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ホラー小説『死霊の墓標 ✝CURSED NIGHTMARE✝』 第3話「廃れし学び舎」(3/5)

 

 

 

 

 

 

 

  二・七不思議

 

 

 

 

 

 小学生の霊によって始められた謎の運動会。

 

 その会場の空気はどんよりと沈んでいた。

 

 第二種目の臓物引きが私達赤組の勝利で終わった後、再び罰ゲームを受けた白組。今度はカッターナイフで切りつけられるというもので、次々に痛々しい悲鳴が上がった。目の前で人が一人死んだこともあり、彼らが受けたショックは相当に大きい。

 

 流石にそれで逃げ出す者も現れたが、なんとグラウンドの周囲に見えない壁が張られており、逃走は失敗。

 

 私もまた、途中で抜け出すことはできないと分かり、表情を暗くせずにはいられなかった。

 

 「どうすんのこの後……。」

 

 「いや……、勝つしかないだろ。」

 

 ポニーテールの女子と眼鏡の男子はまだ、覚悟の決まらない、曖昧な会話を続けている。

 

 まだ危険が自分達の身に降りかかっていない為、現実感が湧かないのだろう。赤組のメンバーに取り乱す者はいない。

 

 「………………。」

 

 私は放置されたままのギャルの死体や内臓を見つめ、次に真っ赤な血に染まった自分の手の平に目を落とした。

 

 散らかしっぱなしというのはいかにも子どもらしいが、手を洗うくらいはさせてほしいものだ。気持ち悪くて仕方ない。

 

 夢とはいえ、自分の服で拭うのは抵抗があった。

 

 「ほら。」

 

 「?」

 

 突然、横からハンカチが差し出される。

 

 見ると、強面の男が近くに来ていた。顔に似合わないことをする。

 

 「これは、何処で?」

 

 「いつも持ち歩いている。」

 

 (成程。)

 

 私は納得した。

 

 悪夢での服装については、自分にとって最も馴染みがあるものが選択されることが分かっている。

 

 つまり、いつも着ている服、持っている物ならこの世界に持ってこれるという訳だ。昨日、今日、手に入れた物を持ったまま眠っても、大して思い入れがなければ持ってこれない。

 

 たまに例外・・もいるが、ここにいる人間達は皆、自分の服装に違和感を抱いている様子はない。

 

 全員、慣れ親しんだ格好なのだろう。

 

 「ところで、さっきのナイフは何処で手に入れた?」

 

 「……………。」

 

 折角、気分が良くなっていたのに、踏み込んでこられた。

 

 (何だ。親切にしてくれたと思ったら、会話のきっかけが作りたかっただけか。)

 

 ここは嘘を吐きたいところだが、下手な嘘は見抜かれる気がする。分からないとは答えられない。しかし、よく考える時間は無い。

 

 「目が覚めた時、傍にありました。 

  何かに使えると思って、隠していただけです。」

 

 「…………そうか。」

 

 殺人に慣れていることには突っ込んでこない。

 

 まぁ、こんな状況で余計なトラブルは起こしたくないだろう。

 

 さっきのことで私は彼らにとって恐ろしくも心強い味方になった筈だし、逆らおうとはしない筈。

 

 「………………。」

 

 私は不安を抑える為、袖からこっそりナイフを取り出した。

 

 それは使ったばかりである筈なのに、新品のようにピカピカ。

 

 正直、これについては私もよく分からないことが多い。

 

 悪夢の中で使える特殊な力…………と言うべきなのか。何故か私は体から無限にナイフを取り出すことができる。

 

 まぁ、夢だし、おかしな力を使えても全くおかしくないと考えて、納得しているが…………。

 

 私はそのことを他人に教える気はない。

 

 化け物扱いされるだろうし、彼らも自分の力に気付いて好き勝手に暴れ回る可能性があるからだ。他人のことを考えずに。前の悪夢・・・・では本当に危なかった。

 

 「はぁ……。」

 

 力を持った人間ほど、恐ろしいものはない。

 

 欲望剥き出しの彼らは、時に怪物よりも怪物だ。現実でも散々、酷い目に遭わされてきた。

 

 そうだ。私はこんな現象に巻き込まれても、一番嫌いなものは変わっていない。

 

 いや、より嫌いになったと言っていいだろう。

 

 私は赤組のメンバーに目をやった。

 

 もしこいつらが私の敵になるなら、その時は殺す。

 

 殺されるくらいなら、殺してやる。

 

 せめて夢の中くらい、気持ち良く生きさせてほしい。

 

 

 《ザ…………ザザ…………》

 

 

 ナイフを見つめていると、また放送が入る。

 

 

 《ザザ…………第三種目、パン食い競争を始めます……!》

 

 

 それは次の競技のアナウンス。

 

 私はそっと凶器をしまい、更なる地獄に備えた。

  

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ Another Side ~
六骸りくがい 修人しゅうと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 それは、何処までも続いていた。

 

 

 進んでも進んでも、目の前にはまた同じ景色が現れる。

 

 

 終わりは見えない。

 

 

 (どうなってる……?)

 

 

 俺は階段の途中で足を止め、懐中電灯で辺りを照らした。

 

 鬼教師を倒した後、更に下の階に下りようとしていたのだが、おかしなことになった。

 

 下りても下りても、何処までも階段は続いていて、一向に次の階に辿り着けない。

 

 ぐるぐると、まるでペンローズの階段を下りている気分だ。

 

 

 (無限階段……。)

 

 

 

 まさか、実際に体験することになるとは……。

 

 タイトルは覚えていないが、海外のゲームにこんなのがあった。

 

 確かあれは、最後には階段に潜む怪物に襲われて死ぬという結末ではなかったか。

 

 

 「………………。」

 

 

 俺は少し怖くなり、上を見上げた。

 

 

 (戻るべきか……?)

 

 

 それとも、このまま下っていくのが正解なのか。

 

 もうだいぶ下りてきているし、ここから戻るのはかなり体力を使う。

 

 ………………。

 

 いや、待て。それを決める前に確かめるべきことがある。

 

 俺はライターの火で壁を焦がし、下の階の同じ場所へ向かった。

 

 懐中電灯の光を当て、焦げ跡を探す。

 

 ………………。

 

 

 (無い、か……。)

 

 

 どうやら、ループしてる訳ではなさそうだ。

 

 (構造どうなってんだ……?)

 

 疑問が湧き上がってくるが、泡のようにすぐに消える。

 

 《ドン!》

 

 踊り場の壁を蹴ってみるが、特に何も分かることはない。

 

 

 「はぁ……。」

 

 

 俺は壁に背中を預け、溜息を吐いた。

 

 漆さんはどうなったのだろう。ちゃんと下の階に行けたのだろうか。

 

 特に痕跡は無く、無事なのかどうか分からない。

 

 まぁ……、彼からは十分な情報を手に入れたし、このまま朝になってくれるのなら、別にそれでもいいが……。

 

 

 「………………。」

 

 

 どうも見えない何かに遊ばれているような気がして虫酸むしずが走る。

 

 俺は歯を強く食い縛った。一体、誰の呪いなんだこれは。

 

 やり場のない怒りがふつふつと湧いてくる。

 

 …………だが、体から黒炎が噴き出すには至らない。

 

 こんな悪夢さっさと消し去ってほしいと心の底から願っているのに。

 

 

 「………………。」

 

 (……駄目だ。一旦、落ち着こう……。)

 

 

 俺は壁にもたれかかったまま、ライターを取り出した。

 

 火を付けると、薄暗い階段がほのかに明るくなる。

 

 

 「………………。」

 

 

 人類を進化・発展に導いた炎。

 

 そのゆらめきのリズムは、1/fゆらぎと言われるもの。

 

 小さいが、こんなものでも見ていると落ち着くものだ。

 

 確か脳内でα波がどうたらこうたら……。

 

 俺はぼんやりとそんなことを考えながら、壁を背に座り込んだ。

 

 まだ体力には余裕があるが、前回、前々回、遭遇したような巨大な怪物と出遭わないとは限らない。

 

 黒炎が使えなくなった以上、必要なのは冷静さ。

 

 あの時、休憩しておけば良かったなどと後悔しない為にも、ここは英気を養っておこう。

 

 俺は体の力を抜き、簡単な瞑想を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ 廃校の噂 ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いち : いかりきょうとう ⇒ とってもこわい。夜に見まわり。見つかるとなぐられる。

 

 

 に  : ろうかのバケツしょうねん ⇒ いつもろうかに立ってる。バケツがおもい。

 

 

 さん : ××××かいだん ⇒ 2かいと3かいのあいだ。××かったり、××かかったりする。

 

 

 し  : ×××の××ちゃん ⇒ トイレの中。見ちゃだめ。

 

 

 ご  : ×××いずきん ⇒ あかとあおときいろ。

 

 

 ろく : ×××××× ⇒ めだまいれ。ぞうもつひき。パンくいきょうそう。いたいそう。かりものきょうそう。しょうがいしゃきょうそう。ばくだんリレー。

 

 

 しち : ××××もけい ⇒ しんぞうがたりない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ………………。

 

 

 ……………………。

 

 

 …………………………。

 

 

 それから十数分。階段の牢獄の中で休んだ俺は、ゆっくりと立ち上がり、階段の下の方を懐中電灯で照らした。

 

 あまり長く休み過ぎると眠くなってくる。流石に何か刺激が欲しいところだ。

 

 (携帯でもあればな…………。)

 

 さっきからこの世界で眠ったらどうなるのか考えていたが、ポジティブな結果が想像できない。

 

 目が覚めるどころか、更なる深みにはまりそうな気がする。

 

 「はぁ……。」

 

 どうしようもなく、俺は階段に向かってゆっくりと足を踏み出した。

 

 分からないことが多過ぎてイライラするが、今の段階ではリスクを冒せない。

 

 何せ、命は一つ。一度起きたことは変えられない。

 

 ゲームみたいに時間を巻き戻し、全部無かったことにして、色んな可能性を試せる訳じゃない。

 

 

 ………………。

 

 

 そう、この悪夢についての最大の問題は、ここで死んだらどうなるのかということ。

 

 単純に現実でも死ぬのか。

 

 寝た状態で死ぬ人間が大量発生してはいない為、今のところ可能性は低いと見ているが、自分の身ではとても試せない。

 

 なら、どうやって確かめるかだが…………。

 

 

 「………………。」

 

 

 方法は……思い付く。

 

 とても恐ろしいが、手っ取り早い方法。

 

 

 (くっ…………。)

 

 

 俺は立ち止まって頭を押さえた。

 

 

 「すぅ……はぁ…………。」

 

 

 深呼吸をし、心を落ち着けていく。

 

 流石に人の道を外れ過ぎている。こんな状況だからって……。

 

 俺は考え直す。

 

 この現象は随分前から起こっていることが分かった。漆さんは駄目だったが、詳しい奴もきっといるだろう。

 

 この廃校の中でそういった人物と出会えるかはまだ分からないが、会えて話を聞ければ、無駄な努力をせずに済む。

 

 

 (…………よし。)

 

 

 俺は再び歩みを再開した。

 

 まぁ、何にしてもまず、この階段地獄から抜け出す必要があるんだが…………

 

 

 「キャアアアアア!!

 

 「……!?」

 

 

 突如、下の方から甲高い悲鳴が聞こえ、俺は凍り付いた。

 

 

 (誰だ……?)

 

 

 少なくとも漆さんではない。女性か、子どもの悲鳴だ。

 

 俺はもしやと思い、急いで階段を駆け下りた。

 

 すると、ようやく踊り場ではない場所――次の階に辿り着いた。

 

 

 (どうなってるんだ…………。)

 

 

 無限に続いていた訳ではなく、単純に階段が長くなっていただけだったのか。

 

 いや……、それは一旦、置いておこう。それより、さっきの悲鳴だ。

 

 辺りを見回すと、トイレらしき場所から光が漏れていた。

 

 恐る恐る近付き、中を覗き込む。

 

 入り口付近には誰もいない。

 

 

 (行くしかないか……。)

 

 

 俺は何が起きたのかを確かめるべく、中に踏み込んだ。

 

 罠である可能性も考えながら、壁を背にし、慎重に奥を覗き込む。

 

 すると、そこには……。

 

 

 「っ…………っ…………。」

 

 

 漆さんに続き、二人目。

 

 

 トイレには、栗色の髪に短いおさげが特徴的な、十歳くらいの小さな女の子がいた。

 

 彼女は床に膝を突き、両手で顔を覆いながら、小刻みに震えている。明らかに様子がおかしい。

 

 

 「…………どうかしたのか?」

 

 

 関わるべきか否か……、少し悩んだ末、声を掛ける。

 

 

 「っ……!?」

 

 

 女の子は突然の呼びかけに驚き、ビクっと体を震わせた。

 

 そして、顔から手を離しながら、ゆっくりと顔を上げた。

 

 

 「…………!」

 

 

 

 

 

 

 

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 俺は目を疑った。

 

 女の子の左目に、血のように真っ赤な花が咲いている。

 

 血管のような筋が通った奇怪な花びら。中心にはぶよぶよとした、腫瘍しゅようのような丸い膨らみが幾つもあり、気味が悪い。

 

 

 「どうしたんだ、それ……。」

 

 「いたい…………痛い……!!」

 

 

 女の子は小さく叫びながら、右目から涙を溢れさせている。

 

 

 (まさか、目に刺さってるのか…………?)

 

 

 グロテスクな図が頭に浮かぶ。

 

 俺は女の子に近寄り、状態を確かめようとした。

 

 

 「痛い……。痛い痛い痛い…………!!」

 

 

 だが、悲痛な声を上げ、苦しむ姿を見て、尻込みしてしまう。

 

 自分に助けられるのかと。

 

 

 (引っ張って抜くなんてできないよな……。)

 

 

 それなりに知識は持っているが、自分は医療の専門家ではない。

 

 多少の応急手当ができるレベルで、こうなった状態の人間を上手く助けられる自信なんて無い。

 

 

 (手遅れ…………。)

 

 

 頭に浮かぶのはとても薄情な言葉。

 

 ここは見捨てるのが一番か……。

 

 

 (助けられるんだったら、助けたいが…………。)

 

 

 方法を考えるが、難しい。

 

 いや、正直なところ、どうしても気が進まない。

 

 こういった状況では、他人を見捨てることは罪にならない。

 

 親子の関係なら保護責任者遺棄罪に問われることがあるが、容易に助けることができない状況であれば、不作為犯の要件は満たされない。

 

 だから……例え、この行為をとがめられようが、何も気に病む必要は……。

 

 

 「…………!?」

 

 

 ゆっくりと後退を始めた俺を見て、女の子は信じられないと言うような視線を向けてくる。

 

 

 (そんな目で見るな。)

 

 

 泣き虫は嫌いだ。

 

 誰かに頼ってばかりの人間はもっと嫌いだ。

 

 自分の身くらい自分で守ってくれ。

 

 子どもには酷な言葉だと思うが、無責任な言葉をかけて希望を持たせるのは、もっと残酷だ。

 

 少なくとも、俺はそう思っている。

 

 

 「う…………ううう…………!!」

 

 「…………?」

 

 

 逃げ腰になっていると、突然、女の子が目を瞑り、頭を左右に振り始めた。

 

 声も上げられないほど、痛いのだろうか。

 

 彼女は頭を押さえたまま、ゆっくりと立ち上がり、歩き出した。

 

 

 (…………?)

 

 

 こちらに向かってくる。

 

 

 不穏。

 

 

 一瞬、蹴りを放ちそうになったが、思い留まり、彼女のゆったりとした体当たりをかわす。

 

 

 「あぁ~!!」

 

 

 すると彼女は、大きく口を開け、俺が先程までいた空間をんだ。

 

 

 「…………!」

 

 

 いきなり噛み付こうとしてきた。

 

 

 「おい。」

 

 「ぁ……違う……。体が…………!」

 

 

 女の子はふらふらしている。目の焦点が若干合っていない。

 

 

 (花に操られてるのか?)

 

 

 となると、根は脳まで伸びている。やはり、無理矢理引き抜いたりはできない。

 

 「………………。」

 

 俺は確信した。自分にできることは何も無いと。

 

 

 (仕方ない。)

 

 

 そう、仕方のないことだ。

 

 もし、あの花を切断できるナイフでも持っていれば、或いはあんな階段で引っかかったりしていなければ、別の未来があったのかもしれないが……。

 

 俺は女の子に背を向け、急いでトイレから脱出した。

 

 後ろから聞き取れない叫び声が聞こえてくるが、無視して走る。

 

 

 (これでいい筈だ。)

 

 

 そうだ。何も間違ってない。

 

 だから俺を恨むな。

 

 俺は……正義の味方でも、魔法使いでもない。

 

 

 

 そんなんじゃなく、俺は……。 

 

 

 これ以上、おかしな行動を取られるくらいなら、殺した方がいい。

 

 万一、助けられたとして、子どもから有益な情報を聞き出せるとは思えない。

 

 「………………。」

 

 そんなことを考えるような、何処までも利己的な人間。

 

 もし、現実でも死んでしまったら、取り返しがつかないだろうに。

 

 俺は黒く染まる思考を必死に振り払いながら、階段を駆け下りた。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ Another Side ~
-?? ??-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第三種目、パン食い競争。

 

 小学生の霊にスタート地点まで連行された私達は、ラインの前に適当に並ばされ、開始の合図を待たされていた。

 

 白線で作られたコースの途中には、袋に入れられず、剥き出しのまま吊るされている幾つものパンが見える。

 

 ここからでは細部までは見えないが、何かあるのは間違いない。

 

 

 「誰が一番目に行く?」

 

 

 眼鏡の男子が振り向きざまに聞いてくる。

 

 進んで人柱になりたがる人間がいるとでも?

 

 しかし、そんな私の考えに反して、ポニーテールの女子がおずおずと手を上げた。

 

 

 「私、一応、足速いけど……。少なくともアスヒよりは……。」

 

 

 ………………。

 

 反対する者は誰もいない。

 

 

 「じゃあ、任せるけど、気を付けて……。」

 

 「うん……。」

 

 

 ポニーテールの女子はスタートラインの前に立った。

 

 遅れて白組の方も順番が決まったようで、白髪交じりの男がその隣に立つ。

 

 

 《ザ…………ザザザ…………》

 

 

 そこで放送が入った。

 

 

 《第三種目……、パン食い競争は……、パンを残さず食べた人数の多いチームの勝利です……!

  制限時間は……十分……! それでは始めてください……!》

 

 

 (…………?)

 

 

 ルールが少し変わっている。

 

 重要なのは足の速さではなく、食べた人数なのか。

 

 

 《ピーッ!!》

 

 

 考えている内に開始を知らせるホイッスルが鳴り、一番手の二人は戸惑いながらも駆け出す。

 

 とりあえず、今は固唾かたずを呑んで見守ることしかできない。

 

 

 「…………!」

 

 

 ポニーテールの女子は言うだけあって、快調な走り出し。

 

 スポーツでもやっているのだろうか。フォームが綺麗で、ぐんぐん相手との差を開いていく。

 

 もしこれが単なる徒競走だったなら、彼女の圧勝だが……。

 

 

 「…………!?」

 

 

 問題の場所まで辿り着いた彼女は、その場に固まってしまった。

 

 遅れて辿り着いた白髪交じりの男も、同様の反応を見せる。

 

 

 「何で止まってんだ。」

 

 

 二人の様子を見た不良男が苛立ち混じりに呟く。

 

 何でも何も、パンに何かあったのだろう。

 

 しばらくして、二人はスタート地点まで戻ってきた。

 

 

 「どうしたの。」

 

 「む、虫だよ、虫……! あそこのパン、全部虫だらけ……!」

 

  

 ポニーテールの女子は遠くのパンを指差しながら答える。

 

 

 「虫…………。」

 

 

 成程、パン食い競争とはそう言うことか……。悪趣味な……。

 

 

 「あの……、今回は引き分けでいいんじゃないですか。」

 

 

 白髪交じりの男はこちらの様子を窺いながら、そう提案した。

 

 

 「は? お前、負けたらどうなるか分かんねーんだぞ!」

 

 「そ、そんなこと言われても……。君食えるの、あれ。」

 

 「く…………。」

 

 

 不良男は口をつぐむ。

 

 あまり言い過ぎると良い流れにならないと思ったのだろう。

 

 

 「虫を取ればいいんじゃ……。」

 

 

 眼鏡の男子が顎に手を当てる。

 

 

 「それだと駄目だと思う。

  残さず食べろってルールだから。」

 

  「虫は具ってことか……。」

 

 

 私も考えているが、良い案は浮かばない。

 

 ここは向こうの提案を受け入れ、彼らが点を稼ぐチャンスを潰すべきか…………。

 

 

 「あの、どんな虫でした?」

 

 

 そんなことを考えていた時。

 

 緑の作業服の男が、白髪交じりの男に近付き、何やら会話を始めた。

 

 

 「んえ? ああ、ミミズとか、蜘蛛とか…………。」

 

 「そうですか……。」

 

 (…………?)

 

 

 作業服の男が虫パンの元に駆けていく。

 

 何をする気なのか……。

 

 

 (まさか…………。)

 

 

 じっと見ていると、男は吊られているパンの一つを手に取り、それをまじまじと見つめた後、口へと運んだ。

 

 

 「えっ、マジ…………?」

 

 

 ポニーテールの女子が引き気味のリアクションを取る。

 

 こちらも全く想定していなかった事態だ。

 

 味覚に障害でもあるのか、男は戻すことなくパンを食べていく。

 

 そして全てを胃に収めると、走って戻ってきた。

 

 

 「お前、食ったのか……?」

 

 

 虫入りのパンを食べた作業服の男に、不良男は話しかける。

 

 

 「いや、まぁ……、鳥が食べてる物だと思えば……。」

 

 

 それは理由を言ったのか。ひょっとして頭がおかしいのか。

 

 

 「ど、どうしよう。」

 

 

 眼鏡の男子が不安そうな顔でこちらを見てくる。

 

 分かっている。このままでは私達の負け。

 

 二連勝でリードはしているが、今後の競技の内容次第では、逆転されることも十分有り得る。

 

 だから、ただ虫入りのパンを食べるだけのこの勝負は落としたくない。

 

 

 「行ってくる。」

 

 

 私は眼鏡の男子にそう伝えて、パンの元へ走り出した。

 

 近付くにつれ、段々と表面をうごめ彼ら・・の姿が見えてくる。

 

 

 「………………。」

 

 

 顔を歪ませずにはいられなかった。

 

 手に取ることすら躊躇ためらうほど、蜘蛛、蟻、ナメクジなどの虫が這い回っている。

 

 だが…………、やるしかない。

 

 私はどうせ夢だと自分に言い聞かせ、パンの観察を始めた。

 

 虫には詳しくない為、どの虫が一番マシだとかは分からないが、とりあえず噛み付いてくる可能性がある蟻は避けたい。

 

 他にはミミズ、カブトムシの幼虫……、ムカデ……、カメムシ……、蝶……いや、あの見た目は蛾か。

 

 どれも口に入れたくはない。

 

 しかし、今から戻って仲間と揉める時間は無い。選ばなくては……。

 

 私は悩んだ末、カブトムシの幼虫が入ったパンを手に取った。

 

 他の虫より大きいが、エビに似ているし、食感は悪くなさそうだ。

 

 蜘蛛にしようかとも思ったが、あれはすばしっこいので残さず食うのは難しい。

 

 私は幼虫の詰め込まれたパンを口に入れた。

 

 

 「………………。」

 

 

 覚悟を決めて咀嚼そしゃくする。

 

 

 「うっ…………!」

 

 

 予想していた通り、ぷりぷりとした食感。だが、舌の上に広がったのは土の味。

 

 苦い……。とても苦い。

 

 匂いも土臭く、食えたものじゃなかった。

 

 何とか飲み込もうとしてみるが…………。

 

 

 「ぅぇ…………。」

 

 

 結局、吐き出してしまい、制限時間内に食べ終えることはできなかった。

 

 

 (せめて飲み物でもあれば…………。)

 

 

 口の中が酷い味だ。

 

 選択を間違えたか……。こんなことならやめておけば良かった……。

 

 

 「あの中だとカメムシもいいかな。

  メキシコとかだと生で食べるのが普通だから。

  まぁ、ほんとは火を通した方がいいけど。」

 

 「ふ~ん……。」

 

 

 スタート地点まで戻ってくると、作業服の男が仲間達に蘊蓄うんちくを語っていた。

 

 よく見たらあの緑色の作業服、左腕のところに環境省と書かれたワッペンが付いている。

 

 国家公務員だったのか…………。

 

 

 「うわっ。」

 

 

 納得していると、眼鏡の男子が声を上げた。

 

 周りには、青白い光に包まれた小学生達。

 

 

 (来たか……。)

 

 

 今度は野球のバットを持っている。

 

 

 《バンッ!!》 「…………っ!」

 

 

 腰に打撃。

 

 だが、耐えられないほどではない。

 

 

 「いったぁ……。」

 

 

 腰をさするポニーテールの女子。

 

 他のメンバーのリアクションもほぼ同様……。

 

 いや、髪の長い女だけは平然としている。

 

 当たりどころが良かったのだろうか…………?

 

 

 《第四種目は……、痛操いたいそうです……!

  皆さん……校庭の真ん中に集合してください……!》

 

 

 …………まぁ、気にしてもしょうがない。

 

 私達はズキズキと痛む腰を押さえながら、次の集合場所へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3話パート4に続く