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ホラー小説『死霊の墓標 ✝CURSED NIGHTMARE✝』第4話「アソビガミ」(5/6)

 

 

 

 

 

 

 

 《ガチャッ》

 

 

 「…………!!」

 

 

 中に入った俺は目にした。

 

 先ほどから聞こえていた音の正体――それが目の前に!

 

 

 「っ!」

 

 

 俺はすぐに明日人の頭を掴み、強引にしゃがませた。

 

 

 「わっ……!」

 

 

 間髪容れず、頭上を勢いよく通過する四角い塊。

 

 それは俺達を越えて大きく飛んでいき――

 

 

 《バン!! ガンッ……!!》

 

 

 通路の壁に激突――、そして床へと落ちた。

 

 

 「あれは……。」

 

 

 テレビ…………古いタイプの物か?

 

 今はもう見ないブラウン管式で、直方体の大きな箱型……。

 

 何故こんなものが飛んで……。

 

 部屋の中を見ると、そこは凄いことになっていた。

 

 数え切れないほどの……アナログテレビの山。

 

 どれも乱暴に放られていて、まるでゴミ捨て場のようにごちゃごちゃしている。

 

 

 (ゆ)「ペルソナ4かよ。」

 

 「………………。」

 

 

 俺は部屋の中に足を踏み入れ、テレビを飛ばした犯人を探した。

 

 怪しいのは、奥の壁に取り付けられている巨大なモニター。

 

 画面に映っているのは、テレビ放送の休止時間帯に表示されるカラーバーだが……。

 

 俺はいつでも避けられるよう身構えながら、モニターに近付いた。

 

 すると――

 

 

 《バン!!》

 

 

 やはりそうだ。画面からテレビが飛び出した。

 

 飛ぶ方向はランダムのようで、新しく入ってきたテレビは、右の方の山にぶつかり、奥へと転がっていった。

 

 

 「あの中にも入れるのかな……。」

 

 

 後ろで見ていた明日人が呟く。

 

 試しにその腕の中のゆっくりを入れてみたらどうだ……と言いたいが、あんな目を向けられた後では、流石に勇気が出ない。

 

 

 「はぁ……。」

 

 

 とりあえず、俺達は安全地帯であると思われる部屋の端から、モニターに近付いた。

 

 

 《ピーーーーー……》

 

 

 すると、僅かだが音が聞こえてきた。

 

 確かこれは、テストトーンと呼ばれる正弦波信号。カラーバーとは基本的にセットで流れるもので、特におかしなものではない。

 

 

 「………………。」

 

 

 俺は画面に顔を近付け、じっと見つめた。

 

 先がどうなっているか、全く分からない。大量のテレビが出てくることから、それなりの広さはあると思うが……。

 

 

 「お前、顔入れてみるか?」

 

 「は?」 (ゆ)「は? お前がやれや。」

 

 

 思いっきり嫌な顔をされてしまった。だが……。

 

 

 「できないなら、そのゆっくりを入れることになるぞ。」

 

 「…………!」

 

 

 これでやらざるを得なくなる筈。少し卑怯なやり方だが……。

 

 

 「分かったよ……。」

 

 

 明日人は仕方なくといった様子でゆっくりを床に置き、モニターに近付いた。分かりやすい奴だ。

 

 

 (ゆ)「ゆっくりしていってね。」

 

 

 ゆっくりが応援する中、明日人はモニターにまず手を近付けていく。

 

 

 「………………。」

 

 

 《ぷぷぷぷぷ……!!》

 

 

 「うわっ!」

 

 「……!?」

 

 

 だが、触れるか触れないかのところで、突然画面が暗転。異音が鳴り出した。

 

 

 「おい。」

 

 

 俺は明日人の肩を掴み、一旦後ろに下がらせた。やはり何が起きるか分からない。

 

 

 [NNN臨時放送]

 

 

 「…………!」

 

 

 じっと見ていると、画面が再び切り替わった。

 

 元のカラーバーに戻った訳ではない。セピア色のゴミ処理場のような背景に、白のテロップが表示されている。

 

 

 「これ……都市伝説の……。」

 

 「何……?」

 

 「NNN臨時放送だよ……! 明日の犠牲者が流れるっていう……!」

 

 

 明日の犠牲者……? 何のことだ?

 

 画面を見ていると、下の方から、まるでエンドロールのように人の名前が流れ始めた。

 

 

 凩 太峙(2) 漆 爽一郎(48) 

 

 

 冰龍 徠世(203) 鹿沼 入江(36) 

 

 

 浜代 翼(12) 小川 由比(2)

 

 

 その中には、俺が知っている人物の名前もあった。そして――

 

 

 久丈 明日人(2) 六骸 裁朶(358) 

 

 

 六骸 修人(4) 御社 未練(3843) 

 

 

 溝淵 炬(86) 射腹 銃次(28)

 

 

 俺達・・の……名前もあった。

 

 

 [現在の犠牲者は以上です。おやすみなさい]

 

 

 《ザァーーーー!!》

 

 

 「………………。」

 

 

 あまりにも衝撃的なものを見てしまい、砂嵐に切り替わった画面の前で、俺達は呆然と立ち尽くした。

 

 今のは一体……。

 

 いや……、意味は分かる。流れていった名前の共通点……。そして、括弧の中の数字が何を表しているのかも……。

 

  

 (悪夢を見ている人間と、悪夢を見た回数……。)

 

 

 そうに違いない。

 

 何か、とんでもない数字も見えたが……。

 

 

 「今のは……どういう……。」

 

 

 明日人はまだ困惑している。

 

 

 「NNN臨時放送っていうのは何なんだ?」

 

 「え……えっと……。2000年頃にネット掲示板で話題になったもので……。

  今みたいに、ゴミ処理場を背景に、犠牲者の名前が流れていくってものなんだけど……。

  ちょっと、元と違って……。」

 

 「都市伝説って言ってたな。ただのデマなんだろ?」

 

 「うん……。」

 

 

 それが何でこんな場所で流れたんだ?

 

 誰かの意思か。それとも人々の記憶からランダムに選ばれたのか。

 

 偶然なのか、必然なのか……。

 

 

 (ゆ)「これもデマじゃね。」

 

 「…………。」

 

 

 いや、そうは思えない。

 

 俺の名前の横に表示されていた数字は4。悪夢を見るのは確かに4回目。

 

 裁朶姉も巻き込まれたのが一年前なら、あの数字は妥当だ。

 

 他に気になることは……。

 

  

 (御社 未練……。読み方はおやしろ みれんか……?)

 

 

 一人だけ飛び抜けて数字が多い人物がいた。

 

 あれを信じるなら、約10年も前からこの現象があることになる。

 

 それだけの期間、生き延びている人間がいることになる。

 

 この現象を解決することもできないで……。

 

 

 (………………。)

 

 

 得体の知れない寒気を覚える。

 

 一体この現象は何なんだ……?

 

 

 「…………。とにかく……、先に進むぞ。他にも何かあるかもしれない。」

 

 「え……、やめとかない……?」

 

 「…………ここでこんなヒントを得られたのは初めてなんだ。」

 

 

 俺は明日人の意見を無視し、砂嵐を映す画面に向かって手を伸ばした。

 

 

 《ザァーーーー!!》

 

 

 ちゃんと先があるようで、問題無く吸い込まれる。

 

 

 「ほら来い。置いてくぞ。」

 

 「…………。」

 

 

 明日人は不安を抑えるようにゆっくりを抱き締めると、俺と同じように、画面に体を突っ込んだ。

 

 

 《ブブゥゥゥン……!》

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 《ブブゥゥゥン……!》

 

 

 モニターの向こう側へと通り抜けた俺達は、早速目の前の光景に圧倒された。

 

 

 「…………!」

 

 

 一瞬、まだモニターの中にいるかと思った。

 

 それほどまでに濃い霧が、辺りを覆っている。

 

 

 (ゆ)「うわ、何も見えねぇ……!」

 

 

 俺達の思いを代弁するように、ゆっくりが叫んだ。

 

 

 「ちょっと、やっぱここ無理だって……!」

 

 

 明日人は今にも戻りたそうに、モニターの中に体をうずめる。

 

 確かに、この霧の中を闇雲に進むのは危険過ぎる。

 

 だが、それは霧を晴らす方法が無い場合の話だ。

 

 俺はライターを構え、正面の霧に向けて黒炎を放った。

 

 

 《ボォォ!!》

 

 

 すると、黒炎の通った場所を漂う霧が、ごっそりと消える。

 

 

 「おお。」

 

 (ゆ)「つええー……!」

 

 

 感嘆の声を漏らす二人。

 

 とりあえずはこの方法で、一時的にだが視界を晴らすことができる。足を止める理由は無い。

 

 

 「床や壁以外なら、とりあえず何でも消せることが分かってる。

  離れず付いてこい。」

 

 「あぁ、うん……。」

 

 

 

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 俺は明日人がモニターから出たのを確認した後、目の前の霧に向けて黒炎を放った。

 

 そして、そのまま真っ直ぐ進んでいく。

 

 

 「………………。」

 

 

 床の感じからして、ここは駅の構内だろうか。

 

 これまで見た悪夢と違って、場所に繋がりが無さ過ぎる為、先に何があるかは予想しにくい。

 

 

 (一体ここは、誰のどんな記憶から生まれてるんだ……?)

 

 

 ヒントとなるのは、大量の電子機器に、さっき明日人が言っていた都市伝説。

 

 一応、思い浮かぶものはあるが、もう少し調べないと結論は出せない。

 

 俺は明日人とはぐれないよう、時折、後ろを振り返り、ちゃんと付いてきていることを確認しながら慎重に進んだ。

 

 

 (ゆ)「霧の中に怪物いるかもな。」

 

 

 

 最初はウザいと思っていたゆっくりの声も、こうした状況では安否確認に役立つ。

 

 できる限り喋り続けてもらいたい。その方が異常をすぐに察知できる。

 
 

 「…………!」

 

 

 だが……、そんな俺の警戒心を嘲笑うかのように、異常はその姿を隠すことなく、目の前に現れた。

 

 霧の中に黒い影が見える。

 

 距離は遠いが、それはちょうど人のサイズくらいで、ゆらゆらと揺れている。

 

 俺は立ち止まり、影を観察した。

 

 誰かいるのか……。

 

 そう思いながらじっと見ていると、それは二つ、三つと、数を増やしていった。

 

 

 「ちょ、ちょっと……。」

 

 

 明日人は耐え切れなくなったのか、肩を叩いてくる。

 

 

 「大丈夫だ。あれが怪物でも、黒炎で――」

 

 

 …………!

 

 振り返った時、俺の表情は強張った。

 

 黒い影が……明日人の後ろにも見えたからだ。

 

 いや、辺りを見回すと、いつの間にか、四方八方を囲まれている。

 

 人型の黒い影がどんどんこちらに近付いてくる。

 

 

 (ゆ)「うわぁ?」

 

 

 気の抜ける悲鳴を上げるゆっくり。

 

 俺はライターを構え、黒炎を放ち続けるが、明日人が邪魔で対処し切れない。

 

 

 (くっ……。)

 

 

 自分一人なら一点突破も可能だが、見るからに体力の無さそうな明日人が付いてこれるか分からない。

 

 この駅もどのくらい広さがあるか分からないし……。

 

 いっそのこと見捨てるか――

 

 そんな考えが頭を過る。

 

 しかし、明日人をここに連れてきたのは自分だ。

 

 引き込んだ以上は、守る責任がある。

 

 そうしなければ……。

 

 

 「明日人。俺以外に黒炎が当たるとどうなるか分からない。しゃがん――」

 

 (ゆ)「《電霧雑踏でんむざっとう》っぽい。」

 

 「?」

 

 

 覚悟を決めて、明日人に声をかけた時、ゆっくりが何か気になる言葉を口走った。

 

 

 「今、何て言った?」

 

 「あ、え……知らない?

  こんな感じで黒い影の人混みに揉まれながら、霧の立ち込める街をひたすら探索するっていう、VRホラーゲームがあるんだけど……。」

 

 「VRホラー……?」

 

 

 何で急にそんなものが出てくるんだ?

 

 俺は黒い影に目を向けた。

 

 確かに……さっきまでこっちに向かってきているように見えたが、全員別々の方向へ歩いているようだ。

 

 

 「やっぱり同じだ……。見たことある。」

 

 

 しばらく見ていると、俺達も人混みの中に巻き込まれた。

 

 

 「………………。」

 

 

 たまに肩がぶつかるが、積極的に危害を加えてくる影はいない。

 

 明日人が取り乱していない為、本当に見たことがあるのだろう。

 

 

 「一応聞くが、そのゲーム……どうすればクリアなんだ?」

 

 「いや、分からない。

  作者が最終パッチをアップする前に失踪しちゃったから……。」

 

 「…………? 未完ってことか?」

 

 「うん。だから《電霧雑踏》は、普通に遊べるのに誰もクリアできないゲームになってて……。」

 

 「………………。」

 

 

 完成させずに放り投げる……。よくありそうな話だな。

 

 だが、何故そんなゲームがこの悪夢に出てきている?

 

 もし悪夢が人々の記憶を元に作られているなら、他の……もっと多くの人々の記憶にあるような、名作クラスのゲームが選ばれそうなものだ。

 

 電霧雑踏でなければならない理由……。この嗜好の偏りは……。

 

 俺はさっきから妙に詳しい明日人に警戒心を抱いた。

 

 

 (こいつか……?)

 

 

 可能性はある……。

 

 だが、原因かもしれないだ。はっきりした証拠は無い。

 

 

 (…………確かめなきゃならないが……。)

 

 

 仮に元凶だったとして、ここで明日人が消えれば、この悪夢がバラバラに崩壊したりするのだろうか。

 

 明日人を殺せば、この現象の解決が早まるのだろうか。

 

 

 「…………。」

 

 

 前回の悪夢でも、一度は考えた選択肢。

 

 一度は……やらなくちゃならないことのような気がする。

 

 俺みたいな……記憶を引き継げる人間が十字架を背負わないと、この現象は解決できないかもしれない。

 

 裁朶姉のこともあるが、さっき見た数字のインパクトは大きい……。

 

 果たして新参者の俺が正攻法で敵うのか……?

 

 俺は最初の悪夢で命を落としかけたことや……、前回の悪夢で何もできなかったことを思い出す。

 

 心の奥底に眠っていた不安が、段々と大きくなってくる。

 

 これまでのやり方で核心に迫れるのかという、焦燥感――

 

 

 (もう手段を選んでる場合じゃないかもしれない……。)

 

 

 俺は明日人を見た。

 

 どうせ死んでも記憶が消えるだけ……。寿命が削られるなんて、想像に過ぎない……。

 

 まるで悪魔の囁きだった。

 

 俺はそうするべきなのか。

 

 いつか死んで記憶を失う前に、何処までも合理的に行動するべきなのか?

 

 

 (今なら誰も見ていないぞ……。)

 

 

 俺は……。

 

 

 《ボオオォォォ!!

 

 

 「っ!?」

 

 

 突然、腕から黒炎が噴き出し、俺はぎょっとした。

 

 

 (ゆ)「わぁぁぁ?」

 

 

 訳が分からない。

 

 目の前が黒いものに覆われていく。

 

 

 「お、おい……。」

 

 

 炎の向こう側に、後ずさる明日人の姿が見えた。

 

 その顔は驚きと恐怖で引きっている。

 

 何故……。

 

 

 (分からないのは……手っ取り早い方法を取ることから逃げているからだ。

  理不尽に対抗する為には、多少強引な手も必要だ……。)

 

 

 「………………。」

 

 

 今までずっとイライラさせられてきた……。

 

 甘い考えや他人任せで、問題を放置して、状況を悪化させるような連中には嫌気が差していた。

 

 何かあってからじゃ遅いっていうのに……。

 

 

 (負のスパイラルを……誰かが断ち切る必要がある……。身を切ってでも……。)

 

 

 大丈夫だ。明日人の友達は真っ二つになっても無事だった。この黒炎で消し炭にしても同じだろう。

 

 明日人の記憶は失われることになるが……、まだ他にも被害者は大勢いる。大して影響は無い。

 

 そう、もう何も躊躇う理由は無い筈だ。

 

 なのに……。

 

 なのにどうして体が動かない……?

  

 まだ万が一を考えているのか……。

 

 

 「―――――」

 

 

 いや……、そうだ。あの言葉だ。

 

 裁朶姉の……あの言葉の所為だ。

 

 前回……。

 

 あの廃校の悪夢で……。

 

 あの屋上で……最後に裁朶姉が俺に言おうとしたこと……。

 

 声は出せなかったが、それでも裁朶姉はゆっくりと口を動かし、俺に伝えた。

 

 

 「くりかえさないで」

 

 

 読唇術の心得は無いが、そう言ったように見えた。

 

 繰り返すな……それはきっとあのことだ。

 

 …………俺は昔、とんでもない過ちを犯しかけたことがある。

 

 最低な人間だったとはいえ、怒りに飲まれてしまい、殺しかけた。

 

 あの時のことは、今でもはっきりと思い出せる。

 

 とても……気分が良かった。

 

 理不尽への復讐――。

 

 それができる力が、自分の中にあるのだと証明したからだ。

 

 よく復讐は虚しさしか残らないと言うが、全然そんなことはなかった。

 

 だが、その後、裁朶姉が……。

 

 裁朶姉は、俺が被る筈だった罪を……責任を……全部一人で持っていった。

 

 俺の身代わりとなって、罰を受けた。

 

 俺は、そんな行動を取った裁朶姉が理解できなかった。黙っていれば隠し通せたのに。

 

 俺は後悔した。

 

 責任から逃げたことで、裁朶姉に全てを負わせる結果になったことを。

 

 そんなことを望んじゃいなかった。

 

 

 「………………。」

 

 

 (裁朶姉……今回もそうなのか……? ここでも俺を縛るのか……?)

 

 

 裁朶姉のことを考えていると、段々と黒炎の勢いが収まってきた……。

 

 やがて、俺の体を包み込んでいた炎は、完全に消えた。

 

 

 (やっぱり……魔女だな。)

 

 

 俺は裁朶姉に呪われている。

 

 顔を上げた俺は、明日人の姿を探した。

 

 さっきまで目の前にいたが、もういない。

 

 

 (流石に逃げたか……。)

 

 

 それとも人混みに流されただけか……。

 

 

 「明日人、何処だ……!?」

 

 

 叫ぶが返事は返ってこない。

 

 さっきまで聞こえていたゆっくりの声も……。

 

 

 「はぁ……。」

 

 

 俺は頭を押さえた。

 

 一時の気の迷いで、面倒な事態を招いてしまった。

 

 

 (これじゃ……まるで俺が怪物・・みたいだ……。)

 

 

 「…………。」

 

 

 (怪物……?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           ~ Another Side ~

               -久丈 明日人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (ゆ)「逃げるんだよォ! アスーヒーッ!!」

 

 「はぁ……はぁ……、ま、待って……。」

 

 

 人混みを掻き分けながら、電霧雑踏の深い霧の中を走る。

 

 明日人は追っていた。突然、自分の腕から逃れたゆっくりを。

 

 

 「うっ……! どいて……どけっ……!!」

 

 

 ちょっとでも目を離したら、見失ってしまいそうなほど密な空間。

 

 これには普段、温厚な明日人でも、声を荒げずにはいられない。手を動かし、強引に黒い影を押し退けていく。

 

 

 (ゆ)「こっちだぜ。」

 

 

 ゆっくりが何処を目指しているのかは分からなかった。

 

 けど、ゆっくりだけは自分を裏切ったりはしない筈、きっと安全な場所まで導いてくれる筈だ。

 

 そう信じて、声を頼りに進み続けた。

 

 そして――

 

 

 《ザァーーーー!》

 

 

 遂に、砂嵐を映すモニターへと辿り着く。

 

 

 (ゆ)「折角だから、俺はこの赤のモニターを選ぶぜ。」

 

 

 ゆっくりはその中へと入っていく。

 

 走った方向的に、ここに入ってきたのとは別のモニターだが、明日人はゆっくりを追って、迷わず体を突っ込んだ。

 

 

 《ブブゥゥゥン……!》

 

 

 目を瞑り、開ける――

 

 …………。霧は出ていない。

 

 モニターを抜けた先は、電霧雑踏とはまた別の空間だった。

 

 ひとまずは安心。

 

 

 「はー……。」

 

 

 明日人はようやく動きを止めたゆっくりを抱え上げた。

 

 何処も怪我はしていないようだ。

 

 

 「何なんだろうな、あいつ……。」

 

 

 突然、黒い炎を身に纏ったと思ったら、こっちを凄い顔で睨んできて……。

 

 

 「逃げて良かったんだよな……?」

 

 

 ゆっくりの頭を撫でながら、明日人は小声で呟いた。

 

 

 (ゆ)「人間だと思ったら、怪物だった。」

 

 「はぁ……逆もありそうだよな……。」

 

 

 この場所にいたら、段々と人もおかしくなるんだろうか。

 

 実は怪物は皆人間とか、ありそうな話だ。早く死ねた響子は、もしかしたら本当にラッキーだったのかもしれない。

 

 

 (う~ん……。だったら逃げなきゃよかったかも……。)

 

 

 早くこんな現象から解放されたい。

 

 

 (ゆ)「個人情報取られてるぞ。」

 

 「あ……。」

 

 (そうだ……、住んでる場所とか言っちゃったし、どうしよう……。)

 

 

 まさか、家まで来るとか……? 絶対関わりたくないのに。

 

 

 (ゆ)「殺ろうぜ。」

 

 「え。」

 

 (ゆ)「あいつ殺して、記憶消そうぜ。」

 

 「………………。それができたら悩んだりしないよ。」

 

 

  明日人はゆっくりの頭をこねくり回す。

 

 

 (でも、そうか……。死んだらこのゆっくりとはさよならか……。)

 

 

 それを思うと、やっぱり死ぬのは少し嫌になるというか、勿体ない気がしてくる。

 

 

 (楽に死ねる方法が見つかるまでは……楽しんでも……。)

 

 

 「はぁ……。」

 

 

 自分の意志の弱さに嫌気が差す。

 

 明日人はとりあえず、モニターから離れることにした。

 

 修人が追ってこないとは限らないし、じっとするなら、もっと落ち着ける場所が良い。

 

 明日人は近くの扉を開け、中の様子を確かめた。

 

 物音はしない。誰もいなそうだ。

 

 高級そうな机や椅子、絨毯に……置時計、観葉植物……。

 

 何だか部屋の内装が洋館っぽいが、これも何かの作品がモチーフになっていたりするんだろうか?

 

 

 (洋館……洋館か……。)

 

 

 舞台として使われ過ぎてて、特定できない。

 

 

 (赤い部屋……NNN臨時放送……電霧雑踏……。)

 

 

 明日人はこれまで見たものを思い出してみた。

 

 何か共通点があるのではないかと思ったからだ。

 

 

 (都市伝説……。いや、電霧雑踏は違うしな……。)

 

 

 FLASH……VR……ゲーム……。どれもいまいちピンと来ない。

 

 

 (ゆ)「実況者。」

 

 「え?」

 

 (ゆ)「失踪してる。」

 

 

 ゆっくりが突然喋り出す。

 

 

 (ヒント教えてくれてるのか……?)

 

 

 明日人はゆっくりが言った言葉を含め、もう一度考えてみた。

 

 

 (実況者……失踪してる……赤い部屋……NNN臨時放送……電霧雑踏……。)

 

 

 「あ……。」

 

 

 あった。共通点。

 

 でも、だとしたらどういうことなんだ?

 

 気になった明日人は、部屋の中に入り、覚えのあるものがないか確かめてみた。

 

 

 「…………!」

 

 

 壁に見覚えがある絵が掛かっている。

 

 それは、裸の小人達が巨大な肉の塊に群がっている奇妙な絵。

 

 

 (ザ・餌やりハウスか……。)

 

 

 これは一人称視点のPCホラーゲームだった筈だ。自分でやったことはないが……内容は知っている。

 

 絵の次に明日人は、部屋の真ん中にあるテーブルに注目した。

 

 上に銀のクローシュが被せられた大きめの皿が置かれている。

 

 

 「…………。」

 

 

 取ってみると、そこにはソースのたっぷりかかった肉が乗せられていた。

 

 しっかり火が通っていて、色、香り、共に良く、とても食欲がそそられる……。

 

 

 (……でも、これは食べちゃ駄目だ。)

 

 

 明日人はクローシュを元の状態に戻し、次の部屋に向かった。

 

 扉を開け、部屋の中を見回す。

 

 さっきと全く同じ部屋に見えるが、ただ一つ、壁に掛かっている絵だけが違う。

 

 見ると、ネズミが小人を食べる絵に変わっていた。

 

 テーブルの上には、また銀のクローシュが被せられた皿。

 

 

 「………………。」

 

 

 明日人はゴクリと唾を飲み込んだ。

 

 あれはゲーム内では、今まで食べたことがないくらい美味しい肉だと表現されていた。どんな味が確かめたくなる。

 

 

 (でも、食べちゃ駄目なんだ……。)

 

 

 ザ・餌やりハウスの住人は、空腹の生物を招き入れ、とにかく餌を与える。

 

 入ってきた生物を奥へ奥へと引き込んでいき、肥え太ったところをバラバラの肉片にして食べるのだ。

 

 最後に待ち受ける捕食者は、食べた量によって変わり、巨人だったり、同じ人間だったり、虫の大群だったりする。

 

 だから、どんな餌を出されても絶対に食べてはいけない。それで突破できる筈だ。

 

 明日人は食欲を抑え、次の扉のドアノブに手をかけた。

 

 

 《………………………》

 

 

 「…………?」

 

 

 扉を開けようとして、やめた。

 

 何か音が聞こえる。

 

 明日人は扉に耳を近付け、様子を窺った。

 

 

 (……………………水音……?)

 

 

 何か……ぬちゃぬちゃという音が聞こえる。

 

 ゲームにこんな演出は無かった筈だが、忘れてるだけだろうか……?

 

 明日人は扉を少しだけ開け、隙間から中を覗いてみた。

 

 

 「…………!!」

 

 

 その瞬間――とんでもないものが目に飛び込んでくる。

 

 思わず声が出そうになり、明日人は自分の口に手を当てた。

 

 

 (えぇ……?)

 

 

 絵画の前に、素っ裸の男が立っている。

 

 半裸とか、パンツは履いているとか、そんなレベルじゃなく、何もかも脱ぎ捨てて、生まれたままの姿になっている。

 

 それだけでも驚きなのに、男は恍惚の表情を浮かべながら、皿から取った熱々の肉を握った手を股間に伸ばし、激しく前後に動かしていた。

 

 

 (うそぉ……。)

 

 

 ザ・餌やりハウスかと思ったら、OUTLASTだった。

 

 

 (ゆ)「肉穴で草。」

 

 (あっ……!)

 

 

 明日人は急いでゆっくりの口を塞ぐ。

 

 だが、遅かった。

 

 

 「あな……。」

 

 

 男の顔がこちらを向く。

 

 ギラギラとした目に、よだれまみれの口元。

 

 自分の姿を視界に収めた男の口角が、ゆっくりと上がっていく。

 

 

 「っ!!」

 

 

 それを見た明日人は、急いでその場を離れ、反対側の扉へと走った。

 

 全く予想だにしていない事態に、頭は混乱。だが、貞操の危機――それだけは察した。

 

 

 《ドン! ドォン!!》

 

 

 後ろから凄い音がし、明日人は振り返る。

 

 扉が乱暴に蹴破られていた。

 

 男は股間に巻いていた肉を投げ捨て、テーブルにぶつかることも構わず、一直線に突っ込んでくる。

 

 

 (ゆ)「阿部鬼あべおにかな。」

 

 

 「うわあぁっ!!」

 

 

 明日人は思わず叫んだ。またベクトルの違う恐怖。

 

 

 (冗談じゃない……! どうせなら殺してくれ!)

 

 

 夢でも掘られるのは御免だった。

 

 明日人は扉を開け、モニターのある部屋まで戻った。ここから脱出できる筈。

 

 

 「え……!?」

 

 

 だが、消えていた。画面が……砂嵐が……。

 

 

 (嘘だろ……!?)

 

 

 明日人は近付き、画面をぺたぺたと触った。

 

 通り抜けられない。逃げられない。

 

 

 《ドォン!!》

 

 

 また扉の破られる音。

 

 明日人は部屋の中を見回した。

 

 

 (何処か……隠れる場所……!)

 

 

 …………!

 

 奥の机の下に、薄茶色のカバーがかかった四角い物体がある。ほんの少しだけ光が漏れている。

 

 

 (もしかして……!)

 

 

 カバーを外すと、やはりテレビだった。また何処かの監視映像が映っている。

 

 

 (何処でもいい……!)

 

 

 明日人はまずゆっくりをテレビの中に押し込んだ。すんなりと入っていく。

 

 人間の体を入れるには少し小さいが、自分はガタイが悪い方なので、いける――

 

 

 《ドォン!!》

 

 

 来た。男が来た……!

 

 考えてる暇は無く、明日人は急いで自分の頭をテレビの中に突っ込み、這い出ようとした。

 

 だが――

 

 ガシッと、右足を掴まれた。

 

 物凄い力で引っ張られる。

 

 

 「っ! くっ……!!」

 

 

 明日人は歯を食い縛り、必死に足を振った。

 

 ――が、男は手を離そうとしない。両手でしっかり掴んでいる。

 

 

 (ゆ)「壁尻になりそう。」

 

 

 「た、助けてぇ……!」

 

 

 明日人はゆっくりに助けを求めるが、手が無い為、望み薄。

 

 両手と掴まれてない左足で耐えるが、どんどん引き寄せられていく。尻が向こう側まで行ったらお終いだ。

 

 明日人は全身に力を入れて踏ん張った。

 

 

 「いっ……!」

 

 

 だが、すぐに抜けてしまう。

 

 ふくらはぎを何かざらざらとしていて、ぬめったモノが這った。

 

 

 (何、だ……!?)

 

 

 恐らく、舐められている。じゅるじゅると舐め回されている。気持ち悪……!!

 

 明日人は鳥肌が立った。あんまりな状況に、目から涙が出そうになる。

 

 

 (ここまで……なのか……?)

 

 

 一瞬、諦めてしまいそうになる。

 

 だが、明日人は、修人の言っていたことを思い出した。

 

 思いの強さが力になる。絶対に諦めるなと。

 

 

 (諦めない……諦めない……。)

 

 

 明日人は目をぎゅっと瞑り、必死に念じた。

 

 

 だが、駄目だった。具体的なイメージが何一つ湧かない。恐怖で頭がほぼ真っ白だった。

 

 

 「!?」

 

 

 そんな時、こちらに出している左足首が掴まれた。

 

 見ると、テレビの中から男の手が伸びてきている。

 

 何とかしようとするが、両足を掴まれたら、もうどうにもならない。

 

 

 (あぁ……詰みじゃん……。)

 

 

 明日人は最後にゆっくりに向けて手を伸ばすが、その手が掴まれることはなかった。

 

 

 「アッーーー!!」