《ガチャッ》
「…………!!」
中に入った俺は目にした。
先ほどから聞こえていた音の正体――それが目の前に!
「っ!」
俺はすぐに明日人の頭を掴み、強引にしゃがませた。
「わっ……!」
間髪容れず、頭上を勢いよく通過する四角い塊。
それは俺達を越えて大きく飛んでいき――
《バン!! ガンッ……!!》
通路の壁に激突――、そして床へと落ちた。
「あれは……。」
テレビ…………古いタイプの物か?
今はもう見ないブラウン管式で、直方体の大きな箱型……。
何故こんなものが飛んで……。
部屋の中を見ると、そこは凄いことになっていた。
数え切れないほどの……アナログテレビの山。
どれも乱暴に放られていて、まるでゴミ捨て場のようにごちゃごちゃしている。
(ゆ)「ペルソナ4かよ。」
「………………。」
俺は部屋の中に足を踏み入れ、テレビを飛ばした犯人を探した。
怪しいのは、奥の壁に取り付けられている巨大なモニター。
画面に映っているのは、テレビ放送の休止時間帯に表示されるカラーバーだが……。
俺はいつでも避けられるよう身構えながら、モニターに近付いた。
すると――
《バン!!》
やはりそうだ。画面からテレビが飛び出した。
飛ぶ方向はランダムのようで、新しく入ってきたテレビは、右の方の山にぶつかり、奥へと転がっていった。
「あの中にも入れるのかな……。」
後ろで見ていた明日人が呟く。
試しにその腕の中のゆっくりを入れてみたらどうだ……と言いたいが、あんな目を向けられた後では、流石に勇気が出ない。
「はぁ……。」
とりあえず、俺達は安全地帯であると思われる部屋の端から、モニターに近付いた。
《ピーーーーー……》
すると、僅かだが音が聞こえてきた。
確かこれは、テストトーンと呼ばれる正弦波信号。カラーバーとは基本的にセットで流れるもので、特におかしなものではない。
「………………。」
俺は画面に顔を近付け、じっと見つめた。
先がどうなっているか、全く分からない。大量のテレビが出てくることから、それなりの広さはあると思うが……。
「お前、顔入れてみるか?」
「は?」 (ゆ)「は? お前がやれや。」
思いっきり嫌な顔をされてしまった。だが……。
「できないなら、そのゆっくりを入れることになるぞ。」
「…………!」
これでやらざるを得なくなる筈。少し卑怯なやり方だが……。
「分かったよ……。」
明日人は仕方なくといった様子でゆっくりを床に置き、モニターに近付いた。分かりやすい奴だ。
(ゆ)「ゆっくりしていってね。」
ゆっくりが応援する中、明日人はモニターにまず手を近付けていく。
「………………。」
《ぷぷぷぷぷ……!!》
「うわっ!」
「……!?」
だが、触れるか触れないかのところで、突然画面が暗転。異音が鳴り出した。
「おい。」
俺は明日人の肩を掴み、一旦後ろに下がらせた。やはり何が起きるか分からない。
[NNN臨時放送]
「…………!」
じっと見ていると、画面が再び切り替わった。
元のカラーバーに戻った訳ではない。セピア色のゴミ処理場のような背景に、白のテロップが表示されている。
「これ……都市伝説の……。」
「何……?」
「NNN臨時放送だよ……! 明日の犠牲者が流れるっていう……!」
明日の犠牲者……? 何のことだ?
画面を見ていると、下の方から、まるでエンドロールのように人の名前が流れ始めた。
凩 太峙(2) 漆 爽一郎(48)
冰龍 徠世(203) 鹿沼 入江(36)
浜代 翼(12) 小川 由比(2)
その中には、俺が知っている人物の名前もあった。そして――
久丈 明日人(2) 六骸 裁朶(358)
六骸 修人(4) 御社 未練(3843)
溝淵 炬(86) 射腹 銃次(28)
[現在の犠牲者は以上です。おやすみなさい]
《ザァーーーー!!》
「………………。」
あまりにも衝撃的なものを見てしまい、砂嵐に切り替わった画面の前で、俺達は呆然と立ち尽くした。
今のは一体……。
いや……、意味は分かる。流れていった名前の共通点……。そして、括弧の中の数字が何を表しているのかも……。
(悪夢を見ている人間と、悪夢を見た回数……。)
そうに違いない。
何か、とんでもない数字も見えたが……。
「今のは……どういう……。」
明日人はまだ困惑している。
「NNN臨時放送っていうのは何なんだ?」
「え……えっと……。2000年頃にネット掲示板で話題になったもので……。
今みたいに、ゴミ処理場を背景に、犠牲者の名前が流れていくってものなんだけど……。
ちょっと、元と違って……。」
「都市伝説って言ってたな。ただのデマなんだろ?」
「うん……。」
それが何でこんな場所で流れたんだ?
誰かの意思か。それとも人々の記憶からランダムに選ばれたのか。
偶然なのか、必然なのか……。
(ゆ)「これもデマじゃね。」
「…………。」
いや、そうは思えない。
俺の名前の横に表示されていた数字は4。悪夢を見るのは確かに4回目。
裁朶姉も巻き込まれたのが一年前なら、あの数字は妥当だ。
他に気になることは……。
(御社 未練……。読み方はおやしろ みれんか……?)
一人だけ飛び抜けて数字が多い人物がいた。
あれを信じるなら、約10年も前からこの現象があることになる。
それだけの期間、生き延びている人間がいることになる。
この現象を解決することもできないで……。
(………………。)
得体の知れない寒気を覚える。
一体この現象は何なんだ……?
「…………。とにかく……、先に進むぞ。他にも何かあるかもしれない。」
「え……、やめとかない……?」
「…………ここでこんなヒントを得られたのは初めてなんだ。」
俺は明日人の意見を無視し、砂嵐を映す画面に向かって手を伸ばした。
《ザァーーーー!!》
ちゃんと先があるようで、問題無く吸い込まれる。
「ほら来い。置いてくぞ。」
「…………。」
明日人は不安を抑えるようにゆっくりを抱き締めると、俺と同じように、画面に体を突っ込んだ。
《ブブゥゥゥン……!》
◆
《ブブゥゥゥン……!》
モニターの向こう側へと通り抜けた俺達は、早速目の前の光景に圧倒された。
「…………!」
一瞬、まだモニターの中にいるかと思った。
それほどまでに濃い霧が、辺りを覆っている。
(ゆ)「うわ、何も見えねぇ……!」
俺達の思いを代弁するように、ゆっくりが叫んだ。
「ちょっと、やっぱここ無理だって……!」
明日人は今にも戻りたそうに、モニターの中に体を
確かに、この霧の中を闇雲に進むのは危険過ぎる。
だが、それは霧を晴らす方法が無い場合の話だ。
俺はライターを構え、正面の霧に向けて黒炎を放った。
《ボォォ!!》
すると、黒炎の通った場所を漂う霧が、ごっそりと消える。
「おお。」
(ゆ)「つええー……!」
感嘆の声を漏らす二人。
とりあえずはこの方法で、一時的にだが視界を晴らすことができる。足を止める理由は無い。
「床や壁以外なら、とりあえず何でも消せることが分かってる。
離れず付いてこい。」
「あぁ、うん……。」
俺は明日人がモニターから出たのを確認した後、目の前の霧に向けて黒炎を放った。
そして、そのまま真っ直ぐ進んでいく。
「………………。」
床の感じからして、ここは駅の構内だろうか。
これまで見た悪夢と違って、場所に繋がりが無さ過ぎる為、先に何があるかは予想しにくい。
(一体ここは、誰のどんな記憶から生まれてるんだ……?)
ヒントとなるのは、大量の電子機器に、さっき明日人が言っていた都市伝説。
一応、思い浮かぶものはあるが、もう少し調べないと結論は出せない。
俺は明日人とはぐれないよう、時折、後ろを振り返り、ちゃんと付いてきていることを確認しながら慎重に進んだ。
(ゆ)「霧の中に怪物いるかもな。」
最初はウザいと思っていたゆっくりの声も、こうした状況では安否確認に役立つ。
できる限り喋り続けてもらいたい。その方が異常をすぐに察知できる。
「…………!」
だが……、そんな俺の警戒心を嘲笑うかのように、異常はその姿を隠すことなく、目の前に現れた。
霧の中に黒い影が見える。
距離は遠いが、それはちょうど人のサイズくらいで、ゆらゆらと揺れている。
俺は立ち止まり、影を観察した。
誰かいるのか……。
そう思いながらじっと見ていると、それは二つ、三つと、数を増やしていった。
「ちょ、ちょっと……。」
明日人は耐え切れなくなったのか、肩を叩いてくる。
「大丈夫だ。あれが怪物でも、黒炎で――」
…………!
振り返った時、俺の表情は強張った。
黒い影が……明日人の後ろにも見えたからだ。
いや、辺りを見回すと、いつの間にか、四方八方を囲まれている。
人型の黒い影がどんどんこちらに近付いてくる。
(ゆ)「うわぁ?」
気の抜ける悲鳴を上げるゆっくり。
俺はライターを構え、黒炎を放ち続けるが、明日人が邪魔で対処し切れない。
(くっ……。)
自分一人なら一点突破も可能だが、見るからに体力の無さそうな明日人が付いてこれるか分からない。
この駅もどのくらい広さがあるか分からないし……。
いっそのこと見捨てるか――
そんな考えが頭を過る。
しかし、明日人をここに連れてきたのは自分だ。
引き込んだ以上は、守る責任がある。
そうしなければ……。
「明日人。俺以外に黒炎が当たるとどうなるか分からない。しゃがん――」
(ゆ)「《
「?」
覚悟を決めて、明日人に声をかけた時、ゆっくりが何か気になる言葉を口走った。
「今、何て言った?」
「あ、え……知らない?
こんな感じで黒い影の人混みに揉まれながら、霧の立ち込める街をひたすら探索するっていう、VRホラーゲームがあるんだけど……。」
「VRホラー……?」
何で急にそんなものが出てくるんだ?
俺は黒い影に目を向けた。
確かに……さっきまでこっちに向かってきているように見えたが、全員別々の方向へ歩いているようだ。
「やっぱり同じだ……。見たことある。」
しばらく見ていると、俺達も人混みの中に巻き込まれた。
「………………。」
たまに肩がぶつかるが、積極的に危害を加えてくる影はいない。
明日人が取り乱していない為、本当に見たことがあるのだろう。
「一応聞くが、そのゲーム……どうすればクリアなんだ?」
「いや、分からない。
作者が最終パッチをアップする前に失踪しちゃったから……。」
「…………? 未完ってことか?」
「うん。だから《電霧雑踏》は、普通に遊べるのに誰もクリアできないゲームになってて……。」
「………………。」
完成させずに放り投げる……。よくありそうな話だな。
だが、何故そんなゲームがこの悪夢に出てきている?
もし悪夢が人々の記憶を元に作られているなら、他の……もっと多くの人々の記憶にあるような、名作クラスのゲームが選ばれそうなものだ。
電霧雑踏でなければならない理由……。この嗜好の偏りは……。
俺はさっきから妙に詳しい明日人に警戒心を抱いた。
(こいつか……?)
可能性はある……。
だが、原因かもしれないだ。はっきりした証拠は無い。
(…………確かめなきゃならないが……。)
仮に元凶だったとして、ここで明日人が消えれば、この悪夢がバラバラに崩壊したりするのだろうか。
明日人を殺せば、この現象の解決が早まるのだろうか。
「…………。」
前回の悪夢でも、一度は考えた選択肢。
一度は……やらなくちゃならないことのような気がする。
俺みたいな……記憶を引き継げる人間が十字架を背負わないと、この現象は解決できないかもしれない。
裁朶姉のこともあるが、さっき見た数字のインパクトは大きい……。
果たして新参者の俺が正攻法で敵うのか……?
俺は最初の悪夢で命を落としかけたことや……、前回の悪夢で何もできなかったことを思い出す。
心の奥底に眠っていた不安が、段々と大きくなってくる。
これまでのやり方で核心に迫れるのかという、焦燥感――
(もう手段を選んでる場合じゃないかもしれない……。)
俺は明日人を見た。
どうせ死んでも記憶が消えるだけ……。寿命が削られるなんて、想像に過ぎない……。
まるで悪魔の囁きだった。
俺はそうするべきなのか。
いつか死んで記憶を失う前に、何処までも合理的に行動するべきなのか?
(今なら誰も見ていないぞ……。)
俺は……。
《ボオオォォォ!!》
「っ!?」
突然、腕から黒炎が噴き出し、俺はぎょっとした。
(ゆ)「わぁぁぁ?」
訳が分からない。
目の前が黒いものに覆われていく。
「お、おい……。」
炎の向こう側に、後ずさる明日人の姿が見えた。
その顔は驚きと恐怖で引き
何故……。
(分からないのは……手っ取り早い方法を取ることから逃げているからだ。
理不尽に対抗する為には、多少強引な手も必要だ……。)
「………………。」
今までずっとイライラさせられてきた……。
甘い考えや他人任せで、問題を放置して、状況を悪化させるような連中には嫌気が差していた。
何かあってからじゃ遅いっていうのに……。
(負のスパイラルを……誰かが断ち切る必要がある……。身を切ってでも……。)
大丈夫だ。明日人の友達は真っ二つになっても無事だった。この黒炎で消し炭にしても同じだろう。
明日人の記憶は失われることになるが……、まだ他にも被害者は大勢いる。大して影響は無い。
そう、もう何も躊躇う理由は無い筈だ。
なのに……。
なのにどうして体が動かない……?
まだ万が一を考えているのか……。
「―――――」
いや……、そうだ。あの言葉だ。
裁朶姉の……あの言葉の所為だ。
前回……。
あの廃校の悪夢で……。
あの屋上で……最後に裁朶姉が俺に言おうとしたこと……。
声は出せなかったが、それでも裁朶姉はゆっくりと口を動かし、俺に伝えた。
「くりかえさないで」
読唇術の心得は無いが、そう言ったように見えた。
繰り返すな……それはきっとあのことだ。
…………俺は昔、とんでもない過ちを犯しかけたことがある。
最低な人間だったとはいえ、怒りに飲まれてしまい、殺しかけた。
あの時のことは、今でもはっきりと思い出せる。
とても……気分が良かった。
理不尽への復讐――。
それができる力が、自分の中にあるのだと証明したからだ。
よく復讐は虚しさしか残らないと言うが、全然そんなことはなかった。
だが、その後、裁朶姉が……。
裁朶姉は、俺が被る筈だった罪を……責任を……全部一人で持っていった。
俺の身代わりとなって、罰を受けた。
俺は、そんな行動を取った裁朶姉が理解できなかった。黙っていれば隠し通せたのに。
俺は後悔した。
責任から逃げたことで、裁朶姉に全てを負わせる結果になったことを。
そんなことを望んじゃいなかった。
「………………。」
(裁朶姉……今回もそうなのか……? ここでも俺を縛るのか……?)
裁朶姉のことを考えていると、段々と黒炎の勢いが収まってきた……。
やがて、俺の体を包み込んでいた炎は、完全に消えた。
(やっぱり……魔女だな。)
俺は裁朶姉に呪われている。
顔を上げた俺は、明日人の姿を探した。
さっきまで目の前にいたが、もういない。
(流石に逃げたか……。)
それとも人混みに流されただけか……。
「明日人、何処だ……!?」
叫ぶが返事は返ってこない。
さっきまで聞こえていたゆっくりの声も……。
「はぁ……。」
俺は頭を押さえた。
一時の気の迷いで、面倒な事態を招いてしまった。
(これじゃ……まるで俺が
「…………。」
(怪物……?)
~ Another Side ~
-久丈 明日人―
(ゆ)「逃げるんだよォ! アスーヒーッ!!」
「はぁ……はぁ……、ま、待って……。」
人混みを掻き分けながら、電霧雑踏の深い霧の中を走る。
明日人は追っていた。突然、自分の腕から逃れたゆっくりを。
「うっ……! どいて……どけっ……!!」
ちょっとでも目を離したら、見失ってしまいそうなほど密な空間。
これには普段、温厚な明日人でも、声を荒げずにはいられない。手を動かし、強引に黒い影を押し退けていく。
(ゆ)「こっちだぜ。」
ゆっくりが何処を目指しているのかは分からなかった。
けど、ゆっくりだけは自分を裏切ったりはしない筈、きっと安全な場所まで導いてくれる筈だ。
そう信じて、声を頼りに進み続けた。
そして――
《ザァーーーー!》
遂に、砂嵐を映すモニターへと辿り着く。
(ゆ)「折角だから、俺はこの赤のモニターを選ぶぜ。」
ゆっくりはその中へと入っていく。
走った方向的に、ここに入ってきたのとは別のモニターだが、明日人はゆっくりを追って、迷わず体を突っ込んだ。
《ブブゥゥゥン……!》
目を瞑り、開ける――
…………。霧は出ていない。
モニターを抜けた先は、電霧雑踏とはまた別の空間だった。
ひとまずは安心。
「はー……。」
明日人はようやく動きを止めたゆっくりを抱え上げた。
何処も怪我はしていないようだ。
「何なんだろうな、あいつ……。」
突然、黒い炎を身に纏ったと思ったら、こっちを凄い顔で睨んできて……。
「逃げて良かったんだよな……?」
ゆっくりの頭を撫でながら、明日人は小声で呟いた。
(ゆ)「人間だと思ったら、怪物だった。」
「はぁ……逆もありそうだよな……。」
この場所にいたら、段々と人もおかしくなるんだろうか。
実は怪物は皆人間とか、ありそうな話だ。早く死ねた響子は、もしかしたら本当にラッキーだったのかもしれない。
(う~ん……。だったら逃げなきゃよかったかも……。)
早くこんな現象から解放されたい。
(ゆ)「個人情報取られてるぞ。」
「あ……。」
(そうだ……、住んでる場所とか言っちゃったし、どうしよう……。)
まさか、家まで来るとか……? 絶対関わりたくないのに。
(ゆ)「殺ろうぜ。」
「え。」
(ゆ)「あいつ殺して、記憶消そうぜ。」
「………………。それができたら悩んだりしないよ。」
明日人はゆっくりの頭をこねくり回す。
(でも、そうか……。死んだらこのゆっくりとはさよならか……。)
それを思うと、やっぱり死ぬのは少し嫌になるというか、勿体ない気がしてくる。
(楽に死ねる方法が見つかるまでは……楽しんでも……。)
「はぁ……。」
自分の意志の弱さに嫌気が差す。
明日人はとりあえず、モニターから離れることにした。
修人が追ってこないとは限らないし、じっとするなら、もっと落ち着ける場所が良い。
明日人は近くの扉を開け、中の様子を確かめた。
物音はしない。誰もいなそうだ。
高級そうな机や椅子、絨毯に……置時計、観葉植物……。
何だか部屋の内装が洋館っぽいが、これも何かの作品がモチーフになっていたりするんだろうか?
(洋館……洋館か……。)
舞台として使われ過ぎてて、特定できない。
(赤い部屋……NNN臨時放送……電霧雑踏……。)
明日人はこれまで見たものを思い出してみた。
何か共通点があるのではないかと思ったからだ。
(都市伝説……。いや、電霧雑踏は違うしな……。)
FLASH……VR……ゲーム……。どれもいまいちピンと来ない。
(ゆ)「実況者。」
「え?」
(ゆ)「失踪してる。」
ゆっくりが突然喋り出す。
(ヒント教えてくれてるのか……?)
明日人はゆっくりが言った言葉を含め、もう一度考えてみた。
(実況者……失踪してる……赤い部屋……NNN臨時放送……電霧雑踏……。)
「あ……。」
あった。共通点。
でも、だとしたらどういうことなんだ?
気になった明日人は、部屋の中に入り、覚えのあるものがないか確かめてみた。
「…………!」
壁に見覚えがある絵が掛かっている。
それは、裸の小人達が巨大な肉の塊に群がっている奇妙な絵。
(ザ・餌やりハウスか……。)
これは一人称視点のPCホラーゲームだった筈だ。自分でやったことはないが……内容は知っている。
絵の次に明日人は、部屋の真ん中にあるテーブルに注目した。
上に銀のクローシュが被せられた大きめの皿が置かれている。
「…………。」
取ってみると、そこにはソースのたっぷりかかった肉が乗せられていた。
しっかり火が通っていて、色、香り、共に良く、とても食欲がそそられる……。
(……でも、これは食べちゃ駄目だ。)
明日人はクローシュを元の状態に戻し、次の部屋に向かった。
扉を開け、部屋の中を見回す。
さっきと全く同じ部屋に見えるが、ただ一つ、壁に掛かっている絵だけが違う。
見ると、ネズミが小人を食べる絵に変わっていた。
テーブルの上には、また銀のクローシュが被せられた皿。
「………………。」
明日人はゴクリと唾を飲み込んだ。
あれはゲーム内では、今まで食べたことがないくらい美味しい肉だと表現されていた。どんな味が確かめたくなる。
(でも、食べちゃ駄目なんだ……。)
ザ・餌やりハウスの住人は、空腹の生物を招き入れ、とにかく餌を与える。
入ってきた生物を奥へ奥へと引き込んでいき、肥え太ったところをバラバラの肉片にして食べるのだ。
最後に待ち受ける捕食者は、食べた量によって変わり、巨人だったり、同じ人間だったり、虫の大群だったりする。
だから、どんな餌を出されても絶対に食べてはいけない。それで突破できる筈だ。
明日人は食欲を抑え、次の扉のドアノブに手をかけた。
《………………………》
「…………?」
扉を開けようとして、やめた。
何か音が聞こえる。
明日人は扉に耳を近付け、様子を窺った。
(……………………水音……?)
何か……ぬちゃぬちゃという音が聞こえる。
ゲームにこんな演出は無かった筈だが、忘れてるだけだろうか……?
明日人は扉を少しだけ開け、隙間から中を覗いてみた。
「…………!!」
その瞬間――とんでもないものが目に飛び込んでくる。
思わず声が出そうになり、明日人は自分の口に手を当てた。
(えぇ……?)
絵画の前に、素っ裸の男が立っている。
半裸とか、パンツは履いているとか、そんなレベルじゃなく、何もかも脱ぎ捨てて、生まれたままの姿になっている。
それだけでも驚きなのに、男は恍惚の表情を浮かべながら、皿から取った熱々の肉を握った手を股間に伸ばし、激しく前後に動かしていた。
(うそぉ……。)
ザ・餌やりハウスかと思ったら、OUTLASTだった。
(ゆ)「肉穴で草。」
(あっ……!)
明日人は急いでゆっくりの口を塞ぐ。
だが、遅かった。
「あな……。」
男の顔がこちらを向く。
ギラギラとした目に、よだれまみれの口元。
自分の姿を視界に収めた男の口角が、ゆっくりと上がっていく。
「っ!!」
それを見た明日人は、急いでその場を離れ、反対側の扉へと走った。
全く予想だにしていない事態に、頭は混乱。だが、貞操の危機――それだけは察した。
《ドン! ドォン!!》
後ろから凄い音がし、明日人は振り返る。
扉が乱暴に蹴破られていた。
男は股間に巻いていた肉を投げ捨て、テーブルにぶつかることも構わず、一直線に突っ込んでくる。
(ゆ)「
「うわあぁっ!!」
明日人は思わず叫んだ。またベクトルの違う恐怖。
(冗談じゃない……! どうせなら殺してくれ!)
夢でも掘られるのは御免だった。
明日人は扉を開け、モニターのある部屋まで戻った。ここから脱出できる筈。
「え……!?」
だが、消えていた。画面が……砂嵐が……。
(嘘だろ……!?)
明日人は近付き、画面をぺたぺたと触った。
通り抜けられない。逃げられない。
《ドォン!!》
また扉の破られる音。
明日人は部屋の中を見回した。
(何処か……隠れる場所……!)
…………!
奥の机の下に、薄茶色のカバーがかかった四角い物体がある。ほんの少しだけ光が漏れている。
(もしかして……!)
カバーを外すと、やはりテレビだった。また何処かの監視映像が映っている。
(何処でもいい……!)
明日人はまずゆっくりをテレビの中に押し込んだ。すんなりと入っていく。
人間の体を入れるには少し小さいが、自分はガタイが悪い方なので、いける――
《ドォン!!》
来た。男が来た……!
考えてる暇は無く、明日人は急いで自分の頭をテレビの中に突っ込み、這い出ようとした。
だが――
ガシッと、右足を掴まれた。
物凄い力で引っ張られる。
「っ! くっ……!!」
明日人は歯を食い縛り、必死に足を振った。
――が、男は手を離そうとしない。両手でしっかり掴んでいる。
(ゆ)「壁尻になりそう。」
「た、助けてぇ……!」
明日人はゆっくりに助けを求めるが、手が無い為、望み薄。
両手と掴まれてない左足で耐えるが、どんどん引き寄せられていく。尻が向こう側まで行ったらお終いだ。
明日人は全身に力を入れて踏ん張った。
「いっ……!」
だが、すぐに抜けてしまう。
ふくらはぎを何かざらざらとしていて、ぬめったモノが這った。
(何、だ……!?)
恐らく、舐められている。じゅるじゅると舐め回されている。気持ち悪……!!
明日人は鳥肌が立った。あんまりな状況に、目から涙が出そうになる。
(ここまで……なのか……?)
一瞬、諦めてしまいそうになる。
だが、明日人は、修人の言っていたことを思い出した。
思いの強さが力になる。絶対に諦めるなと。
(諦めない……諦めない……。)
明日人は目をぎゅっと瞑り、必死に念じた。
だが、駄目だった。具体的なイメージが何一つ湧かない。恐怖で頭がほぼ真っ白だった。
「!?」
そんな時、こちらに出している左足首が掴まれた。
見ると、テレビの中から男の手が伸びてきている。
何とかしようとするが、両足を掴まれたら、もうどうにもならない。
(あぁ……詰みじゃん……。)
明日人は最後にゆっくりに向けて手を伸ばすが、その手が掴まれることはなかった。
「アッーーー!!」