ケロタン:勇者の石+2
四・冒険の心得その②
年に一度、冒険ランドで開催されるサバイバルレース――その幕開けは、いつも波乱に満ちている。
《ドゴオオオオォォォン!!》
「おおっと! どうしたことだぁ!? 選手達が一斉に飛び出すかと思いきや、突然の大爆発! 何も見えません!」
爆風に包まれるスタート地点。砂煙に覆い隠される選手達。開始早々、画面の前の観客達は騒然となった。
「魔物の攻撃か!? ダイナマイトか!? ――いや、フレアタンだぁ!!」
ドローンの映像から目を離し、地上に目を走らせたシカーイ。
彼の目はスタート地点の数十メートル先を爆走するフレアタンの姿を捉えた。
そう、これはアクシデントではない。
フレアタンが爆発的スタートダッシュを切り、他の参加者達を一気に引き離したのだ。
「スローモーションで確認してみましょう!!」
《ドドドゴゴゴゴオオオオオオオオォォォォォォンンン!!》
映像には、フレアタンの体が赤く発光し、次の瞬間、大爆発が起きる様子がしっかり記録されていた。
――しかし、これで失格とはならない。
このレースでは、他の参加者への妨害はある程度認められているのだ。
「…………」
そうなると……、当然、全員が密集しているスタート時が一番警戒すべきタイミング。
勿論、
《バッ!》
爆風掻き分け飛び出す選手達。その中にはケロタンの姿もある。
(いきなりやってくれるな!)
ほとんどの選手は無傷か軽傷。この程度の予想はここまで辿り着いた者ならできて当然。
卑怯でも何でもなく、対応できなかった方が悪いのだ。
ケロタンは走りながら両手に力を溜める。
本来こういった長距離を走ることになるレースでは、始めから飛ばすべきではないのだが、こうも周りにライバルが多いとそうも言ってられない。
《ドゴォ! ドゴォ!!》
潰し合いは始まり、いつ自分の方に火が飛んでくるかは分からない。
下手に仕掛ければヘイトを集めることになる為、ここは防衛魔法で身を守る。
走りながらバリアを維持するのはキツいが、こんな序盤で怪我を負う訳にはいかない。
「おらぁ!! どけどけぇ!! ガーメン様のお通りだァ!!」
背後から怒鳴り声。
振り返ると、手足を引っ込め地面を疾走するガラゴ族(亀のような種族)と、それに乗るスモールノーマンの姿があった。
《ビビビビビビ!!》
真っ白なスモールノーマンは、頭の一本角から白い電撃を放ち、他の参加者達を攻撃・威嚇している。
(あいつらコンビ組んでるのか……、厄介だな。)
ケロタンは一旦道を空け、電撃を防ぎつつ、二人に追い抜かせる。
やり合っても負ける気はしないが、今はまだその時じゃない。
「さぁ現在先頭はフレアタン選手! 圧倒的な実力差で後続の選手達をぐんぐん引き離し、初っ端から独走状態! そして――おおっ! 早くも最初の難関が見えてきたようです!!」
◆ 第一の難関・越えられない壁 ◆
ケロタン達の前に現れたのは、なんと巨大な石造りの壁!
その高さ約20メートル。
ところどころ突起はあるものの、これを他の参加者達と戦いながら登らなくてはならないとは、中々ハードルが高い。
だが――。
(余裕だ!)
ケロタンは空中に四角い足場を出現させ、階段を駆け上がるようにして壁の頂上を目指す。
一方、フレアタンはというと……。
《バン!》《バン!》《バン!》《バン!》
足を連続で爆発させ、空中でまさかの連続ジャンプ。
軽々と20メートルを飛び越え、向こう側へと下りていった。
その様子を見た他の参加者達も、まともに壁に手を突いて登ろうとはせず、異能を駆使して突破していく。
(これが難関だなんて笑わせるな。)
食料や道具を持ち込んだり、長時間飛行やルート無視は禁止だが、それら最低限のルールを守れば後は何をやっても許されるのがこのサバイバルレース。
使える手は遠慮なく使わせてもらう。
《ビビビビビビ!!》
「ん。」
ふと下を見ると、先程のガラゴ族とスモールノーマンが電撃で他の参加者の妨害をしながらふわふわと浮かんでくる。
同時に、ケロタンの中にある感情が浮かんできた。
「ついt――グヘッ!!」
後ろから踏み付けにし、壁の上へと着地する。
振り返ると、バランスを崩し落ちていくスモールノーマンと、急いでそれを追うガラゴ族の姿が見えた。
「ふぅ。」
ついやってしまったが、特に面識もないので罪悪感はない。
それよりフレアタンだ。
前方に目を向けると、そこにはごつごつした岩の道が広がっていた。
そしてその先にまたもや巨大な壁。
《バン!》《バン!》《バン!》《バン!》
壁を越えようとするフレアタンの姿を捉えたケロタンは、意を決し、悪路へと足を踏み入れる。
《ぐいーん!!》
「!」(あれは……!?)
その時、ケロタンは奇妙なものを目にした。
フレアタンが越えようとしていた壁が、生き物のように真上に伸びたのだ。
まるで通さないと言わんばかりに。
「あれこそが第一の難関、絶対に越えられない壁です! 選手達は突破することができるでしょうか!?」
シカーイの実況が何処からか聞こえてくる。
(絶対に越えられないってことは、そもそも越えようとするのが間違いってことだ。)
ケロタンは岩だらけの足元に目を向けた。
(となると……道は一つ。)
ケロタンは岩と岩の隙間に体を入れ、腕の発光をライト代わりに奥を照らしてみた。
するとそこにはなんと通路が隠され――。
《ボゥッ!!》
「やべっ!!」
上から火の玉が飛んでくるのを見て、ケロタンや他の選手は一斉にその場から離れた。
《ズガアァァァン!!》
どうやら岩は絶妙なバランスで嵌っていたようで、フレアタンの攻撃を受けたことでで一気に崩れ、その場にいた全員は下の空間へと落ちていく。
(くそっ!)
◆ 第二の難関・暗闇の洞窟 ◆
現在順位は20~25位くらい。大体真ん中といったところ。
ケロタンは越えられない壁の下――第二の難関、暗闇の洞窟内を走っていた。
ここはその名の通り、明かりの無い真っ暗な洞窟。
ところどころ落とし穴があり、これまでと打って変わって慎重に進まなければならない。
しかし――。
《ボゥッ!!》
フレアタンは洞窟内に炎をばらまき、罠の位置を次々と暴いている。
《シュオーッ!!》
ケロタンも腕の発光をライト代わりにし、現れる落とし穴を飛び越えていく。
洞窟内を照らせば他の参加者を助けることになるが、フレアタンに追い付く為には止むを得ない。
《ズガアアアァァァン!!》
「!?」(何だ……!?)
突然の揺れと轟音に一瞬足を止めかけるが、すぐに走りを再開する。
角を曲がると、道が瓦礫で塞がれており、その前で三、四人の選手が立ち往生を喰らっていた。
どうやら誰かが天井を壊したらしい。
「どけっ!!」
ケロタンは瓦礫に向かって《ケロダン》を放つ。
――しかし威力が足りず、瓦礫の山は僅かに削れるだけだった。
「くそっ、道はここしかないのに。」
今度は新たに習得した技で突破を試みる。
「私も協力しよう。」
その時、背後からガタイの良いノーマンが声をかけてきた。
見ると、左腕が巨大なドリルになっている。
その腕はセーフなのか? ――と思ったが、野暮な質問なのでやめておく。
「僕も手伝うよ!」
「んっ?」
もう一人――妙に高い声が聞こえたが、声の主が見当たらない。
「あのっ! ここっ!」
足を触られ、下を見ると、そこにはレース前に見かけたサボテン族がいた。
付いて来てたのが少し意外だったが、見かけで判断するのも失礼というもの。
「よし、皆で一気に行くぞ!」
ケロタン、ドリル男、サボテン族、その他の選手達は一旦協力し、瓦礫の山に連続で技を放っていく。
「《ケロブラスト》!!」
「《ドリルブレイク》!!」
「《トゲミサイル》!!」
ケロタンの拳、男のドリル、サボテン族が放ったトゲが瓦礫を粉砕し、最後の一撃でようやく道が開く。
「よし!」
ケロタン達はすぐに瓦礫を乗り越え、フレアタン達を追う。
「おらぁ!! 追い付いたぞぉ!!」
「!?」
怒鳴り声に振り返ると、例のガラゴ族とスモールノーマンがすぐそこまで迫ってきていた。
「アニキ! アイツだ! アイツがさっき俺の頭を踏み付けた奴だ!」
「やべっ。」
ケロタンはすぐに天井を破壊した。
《ズガアァァァン!!》「「ぎゃー!!」」
道は塞げなかったが、少しは足止めになるだろう。
ケロタンは逃げるように走った。
◆ 第三の難関・プラニアの川 ◆
洞窟を抜けると、そこは
生い茂る木々に絡まる蔦。高い気温と湿度。魔法で熱帯雨林が完全に再現されているようだ。
「あっつ……。」
洞窟は涼しかったので、いきなりムワっとした空気に全身を包まれる。
この急激な気温の変化は、身体にかなりのダメージだ。
何か方法は……。
(そうだ。確か暑さから身を守る魔法があった筈。)
ケロタンは丈夫な木の枝を見つけると、地面に魔法陣を描いていく。
その時、何処からかシカーイの声が聞こえてきた。
「ここは密林エリア。魔法の使用が一時制限されます。ここでは選手達の素のサバイバル能力が試されることでしょう……!」
《バキッ!!》
ケロタンは木の枝をぶち折って投げ捨てた。
暑さを何とかできないなら早く突破するしかない。
――しかし、道はとても険しい。
ぬかるんだ地面に足を取られ、10分も歩けばもう汗だく。
(うう……。)
気分は最悪だった。
汗は体温を下げる為にかくもので、蒸発時の気化熱で体内の熱を逃がしている。
だが湿度が高いジャングルでは、汗が蒸発せず、体温を下げることができないのだ。このままでは熱中症になってもおかしくない。
また、問題はそれだけではなかった。
ケロタンは黒いミミズのようなものが足にくっ付いていることに気付く。
「あっ。」
これは血と共に魔力を吸い取る魔物――メルビルだ。魔物図鑑で見たことがある。
(くそっ、いつの間に……。)
ケロタンはメルビルを掴んで引っ張った。
弱点は火だが、起こしている時間はない。
地面に落とし、思いきり踏み付け、退治する。
「はぁ……。」
こいつらは吸血する際、麻酔成分を注入する為、すぐに気付けないのが厄介。
おまけに血液の凝固を防ぐ成分も注入するので、中々血が止まらない。
ケロタンはとりあえず傷口をつまみ、注入された成分を少しでも絞り出した。
「よいしょ……。」
ふと前方を見ると、さっきのサボテン族が歩いていた。
暑さに耐性があり、硬い皮膚を持つサボテン族は、ジャングルを物ともせず進んでいく。
(やばい……負ける……。)
ケロタンは急いで立ち上がり、後を追った。
今この時はサボテン族が羨ましい。
「水の音が聞こえるな。」
「えっ?」
近くを歩いていたドリルの男がそう呟き進行方向を変えたので、ケロタンも付いていく。
すると、幅10m程度の川に辿り着いた。
「おっ!」
ケロタンの目が輝く。念願の水だ。
「ここで休憩できそうだな。」
ドリルの男も汗を拭うと、川に近付いてゆく。
「待て。」
そこでストップが入った。
声のした方を見ると、そこには体が葉っぱで覆われた人物が立っていた。
樹の上からこちらを見下ろしている。
あれはハシンという種族の筈だ(人型で、体が毛ではなく葉のようなもので覆われている種族)。
「この川にはプラニアがいる。
さっきそこで参加者の一人が足を喰われかけた。飲める水だが、使う時は注意しろ。」
プラニア……。確か小さいが凶暴な魔物だった筈。
ケロタンは水中に注意を払いながら、メルビルに噛まれた箇所を洗い、水分を補給した。
「メルビルに噛まれたのなら川を渡るのは危険だ。プラニアは血に反応する。」
「ああ……。凶悪コンボだな。」
ケロタンは川の向こう岸を見つめた。
フレアタンはもうこの先に行ったのだろうか……。
「対岸へ渡るには……あの樹が丁度良いな。倒せば橋になりそうだ。ここは協力しよう。」
「いいのか?」
「このサバイバルレース、協力しないとどう考えても体力や精神が持たない。
あのフレアタンとかいうロッグ族には断られてしまったが……。」
「…………。」
「ちなみに私は順位にはこだわらない。走破するだけでも、それなりの名声は得られるからな。」
まぁ、そういう選手も多いだろう。
「そういえば、君の名前は?」
ドリルの男が尋ねてきた。
「ケロタンだ。お前達は?」
名前を聞いていくと、ドリルの男はマッド、サボテン族はテロ、ハシン族はツギというらしい。
「テロって凄い名前だな。」
「そ、そう……?」
ケロタンが聞くと、テロは少し困惑した表情を浮かべた。
「いや、確かテロはサボテン族の古い言葉で太陽という意味だった筈だ。」
ハシン族が豆知識を話す。
「あぁ……どっち道、こりごりだ。」
「ごめん……。」
謝らせてしまったが、謝り返す気力はなかった。
水で少し体を冷やしたが、まだ調子は戻らない。
「さて……私がドリルで幹を削る。君達は樹が川に倒れるようにしてくれ。」
《ギュイイイイイイン!!》
マッドのドリルが回転し、幹が削られ始める。
ケロタンとツギは樹に巻き付けたツルを引っ張り、倒れる方向を制御。
テロには周囲を警戒してもらう。
《パキパキパキ……》
やがて倒壊が始まり、樹は川に向かって傾いていく。
《バシャーン!!》
「やった!」
見事に橋が掛かり、テロが喜びの声を上げる。
「…………。」
そんな彼の姿を見て、ツギが少し訝しげな表情を浮かべたのをケロタンは見逃さなかった。
「どうした?」
「……いや、今話すことじゃない。
先に進もう。」
ツギを先頭に、一同は橋を渡っていく。
水の中に一瞬プラニアの影が見え、背筋が凍ったが、流石に水から飛び出してくることはなく、無事に渡り切ることができた。
「水だけでは心許ない。私が木の実を落としながら進もう。」
ツギの御蔭で食料も手に入った。
全部食べ切るのは勿体ないので、何個か大きな葉っぱで包んでおく。
これでだいぶ士気が高まった。
あと密林がどれくらい続くのかは分からないが、このメンバーなら余裕で突破できそうだ。