ケロタン:勇者の石+5
「はぁ~、マジで流されるところだった……。」
地下から出てきたケロタンは、膝から崩れ、両手を床についた。
あの反則級のリアリティ。普通に思考停止しかけたが、落ち着いて考えれば、言動の中に確かに
霊は単に形や思いを映すものであると言っていたのに、悪戯な幽霊がテロの姿を模倣したり、地下に行かせないよう罠を仕掛けたり、まるで自我があるかのような振る舞いをしたことについてはスルーしていた。
魔物化していたら分からないが、それならそうと言う筈。魔科学者は人一倍言葉には気を付けるもの。本物かどうか試してみたのは正解だった。
(あのまま付いて行ったら何処に行っていたやら……)
考えるだけで嫌になる。
――というか、結局、ここには何がいるのか? 偽物の言ってたこと全てが嘘とも思えないし……
「ケロタ~ン!!」
「ん。」
聞き覚えのある声と駆け寄ってくる足音に顔を上げると、テロの姿。
今度こそ本物か……?
「ウ~~、ウ~~!」
テロより一回り大きいサイズの、頭にコブの生えた紫色のスモールノーマン。宙に浮いているが、似たようなものをさっき見かけた。追いかけられているのか。
「ウ~~、ウ~~!」
「おい、何やってんだお前。」
ケロタンはスモールノーマンのコブを掴んで止めた。
すると――
《ぽんっ☆》「あっ?」
なんとコブが取れ、手の中で生き物のようにうねうねと動き出す。
「うおおっ! 気持ち悪!!」
思わず放す――と、それには段々と口が出来、目が出来……、さっき箱の置かれていた部屋で見た人形そっくりの姿となって、ふわふわ宙を飛んだ。
「何だ……。」
「うわー!!」
――っと、コブに気を取られている場合じゃない。
謎のスモールノーマン人形はテロを捕まえると、廊下の奥へと飛んでいく。
向かう先にある大きな扉が開かれ、その中へ――
「待て!」
ケロタンは魔物である可能性も考え、拳に力を溜めながら追いかけた。
そして、開いた扉に入ると――
《パンッ!》《パンッ!》
「……!?」
そこは……パーティー会場?
クラッカーが鳴ると同時に、丸いテーブルがメリーゴーランドのように回転しながら集まって、その上に食器が並べられていく。
「ホラ、座って、座って!」
いつの間にか背後にいたぬいぐるみに背中を押され、椅子に座らされた。
ナプキンをかけられ、ナイフとフォークを握らされる。テロも同様だった。
「メニューは、
う~ん、ゼンブ! ゼンブ持ってくる!」
銀の蓋の乗った皿が次々と目の前に置かれる。
「ここってレストランだったのか?」
あまりの勢いの良さに疑問が湧く。名前はいかにも高級料理といった感じだが……
ケロタンは蓋を取り、中身を確かめてみた。
「ん?」
皿の上に乗っかっていたのは……、何だこれ?
くしゃくしゃに丸まった紙や、絵の具の塊に見える。
「ゴミ箱の中身みたいなコースだな……。」
「ン? 料理ってこういうのじゃないのか?」
宙に浮いたぬいぐるみは料理(?)に香水らしきものを振りかけた。
「まぁ、こんな場所に食い物はねーよな……。
誰なんだ? お前は。」
「ゴードル! オレ達、ゼンブ、ゴードル! オマエらはなんて言うんだ?」
「ケロタンにテロだ。俺達以外に誰か来なかったか?」
「あっ、お客はメッタに来ない! 最近は増えたけど、アイツが遊びの邪魔する!
だから、数を増やして皆で追い出そうと頑張ってたんだ!」
「アイツ?」
《ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!》
揺れる。
さっきもちょっと揺れたが、霊界にも地震があるのか。
「アイツだ。」
ゴードルは床を見つめる。
「オレ達で道を塞いで地下に閉じ込めてるけど、上がってこようとしてるんだ。
危ないから誰も行かないようにしてるんだぞ。」
「じゃあ、あの仕掛けはお前がやったのか……。」
話が本当なら、行方不明者のことも守ってくれてたんだろう。
「よし、そういうことなら俺達に任せろ。その地下のバケモノ倒してやるよ。」
「ホントか!?
あんなデカい奴倒せるのか!?」
「お、おう。」
デカいのか……。まぁ、この揺れだもんな。
「テロ、一旦、アグランと合流するぞ。」
「うん……!」
◆ 霊界の屋敷・2階・廊下 ◆
《ゴゴゴゴゴゴゴ……!》
ケロタンとテロが二階に上がると、ちょうど調査を終えたアグニスが戻ってきていた。
二人は揺れに気を付けながら、廊下の奥より歩いてくる彼の元へ駆け寄る。
「アグラン!」
その後ろには、紫色のスモールノーマン人形。
鋭いアグニスは、見て大体の状況を察する。
「成程。そいつがゴードルか。」
「え? 知ってるのか?」
「屋敷の主の手記に全て書かれていた。だが――」
アグニスは視線を床へと移す。
「その話は向こうに戻ってからだ。
当然、魔物は綺麗に掃除していくぞ。」
「そうこなくっちゃ。」
いい加減、
「テロは大丈夫か?」
「え、何が……?」
「今回は相性の悪い相手だ。霊体なら、物理的な攻撃はほとんど受け付けない。
私とケロタンで向かうのがベストだろう。」
「う~ん、そうか……。」
仲間が増えたばかりで、つい連れてきてしまったが、魔法中心の戦いになるなら、物理的な防御力も全く役に立たない。
「テロ、待っててくれるか?」
「うん……、そうする……。」
大人しく従うテロ。
もしかしたら、本能が警鐘を鳴らしているのかもしれない。それもあって、あんな恐怖を……
(今後、こういった場所には連れていけないな……。)
現状はただただ危険に
「まぁ、それもその内、解決できる問題だ。気に病む必要はない。
行くぞ。」
「ああ。
ゴードル。テロのことは任せた。」
「ン? もう押さえなくていいのか?
それじゃ――」
ゴードルがテロを掴んで離れていく。
すると、すぐ始まる震動。魔物を食い止めていた分身達が一斉に散ったようだ。
「相当、気が立ってる感じか?」
「それは当然、巨大な悪霊――魔物ならば、多くの負のエネルギーを取り込んでいるだろうからな。
要は怨念の集合体だ。」
《バコォォン!!》
壁や床を突き破り、魔物のモノと思しき触手が生えてくる。それは青白く発光しており、近くにいるだけで身体中が痺れるような感覚に襲われる。
「オオオオォォォォォン!」
次にやってきたのは、空間を震わす不気味な鳴き声。
ケロタンとアグニスはすかさず臨戦態勢を取り、触手の主が姿を現すのを待った。
《バキキィィ!!》
目の前の床が大きく割れる。
現れたのは、ヒトデのような形をした、巨大な霊体の魔物だった。
「うぉぉ! ホントにでけぇ!」
「ん……!?」
見るからに二人三人程度の怨念ではない。この場所が墓場であることも何か関係しているのか。
「オオオオォォォォォン!」
魔物の体から生える大量の触手が一斉に襲いかかってくる。
それを見たケロタンはバリア、アグニスは炎の障壁を展開――
アグニスの方に突っ込んだ触手は、燃え盛り、その場でのた打ち回る。
「《ケロダン》!!」
すかさず追い打ち。
ケロタンの放った光球は魔物の本体を捉え、威勢を削ぐ。
「ははっ、弱点さえ知ってれば余裕だな。」
「いや、最後まで油断はするな。霊体の魔物は打たれ弱い分、厄介な能力を持っている。」
「オオオオォォォォォン!」
「……!」
アグニスの言葉通りか。
魔物は床の破片を吸い寄せ、体を覆う装甲にし始めた。
それだけではない。部屋の中の物を浮き上がらせ、勢いよく飛ばしてくる……!
椅子に、ナイフに、像に、石――
「ポルターガイストってヤツか……!」
ここで止まったままでは、防戦一方になる……!
ケロタンはバリアで飛んでくる物を防ぎながら、魔物に向かおうとした。
――が、接近すればするほど、全身から力が抜けていく。
「はぁ、何だ? やけに疲れる……!」
「干からびたくなかったら戻れ。あれに接近戦は禁物だ。」
注意されるまでもなく、エネルギーが吸われているのが分かる。ビリビリして体の感覚が無くなるような……
「離れろったって……、遠くからじゃ時間が……!」
「お前にあの巨体の回復力を上回る攻撃ができるのか?」
「それは……、ん?」
今、何か見覚えのある物体を弾いた。
すぐに目で追うと、それは床に開いた穴に向かってころころ転がっていく。
あの丸い形……そして色は……
「勇者の石……! 屋敷の中にあったのか。」
「やべぇ! 落ちるぞ!」
こんな空間の歪んだ場所で取り逃したら100パー面倒なことになる。
とはいえ、これ以上近付いていったら干物決定――
ケロタンは動くに動けなかった。
しかし、その時、何かがふっと横を通り過ぎていく……!
「……! ゴードル!?」
「へへへ! オレも手伝うぞ!」
ゴードルは一気に勇者の石のとこまで行くと、あろうことか、それを思いっきり魔物に向かって蹴っ飛ばした!
「あぁー! 違う! それはそっちじゃない!!」
飛んでいった勇者の石が魔物の体に吸い寄せられ、張り付く。
「いや、あれならば、無くなる心配はない。
ケロタン、ゴードル。屋敷の外まで走るぞ。」
「え?」
服の袖の球体を触ったと思ったら、背を向け、走っていくアグニス。
やはり、何か策があるのか。
ケロタンはついていくことにした。
◆ 霊界の屋敷前 ◆
「オオオオォォォォォン!」
「ひぃー、関係ないのに当たり散らしやがって。」
外まで逃げ出すが、魔物は何処までも追ってこようとしてくる。
死んでもああはなりたくないものだ。
「こっちで~す……!」
「……!」
外にはユタリが待機していた。隣にテロもいる。
「それ~。」
急いで向かうと、地面に魔法陣が浮かび上がり、
それは魔物も同じであったが――
「オオオオォォ!?」
自分達とは違い、激しく苦しみもがき、縮こまっていく。
「浄化の結界です~。例に漏れず、効果抜群ですね~。」
「このように衝動的に行動するタイプの魔物なら、簡単に罠にかけられる。」
「おぉ……。」
アグニスは時間稼ぎしていたのか。
あんなにデカかった魔物が、もう勇者の石と変わりないサイズに……。動きもだいぶ鈍い。
「よし、トドメは俺が……!!」
ケロタンは生成した御札を魔物に勢いよく貼り付けた。
「《ケロの裁き》!!」
《ピッシャアアアアアン!!》
雷撃による、激しい明滅。風前の灯火も容赦なく消し去る一撃だった。
「成仏しろよ。」
「放っておいても消滅するところだったが……。」
「うるさい! たまには決めさせてくれ!」
毎度毎度、良いところを持ってかれると、呪いにかかってる気分になる。悪循環は断たなくては。
ケロタンは言いながら勇者の石を拾う。
「ん?」
そこで、異変に気付いた。
屋敷のところどころが虫食いのように消え、崩れていく。
「何だ? 魔物はもう……」
「いや……。」
アグニスは目を細める。
屋敷の消滅。全員でその光景を見届ける。
「これで未練は無くなった。そういうことだろう。」
「あの魔物が原因だったってことか?」
「…………。一旦、墓場の森に戻るぞ。
いつ歪みが解消されるか分からない。取り残されたくはないだろう。」
「ああ……。」
アグニスに続き、ユタリの魔法陣の上に乗る。
そう言えば、ゴードルは何処に行ったんだろうか?
まさか浄化の結界で魔物と一緒に消えたなんてこと……。
転移するまでの間、ケロタンはずっとアグニスの物憂げな表情が気になった。
…………。
あるところに、幽霊のことが大好きな少年が暮らしていた。
彼は幽霊と友達になりたい。いつか彼らのようになりたいと、いつも思っていた。
周りの子どもは怖がったが、絵本で読んだ物語の中に出てくるような、悪戯好きで愉快な存在への憧れは、日々強まるばかり。
そう、よくあるホラー映画に出てくるような、人を苦しめる化け物ではなく、生前と変わらず振る舞い、生きている者達とコミュニケーションを取ることができる存在――
もし自分もそんな風になれるのなら、死ぬことなど決して怖くない。何も恐れることはないと思っていた。
しかし、そんな彼の夢は否定される。
幽霊は、死んだ本人とは別の存在――
ある時、そう教えられ、彼は酷くショックを受けた。
死んだらもう会うことも話すこともできない。永遠に生き続けることなどできない。
彼は信じなかった。
死後、自分がこの世から完全に消えてなくなってしまうということを。
考えただけでも恐ろしかった。
だから証明しようと考えた。自分の思い描く幽霊が存在することを。
それから彼は探した。
幽霊に関するありとあらゆる文献を読み、また、危険と言われるダンジョンに入り込み、幽霊となって存在し続ける者を、或いはその方法を。
しかし、幾ら探しても、求めるものには出会えなかった。
幽霊はこの世の何処にも存在しない。彼は先人と同じ結論を出すしかなかった。
だが――
彼は諦めた訳ではなかった。
やがて魔科学者となった彼は、その立場を利用し、禁断の魔法に手を出したのだ。
いないなら、自らの手で作り出してしまえばいい。常識を書き換えてしまえばいい。生み出せるなら、生まれる世界に変えることもできる筈だと。
それから彼の研究は狂気の道へと進んだ。
家族さえ犠牲にし、果たして彼は求める結果を得られたのか。
「答えはこれだ。」
アグニスは服の袖の球体を操作し、記録しておいた遺書の内容――その最後に書かれた言葉をケロタンに見せた。
【幽霊は存在する】
「…………。あれって訳か。」
ケロタンは半球状の窓から外を眺める。
「オォ~バァ~ケェ~だぁ~ぞぉ~!」
「ひぃぃ!!」
テロを追い回しているゴードル。
勝手についてきた訳だが、どうやらテロを気に入り、取り憑いてしまったらしい。
「まさに幽霊って感じだけど。」
「いや……、違う。」
「ん?」
アグニスは目を伏せる。
「幽霊ではない。魔科学者の立場から言わせてもらうとな。」
「でも……」
「あれは
そうしないと、死への恐怖で押し潰されてしまう。」
「…………。」
禁断の魔法を以てしても、望みは叶えられなかったのか。
「魔物じゃないんだよな?」
「ああ、結界も効かず、日差しの下でも問題なく活動している。
しかし、いずれにしろだ。人工的に生み出された生物を野に放つ訳にはいかない。
管理下に置くのが難しいなら、処分するしかないのが現実だ。」
「処分……。」
ケロタンは再度、ゴードルを見た。
「生物なら、やっぱり、いつか死ぬんだよな?」
「その筈だ。未知な部分が多い為、調べるのに時間はかかるがな。」
「だったら、俺の仲間に加えていいか?
ミューバスの理想の存在なら、悪い奴じゃない筈だろ?」
「ああ。ひとまずはそれで構わん。」
アグニスは案外あっさり許可を出す。
考えは見抜かれていたらしい。
「それで……、もう戻ったみたいだけど、結局、何だったんだ? 空間の歪みの原因。」
「……。あの屋敷内には色々な装置があった。
悪戯か何かで、それが予期せぬ動作をすることもある。」
「そうか……。」
あんましっくりこないが、アグニスがそう言うならそうなんだろう。
「……。お前はミューバスを愚かだと思うか?」
「う~ん……。幾ら消えてなくなるのが怖くても、家族を実験材料にするのはな……。」
共感できる部分はあれど、狂ってるとしか言いようがない。
「死を前にしたミューバスは、最後に何を思ったと思う?」
「……やっぱ、後悔とかか?」
「違う。さっき見せたものを思い出せ。
ミューバスが最後に願ったのは、自分の研究成果が残ること。それが強い未練となり、あの屋敷を形作っていた。」
つまり、ゴードルを誰かに連れ出してほしいと。
「死について考えた時、お前も何かを残したいと思うんじゃないか?」
「まぁ、な……。
それが墓ってのは、個人的にはナシだけど。」
「……。あれは自分の為だけに残すものではない。後の世を生きる者達の為にもなる。
最初は大事に思っていたものでも、やはり時間が経てば、存在は薄れていくもの。
目の前のことしか見えなくなり、道を誤ることもあるだろう。
そんな時、過去を思い起こさせる物があれば、自分を見つめ直す一つの機会になる。
お前にはまだ早い話だろうがな。」
「成程……。」
過去に囚われ過ぎず、かと言って前を向き過ぎず。
そんな風に自分を調整する機会は必要なのかもしれない。
理解はできた。
「真っ当な手段で叶えることのできない夢。理由は様々だが、永遠に生き続けたいと考える者は多い。
死の存在は、これまで多くの人々を狂わせてきた。お前も気を付けることだ。」
アグニスはそう言うと、家を出ていった。
「死か……。」
分からないな。
どうせ避けられないなら、あまり考えない方がいいんじゃないかと思う。
きっとミューバスは友達がいなかったんだ。
「おい、テロ、ゴードル!
朝食食べてくか?」
こういう時は、ウインナーでも食べて忘れるに限る。
死に怯えて生きるのは楽しくないだろうし、そんなんじゃ
(第7話 End)
第8話(1/?)に続く