一応、確認を取る。
しかし、よく似た別種の可能性もあるか。
俺は警戒しながら蠅が群がっていたものに近付いた。肉が腐ったような酷い悪臭がするが……
(人間か……?)
汚れている為、はっきりしないが、体の輪郭は人のものだ。
俺はすぐに腕を確認した。
「………………。」
左腕は食われたようで既に無くなっている。そして、腕時計は右腕の手首に確認できた。冴草さんと全く同じ状態だ。
「生きてるか……?」
さっきから触っているが、反応がない。
俺は脈を確かめる為、首部分に触れようとした。
「……!?」
その瞬間――、腕時計が再び赤い光を放ち出す。
「ぶほっ……!!」
同時に女が動き出す。
俺はすぐに距離を取り、冴草さんも下がらせた。
「げほっ、げほっ……!!」
女はぼたぼたと汚物の塊を口から吐き出しながら、ふらふらと立ち上がった。
(敵……? いや、腕時計の反応から判断するのは危険だ。)
とはいえ、あまり時間をかけたくない。
「おい、お前は? 人間か?」
呼びかけて反応を見る。
「っ……! げほっ……! っ……!」
だが、相当喉が詰まっているのか、言葉によるコミュニケーションが不能。
(切り捨てるか……?)
さっき自分のドッペルゲンガーと戦った時、黒炎が効かず、跳ね返ってきた。
これは恐らく俺をコピーしていたから。冴草さんのドッペルゲンガーには俺の炎は効いた。
つまり、俺の炎は人も一瞬で焼き消せる。ついさっきそれを確かめたばかりだ。
「げほぉっ……!!」
「……!」
女の口から飛び出した汚物の塊が触手のようにうねり、こちらに向かってきた。
俺はライターの向きを変え、上手くその部分だけを焼き消し、攻撃を防いだ。
女は苦しんでいるのか、頭を抱えている。
「ゥ……あああ……!!」
今度はその右目から汚物が噴き出し、襲いかかってきた。
(取りつかれてるのか?)
廃校の悪夢で花に寄生された女の子と会った時のことを思い出す。
同じなら厄介だ。今度は黒炎が使えるとはいえ、この力は上手く怪物だけ焼き消せるなんて都合の良いものじゃない。
「修人君……! 後ろからも来てるよ……!」
冴草さんの声。
焦っているようだが、まだこの状況はどうにでもできる。
圧倒的な力を持っていれば、それだけ選べる道は増える。
昔、父親に言われた言葉を思い出しながら、俺は冷静に後ろに戻ることを選択した。
女が俺達と同じなら、生き残らせて、次の悪夢にでも話を聞いた方がいいだろう。
俺の仮説が正しければ、一人にしておけば死ぬことはない。
俺は冴草さんを連れ、ドロドロの怪物達を焼き消しながら、通路を走った。
五・神ノ章《漏影》
………………。
私って、昔から、変わってるって、よく言われる。
お父さんもお母さんも、学校の先生や今の友達も、皆、同じことを言ってくる。
人それぞれ違いがあって当然だと思うんだけど、もしかしたら、遠回しに頭がおかしいって言われてるのかもしれない。考え過ぎかな。
そうであってほしい。
私的にはそんなに嫌じゃないから、特殊なのって。普通って言われた方がムカツク気がする。
まぁ、そんな私でも流石に
LIKEじゃなくてLOVEの方。
でも仕方ないじゃん。
強くてカッコいい人って、好きになるじゃん。
そう、動物に例えるなら、ライオンみたいな人。
普段は静かに過ごしてるけれど、狩りの時や危機が迫った時は本気出す! みたいな。力はあるけど、無暗やたらにそれを振るったりしない感じ。
私はそういう人が好きだし、お父さんがまさにそういう理想の人だった。
多分、人に知られれば、ファザコンって言われる。どれくらい好きかっていうと、小学生の頃、寝てるお父さんの布団に潜り込んでキスしたことがあるくらい。
他にもお父さんに気に入られたくて、ママみたいにスポーツやったり、ギャルっぽい格好してみたり……。
でも、そんなに努力してもお父さんと結婚できる訳じゃない。私の気持ちは学校で集団生活を送る内に段々と変わっていった。
だから、このことは絶対秘密。誰にも言わない。言ったら絶対引かれるし。
修人君だって、こんな話きっと気持ち悪いと思うと思う。
そう、気持ち悪い。
今の私も気持ち悪い。折角、修人君に会えたのに……。
◆
「げほっ……! げほっ……!」
こんなところで終わりたくない。修人君と話がしたい。こんなみっともない姿を見られたままで終わりたくない。
その為に、体の中に入ってきたものを全力で追い出す。
傷口を埋めてくれたが、これ以上、好き勝手させる訳にはいかない。
「う……くっ……!」
右目から飛び出している汚物の塊も掴んで引っ張り出す。
なりふり構わず、動かせる部分を動かし、汚物を振り払う。
(出ていけ……! 出ていけ……! 出ていけ……! 出ていけ……!)
そうしている内に、徐々に体の主導権が戻ってくる。まだ少し残っている感覚はあるが、多分、何とかなるだろう。早く追いかけなきゃ。
ここで見失ったら、次いつ会えるか分からない。
何処に住んでるのとか、高校のこととか、それだけでも……!
揺れ動く赤い光に向かって体を走らせる。
だけど……
(追い付けない……よね。)
修人君、足速いし。
「しゅ……と……! げほっ……! しゅ……とくん……!!」
必死に声を絞り出す。
しかし、伝わらない。足を止めてくれない。
(待ってよ……)
こんなに近くまで来て、チャンスを逃すなんて無理。
(何処行ったの……?)
光を見失ったので、音を頼りに進んでいく。
距離が縮まってるような、離れてるような……
「げほっ……」
ああ、ヤバい。胸に空いた穴の痛みが大きくなってくる。
精神的にも物理的にも……
「はぁ……はぁ……」
限界――
そう思った時、後ろの方から何か音がした。
疲れと痛みで振り返ることもできないけど、段々大きくなってくる。
(水の音……?)
次の瞬間――、私は背中に強い衝撃を受け、また全身を何かに包まれた。
~ Another Side ~
-
《ゴォォォォン……! ゴゴォォォォン……!!》
遠くで何か大きなものが動いている音がする。
今回の悪夢のボスか。黒炎の効かない敵も出てきているから、こんな狭い場所で遭遇したくはない。
(たまには逃げに徹するのもアリか……。)
前回の悪夢で、俺はボスを倒していない。にも拘わらず、悪夢は終了した。
なら無理に倒すことにこだわる必要はない。己の力を過信することは禁物。倒せば何かすっきりするし、安心できるのは確かだが、一番重要なのは生き延びることだ。
「まだ走れますか?」
「無理なんて言えないよ、こんな状況で……」
冴草さんは呼吸を整えると、引き続き、猫のホメオスと一緒に俺の後ろにつく。
「…………。」
仲間が増えたり、敵を沢山倒したりすればするほど、敵が強くなるのは、ゲームでありがちなシステムだ。
ジャンルがホラーなら、尚更、警戒する必要があるが……。
俺のこういった思考も読み取られているんだろうか?
俺の所為でこの悪夢がこれまでのものとは全く別のものに変わる。
もし、そうなった時、俺はどうすればいいんだろうか。
前回の悪夢にて、漆さんの生み出したと思われる怪物が、俺の出会った順番に並んでいたのは……。
(くそ……。)
だからといって考えるのをやめる訳にはいかない。
元凶は必ず存在する筈。時間切れが来る前に辿り着かなくては。
《ゴゴォォォォン……!!》
「ね、ねぇ、この音、何?」
「分かりません。とにかく離れましょう。」
早く朝が来てほしい。
こんなに朝が待ち遠しいと思ったことは今までにない。
――そう言えば、あんなに嫌だった寒さがあまり気にならなくなっている。
高校に入学してからはだらだらと、羊を装い、穏やかに過ごしていたが、ここ最近の出来事ですっかり目が覚めてしまった。
今後しばらくは、眠らないだろう……。
~ Another Side ~
-
「はぁ……はぁ……はぁ……。」
(そう言えば……修人が言ってたな……。
昨日、校門のところで、最近、変な夢見てないかって……。)
ふとそんなことを思い出した。
あの時は何でそんなこと聞いたのか分からなかったけど、もしかして、もしかするのか……?
もしそうなら、修人に聞いて確かめなきゃならない。
何が起きてるのか、俺には分からないことがいっぱいだ。
《ゴゴゴゴゴゴ……!!》
なぁ、修人、早速、一つ教えてくれ……
(ここで死んでも大丈夫か?)
《バァァアン!!》
壁が崩れ、怪物の液状の体が濁流のように押し寄せてくる。
「うおおぉぉぉ!!」
俺は全力疾走で逃げた。
(無理だって! あんなのにグチャグチャにされんの!!)
一瞬だけ姿が見えたが、巨大な鰐のようだった。
下水道にワニ。何かそんなホラー映画見たような気がするが、思い出す暇もない。
死んでいいって言われても、死にたくないし!
俺は思い出せる限り、元来た道を進んだ。途中で鉄格子にぶつかったらジ・エンドだ。
《ゴォォォォオオオオオン……!!》
ああ、滑って転んでも終わる。それくらいの距離。
俺、自分食べたことないけど、多分、マズいと思うんだ。諦めてくれないかな……!?
《藤鍵ぃぃぃ!!》
(うっく……)
普段から轆轤に追われてるから逃げるのには慣れてるが、こんな時にあいつの顔を思い出してしまうのが腹立つ。そんな状況じゃねーんだよ。
俺は通路を直進はせず、なるべくジグザクに進んでいた。
あの巨体じゃ曲がるのに時間がかかる。
大丈夫だ。転びさえしなければ、轆轤の時みたいに追い付かれることは――
しかし、その考えは甘かった。
《ォォォ……ォォォオ……》
他の怪物のことを忘れていた。
通路の途中に密集していて、完全に道が塞がれている。
(あ…………)
終わった。きっと何処かで間違えた。
(しゅ――)
《ゴオオオ!!》
全身に強い衝撃が加わった。
しかし、そこで意識は飛ばなかった。
「ごぼっ……!!」
暗くて、息ができない。水の中? 全身を激しくかき混ぜられている。
まるで洗濯機に入れられた――というか、津波か。災害とかで亡くなる時ってこんな感じなのかな。
そんなことを考えていると、ゴキリと腕が簡単にねじ曲がり、上半身と下半身が逆方向に回転し、気が付いたら足の感覚が無くなり、目も見えなくなっていた。
「―――――」
凄い勢いで水が流れる音だけが聞こえてくる。一瞬で全身がバラバラになってしまったようだ。
(あれ……? これ死ぬのか……?)
何処まで意識が持つんだろう。
不思議に思っていると、頭の中に何か流れ込んできた。
目玉が何処かに流された筈なのに、ぼんやりと青い海が見える。そこで二人の女の子が遊んでいた。
姉妹? 友達? 分からないけど、片方は背が高く、帽子を被っている。もう片方は、背が低く、髪に巻貝の形をした髪飾りを付けていた。
辺りには二人の他に誰もいない。大人がいないと危なくないか?
そんなことを思いながら見ていると、二人は岩の上を歩き回り、何かを探し始めた。
ああ、もしかして、生き物を探しているのかな。こういう場所って潮溜まりって言うんだっけ? ヤドカリとか、カニとか見つけた記憶がある。自分も小学生の時に遠足で潮干狩りに行ったからなぁ……。
懐かしい記憶を思い出していると、背の高い女の子が何か珍しい生き物を見つけたようで、もう一人を探し始めた。
しかし、いつの間にか、もう一人の女の子の姿は消えていた。
あれ? さっきまでそこにいたんだけどな……?
疑問に思っていると、場面が切り替わった。
背の高い女の子が大人に混じって、いなくなった女の子を探している。
どうやら何組かの家族で海に来ていたようで、いなくなった女の子は、背の高い子の友達の妹だったようだ。
《私が見ていれば……》
ん……?
《私がちゃんと見ていなくちゃいけなかったのに……》
………………。
その後、いなくなった女の子が発見された。
彼女は■を■■た■■に■■れていて、■に■■で■んでいた。
………………。
でも、見つかったのは良かった。原因も分かって良かった。
俺はそう思ってしまった。
だって、俺の気になってるあの事件のあの子は……、まだ見つかっていないから。
見つかっていない。
死んでも誰にも見つけてもらえないなんて、悲しい……
ああ、いや、まだ死んでるとは限らないんだった。
それなら余計に見つけてあげないといけないだろう。
(こんなところで死んでる場合じゃない……。)
これが修人の言っていた夢なら、まだ終わりじゃない。
■■■■■■■
(ん……?)
また何か別の映像が流れ込んできた。
これ、何処だ? 森……? いや、作り物……?
作り物の森の中に、変わった形の建物が見える。そこに……修人? 修人だ。修人がいる……!
じゃあ、ちょっと待て、この場所……
(夢見野ドリームランド……!?)
小学生の頃の修人が、携帯で誰かと連絡を取っている。
自分は持たせてもらえてなかったけど、あの頃、修人は既に持っていたんだよな。
きっとこの映像……あの事件の時のものだ。
俺は集中して見た。
場面が切り替わり、修人のクラスメートや教師達が右往左往する姿。
また場面が切り替わり、修人がクラスメートの一人と喧嘩する姿。
そして次、修人の家。
あれは……修人のお父さんだ。
帰ってきたお父さんに、修人が詰め寄ってる。
何かを期待する表情。
しかし、お父さんの方は浮かない顔をしていた。
「―――――」
修人のお父さんが話を始める。
「―――――」
(え……?)
その瞬間、俺と修人が重なったようだった。
何で? どうして? 意味が分からない。
そんなことがあるのか? ふざけるな。どうにもならないのか?
そんなの……
《情報漏洩に注意!》
近年、個人情報の電子データ化が進んだことで、個人・法人問わず、情報を流出させてしまうケースが非常に増えています。
情報が流出すると、SNSなどのアカウントを乗っ取ることによるなりすましや、カードの不正利用、ストーカー被害、Webサイトの改ざんなどが発生するリスクが高まり、流出させた企業は刑事罰を受けたり、社会的信用が低下する恐れがあります。
情報漏洩が発覚した場合、速やかに以下のような対策を取り――
(Episode 5 ―― End)
第6話パート1に続く