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『異端のネシオ』2Hz「異常性クラスメート(前編)」(1/7)

 

 皆が誰かを異常者だと言うのなら、私は何度でも悪魔の代弁者となろう――

 

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 普通に生きたい――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普通の人生を送りたい――

 

 

 

 

 

 

 

 あの日・・・以来、俺の中でくすぶり続けていたその思いは、どうしようもないくらい大きくなった。

 

 普通の生活を送る人々への憧れ……。嫉妬心。

 

 それまでの俺は、自分の人生を他人の為に消費していた。

 

 他人のことを思い、他人の為に戦い、そして他人の為に傷付いた……。

 

 それがどれだけ愚かなことか、あの一件・・・・を経て、ようやく気付いたのだ。

 

 

 (何が……世の為、人の為だ。)

 

 

 俺は機械じゃない。奴隷じゃない。意思を持った一人の人間だ。

 

 一度しかない人生を、自由に生きる権利がある。

 

 聞こえの良い言葉で操られていいように利用されるのは……もう懲り懲りなんだ。

 

 それに……。

 

 

 「………………。」

 

 

 周囲を漂う黒い霧……。その中で顔を上げると、遠くに幾つもの光が見えた。

 

 それは……自分がずっと欲しかった、安息へと繋がる道しるべ。

 

 

 (ああ……。)

 

 

 俺にあの光が掴めるだろうか……?

 

 どんな道を選択しようと、この霧は俺に何処までも付き纏う。俺を元の道に連れ戻そうとしてくる。

 

 決して……、振り払うことはできない。

 

 

 「………………。」

 

 

 だが、ここまで来て引き返す訳にはいかない。

 

 足を止めては駄目だ。変わることを恐れるな。迷いを断ち切れ。

 

 

 (どんな困難が待ち受けていたとしても……俺は……普通を求める……!)

 

 

 命を懸けるなどの危険は冒さず、声を荒げて誰かと衝突することもなく、欲に目が眩んで高望みしたりもしない、ただのありふれた人間として生きていく……。

 

 例えそれが間違っているとしても、周りから何を言われようと関係無い。自分の人生は……、他の誰の為のものでもないのだから。

 

 俺は……この意志を貫き通してみせる。

 

 

 

 

 そう……。

 

 だから今の俺は……、ごく普通の高校生・・・・・・・・――

 

 これから先も、ずっとこの太い道を踏み外すことなく生きていく……。

 

 そうしなければ……

 

 

 

 

 (そうしなければ……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2Hz ― 異常性クラスメート(前編) ― 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◇ 天至てんし21年5月23日) ◇

 

 

 

 ≫ 東京都・杉並区天瞑あまくら家二階

 

 

 

 

 「………………。」

 

 

 穏やかな空気に、心地の良い小鳥のさえずり――。

 

 特に何かが起きた訳でもなく、自然と目が覚めた俺は、ゆっくりとまぶたを開き、辺りを見回した。

 

 ……見慣れた天井……。見慣れた部屋……。代わり映えのしないいつもの空間……。

 

 勿論、夢などではない。

 

 枕横にある携帯を手に取り、画面を確認すると、時刻はちょうど六時三十分。

 

 

 (良し――)

 

 

 「っ…………はぁ…………。」

 

 

 大きく伸びをし、ベッドから起き上がる。

 

 目が覚めたら知らない場所にいるとか、美少女が布団の中に潜り込んでるとか、そんな異常なことは今の自分に起きたりしない。

 

 快適で理想的な普通の朝。

 

 今日は世の学生・社会人の多くが憂鬱感にさいなまれる月曜日だが、毎日規則正しい生活を送っている天瞑あまくら 幽鵡かすむは、いつもと変わらぬ清々しさに安心感を覚えた。

 

 変わらない時間というのは、本当に素晴らしい。

 

 窓から差し込んでくる陽光に照らされながら、幽鵡は改めて平穏がもたらす幸せを噛み締める。

 

 しかし――

 

 

 「っ――!」

 

 

 ドクン、と――

 

 布団から出ようと身じろいだ時、不意にそれ・・は訪れた。

 

 目の前が一瞬濃い霧に覆われ、悪寒が体を突き抜けていく。

 

 

 「………………。」

 

 

 嫌な予感・・・・――。

 

 それはとても漠然としていて、具体的なことは何一つ分からない。

 

 ただ……、近い内に何かとんでもないこと・・・・・・・・が起こる。それが確かだということは分かった。

 

 

 「はぁ……。」

 

 

 気分が一気に沈んでいく。

 

 あのとんでもないクラス・・・・・・・・・にもようやく馴染んできたと思ったらこれだ。

 

 

 (くそ……。)

 

 

 学校に行きたくない……。できることなら休みたい……。

 

 だが……、仮病なんて普通じゃない。

 

 そう、普通じゃない。普通の高校生がやることじゃ…………。

 

 俺は頭を押さえ、数回深呼吸をした。

 

 そう……、自分は普通の高校生だ。忘れるな。あの日何があっても普通の人間であり続けると誓った筈だ。

 

 

 「…………。」

 

 

 大丈夫。死ぬことだけはない。それこそ絶対に有り得ない。

 

 

 

 

 ≫ 天瞑家一階

 

 

 

 午前七時頃――。

 

 一階に下り、食卓についた俺は、家族と共にテレビを眺めながら、朝食をとり始めた。

 

 白いご飯に卵焼き、味噌汁や焼きのり、ヨーグルト、その他小皿に乗せられた様々なおかず。質素でも豪華でもない、至って普通のラインナップ。贅沢を嫌う自分にはピッタリなメニューで、いつもと変わらぬ味にも安心させられる。

 

 

 「………………。」

 

 

 変わらないと言えば、隣には父親、少し離れた場所には妹が座っているが、特に会話は無い。ウチの家族は祖母を除いて全員口数が少ないので、落ち着いて食事ができる。

 

 たまにそれをよく思われないことがあるが、食べながら会話をするのはマナーが悪いと思うし、折角つけてるテレビの音の邪魔になる。食事中の会話が無いだけで家族仲が悪いと思われるのは心外だ。

 

 母親や父親は勿論、自分は妹とも普通に仲が良い。そう、普通にだ。

 

 親しき仲にも礼儀ありというヤツで、家族であっても適度な距離を保つ。プライバシーには踏み込まないし、踏み込ませない。

 

 それが他人と良好な関係を維持する為の処世術。普通で居続けるのに必要な心構えだ。

 

 

 「行ってきます。」

 

 「はい、トラックには気を付けてね。」

 

 「………………。」

 

 

 学校の距離はそんなに変わらないが、妹は自分よりも先に家を出る。

 

 何故かと聞かれても、妹と並んで道を歩くのは普通に嫌だ。きっと向こうもそうだろうと思ったから、自然と配慮してこうなった。

 

 ちなみに妹は普通の中学三年生で、自分は普通の高校二年生。成績については、普通である自分達が問題を起こす訳がないので、普通に良い。

 

 

 (さて……。)

 

 

 妹が出てから三分間待った俺は、鞄を持ち上げ、玄関へと向かう。

 

 

 「行ってきます。」

 

 「はーい。」

 

 

 母親の返事を聞き、靴を履いて家から出ようとする。

 

 その時――

 

 

 「あ、ちょっと待ちなさい。」

 

 「ん?」

 

 

 呼び止められ振り返ると、二階から祖母幽子ゆうこが下りてきていた。

 

 何の用かと思っていると、手作りの交通安全の御守りを手渡される。

 

 

 「え、いらないよ。」

 

 「いいから持っていきなさい、危ないから。」

 

 

 不安になるようなことを言わないでほしい。

 

 

 「気を付けなさい、トラックに。」

 

 「分かってるよ。」

 

 

 心配いらないっていつも言ってるのに心配してくる。

 

 もう高齢なのでしょうがないが、余計な世話を焼かれるのは迷惑だ。

 

 

 「はぁ……。」

 

 

 追い払った後に溜息を吐く。

 

 実は新しい交通安全の御守りは昨日貰ったばかり。

 

 あげたことを忘れているのか、それとも量が多いに越したことはないと思っているのか。

 

 とにかく何度も言うが、俺にはこんなものいらない。必要無い。袋の模様が家紋彼岸花とか不吉でしょうがないし……。

 

 俺は貰った御守りを玄関の靴箱の上に置き、家から出た。

 

 そして花の多い普通に綺麗な庭を通り、門を開け、道路へと出る。

 

 (おっと……。)

 

 その前にちゃんと左右を確認し――

 

 

 《―――――》

 

 

 「…………!!」

 

 

 一瞬、目の前が濃い霧に覆われ、悪寒が体を突き抜ける。

 

 俺はすぐに後ろに飛び、門の内側へと戻った。

 

 

 《――――――》

 

 

 ふっと目の前を通り過ぎていく半透明のトラック。運転席には誰も乗っていない。

 

 すぐに道路に戻り、走っていった方向を見るが、既に何処かに消え失せていた。

 

 

 「………………。」

 

 

 あれは暴走する異世界転生トラック――。或いは単に幽霊トラックとネットで呼ばれているものだ。

 

 毎日世界各地で色んな事件が起きているそうだが、この杉並区では、神出鬼没の無人トラックがはねた人間を失踪させるという事件が起こっている。

 

 音も無く現れる為、常に警戒していないと若者でも簡単に轢かれてしまう。さっきニュースでやっていたが、昨日は80代20代男性二人が行方不明になったらしい。

 

 年齢の高い方はトラックが原因じゃないかもしれないが、このままじゃ安心して道を歩けない。

 

 今、国が調査しているようだが、事件が多過ぎて人手が足りないらしく、ここは後回しにされてしまっている。早く何とかしてほしい。

 

 

 (あいつは消えてないよな……。)

 

 

 妹――香澄かすみはぼーっとしているようで意外と警戒心が強いので、大丈夫だと思っているが……俺みたいな異能を持ってないから心配だ。

 

 

 「………………。」

 

 

 異能《危険予知》――。それが俺に発現した能力。

 

 大して特別なものでも、凄いものでもない。数秒先の未来の自分の身に迫る危険が何となく分かるという程度のものだ。

 

 映像が見える訳でも音が聞こえる訳でもないが、どうすれば回避できるかは教えてくれる。

 

 ごくたまに朝の時みたいにかなり先の危険を知らせてくれることもあるが、いつ襲ってくるか分からない危険に怯えて過ごすことになるので、直前に知らせてくれた方が精神的に助かる。

 

 

 「はぁ…………。」

 

 

 朝のあれはこのことを教えてくれたのか。

 

 …………いや、そうは思えない。何となくだが。

 

 

 (まずは学校まで無事に辿り着かなくちゃな……。)

 

 

 俺は周囲を警戒しながら歩き出した。

 

 なるべく危険な場所や人や物には近付かないように……。能力が発動した時に完全に逃げ道がないような状況では終わりだ。

 

 まぁ……、命を失うような危険は他に早々ないと思うが……。

 

 だってここは東京23区の中でも、治安が良いことで知られる杉並区

 

 あっても自転車の盗難くらいなので、本来ならこんなピリピリした気分で歩く場所じゃない。

 

 

 「あぁ……死にたい……。死のうかな……。」

 

 

 そんな場所じゃ……。

 

 ――と、思いながら歩いていると、幸の薄そうな顔をした、三十代くらいの男性が目の前を横切っていき……。

 

 

 《ズゥゥゥン…………

 

 

 その後ろから、顔に不気味な白い仮面を付けた、手に大きな鎌を持ったローブの男が現れた。

 

 それは禍々しい黒いオーラを身に纏っており、体はなんと宙に浮いている。

 

 

 「………………。」

 

 

 一瞬、目で追ってしまうが……。

 

 

 (っ、無視、無視――!)

 

 

 あれは普通、見えないもの・・・・・・だ。普通の高校生となった今の自分が反応するべきものじゃない。

 

 俺は足を早め、すぐにその場から離れた。

 

 

 (普通の高校生は、死神なんかと関わって、命を危険に晒すような真似はしない。)

 

 

 引き続き、周囲を警戒しながら、閑静な住宅街を歩いていく。

 

 そして、今度は曲がり角に差し掛かった時だった。

 

 

 「っ――!」

 

 

 視界が濃い霧に覆われる。

 

 すぐに近付いてくる足音に気付き、俺は角から距離を取った。

 

 次の瞬間――

 

 

 「あっ……!」

 

 

 バターン! ――と、目の前で倒れる黒髪の女の子。引くほど派手なコケっぷりだ。

 

 

 (普通、曲がり角で女の子とぶつかって何かが始まることもない。)

 

 

 俺は倒れた女の子を無視し、先を急いだ。何もないところで転ぶ人間なんか相手にしたらどんな面倒に巻き込まれるか分からない。

 

 

 「う……お父さん……。何処……? お父さん……。」

 

 「………………。」

 

 

 後ろから涙声が聞こえてくる。

 

 

 (関わらない。関わらない。)

 

 

 仮に自殺する父親を止めに行く娘だったとしても、俺が干渉することでより事態を悪化させてしまう可能性がある。

 

 手を差し伸べるなら最後まで責任を持たなくてはならない。

 

 俺にはそんな義理はないし、自殺しようとしている人間を思い留まらせる自信もない。

 

 それに……。

 

 

 (俺は他人の為じゃなく、自分の為に生きると決めたんだ……。)

 

 

 

 

 

 ≫ 東京都・杉並区一常いちじょう高校

 

 

 

 

 それからしばらくして――午前八時十分。

 

 事故を回避したり、面倒事に首を突っ込まなかった御蔭で、遅刻することなく、普通に学校に辿り着くことができた。

 

 

 「ふー……。」

 

 

 正門を通り、白と黒を基調とした、落ち着いたデザインの校舎を見上げる。

 

 ここが俺の通っている学校――一常高校

 

 公立ではなく私立だが、今は国からの支援で昔と比べて学費が安いし、自分の学力に合ってて、その上、家から一番近いので、ほとんど迷うことなく選択した。

 

 変わっているところと言えば、私服登校が許可されていることと、同じ教室内で学生一人一人が別々の授業を受ける日があることくらい。

 

 面接では普通に生きたいと正直に言った自分の個性を尊重し、受け入れてくれたっけ……。

 

 だから……、ここが自分に最も合った高校だ。ここしかない。

 

 ――と、思ったのだが……。

 

 

 「ねぇ、聞いた? 二年C組の教室消えたらしいよ?」

 

 「え、マジ? やばぁ。」

 

 「………………。」

 

 

 異常が日常。

 

 ここではそれが普通だということを、二年生になった俺は、ようやく思い知った。

 

 

 

 

 ≫ 一常高校・二年I組教室前

 

 

 

 

 この一常高校では、大抵の学校と同様に、一年から二年に進級する際、クラス替えが行われる。

 

 現場の人間に直接話を聞いた訳じゃないが、ネットに転がってる情報によると、新しいクラス編成は、教師達が生徒の成績、性格、相性、保護者の特徴などを考慮し、どのクラスもバランスの取れたものになるよう調整に調整を重ねて決定されるらしい。

 

 その説明を初めて読んだ時は、成程、ちゃんと考えてくれているんだなと思った。

 

 しかし、よくよく考えてみると、バランスが良い……。それはつまり、能力のある生徒と、そうでない生徒が一緒のクラスに入れられるということであって……

 

 クラスに必ずと言っていいほど変な奴が一人か二人いる原因になっていることに気付くのに、そんなに時間はかからなかった。

 

 他人の人生について、多くを知っている訳じゃないが……。

 

 異質な生徒――問題児に足を引っ張られたり、酷い目に遭わされた経験のある人間は多いんじゃないだろうか。

 

 運悪く教師も手を焼くレベルのものと一緒のクラスになった時は、自分の運命を呪ったことだろう。

 

 クラスから追い出したい、出ていってほしいと思っても、そんな願いは通らないのだから。

 

 だって問題児達を一つのクラスに集めるなんてことをやったら、とんでもないことが起こる。それは目に見えている。

 

 結局、全員が公平に負担するのが一番良い形。俺達は新しい環境がどのようなものだろうと、我慢して受け入れるしかないのだ。

 

 それが普通――

 

 しかし……。

 

 

 《ガララララ――》

 

 

 「えびゃああー!! えびのお弁当返して!!」

 

 「うるせぇ!! こんな早くに食べる奴があるか! 匂いが気持ちわりーんだよ!!」

 

 「あがぁ!!」

 

 

 一人の男子生徒がキレて投げた弁当が、近くの席に座っていた女子の顔面にぶち当たり、中身が床に散乱する。

 

 

 「あぁぁ~、勿体ない!」

 

 

 それを見た、奥の席の女子が立ち上がり、俺の目の前の床に散らばった海老を素手で取り、食べ始めた。

 

 

 「うわ……きったな……。」

 

 「私は健康体なので大丈夫ですよぉ。ウェヘヘヘ……。」

 

 「………………。」

 

 

 この学校は……何をトチ狂ったのか、一年時に問題行動を起こした異常な生徒達。

 

 それをクラス替えで一つのクラスに集め、そして、そこに何故か俺を入れた。

 

 どうして……? 何で……?

 

 流石の俺も教師に直接抗議しようかと、職員室の前まで行きかけた。

 

 普通にしていた筈なのに……。どんな異常の中でも普通に過ごしていた筈なのに……。

 

 俺の何処が異常と判断された……? ただのミスなんじゃないか……?

 

 そう何度も思ったが、結局、確かめられなかった。

 

 俺は普通の高校生だから、教師に楯突くようなことはできない。

 

 

 (そう、普通だから……。

  こんなクラスでも、俺は普通に過ごすしかない……。)

 

 

 絶対に毒されてなるものか。

 

 俺は静かに自分の席へと向かった。

 

 俺の席は、たった今、顔面に弁当を喰らい、仰け反った状態で気絶したフリ・・をしている女子の後ろ。

 

 まだ席替えはしておらず、出席番号二番だからこの位置だ。出口に近くて良い。

 

 

 《キンコンカンコーン……!

 

 

 その後、八時三十分。

 

 動物園のような教室の中で耐え続けていると、始業のチャイムが鳴り、ようやく静かになった。

 

 

 《ガララララ――》

 

 

 しばらくして教室のドアが開き、担任の教師が入ってくる。

 

 子蜂こばち 蜜栄みつは――

 

 金髪のショートヘアで、両耳には菱形ひしがたのイヤリング。目つきは鋭いが、顔立ちは美人の部類で、スタイルも良い。

 

 まだ二十代の若い先生だが、彼女もこのクラスの生徒に負けず劣らず、変わった人間だ。

 

 まず時間にかなりルーズで、今日は早い方だが、HRの時間に遅れることがしばしばある。

 

 乗り物はバイクが好きだと言っていたが、速度違反や駐車違反を繰り返し、現在、免停中。

 

 そして、彼女の最大の特徴は――

 

 

 「ふー。」

 

 

 教卓の上にドンと置かれる蜂蜜の瓶。

 

 その蓋を取り、中身をぐいっと飲むと、彼女は手元にあるタブレットの画面に目を落とした。

 

 超が付くほどの蜂蜜好き。それが女教師子蜂 蜜栄

 

 生徒の間では、彼女は二年I組・蜂蜜先生というあだ名で呼ばれている。ファンタのCMかよ。

 

 ――とまぁ、このような感じで、とにかくルールに囚われないアウトロー教師。何でまだこの学校にいられるのかは分からない。

 

 まぁ……、こんなクラス、他の教師は受け持ちたくないだろうけど……。

 

 

 「来てんのはこれだけか……。

  まぁ、半分もいりゃいいや。」

 

 

 現在、38ある席の内、半分しか埋まっていない。

 

 これは遅刻じゃなく無断欠席――という訳でもなく、どうも数人の生徒は登校日数の免除を受けているらしい。詳しい事情は一部しか知らないが、既に仕事をしていたり、ギフテッドと呼ばれるほどの天才だったり、そもそも人間じゃなかったりと、耳を疑うものもある。

 

 こちらとしては危険が減って助かるのだが…………。

 

 

 「………………。」

 

 

 すかすかの教室を見ていると、やはり寂しいものがある。

 

 自分は普通の高校生ゆえ、誰ひとり欠くことのない教室で、楽しい高校生活を送りたいのだ。

 

 あの辛い日々の記憶を忘れられるくらいの、沢山の普通な思い出が欲しい……。

 

 もうその願いは叶わないのだろうか……。

 

 

 「あー、お前らメールは見たか?

  さっき……八時くらいに二年C組の教室が、空間を抉り取られたみたいにどっかに消えた。

  幸い、普段早く来てる連中が全員遅れてたから、被害者は出ていないが、しばらくあいつらは予備の教室で授業を受けることになった。

  最近、こんな感じで異世界転移や転生したみたいになる行方不明事件が頻発してるから、お前達も気を付けるように。」

 

 「いや、気を付けろってどうすりゃいいんだよ……。防ぎようないだろ……。」

 

 「とりあえず、ありふれた職業で世界最強になる世界線は避けられたようだな。」

 

 「学校休みにしてよー!」

 

 「怖いですねぇ……。この学校か地区の何処かに特級呪物でも眠ってるんじゃありませんかぁ? だ、誰か一緒に探しません?」

 

 「ふふ、まだ誰も帰ってきてないということは、異世界は楽園なのかもしれませんね……。どんなところか気になります。」

 

 「本当に異世界があるとは限らないじゃろ……。」

 

 「………………。」

 

 

 ああ…………やだやだ。

 

 早く元の日常に戻ってくれないだろうか……。

 

 

 

 

 

 

   ◇

 

 

 

 

 

 

 

 その後、午前の授業が終わり、休み時間。

 

 俺は空いている席に移動し、机をくっ付け、仲間達と一緒に昼食をとっていた。

 

 他のクラスにいる友人ではなく、異常なクラスメート達と。

 

 ここまでの流れで、それはないだろう――と、思われるかもしれないが、何度も言っているように、自分は普通の高校生なので、友達は普通に作るし、普通に付き合いは良い。

 

 異常者とは言っても、話が通じない奴らばかりではない。地雷を踏みさえしなければ、普通に話せる奴らもいる。一年生の時、同じクラスだった生徒が三人ほどいるのが救いだ。

 

 

 「それで、昨日彼女にパンツ食われたんだけどさ。」

 

 

 まず一人目は三ツ矢みつや くくる。金髪で茶色い髪留めを付けている、身長の高い男子生徒。

 

 バスケ部に所属していて運動神経の良いイケメンであり、女子からはよくモテている。

 

 しかし、こいつは昔から女運が無いらしく、女性恐怖症をこじらせたのか、女を見る度に被害妄想に陥って、自分のコントロール下に置かなきゃ安心できないといった精神病を患っている。

 

 だから、いつも変な女子に目を付け、付き合ってはヤリ捨てるを繰り返しているのだ。

 

 その所為でトラブルを抱え込むことが多いが、最近では修羅場を潜り抜けることがどうも癖になってきているようで、積極的に地雷男を演じるようになった。

 

 女性恐怖症を克服できたのかは定かではないが、とても心配だ。

 

 もう女には絶対に負けないと言っているが、ほどほどにしておかないと殺されるぞ。

 

 いつか最悪の事態が訪れた時、争いが俺の近くで起こらないことを祈るばかりだ。

 

 

 「やっぱ女とより男の付き合いだよ。

  穴だらけの女より、穴も棒もある男の方が得でしょ。」

 

 

 二人目は櫻井さくらい 真実まざね

 

 こいつは男の癖に男が好きなカマホモ野郎で、集団の和を乱したがるサークルクラッシャーというおまけ付き。

 

 髪は薄いピンク色で、顔立ちも声も女っぽく、所謂男の娘というヤツなのだが、周りからいじられるどころか、一年の頃、逆に他のクラスメートをよくいじめていて、見てるだけで気分が悪かった。

 

 流石に見過ごせなくなり普通に注意したのだが、そのことがきっかけで目を付けられてしまい、今でも友達ではないのに距離を詰めてくる。

 

 恐らく、関係の破壊を狙っているのだろうが、俺の目の黒い内はそんなことはさせない。でも、あんまり危険なことになったら逃げようと思ってる。

 

 後、こいつ何か尻に尻尾が付いてるが、あれがどういう仕組みで動いているのかはよく分からない。小悪魔系ファッションの一環なのだろうか? 深入りしたくないので聞くつもりはない。

 

 

 「あ……穴と棒ならわたあめにもあるけど……。」

 

 

 そして三人目は、綿貫わたぬき 翔太しょうた

 

 彼は高校生とは思えないほど、背が低く、童顔で、髪は白くふわふわ。

 

 小学生と間違われることが多いが、本人曰く、親からの遺伝だからこれは仕方ないらしい。

 

 性格の方は、このクラスの中ではまともな方で、危険な能力も持っていないので、一番安心して付き合える。

 

 ――が、やたらわたあめを推してくるのが少々辛い。

 

 わたあめ職人父親に影響されているようで、菓子職人になる夢を目指して日々努力しているようだが、わたあめに傾倒し過ぎていてたまに不安になる。

 

 別の会話をしてても途中からわたあめの話に持っていかれるので、洗脳しようとしてるんじゃないかと疑ってしまう。

 

 やはり、少し距離を取って付き合うのが良さそうだと思った。

 

 

 「ハハハ!」

 

 「………………。」

 

 

 仲間の話に適当に相槌を打ちながら食事を続けていると、窓際の席から汚い笑い声が上がった。

 

 今のは竜胆りんどう うず

 

 彼女を一言で言い表すなら、ブサイクなチビデブメガネ。一日中、パソコンや携帯を弄りまくっているオタク少女で、授業が始まろうが、登下校中だろうが、それらを決して手放そうとしない問題児だ。

 

 初対面だろうが、目上だろうが、物怖じせずに言いたいことを言える強靭な胆力や、やると決めたらあちこちへ動き回る行動力など、良いと思える部分もあるにはあるが、基本的に自分優先で他人の迷惑を考えないので、滅茶苦茶ウザい。

 

 

 「何か面白いことあった? うずちゃん。」

 

 「また転売ヤー炎上してら。」

 

 

 うずは席を立ち上がると、ノートパソコンの画面を見せてきた。

 

 

 「レッドバーンズ……。」

 

 

 そこに表示されていたのは、とある悪質転売ヤー炎上しているという記事だった。

 

 どうやら公式が販売していない偽物の商品を、フリマサイトで高額で出品していたらしい。

 

 これを中心になって攻撃しているのは、レッドバーンズという集団とのことで、片目から炎の噴き出た、赤い虫のマークがサムネになっている。

 

 

 「知ってる。嘘記事書いてるデマメディアネット詐欺師過激派フェミヴィーガン悪質転売ヤー海賊版業者、とにかくネット上で悪い行いをしてる人達を集団で攻撃して、次々に炎上させてるっていう。」

 

 「そんなヤバい組織があるのか……?」

 

 「まぁ、カラーギャングだけどな。渋谷拠点の。

  こいつらの御蔭でだいぶヤベー奴らの勢いが無くなったし、断末魔おもしれーわ。」

 

 「笑ってられるのか……。」

 

 「うずちゃんは当事者意識低い系だからね……。」

 

 「とにかく覚えとけ。ネットでヤベーやつ見つけたら、警察に言うより、レッドバーンズDM送った方が効果があるって言われてるほどだから。これから毎日誰かを焼こうぜ。」

 

 「う~ん……。」

 

 

 レッドバーンズ……炎上……。

 

 幾ら悪いことをした人間だからって、そんな集団で寄ってたかって攻撃していいものなんだろうか。

 

 傍から見ていると、とても異様に感じる。

  

 もし勘違いだったら? 追い詰められた相手が自殺してしまったら? 逆上してより凶悪な犯罪に手を染めたら?

 

 

 (ああ…………。)

 

 

 嫌だ嫌だ。関わりたくない。そんな普通じゃない、醜い争いに……。

 

 

 (俺は普通の高校生なんだ……。)

 

 

 どうかこの先、巻き込まれないことを祈る……。