X…………X…………X…………
生きることは……傷つくこと……
X…………X…………
生きることは……傷つけること……
X…………
傷つき……傷つけて……またそれを繰り返す……
そうするだけの価値が、この世界には眠っている……
X…………
本当に……あるのだろうか……
見つければ、自分も彼らのようになれるのだろうか……
もう何もかもが手遅れだったとしても……
…………。
――いや、そうであった方がいい……
もし、これが現実ならば……
もし、死こそが唯一の逃げ道ならば……
これから俺は、一体どれだけ傷つくのだろうか……
一体どれだけ……、傷つけるのだろうか……
…………。
深海のような暗く冷たい世界に、薄らと、細い光が差し込んだ……。
「――――――」
それは永遠に続くかと思われた時間の終わりを告げるもの。
光はまるで蜘蛛の糸のように伸び、俺の体は俺の意思とは関係なく、上へ上へと引き上げられていく………。
一体何処へ連れていこうとしているのか……
段々と光が強くなり、意識までも浮上していく……
眩しさに目を細め、そして――
《バサバサバサッ!!》
「……っ!!」
落ちた――。
気付けば、何処とも知らぬ森の中。
俺は大量の木の葉の中に埋もれ、木々の間から差し込む陽の光に照らされていた。
「…………。」
ここは……
X
完全ではないが、記憶はあった。自分が何者で、これまで何をしてきたのか。
高校一年。性別は男。マンションに一人暮らしをしていて……、名前は……思い出せない。
一から説明すると長くなるので詳細は省くが、ここに来る前、俺はある超常現象に巻き込まれていた。
毎晩、現実と見紛うほどのリアルな悪夢を見るという謎の現象……
現実世界に何処までの害があるかは不明であり、身近な人間もちらほら巻き込まれていて、記憶を保持できるイレギュラーなだけに色々と手を尽くしたが、結局、俺は真相に辿り着くことができず、自分よりももっと有能な人材に後を託して散ることとなった。
残しておいたメッセージが上手く効果を発揮したかどうかは、分からないが……
その他の人間が巻き込まれることはできる限り避けたかった為、どうしても遠回しなものになってしまった。
まぁ……、俺の頭の限界といったところだ。
……………。
で、どうなんだろうか。
自分は死んだのか。それとも、悪夢がまだ続いているのか。後者の方が可能性が高い。
あんな目に遭っても、死後の世界や輪廻転生は、そう簡単には信じられない。また別のものだからだ。
「…………。」
起き上がり、自分の体を確認してみる。
(変わりない、か……)
服まで一緒。ひょっとすると、異世界転移かもしれない。
最後の記憶では、死のリスクのある状況にあったが……
(まぁ、その内、分かる……)
今はどちらであってもいいよう行動するべきだ。
立ち上がり、服に付いた木の葉を払う。
(ん……?)
そこで、周囲に妙な段差があることに気付いた。
少し木の葉をどかしてみる。
すると、ちょうど俺の倒れていた位置を中心に、地面がX字に抉れているのが分かった。
(何の痕だ……?)
獣が付けた痕にしてはでか過ぎる。やはり、何かモンスターがいるのか……。
俺は更に周辺を調べてみた。
(足跡は無し……)
これだけの葉っぱが積もっているところを見るに、だいぶ時間は経っていると思うが……
(早速、おっかないな……)
やはり、悪夢の続きかもしれない。そう俺は思った。
X
さて、まずやるべきこと。
サバイバルにおいて、一番最初に見つけなければならないのは、身の安全を保てる拠点。
洞窟か……、木の上か……。
俺は上を見上げ、考えを巡らせた。
(登るか……。)
森の規模や、周辺にあるものは把握しておいた方がいい。
俺はなるべく太く高い木を見つけ、それに手をかけ、力を込めた。
道具はいらない。自分の力なら、素手で十分。
――というのは半分嘘で、これは悪夢の中で使えた能力だ。
まぁ、夢の中なのである程度は思い通りであり、あの悪夢の中では、それぞれが隠したい過去、誰にも言えないような秘密が特に大きな力となった。
俺の場合は「怪力」。
親が二人とも体育会系で脳筋なのは、嫌な思い出だ。
とりあえず体さえ鍛えておけば何とかなるという教育方針で、やりたくもないスポーツをやらされ、小さな頃からいつも傷だらけ、一人暮らしをする前は本当に地獄だった。
まぁ、そのしごきの御蔭で現実でも相当頑丈な体が手に入った訳だが……。
感謝はするべきなんだろう。
しかし、やはり好きにはなれない。
幾ら体を鍛えても、それを活かすような人生を送らなければ意味はないのだから。
「ふー……。」
登れるところまで登り、周りを見渡す。
(広いな……。)
山の真っただ中のようで、人里なんてとても見えない。
かろうじて、遠くに灰色の構造物が見えるだけだ。
(あれは……城……?)
あそこなら確実に雨風を凌げるだろうが、問題はある。
人が住んでるならいいが、言葉が通じるかどうかはまだ分からないということ。
化け物の住処だったら危険だし、準備が整うまで行かない方がいいだろう。
だがまぁ、良い目印を見つけられた。これで方向を見失うことはない。
木から降り、次に水を探すことにする。
これだけ広い森なら、良い川がある筈。
X
森……生命の宝庫。
いきなり不毛の地に放り出されなかったのは、とても幸運だ。
生きるのに必要不可欠な水に食料、ものの数分と経たずに見つけることができた。
問題は……
「…………。」
それが他人のものであること。
川の前に数匹の人外がいる。
斜面の上の木の陰から様子を見ているが、魚を捕ったり、周辺の植物から実を採取したりしている。
袋に詰めていて、何処かに持ち帰ろうとしているようだ。
(分けてもらうことは……まぁ無理だな。)
姿は二足歩行の豚。背は低く、多分、自分の半分くらい。ほぼ間違いなく言葉が通じない。
(あそこに突っ込んでいって横取りは……流石にない。)
そこまで切羽詰まってないし、ここは諦めるか、いなくなるのを待って……
《ブガァァァ!!》
「……!?」
突然、汚い悲鳴が上がったと思ったら、一匹の豚の頭が矢に貫かれていた。
豚達はすぐに槍や斧、棍棒といった武器を構え、辺りを見回すが、射手を発見できない。また一匹が背後からやられる。
(何だ……?)
飛んでくる矢が見えない。
突然、豚の頭に矢が出現しているように見える。
(魔法……?)
あんな生物がいる世界なら魔法があってもおかしくないが……
(動体視力は良い方だが……、当たるまで見えない不可視の矢か……。)
しかし、刺さった瞬間の矢の向きで方向は……
《シュッ……!》《シュッ……!》
いや、複数方向から射られている。
射手が複数いるか、矢の軌道を変えているのか。
ひょっとしたら、射手まで透明かもしれない。
(待った方がいいな……)
倒し終われば、矢を回収しに出てくる筈。そこで正体が分かるかもしれない。
X
豚は全部で七匹。
四匹目が倒れたところで残りの三匹は恐れをなして逃げ出し始めたが、時既に遅し。正確無比な射撃により、彼らも残らず一撃で仕留められた。
(終わったか……)
凄まじい能力だが、とても愉快だとは思えない。醜い生物でも可哀想になってくる。
果たして、命を奪われるだけの理由はあったのだろうか?
息を潜めじっとしていると、予想通り、射手が姿を現す。
やはり、透明になっていたようで、突然、川原に出現した。
銀髪で褐色肌。人間かと思いきや、耳が長い。
(ダークエルフ、だな……。)
この世界でそう呼ばれる種族なのかどうかは知らないが。
彼女は死体から矢を引き抜き回収すると、死体を掴み、見えない位置まで運んで隠した。
食料に手を付ける様子はない。
(目的は殺すことか……。)
仕事のようには見えない。何か恨みでもあるのかもしれない。
そうなるとこっちも気を遣わなくてはいけなくなる。下手に争いを起こすと警戒が強まって困るだろう。
(首は突っ込みたくないな……)
突っ込むにしても詳しい事情を把握してからだ。でないと後悔する。
X
それからしばらく探索を続けた。
不穏なシーンも目撃したが、森の中での生活基盤の構築は概ね順調だった。
実家にいた頃は鍛錬の一環で登山や海水浴にも駆り出されていたから、基本的な知識はある。
ただ、しっかり身に付いているかどうかは自信の無いところで……、嫌だが、忘れている部分は力で何とかするしかなさそうだ。
「…………。」
岩の屋根の下に作った仮拠点で、一旦腰を落ち着け、これからのことを考える。
今のところ見かけた生物は、二足歩行の豚に、ダークエルフ、害の無さそうな小動物数匹。魔法もあって、ファンタジー世界なのはもう間違いない。
――となると、魔法に関する知識が早めに欲しい。
(さっさと出た方がいいか……)
森の外の方が人間に友好的な種族が多そうだ。
できれば人間がいいが、まだ一人も出会っていないので、この世界に存在するか分からない。
俺は豚の死体の山から回収しておいた袋と、その中に詰めた武器や食料を確認した。
何ともならないことはない。
戦闘を避けれた御蔭でまだまだ体力もあるし、日が高い内に下りれるところまで下りて……
「……!!」
「……?」
何かの鳴き声か。今、小さく「きゅーん」という音が聞こえた。
可愛い音から小動物がイメージされたが、俺は袋から棍棒を取り出した。
草木の向こうから何か来る。
(魔物か……? それとも……)
「きゅ……!」
「……!?」
茂みから飛び出した黒い影――
それを見た瞬間、記憶が蘇る。
「オスカー……?」
X
クリスマス・イヴ。
特に親しい友人もおらず、予定のない俺にとっては特別な日でも何でもなかった。
しかし、夜に近くのコンビニに行った帰り、行きの時には見なかった段ボール箱が道端に置かれていて、その中から猫の鳴き声が聞こえてきたら、もう無視はできない。
幸い、発見が早く、弱った様子もなかったが、もし、そのままだったら凍死していたかもしれない。よりによって何でこんな時間に捨てるのかと思った。本当に最低だ。
同じような人間にはなりたくなかったから、すぐに自分の部屋まで連れ帰って、翌日から必要な処置を取った。冬休みだったから、猫のことに費やす時間はたっぷりあったし、贅沢はしない性格だったから、しばらく飼うだけの余裕はあった。
まぁ、親からトレーニング代として渡された金を猫の為に使うのは罪悪感があったが……
ともかく俺は、Xマスを猫と過ごし、そして、
…………。
X
オスカーという名前は、首輪に書かれていたものだ。自分が付けた名前じゃない。
捨てた人間が付けた呼び名なんて、と――一時的にでも飼うなら変えてやろうかと思ったが、いきなり変わっては混乱するだろうと思い、そのままにすることにした。
「オスカー……?」
「きゅい……!」
駆け寄ってくる黒の小動物。
その反応の良さに、一瞬、本当にそうなのかと思ってしまう。
――だが、目当てはこっちではなかったようで、袋の中から転がり出た木の実に飛び付いた。腹が減っていたらしい。
「…………。」
面影はあるが、それだけ。何かしらの繋がりがあるとしても、俺のことは知らなそうだ。
別にそれを残念とは思わないが……
《ブガッ……! ブガッ……!》
小動物の後を追ってか、先程見た豚の魔物が茂みの中から姿を現した。
……厄介な奴を連れてきてくれた。
「おい。」
《ブガァッ!》
(無駄か……。)
豚は俺を目にすると、奇声を上げながら襲いかかってきた。こっちには全くそのつもりはないのに。餌として見られているのだろうか。
(これは指導の必要ありだな……。)
覚悟を決めた俺は、歩いて攻撃を避け、豚の手から素早く棍棒を取り上げた。
《ブガッ……!?》
「いきなり殴りかかってくるな。」
注意し、握力で棍棒を砕く。これで大人しく……
《ブギィ……!》
逃げようとしたので首根っこを掴んで地面に押し倒す。
「話は最後まで聞け。敵じゃない。」
一応、言ってみるが、ジタバタをやめない豚。
(通じてないな。)
平和的解決は難しいか……。残念でならない。
仕方なく解放しようとした。
「ん……?」
しかし、顔を上げると、状況が変わっていた。
ゴブリンがいる。一匹の黒いゴブリンが、茂みの中からこちらを見ている。
(仲間か……?)
「…………。」
目を合わせると、ゴブリンはゆっくりと茂みから出てきた。
その手には斧。肌には無数の傷。普通じゃない何かを感じる。
俺は斧が振り上げられたのを見て、豚の首から手を離した。
《ブギュゥゥ!!》
次の瞬間、豚の頭がバックリと裂け、大量の血が流れ出た。
(おいおい……。)
流石に恨まれ過ぎだと思った。
X
事情が分からなければ、手出しはできない。
黒いゴブリンは、豚を殺した後、続けて俺に襲いかかることはなく、何処かへと去っていき、そして、いつの間にか、小動物も消えていた。
(いいよな……やりたいことがある奴は。)
下山しながら、何故こんなことをしているのかと考えて、暗い気持ちになる。
運良くまだ人生は続いているが、この命を何の為に使うのか。
何の為に生きるのかということは、重要な問題だ。
やりたいこと、楽しいと思うことがないのなら、生きる意味がない。
少し前までは見つけようと努力していた。
しかし、犯罪・不正に手を染める大人達や、ほとんど詐欺みたいな社会の仕組みを知ってからは、社会貢献の気持ちも失せ、何も心の底から楽しめなくなった。
どう足掻いても、生き物は互いを傷つけ合う。そんな世界で目的を持って楽しく生きていられるってのは凄いことだ。
俺には苦痛でしょうがない。とても耐えられない。
昔、サッカーの試合中に相手に怪我を負わせてしまったことがある。
軽傷で、別によくあることだと恨まれもしなかったが、俺は嫌だった。人を傷つけることが。
そんなことをしてまでのし上がる理由は、自分には無い。
だから俺は、応援する側に回ろうと思った。他人の邪魔をしないように、困っているなら助けるように。そんな生き方をしていた。
ここでもそれを続けるのか……。
(異世界……。)
たまに例外はあるが、転生者にとって酷く都合の良い世界であるイメージ。
夢であるにしても、そういう性質を持っているなら……。
だとしたら……
(ここで見つけられるのか?)
そう考えると、少し興味が湧いてくる。
それの為なら何だってできると思うほど、自分の心を激しく燃え上がらせるものがあるのなら……、例え、夢であっても、真剣になる価値がある。
(意味がないなんて、やっぱり、虚しいからな……。)
俺は足を止め、来た道を振り返った。
一応、ここまで途中の木に傷を付けてきている。
「…………。」
迷いどころだ。
争いを避けて、関わりを避けて、それじゃあ何も始まらない。もっともっと物事の中心に積極的に分け入っていくべきか。
(いや、ないな……。)
そういうのは趣味じゃない。焦って変なことする必要はないだろう。
本当にここが都合の良い世界なら――
上を見上げると、流石に日が傾いてきていて、空が赤く染まり始めている。
能力があるから、もう少し無理はできそうだが、この辺にしておくか。
――と、そう思った時、気になるものが見えた。
(亀裂……?)
空にヒビが入ってるように見える箇所がある。
念の為、木の上に上がって確認してみるが、Xの形に広がっている。
さっきの傷といい、何か特別な印なのか。
(X……。)
10……未知……キリスト……
(ヴィア・ドロローサ……苦難の道……なんてな。)
確かあれは死んだ後、復活したとか。転生とは違った筈だ。
…………。
X1(2/?)に続く