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ホラー小説『死霊の墓標 ✝CURSED NIGHTMARE✝』 第3話「廃れし学び舎」(2/5)

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ Another Side ~
六骸りくがい 修人しゅうと

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うっ、うわああああっ!!

 

 「…………っ!?」

 

 懐中電灯を点けた瞬間、照らし出された黒い塊が情けない叫び声を上げ、床に倒れた為、俺は面食らった。

 

 (な、何だ?)

 

 明らかに人間の反応。

 

 俺はすぐに扉の前に置いた机をどけ、廊下を懐中電灯で照らした。

 

 するとそこには、全身真っ黒の化け…………いや、全身黒ずくめの男が倒れていた。

 

 「ひっ、ひいい!!」

 

 男は両腕でガードのポーズをしながら、わざとなのか本気なのか分からない悲鳴を上げる。

 

 とても怪物には見えない。

 

 「あの…………、ちょっと。」

 

 仕方なく、俺は話しかけた。

 

 どちらにせよ、騒がれてはたまらない。

 

 「え、え…………?」

 

 懐中電灯を少し逸らしてやると、男はゆっくりとガードを解いていく。

 

 「に、人間…………?」

 

 「はい。一応…………。」

 

 「はぁ~…………。よ、良かった……。」

 

 床に手をつき、安堵あんどの溜息を漏らす。

 

 その様子は人間…………。人間に見える…………。

 

 しかし、彼は一体どういう存在なのか…………。

 

 単に夢の世界の住人なのか、それとも俺と同じく、この現象に巻き込まれた人間なのか。

 

 (怪物が擬態してるんじゃないだろうな…………。)

 

 最初の夢で会った坂力さかりきのことを思い出す。

 

 あれと同じなのか、違うのか、見極める必要があるだろう。

 

 もし、仲間なら、色々話を聞きたい。

 

 「あの、とりあえず中に。」

 

 「あ、ま、待って…………。」

 

 「ん…………?」

 

 「ごめん……。腰が抜けちゃったみたいで…………。」

 

 「え…………?」

 

 腰が、抜けた…………?

 

 俺の頭が回転を始める。

 

 何だったか……、確か諸説あって、驚きによって脳が刺激を受けた時に、大脳皮質の知覚野で異常が発生し、腰の筋肉を動かす神経が一時的に機能しなくなるという説と、交感神経の緊張が高まることで、背中にある脊柱起立筋せきちゅうきりつきんの血管が収縮――血流が悪くなることで筋肉が動かなくなるという説の二つは聞いたことがある。

 

 しかし、自分がなったことがないので、どの説もいまいち半信半疑。そんな打たれ弱い人間がいるのか。

 

 俺は不信感を抱きつつも、男に手を差し伸べた。

 

 「ありがとう……。」

 

 男は腰を押さえながら立ち上がる。

 

 「………………。」

 

 少し観察するが、年齢は三十代後半。

 顔、体は痩せこけていて、髪は伸ばしっぱなし。全体的に不潔で、肌の色もあまりよろしくない。生活レベルはそんなに高くなさそうだ。

 

 俺は生まれたての小鹿のようになっている男を教室の中に入れ、扉を閉めた。

 

 「ふぅ…………。」

 

 安心した様子で床に腰を下ろす男。

 

 服だけでなく、首に巻いたマフラーまで真っ黒。ここまで極端なファッションだと気になる。

 

 俺は更に分析することにした。

 

 黒と言えば、一般的に孤独や悲しみ、悪などネガティブなイメージが強いが……、何ものにも染まらない強い色とも言える。

 

 色彩心理学の知識だが、黒が好きな人間は、周囲に対して反抗的で、協調性が無い。自分の中に確固たる芯があり、我が強い傾向にあるという。これは科学的には証明されていないが、自分がそうなので納得している。

 

 さて、これらのことから導き出せるのは……。

 

 無職、或いは人とあまり関わらない、見た目に気を使う必要の無い職業かつ収入が安定しない職業に就いている人間。

 

 作家、ブロガー、プログラマー……。この辺りか。

 

 俺は確かめるべく、男の前に腰を下ろし、小声で尋ねた。

 

 「あの、僕は高校一年の……六骸 修人っていうんですけど、あなたは?」

 

 「あ、えっと……うるし 爽一郎そういちろう。ホラー漫画家をやってるよ。」

 

 当たりか……。売れない・・・・ホラー漫画家だろうな。名前、聞いたことないし。

 

 いや、ペンネームは別という可能性もあるか。それか、偽名か。

 

 まぁ、気分を害するだろうから、今、突っ込むのはやめておくとしよう。

 

 それより優先することがある。

 

 「あの、あなたはここが何処だか…………何か知ってることはないですか?」

 

 「学校…………。」

 

 「いや、そうじゃなくて…………。」

 

 「あ、さ、さっき、懐中電灯を持った怪物を見たんだ…………。」

 

 「懐中電灯?」

 

 「人の形してたんだけど………。でかくて、顔が鬼みたいで…………。」

 

 「…………。」

 

 もしかして、さっき遠くで鳴った音の主だろうか…………。

 

 「何処にいたんです?」

 

 「一つ下の階…………。そこから逃げてきたんだ…………。」

 

 (…………なら、下りる時は気を付けなきゃな。)

 

 ばったり出くわすのだけは避けたい。

 

 「他に知っていることはありませんか?」

 

 「いや、僕、ついさっき起きたばかりだから……。あんまり。」

 

 「悪夢を見る、この現象のことは?」

 

 男は首を横に振る。

 

 本当に知らないのか?

 

 「あの、何処に住んでますか?」

 

 「え?」

 

 「この現象が一体どれだけの規模なのか…………。例えば、巻き込まれている人間が県内、市内の人間だけなら、原因のある場所が特定できると思うんです。」

 

 「な、成程…………。えっと僕は……浅夢市の常夜町じょうやちょうに住んでるんだけど…………。」

 

 常夜町…………。

 

 自分の住んでいる黒陽町こくようちょうより、北の方角にある町だ。そんなに遠くない。

 

 「それで、悪夢を見るようになったのはいつからですか?」

 

 「それは…………、去年の十二月……ええと、何日だったかな…………。」

 

 十二月…………。結構、前だな。自分が最初の被害者という線は消えたか。

 

 「確か……二十日だったと思う。」

 

 漆 爽一郎、常夜町、二十日…………。

 

 これで後は実在の人間かを確かめるだけだ。

 

 住所……、聞いても覚え切れるかどうか分からないが、一応、聞いておくか。

 

 「住所は教えてもらえませんか?」

 

 「ああ、えっと……。」

 

 「…………。」

 

 もう少し、渋ると思ったのだが、すんなり教えてくれた。

 

 「一人暮らしですか?」

 

 「うん。」

 

 その可能性が高いと踏んでいたが、トワイライトマンション常夜の三一二号室に一人暮らしか……。

 

 丁とか、番地までは自信が無いが、これなら、覚えていられそうだ。

 

 俺は心の中で、今、聞いたことを何度か繰り返した。

 

 折角、得た情報を忘れる訳にはいかない。

 

 「それで、君は……これからどうするの?」

 

 立ち上がった俺を見て、漆さんはそう言ってきた。

 

 「下の階で武器になるようなものを探そうと思ってます。」

 

 「え? ここで、二人で隠れてた方が良くないかい…………?」

 

 「…………。」

 

 そうか、明かりか……。

 

 漆さんにライターを…………いや、突然、黒炎が出る可能性があるから渡せない。

 

 しかし、懐中電灯も捨て難い。困ったな……。

 

 

 「あ……、う、うわぁぁっ!!」

 

 

 「!? どうしました……!?」

 

 考えあぐねていると、突然、漆さんが床に尻もちをついたまま、後ずさった。

 

 「ま、窓に黄色いのが……!」

 

 「…………?」

 

 何を見たというのか。

 

 窓に近付き、外の様子を確かめるが、特に何もいない。

 

 「黄色いお化けみたいなのが下の方に飛んでいった……。ほんとだよ……!」

 

 漆さんが震えた声でそう訴える。

 

 (全く……。)

 

 これでホラー漫画家とはにわかに信じ難い。

 

 しかし、嘘にしてはボロが出過ぎている。

 

 怖がりだからこそ、怖いものが描ける、と考えた方がいいのか。

 

 確か、そんな記事をネットで読んだことがあった。

 

 「…………とにかく、僕は行くので、ここで待っててください。

  掃除用具入れにでも隠れてれば見つかりませんよ。」

 

 「い、いいい嫌だよ……!

  確率が低くても、もし見つかった時、逃げ場がないじゃん……!」

 

 そりゃそうだが……ではどうするというのか。

 

 「明かりは欲しいし……僕も付いて行くよ……。」

 

 「え?」

 

 よく分からない人だ。やっぱり怖がりは演技なんじゃないか?

 

 しかし、狙いが分からない。

 

 怪物の擬態とは思いたくないが……、注意しよう。

 

 

 ◆

 

 

 その後、ライターをつけながら階段のところまでやってきた俺達は、明かりを消し、あまり音を立てないようにしながら、一段ずつ慎重に階段を下りた。

 

 「………………。」

 

 暗闇の中で俺を見失わないよう、肩を掴んでくる漆さん。

 

 正直、邪魔くさい。

 

 (こいつ、怪物に襲われた時に俺を身代わりにして逃げる気なんじゃないか?)

 

 凄く有り得そうなので、あらかじめ想定しておく。

 

 一応、ここに来るまでに通った教室の扉はどれも開いておいた。念の為、掃除用具入れの扉も。

 

 これで有事の際はすぐに逃げ込める。

 

 勿論、出会わなければ、それが一番だが…………。

 

 《ギィ……………》

 

 「………………。」

 

 床の軋む音が心臓に悪い。

 

 (怪物の耳が悪ければいいんだが……。)

 

 俺は足を踏み外さないよう、ゆっくりと階段を下りながら祈った。

 

 このまま何事も起きてくれるなと。

 

 ……だが、折り返し階段の踊り場まで来た時、階下から嫌な音が聞こえてきた。

 

 《ギィ…………! ギィ…………! ギィ…………!》

 

 それは、床が強く軋む音……。

 

 更に、廊下の奥から伸びる懐中電灯らしき光が目に入る……!

 

 「…………!」

 

 「漆さん、戻って。」

 

 俺達は慌てて階段を上った。床に手を突きながら猿のように。

 

 「はぁ……。」

 

 転びはしなかったが、ギィギィと音が鳴ってしまう。

 

 向こうに聞こえただろうか?

 

 分からない。

 

 俺は漆さんと共に階段を離れ、耳を澄ませた。

 

 「く、来るかな……。」

 

 後ろにいる漆さんが消え入りそうな声で尋ねてくる。

 

 (うるさい、黙れ。)

 

 集中してる時に話しかけるな。

 

 《ギィ………………! ギィ…………! ギィ…………!》

 

 「……!」

 

 この音……。

 

 これは来てる。上がってきてる。マズい……!

 

 俺はズボンのポケットから懐中電灯を出し、そのスイッチをONにした。

 

 「…………!?」

 

 漆さんは驚く。だが、声は上げないでくれ。

 

 俺は姿勢を低くし、点灯した状態の懐中電灯を廊下の奥に向かって思い切り投げた。

 

 咄嗟の判断。

 

 ここで失うのは痛いが、向こうが明かりを持っている以上、こうするしかない。

 

 俺は漆さんを連れて、階段近くの教室の中へと入った。

 

 そして、倒しておいた机の後ろに二人で隠れる。

 

 《ギィ……! ギィ……! ギィ……!》

 

 流石に今の音は聞こえたのだろう。怪物の足取りが早まる。

 

 (こっちに来るなよ……。)

 

 息を潜め、机と机の隙間から動向を見守る。

 

 すると狙い通り、怪物は教室の中を照らすことなく、まず俺が投げた懐中電灯のある方へ真っ直ぐ向かっていった。

 

 (よし、今の内に……。)

 

 俺は漆さんを連れ、机の下から出た。

 

 そして反対側の出入り口まで歩き、廊下の様子を確認する。

 

 まだ怪物は懐中電灯のところまで辿り着いていない。

 

 完璧だ。

 

 後は後ろをこっそり通るだけ。

 

 俺は怪物が振り返らないことを祈りながら、漆さんを連れ、教室を――。

 

 《ジ……ジジジッ》

 

 出た瞬間、目の前がチカチカと明滅する。

 

 (……!?)

 

 一瞬思考が止まってしまう。

 

 何故……。

 

 何故か教室を出た瞬間、廊下の照明が一斉につき、点滅を始めた。

 

 更に……。

 

 《パリィン!!》

 

 頭上の電球が突然、破裂。

 

 まるで俺の位置を怪物に知らせるかのように。

 

 (…………!)

 

 光の明滅する廊下で、怪物がこちらを振り返る。

 

 

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 その姿は……漆さんが言っていた通りだった。

 

 人型だが、体はでかく、顔は鬼のよう。

 

 「フーッ……! フーッ……!」

 

 名付けるなら、鬼教師といったところか。

 

 それは荒い息を吐きながら、こちらに向かって足を踏み出した。

 

 「うわあああ!!」

 

 時が動き出す。

 

 限界に達し、逃げ出す漆 爽一郎。 

 

 (くっそ……!!)

 

 俺もすぐその後に続き、階段に走った。

 

 捕まるまいと踏み外しそうな勢いで駆け下りる。

 

 (何処に逃げる……!? 一番下の階か……!?)

 

 逃げながら頭を高速回転させる。

 

 (いや、それよりも――)

 

 一瞬の判断で俺は一つ下の階に下り、急いで近くの教室の中に入った。

 

 《ガララ――!!》

 

 素早く扉を開けて閉め、離れる。

 

 (これで……。)

 

 俺は上着を少し脱ぎ、片腕だけを通した状態にした。

 

 更に掃除用具入れを開け、中の箒を一本取り出す。

 

 「ウウウッ!!」

 

 《バン!! ……バァン!!

 

 追ってきた鬼教師が蹴りを放ち、扉が吹っ飛ぶ。

 

 (くっ……!)

 

 なんて力だ。

 

 しかし、体がでかい為、中に入るのに少し手間取る筈。

 

 俺は鬼教師がモタついている僅かな隙に、反対側の扉から廊下に出た。

 

 (次は……。)

 

 走りながらライターを取り出し、箒に火を付ける。

 

 やったことがないので少し不安だったが、火災で有名な棕櫚しゅろの木の樹皮で出来ていて、よく乾燥していたので、思ったより簡単に着火した。

 

 後は走って風を取り込ませ、火の勢いを強めるだけだ。

 

 「フーッ……!! ウウウッ!!」

 

 後ろを見ると、教室から出た鬼教師が追ってくる。

 

 身長、目測2.3m。

 

 幾ら握力100kgの俺でも、あの巨体とまともにやり合って勝つ自信は無い。

 

 だから――こうする。

 

 俺はライターをしまい、上着から片腕を抜き、手に持った。

 

 「ゥゥゥ……ウウーッ!!」

 

 獣のような唸り声を上げ、床に穴が空きそうな勢いで駆けてくる鬼教師。

 

 俺は炎が十分な勢いになったところで足を止め、迫りくる鬼教師の顔に向かって上着を投げた。

 

 「……!? ウウウッ!!」

 

 視界が覆われ、困惑する鬼教師。

 

 その隙に俺は背後に回り込み、燃える箒を鬼教師の背中に叩き付けた。

 

 「ウウウウッ!?」

 

 「…………!」

 

 正直、苦肉の策だった。しかし、運良く一度で燃え移ってくれた。

 

 かちかち山状態となり、慌て出す鬼教師。

 

 (上手くいった……!?)

 

 スーツの生地は難燃性のウールが使われていることがあり、簡単には燃え広がらないかもしれないと思っていたが、学校の教員ということで、動きやすいポリエステルの生地なのだろうか。

 

 まぁ燃えたならどうでもいい。

 

 俺は素早く距離を取り、様子を見る。

 

 「ウウウッ!! ウウウウ!!」

 

 「…………?」

 

 鬼教師は何故か火を消せずにいる。

 

 (もしかして、知能が低いのか……?)

 

 服に火が付いている時、絶対に走ったり、体を激しく動かしたりしてはいけない。

 

 落ち着いて燃えている箇所を地面に押し付け、擦るように左右に転がるのが、手っ取り早い消火方法だ。この手順はアメリカの消防士発祥で、「ストップ、ドロップ&ロール」という合言葉で知られている。

 

 だが、どうやら鬼教師にそんな知識は無かったらしく、体をただブンブンと振っており、かえって火の勢いを強めている。馬鹿で助かった。

 

 しかし、流石にこれだけでは足りないだろう。

 

 鬼教師が追いかけるどころでなくなっている隙に、俺は近くの教室から椅子を持ち出した。

 

 「ウウウウッ!!」

 

 火に苦しみ、暴れる鬼教師。

 

 隙だらけで笑えてくる。

 

 俺はタイミングを見計らい、その顔面に燃え盛る箒を押し付けた。

 

 「ウオオッ!!」

 

 顔を押さえ、前屈みになる鬼教師。

 

 「ッ!!」

 

 そこで素早く距離を詰め、全力の蹴りを叩き込む。

 

 幾ら巨体と言えど、体に力が入っていない状態で受ければ、バランスを保っていられない。

 

 俺は間髪容れず、尻もちをついた鬼教師の頭目がけて椅子を振り下ろした。

 

 《ゴッ!!》

 

 鈍い音。

 

 鬼教師の頭頂部が割れ、そこから真っ赤な血が噴き出す。

 

 こうなって意識を保てる筈はない。鬼教師は糸の切れた人形のようになり、仰向けに倒れ伏した。

 

 「ふー………………。」

 

 一撃……。

 

 まぁ、当然だ。

 

 人の頭の硬さはカボチャと同じくらいというのは有名だが、昔、それを知って、カボチャ相手に何度も色んなものを叩き付けたことがあった。

 

 引かれるだろうから誰にも話したことはないが……、あれは力をコントロールする良い練習になったし、相手を殺そうと思った時は、カボチャと思えばそんなに抵抗が無くなる。

 

 (役に立つのは二度目・・・だな……。)

 

 俺は倒れた鬼教師を見下ろした。

 

 死んだか、それとも気絶したか。

 

 脈を確かめる勇気は無いので、箒で更に服を燃やす。

 

 たちまち鬼教師は火だるまとなる。

 

 (これで良し……。)

 

 黒炎無しでも何とかなったか。

 

 俺は上着を回収した後、鬼教師が使っていた懐中電灯を拾った。

 

 そこで、少しおかしなことに気付く。

 

 (……………………床が燃えないな……。)

 

 こういうところを見ると、やはりここは夢の世界なのだと思う。

 

 そう言えば、漆さんは何処に行ったのだろう。

 

 多分、更に下の階に逃げたんだと思うが…………。鬼教師以外の怪物がいないとは思えない。一人で大丈夫だろうか……?

 

 (……いや、折角いなくなったのだから、放っておけばいいか。)

 

 他人が知らないところで勝手に死ぬ分にはいい。自分にはどうしようもないのだから、責任を負わなくて済む。

 

 俺は上着を羽織り、未だ明滅し続ける校内の探索を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ L i t t l e  N i g h t m a r e ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を閉じている…………

 

 皆、目を閉じている…………

 

 まるで眠っているかのように…………

 

 心の無い人形であるかのように…………

 

 誰もXを見ようとしない…………

 

 

 

 

 

 …………。

 

 だからこれは……、誰も知らない筈の物語。

 

 泡沫うたかたの如く、儚く消えていく筈の物語。

 

 この世界に何も残らない、ただの夢……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、廃校の悪夢での一幕。

 

 「グスン…………スンスン………。」

 

 「……………。」

 

 ある教室に、二人の子どもがいた。

 

 壁を背に座り込み、涙ぐんでいる少女と、その姿を心配そうに見つめる少年。

 

 彼らもまた、この悪夢に囚われた哀れな子羊であった。

 

 俯く少女の名は、初薔薇ういばら さき。隣に座るこがらし 太峙たいじとは、同じ小学校に通う三年生で、クラスメート。幼稚園の頃から仲の良い友達同士で、家も近い――いずれ幼馴染と呼ばれるであろう関係だった。

 

 今宵、そんな彼らが揃って悪夢に囚われたのは、不幸中の幸いか。

 

 二人は暗い中、身を寄せ合い、互いの存在を拠り所にすることで、状況に耐えていた。

 

 よく知らない場所でも、同じ境遇の仲間、知り合いが傍にいるなら、冷静でいられる。

 

 しかし、それはあくまでも一時的なもので………。

 

 突然、廊下の明かりがつき、明滅を始めた時、咲は不安と恐怖で涙がにじみ出すのを抑えることができなくなった。

 

 「咲ちゃん、明かりがついただけだよ……。」

 

 すすり泣く咲を何とか元気付けようと、太峙は気丈に振る舞う。

 

 しかし、心細いのは彼も同じ。

 

 明かりがついていると、色んなものが見えてしまう。

 

 見たこともないボロボロの教室に、ひっくり返った机や椅子。黒板の不気味な落書き……。

 

 これなら暗いままの方がずっとマシだった。

 

 太峙は座りながら、床や天井を見渡す。

 

 まるでネットの動画で見るような、一人称視点のホラーゲーム。

 

 いや……、そんなんじゃない。

 

 浮かんだイメージはすぐに消える。

 

 本当にそう思えたら、幾らか気持ちが楽になったかもしれない。

 

 しかし、床が、空気が、光が、闇が……。

 

 あらゆるものが感覚器にリアルに訴えかけてくる。

 

 とてもこれが夢だとは思えない。

 

 「…………。」

 

 このまま何もせず、時間に解決を委ねていていいのか…………。

 

 そう思った太峙は、ゆっくりと立ち上がった。

 

 「ちょっと……外見てくる。咲ちゃんは待ってて。」

 

 太峙はそう告げて扉に向かう。

 

 だが、すぐに服の裾が掴まれ、引っ張られた。

 

 「たいちゃん……。」

 

 振り返ると、そこには小動物のように瞳を潤ませている咲。

 

 「大丈夫……。すぐ戻ってくるからさ……。」

 

 頼られるのは嬉しかった。

 

 しかし、助けが期待できるような状況でない以上、いつまでもじっとしている訳にはいかない。

 

 心が痛んだが、太峙は咲の手を振りほどき、扉に向かった。

 

 《ガラララ――》

 

 扉を開け、廊下に少しだけ顔を出してみる。

 

 「…………。」

 

 人の気配は無い。

 

 電気がついたのは偶然なのだろうか…………。

 

 天井の電球は、先程からずっと明るくなっては暗くなるの繰り返し。

 

 突然、真っ暗になるようなことは……ないと信じたい。

 

 教室から出た太峙は、少し迷った後、右の方へ歩き出した。

 

 出口は普通に考えて下の階。

 

 まずは階段を見つけたかった。

 

 《ギィ…………ギィ…………》

 

 太峙は歩きながら考える。

 

 ここは一体何処なのかと。

 

 雰囲気は、前に家族で行った遊園地――そこのお化け屋敷に似ている。

 

 これも作り物なのだろうか……。

 

 そう考えても、証明となるものは何処にもない。

 

 記憶も眠りに就いたところでぷっつりと途絶えている。

 

 「………………。」

 

 何も分からない。

 

 それが恐ろしかった。

 

 お化け屋敷も肝試しも、出てくるお化けが全員偽物だと分かっていたから、驚くだけで怖いとは思わなかったし、寧ろ楽しかった。

 

 一人でもなかったし、身の安全は保証されていた。

 

 しかし、ここでは何が起きるか分からない。

 

 暗闇に何が潜んでいるのか分からない。

 

 《ジ…………ジジジジ…………》

 

 「…………!」

 

 突然、明滅のスピードを速める電球。

 

 驚いた太峙は足を止め、廊下の先にあるものを見て固まった。

 

 「うっ…………うっうっ…………。」

 

 何かいる。

 

 電球の切れかけた薄暗い廊下。その隅に、小さな人影。

 

 (幽霊…………?)

 

 

 太峙は目を凝らした。

 

 自分より少し小さな男の子が、廊下に立って泣いている。

 

 手に持っているのは…………バケツだろうか。

 

 あんなの漫画でしか見たことがない。

 

 「うっ…………ううう…………。」

 

 悲しそうな泣き声。

 

 一応、実体はあるように見える。

 

 もしかしたら、自分や咲と同じく、この学校に連れてこられた仲間なのかもしれない。

 

 そう思った太峙は、警戒しつつも、男の子に近付いた。

 

 「ううう…………。」

 

 近くに来ても、男の子はこちらを見ず、俯いたまま涙を床に零している。

 

 たっぷりと水の入ったバケツ。

 

 それを両手に持っていて、とても辛そうだ。

 

 「何してるの…………?」

 

 太峙は心配になり、尋ねた。

 

 すると、男の子は口を開き――

 

 「うっ……うっ…………バケツ…………重い…………。」

 

 手を震わせながら答えた。

 

 確かに、ずっとこれを持ったままでいるのは辛いだろう。

 

 太峙はどうしようかと、少し考えた。

 

 バケツと水…………。

 

 今、使い道は思い浮かばないが、持っておけば何かの役に立つかもしれない。

 

 それに、困っている子は放っておけない。

 

 「一つ持ってあげようか……?」

 

 太峙は申し出る。

 

 すると、男の子は泣くのをやめ、少し顔を上げた。

 

 「スン…………スン…………」

 

 申し訳なさそうに、おずおずと左手のバケツを差し出してくる。

 

 それに特に不審なところはない。

 

 太峙が持ち手を握ると、彼は少し救われた顔になった。

 

 「ありがとう…………。」

 

 涙交じりのお礼。

 

 こんな状況だから、助け合うのは当然だ。

 

 太峙は少し笑顔を浮かべた。

 

 

 がくん。

 

 

 だが――男の子がバケツから手を放した瞬間、太峙は膝から崩れ落ちることになった。

 

 「!?」

 

 重い。重過ぎる。

 

 ただ水が入っているだけなのに、まるでダンベル。力を入れてもちっとも持ち上がらない。

 

 焦った太峙は一旦、手を放そうとする。

 

 ――が、できなかった。

 

 バケツの取っ手と自分の手が、まるで一体化したかのようにぴったりとくっ付いていて離れない。

 

 「…………!?」

 

 気付けば、すぐ傍にいた筈の男の子が消えていた。

 

 何がどうなってるのか。もしかして罠だったのか。

 

 答えてくれる者はいない。

 

 これが廃校七不思議の一つ――廊下のバケツ少年だということを。

 

 

 親切は時に仇となる。

 

 

 あなたに本当に人を救える力はないかもしれない。

 

 

 太峙はその場から動けなくなり、絶望の表情を浮かべた。